日本企業の持続的な成長を目指した事業ポートフォリオ変革シリーズ

日本企業の現状と課題

開催日 2022年7月15日
分析発表者/パネリスト(兼モデレータ) 佐藤 克宏(RIETIコンサルティングフェロー)
パネリスト 澤邉 紀生(京都大学経営管理大学院長・教授)
パネリスト 砂川 伸幸(京都大学経営管理大学院教授)
パネリスト 関口 倫紀(京都大学経営管理大学院教授)
パネリスト 江良 明嗣(ブラックロック・ジャパン株式会社 インベストメント・スチュワードシップ部長 マネージング・ディレクター)
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開催案内/講演概要

企業が成長を図り、稼ぐ力も高めていくためには、限りある経営資源を適切かつ効率的に配分することが求められる。そのための概念となるのが「事業ポートフォリオ」であり、日本企業が持続的成長を目指す上で事業ポートフォリオ変革は不可欠である。本セミナーでは、まず、佐藤克宏RIETIコンサルティングフェローが、日本の産業界について業種別に成長性、収益性、企業価値創造などの観点から分析し、事業ポートフォリオ変革における課題を明らかにした。その後、戦略、管理会計、ファイナンス、人材・組織をそれぞれ専門とするパネリスト4氏を交えてディスカッションを行い、それぞれの立場から日本企業の持続的成長の実現と稼ぐ力の向上を目指す事業ポートフォリオ変革において必要になることを提示しながら議論を深めた。

議事録

分析発表

佐藤:
事業ポートフォリオ変革がなぜ求められるかというと、日本企業はパーパスやミッション・ビジョンを明らかにした上で自社がこれから進んでいく道筋である全社戦略を羅針盤として、持続的な成長を実現し、稼ぐ力も高めていく時機にあるからです。

事業ポートフォリオ変革による持続的な成長の実現と稼ぐ力の向上のためには、社会や産業を動かすトレンドの下で、自社の志を持って、ステークホルダーの目も意識しながら、しっかり設計された経営管理の基盤の下で経営のかじ取りを行っていくことが必要であり、このセミナーではそれぞれの分野の専門家の方々をお迎えする形で議論を進めていきます。

日本の産業界の多くの業種は、成長や稼ぐ力で大きな課題に直面しています。各企業を事業単位で見ると、価値を創造している事業の価値創造金額よりも価値を破壊している事業の価値破壊金額の方が大きく、日本企業全体では企業価値を破壊している結果となっています。

複数の事業で構成された事業ポートフォリオを持つ企業では、コングロマリットディスカウントといって、単業で事業を営んだ場合と比べて企業評価が低下するケースも見られ、企業評価向上の効果をもたらすコングロマリットプレミアムを本当に創出することができるのかが課題となっています。

業種別での業績を類型化するために、コーポレートファイナンスにおける企業価値評価の枠組みを使って分析しました。そして、2019年度の売上高成長率が2001年度と比べてアップしたかダウンしたか、投下資本利益率(ROIC)が加重平均資本コスト(WACC)を上回っているかどうか、つまりROICスプレッドが正か負かによって4象限に分類しました。

その結果、TOPIX33業種分類から金融関連4業種を除いた29業種のうち、成長率がダウンしてROICスプレッドも負の「ジリ貧」業種は8業種、成長率はアップしているもののROICスプレッドが負の「追い風参考」業種は8業種、ROICスプレッドは正だけれども成長率がダウンの「ゆでガエル」業種は7業種、ROICスプレッドが正で成長率もアップしている「当座健康」業種は6業種となりました。

また、価値創造金額がプラスとなっている事業セグメントの価値創造金額を100とすると、それがマイナスとなっている事業セグメントの価値破壊金額の合計は108.8(2019年度)であり、日本企業全体として企業価値を毀損していることが分かりました。業種別で見ると、医薬品を除く28業種のうち11業種で価値破壊となっています。

それでは、事業ポートフォリオの質をどう評価するかというと、事業セグメントのROICスプレッドを計算した上で投下資本金額による加重平均を取っていくことが考えられるわけですが、このROICスプレッドの絶対値に同様に算出した売上高成長率の絶対値を掛け算し、そもそもの両方がプラスであったときはプラス、どちらかあるいは両方がマイナスであったときはマイナスという符号を付けると、事業ポートフォリオの質が見える指標になるのではないかと考えています。

事業ポートフォリオ変革を進める際には、取締役等のガバナンス構成がポイントになります。日本でも監査等委員会設置会社が順調に増えており、ガバナンスが効く形になってきていると思います。

そうした中、社外取締役の人数が5人以上という企業も増えています。その一方で、独立社外取締役は諸外国と比べてまだまだ低く、女性取締役、外国人取締役を選任している企業も少ないのは課題です。社外取締役のバックグラウンドの専門化、多様化も必要でしょう。

組織体制に関しても、日本は事業部門制であり、各事業部門が自治権を持っているかのようですが、グローバル企業は世界中で一気通貫に運営しており、何か事業ポートフォリオを動かす場合は本社のストラテジーチームやファイナンスチームがしっかりとグリップを効かせて、経営者と一緒になって明確な目的を持って動かすという違いがあります。

