職業スキルと男女不平等、及び職場と労働市場での男女の不平等に関する新規プロジェクトについて

開催日 2024年3月22日
スピーカー 山口 一男(RIETI客員研究員 / シカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授)
モデレータ 相馬 知子(経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室 室長)
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開催案内/講演概要

1986年に男女雇用機会均等法が施行されて40年近くがたつが、依然として日本では男女の賃金格差が大きい(女性の給与水準は男性の約75%)のはなぜなのか。本講演では、職業における男女の「科学技術スキル」と「対人サービススキル」の違いによって賃金格差が再生されるメカニズムについて、令和2年度(2020年度)の日本の文化功労者にも選出された社会学の国際的な権威であるシカゴ大学ラルフ・ルイス記念特別社会学教授の山口一男RIETI客員研究員に、RIETIでの最新研究に基づいて解説いただいた。また、2024年4月より新たに山口教授がプロジェクトリーダーとなって立ち上げる、RIETI研究プロジェクト「労働市場における男女格差の原因と対策-人的資本、教育、企業人事、職業スキルの観点からの理論及び計量研究」の狙いの概要もご紹介いただいた。

議事録

男女の不平等と結び付く分配の公正性

日本は2023年のジェンダー・ギャップ・インデックスで146カ国中125位という低い位置にあり、この状況は一向に改善されていません。複数の研究から、男女の平等度と時間あたりのGDPの間には強い相関があり、ジェンダー・エンパワーメント指数が高いほど、関連する人間開発指数を一定としても、労働時間あたりの生産性が高くなることが確認されています。

川口大司先生と浅野博勝先生の研究によれば、男性と比較した場合の女性1人あたり相対賃金は53%、同一企業内の男性と比べた場合の女性の相対生産性は54%で、ほぼ同等であることが示されています。

しかし、私は、生産性が低いのだから賃金が低くても公平だと見なすのは誤りであり、経済的にも不合理だととらえるべきだと主張しています。その理由は、女性の職を生産性の低い職に限定する結果、生産性も低くなるという逆マッチングで生じているからです。

この男女賃金格差を考える上では、一般的な不平等との共通面と相違点を理解する必要があります。石川経夫氏は『所得と富』という本の中で、「正当化できる不平等」と「正当化できない不平等」を区別する上で「分配の公正」に着目し、「貢献に応じた分配」「必要に応じた分配」「努力に応じた分配」の3つの基準があることを指摘しています。

社会心理学者のジョージ・ホーマンズ教授は、米国では、「貢献に応じた分配」が多くの人たちの分配公正の基準だと述べています。しかし、生産性自体を貢献と考えると、個人差が不平等な社会を生み出すとともに、マクロな分配の公正や合理性の視点が欠けるという問題があります。つまり、これは資本主義の在り方にも結び付いているわけです。

一般的な経済的不平等は個人間の不平等ですが、男女の不平等は経済的ポジションの男女の分布の不平等によるもので、この2つには共通点と相違点があります。仮に、貢献に応じた報酬が男女の不平等問題の重要な指数であると考えた場合、社会の中で貢献できる機会が男女に平等に与えられているかが問題になります。

ラディカル派経済学者のサミュエル・ボウルズ教授とハーバート・ギンタス教授は、個人間や人種・民族間の不平等に着目し、家庭的背景が社会的機会の不平等を生み出すと強調しました。しかし、貧困など家庭的背景の違いが個人間不平等の「説明される格差」に直接的あるいは間接的に影響するのに対して、男女格差には影響を与えず、むしろ後で述べる家庭の在り方が大きく関係していることが分かりました。

また、日本においては、管理職昇進機会や正規雇用機会をはじめとして、男女による職のステレオタイプ化、あるいは長期雇用者や常時残業可能な雇用者を優先するような考え方が女性を不利にしている状況があり、そういった慣習がある限り、私は、分配の公正は成り立たないと考えています。

男女の社会的分業と評価の不平等

もう1つの重要な要素が、貢献の評価基準の不平等です。貢献の尺度は文化と関係しています。日本企業は長期的に企業にコミットする人を核と考えて、短期的な従業者を戦力外と見なす傾向がありますが、この考え方は欧米にはまったく見られません。

また長期雇用に伴う年功序列的昇進機会の下では、日本は減点主義が主流となります。失敗をせず人並に働けば良いという価値観は自己投資のディスインセンティブにもつながっているわけですが、米国では逆に自己投資によって生産性の向上や昇進機会を得るという得点主義が支配的で、イノベーションを産みやすい職場環境となっています。

また、雇用者の性比による平均的賃金の違いもあり、男性割合の多い職ほど、学歴、経験年数が一定でも平均賃金が高くなる傾向があります。加えて、日本は専門職における男女の職業分離度が大きく、これが男女賃金格差を生み出す1つのメカニズムになっています。