このように、日本企業が事業ポートフォリオの健全性や質を高め、持続的な成長の実現や稼ぐ力の向上を図っていくには、人材や組織体制についてももう一段知恵を絞らなければなりません。

パネルディスカッション

澤邉:
私の専門は管理会計なのですが、管理会計には組織内部での資源配分をコントロールする役割があります。事業ポートフォリオというのは、複数の事業を持つ企業にとっては最も重要な資源配分のレベルであり、資源配分を事業単位で考えていくことが非常に重要になってきていると思います。

そのときには、評価尺度が大事になってきます。成長と利益率のバランスを取った指標として何があるかというと、恐らく事業価値であり、その総和が基本的には企業価値になります。ですから、事業価値をどれだけ意識できているかが大事になるでしょう。

それから、事業単位をどうくくるのかということも大きな論点だと思います。事業セグメントを単位として資源を配分していく場合、事業セグメントがころころ変わったりするのは問題です。しかし、環境変化に適応して事業セグメントを変更することが望ましい場合もあります。長期的な企業価値という観点から、事業セグメントの設定や変更をどうすべきかという論点も提示したいと思います。

砂川:
企業の事業ポートフォリオの転換を考えるときに、何もないところから新しいものが生まれるというより、シナジー効果を生かしながら、関連する分野に事業を拡大していく中でと事業ポートフォリオが生まれ、価値を持つようになるわけです。シナジー効果という点で、金融ポートフォリオとは異なると思います。

また、企業はファイナンス理論でいうところの固有リスクを取ります。投資家は固有リスクを分散できますが、企業には困難ですから、その種のリスクを回避するためにも事業ポートフォリオを構築し、コア事業が生み出す収益で、次の事業を育てていくという継続性が重要だと考えられます。

もう1つは、コーポレートと事業部の関係です。コーポレートと事業部の間の意識の相違があるのではないかと言われます。例えば、CO2排出量の削減を、コーポレートはやらなければいけないのだけれども、事業部に依頼しにくいということもあり得るので、そのような組織間の問題にも興味を持ちながら、セミナーに参加したいと考えています。

関口:
人と組織の視点で3つの論点があると思います。1つ目は、ダイナミックケイパビリティです。いわゆる組織の変革能力のことであり、これが持続的競争優位性の源泉と考えられています。事業ポートフォリオ変革とはまさにダイナミックに資源を組み替えることです。変革に成功している会社がどのようにうまく資源を組み替えているのか、ぜひ知りたいところです。

2つ目は両利きの経営です。企業は守りと攻めの両方ができないと持続的に繁栄できないので、外に出て機会を探してくる能力と、中にいて既存の資源を改善する能力が必要です。そうした異なる能力を併存させるための仕組みを明らかできるとよいと考えています。

3つ目に、日本的雇用は事業ポートフォリオを変革する際に果たして有効なのかということです。事業を切り離すのであれば同時に人材も切り離す必要があるかもしれませんし、新たな事業を作るのであれば人材を新たに獲得することも必要でしょう。この部分をどう解決するのかという論点を提起したいと思います。

江良:
投資家として最も重視しているのは、競争優位性の源泉は何なのか、それは持続するのかという点です。持続性には経営者や事業のクオリティーなどさまざまな要因がありますが、とりわけ日本企業と議論する際に話題に上るのが事業ポートフォリオです。

しかし、コングロマリット経営の概念自体に否定的なわけではなく、リスク分散という観点から、不確実性の高い世界で一本足打法的に特定の事業に依存するのもよくないでしょう。一方で、株価という観点からはコングロマリットディスカウントになっていることを実感することも多いのですが、それは逆にチャンスでもあります。

ディスカウント要因を経営者がきちんと認識し、経営の正当性を証明できるような納得感のある説明や情報開示をできることがプレミアムにつなげるための鍵だと思います。社会の価値観や環境も踏まえながら、ポートフォリオマネジメントの在り方を含む日本企業の競争力を上げる方策を議論することは、非常に有益だと思います。

佐藤:
澤邉先生からは、企業単位ではなく事業単位で見る時代となって、事業単位をどのようにくくるのか、どのような指標で事業の業績を見るのかというあたりがポイントになるという話がありました。その上で砂川先生からは、金融ポートフォリオと対比して事業ポートフォリオを見たときに、本当に事業間でのシナジーが効くのか、それぞれの事業のリスクを踏まえた上で継続性をどのように担保していくのかという論点が提示されました。

これに対して江良さまからは、シナジーを効かせるにしても競争優位性のあるシナジーの源泉は一体何なのか、そのシナジーの源泉の横展開が事業ポートフォリオの中で本当にできるのか、それができるならばコングロマリットは必ずしも悪いことではないのではないかといった視点を頂きました。そして、関口先生からは、事業ポートフォリオ変革を進めるために守りと攻めの両利きの経営をどのようにうまく行うのか、その両利きの経営を実現していく上で、ダイナミックケイパビリティといわれるような企業の組織や社員の能力の育成、さらには現在の日本的雇用慣行をどう考えるのかということもポイントになるというお話がありました。