では、職業内性比によって平均賃金が大きく異なるのは正当化できる不平等なのか。例えば、男性の多い職業の方が企業の利潤とより強く結び付いているから正当化できるという考え方があるわけですが、サービス業に関しては、その質を企業の利潤で測ることは難しいわけです。

これはその国の文化によっても影響されるので、資本主義の在り方の問題とも言えます。特に日本の在り方が男女賃金格差を他国より大きくしていると思われるので、そのことを実際に国際的な比較を通じて明らかにしていきたいと考えています。

正当化される男女の経済的不平等は存在するのか

男女間で潜在能力は有意に変わらないため、職の評価基準の不平等も正当化できないと考えられます。そこで残るのが、男女の職業選好の違いによる格差と努力の格差です。

例えば、米国の小学生女子が望む職業は、1位が医者、2位が獣医、3位が科学者であるのに対して、日本の小学生女子は、1位が食べ物屋、2位が幼稚園の先生となっています。

家庭でどういった教育をするかによって、小学生の段階ですでに職業選好が出ていることが分かります。男女でジェンダー化、ステレオタイプ化されたような職業選好は特に女性に対して機会を損ねている可能性があり、選好の違いによる格差は正当性を持たないと考えています。

社会学者のキャサリン・ハキム教授は、働く女性の大部分が仕事も家庭も大事にし、ワークライフバランスの取りやすい職業を希望するがゆえに職業の分離が起こると主張していますが、そういう選好の違いは大きな賃金格差を生み出さないだろうという考えが支配的です。

男女の努力・意欲の差に関しては、努力のインセンティブが男女に同等に与えられないことで生じた統計的差別による予言の自己成就の結果という理論があります。インセンティブを同等に与えていないことが問題であることが原因というわけですが、、日本ではまだ関連する実証研究が十分に行われていないので、そういったことも明らかしていきたいと考えています。

ステレオタイプ化が高等教育における専攻の性別分離を生む

私の最近の論文では、「科学技術スキルの高い職」と「対人サービススキルの高い職」を小分類レベルで格付けし、それらの決定要因と各スキルが賃金に及ぼす影響を分析しました。その2つに焦点を当てた理由は、日本はステレオタイプ化によって男女間で賃金や職業が分離していることに加えて、OECD諸国内でも日本の大学における理系専攻の性比が大きいためです。

そのためにSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)系の職業に就く傾向に男女格差があるのか、また、その傾向はどのようなメカニズムで生まれるかを解明することが必要だと考えています。更に私は「対人サービススキル」と呼んでいますが、スタンフォード大学のポーラ・イングランド教授は、女性専門職に多いこのスキルを“nurturance skill”(他者に対する情緒的および物理的助成とケア)と定義し、このスキルが労働市場で低く評価されていることが男女賃金格差を生むことを指摘していますので、日本におけるその検証も行っています。

分析の結果、科学技術スキルの高い職を得る上で最も重要なのは学歴であることが分かりました。男女格差の原因として、4年生大学や大学院レベルの教育を受ける女性が男性に比べて少数であることが理由としてあります。その一方、教育の男女平等化が進み、大卒者の増大にも関わらず大学での男女の専攻の違いを生むため、男女の職の科学技術スキルの格差がかえって膨れ上がるというパラドックスがあることもわかりました。また、女性の割合が多い非正規雇用職には科学技術の高い職が少ないことも示されました。

そして、父親の高度な職業スキルは、同種の高いスキルを持つ職を子どもが得る傾向を増大させますが、この世襲効果は息子にしか当てはまらず、娘にはまったく影響しません。息子は期待され、本人もそのようなキャリアを望むようになるけれども、娘は期待もされていないという家庭的状況が日本の中にあり、教育や家庭を通じた長期的なステレオタイプ化が男女の大学の専攻の違いにまで結び付いているわけです。

対人サービススキルにおいては、日本の場合、短大・高卒以上では学歴の高さは影響しないことから、対人サービススキルの高い専門職が高学歴化されていないことを示唆しています。

かつ、非正規雇用が対人サービススキルの高い職を得る可能性を低下させるのは女性のみで、女性の就業におけるハンディキャップを浮き彫りにしています。世襲効果に関しては、父親が対人サービススキルの高い職に就いている場合、息子への影響は科学技術スキルの場合と比べて3分の1の影響力となるものの、娘に対しても影響を与えます。

男女賃金格差の決定要因

職の科学技術レベルの男女差が男女賃金格差を説明する度合いは、管理職割合の男女差が男女賃金格差を説明する度合いにほぼ匹敵します。ホワイトカラーの男女賃金格差の大きな要因は、管理職割合の差であるという分析は過去にもありますが、今回の分析で、STEM系に女性が少ないことが男女賃金格差に関係していることが分かりました。