会場からは「事業で見るといってもセグメントの切り方はいろいろ変わるし、恣意的な面もあるのではないか」という質問を頂いています。事業でくくるときにポイントになるものはありますか。

澤邉:
サム・オブ・ザ・パーツ(各事業の評価)が企業価値全体と比べて大きい状況には2種類あって、1つは開示情報に基づいて計算するとそうなるというもの、もう1つは開示情報が不透明で、解釈が難しかったり、継続性がなかったりするためにディスカウントにならざるを得ないというものです。

この両面で、恐らく実際にペナルティーが与えられていると思うので、そのペナルティーに見合う以上の価値が固有リスクを取っている形になっているかというのは取締役会が判断すべきであり、そこから組織にどうつなげていくかという点が1つの課題だと思います。

佐藤:
評価に当たって財務的な数字だけを見ていて大丈夫なのでしょうか。非財務価値も企業や事業の価値を見ていく上でポイントになるのではないでしょうか。

砂川:
市場の評価からバランスシートの簿価を引いたものを非財務価値とするのが一般的です。この点は事業ポートフォリオの議論や分析においても同様であると考えています。

佐藤:
では、今後、企業価値や事業価値を議論していくに当たって、人材的な価値をどのように反映させたらよいでしょうか。

関口:
資源の測り方には正解があるわけではなく、測り方によっては特定の人材やグループに不利になることもあるし、自分が属しているユニットの利害を優先したいがゆえの政治的な駆け引きも起こり得ます。そうなると資源配分がうまくいかず、価値を毀損することになると思うのです。その点で測定上の問題は論点としてあるかもしれません。それから、社員の能力やスキルを把握して、将来必要な能力・スキルとの比較で人材マネジメントを考えていくことも非常に重要だと思います。

佐藤:
投資家としてはどこにポイントを置いて事業の価値を見ていますか。

江良:
競争優位性の源泉が何なのかというところに尽きると思います。それを理解するために、長期的戦略の根幹となる考え方を経営者に伺うことが多いです。

また、その一環で企業価値に影響を与えると考えられるサステナビリティの取り組みも重視し、社会動向もきちんと考慮した上で経営判断しているかどうかを確認しながら企業価値を日々測っています。ただ、外から見た企業価値評価と内部にいる方々の情報との非対称性は大きいと思うので、そうしたものを前提にコミュニケーションを深めることが鍵になるでしょう。

佐藤:
事業をどうくくるのか、事業単位をどうするのか、業績をどう測るのかというところには管理会計が大きく効いてきますし、そうしてくくられた事業のポートフォリオにおいて、競争力の源泉を明らかにし、シナジーの実現も含めた変革を行っていく上では、コーポレートファイナンスや価値評価も大切になります。そして、事業ポートフォリオ変革を行うのは結局、経営者であり社員なので、人材・組織に関しても十分な議論をしていくことができればと思います。これから、この布陣での議論が楽しみです。

最後に、パネリストの皆さんから一言ずつ頂いて締めたいと思います。

澤邉:
通常このようなインターディシプリナリーな議論はわれわれの中でもなかなかできません。狭い経営会計の分野ではありますけれども、これだけ多様な観点を持った一線で活躍されている方々と議論できることを大変楽しみにしています。

その上で、やはり雇用が重要であることは間違いないと思います。ただ、雇用が生まれている現場は、事業とかなり密接に結び付いているであろうと考えられます。となると、雇用を守る観点からしても、事業の責任者は自分たちの事業価値をどう発展させていくのかということを意識しておくべきであり、そうすれば本社との間にも健全な緊張関係が生まれるのではないかと期待しています。これは将来論点として議論できればと考えています。

砂川:
1時間足らずでしたけれども、非常に多くのことを学ぶことができました。専門が異なる澤邉先生や関口先生とこのような議論をすることは新鮮でした。また、佐藤さんは戦略コンサルティングをされており、江良さんは投資家のお立場から発言されます。このような多様なメンバーで意見が収斂されていくことを楽しみにしています。

関口:
私も管理会計やファイナンスなどさまざまな分野の先生方とお話しするのは非常に刺激的で、大いに期待しています。研究者はどうしても抽象的に考えてしまいがちなのですが、こうした場で企業が実際にどんなことをしているのかということを詳しく教えていただくことは今後の研究材料にもなると思います。いろいろな実務の方との交流を楽しみにしています。

江良:
私も皆さま方から勉強させていただくことを楽しみにしていました。私の立場としては、日々の業務の中では個別案件にフォーカスすることが多いので、こうした機会を頂けると、抽象的に考えたり、少し引いて考えるよいきっかけになります。少しでもお役に立てるようにがんばりたいと思いつつ、私自身も勉強していきたいと思っています。

佐藤:
次回以降は、事業ポートフォリオ変革を進めている企業の経営者の方々にご講演いただく予定です。この研究会を契機に企業経営や経営学が少しでも前進していくための貢献ができればと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。