科学技術スキルの高い職業は、対人サービススキルの高い職業に比べて約3.5倍賃金を上昇させます。さらに両者共にスキルが高い職に就くほど男女賃金格差は小さくなり、この傾向は日本社会においても成り立っています。

ただし、非正規雇用になると、技術レベルや対人スキルレベルが高くても賃金が低くなる傾向は変わらず、スキルに対して不当に低い賃金が払われ、非正規雇用が賃金搾取的な性格を持っているのではないかと、私は考えています。

新規プロジェクト「労働市場における男女格差の原因対策」

以上のような問題意識を通じて、男女賃金格差、管理職割合の男女格差、そしてSTEM系の専門職割合の男女格差についてさまざまな観点から解明したいと考えています。私を主査として、人事経済学、教育経済学、社会学、科学とジェンダー学の研究者の方々と学際的な実証研究を進めるとともに、行政府や民間の有識者の方々にオブザーバーになっていただきました。

研究内容としては、職業スキルが男女賃金格差に与える影響の日米比較を行い、将来的には日欧比較も検討したいと考えています。また、大学入試における男女格差や、理工系ジェンダー問題の国際比較、そして多様性の推進が企業の成長に与える影響についても取り扱っていきます。

日本経済の長期低迷の一因は、安定的成長をしている欧米の国々に比べて、プロダクトイノベーションとプロセスイノベーションが進んでいないことにあります。男女平等な社会の実現は、個人の潜在能力を最大限に発揮できる場を生み、活力のある社会の構築、ひいては経済成長にも貢献するとともに、社会的なプロセスイノベーションの実現可能性を考える上でも重要であると考えています。

質疑応答

Q:

父親の科学技術スキルの高さは息子の職に影響を与えるが、娘には影響を与えないという傾向は、中国、韓国、インドでも見られるのでしょうか。

A:

残念ながら、その計量研究は行っておりません。ただ、共働き夫婦の料理分担度で見ると、インドは世界で最も平等な国です。料理は重要な生活の技術なので、インドの家庭では子どもに料理を教えます。料理という家庭内分業において男女の区別をしないことが、平等化を生むという1つの事例になるかと思います。

そういった家庭内の在り方が、将来の夫婦やワークライフバランスの在り方にも関係していきます。ただ、科学技術に関してはまだ国際比較をしていないので、まずは日米比較でプロジェクトを始めたいと考えています。

Q:

職業選択における親の壁や教師の壁を打破する方法はありますか。また、女子校や共学校といった学校種別による影響はありますでしょうか。

A:

例えば、東大に入る女性割合は20%ですが、ハーバードやUCLAやプリンストンでは50%が女性です。その違いはまだ明らかではないですが、日本の場合は中高一貫の男子校の数が女子校よりも多く、有名校が多くの生徒を東大に送り込むということがあります。

男子校・女子校だと、人生観や職業観に関するソーシャライゼーションが男女で異なってくる可能性はあります。日本の国立大学では、米国と比べて工学部系の割合が多く、社会科学では法系の比率が高いので、性別による専攻分野の分離や、男性中心の学科が多い国立大学の在り方も問題になると思います。

Q:

デジタル化やIT化で女性が活躍する可能性は高まるでしょうか。併せて、産業分野の移り変わりや日本における人の流動化の観点で、今回の問題に影響することはありますか。

A:

流動化は非常に重要です。長期雇用者だけを核と考えるような従来の企業の在り方は合理性がないので、さまざまな経験を持った多様な人材を生かしていく必要があります。ITについては、関連する分野の専攻の平等化が最重要ですが、現状は米国でもIT技術者は未だ男性が多い。しかしアートとサイエンスのセンスを併せ持った人が活躍できる領域には女性も進出しているので、次第に男女の機会の平等化が進んでくるのではないかと思います。

一般に米国のSTEM系の専攻においても、医療系や生命科学全般では男女比はほぼ同等ですが、数学や物理はまだ男性の方が多い状況ながら、コアのサイエンティフィックな部分から文理融合的なものに広がっていけばいくほど女性の活躍の余地は広がるので、多様な理系の女性たちを育成できる社会環境が必要だと考えています。

Q:

世界のアカデミアの女性はどのようにして育児等で生じる遅れや差を埋めているのでしょうか。

A:

育児期に男女で論文の生産性に差がつくのは米国でも確認されていますが、家事・育児の平等化は高学歴ほど進んでいます。日本における男性の育児分担割合はようやく20%近くまできたところです。

米国では家事の平等化が進む一方で、育児は女性の方が少し多い状況です。日本ではもっと育児期に女性がハンディを負う状況が大きく、これはアカデミアより民間企業ではるかに強く残っていると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。