円相場と日本経済の行方:最近の急速な円安をどう考えるか?

開催日 2022年6月30日
スピーカー 清水 順子(学習院大学経済学部教授)
モデレータ 中島 厚志(RIETIコンサルティングフェロー / 新潟県立大学国際経済学部教授 / 公益財団法人日仏会館理事長)
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開催案内/講演概要

2022年前半はロシア・ウクライナ危機などを背景に円安が急激に進行し、こうした為替の動きは物価の高騰などによりわれわれの生活を直撃している。本セミナーでは、実務経験の豊富な学習院大学教授の清水順子氏が、円相場の動向についてRIETIが公表している産業別実質実効為替レートや日本企業の貿易建値通貨選択の観点から考察するとともに、円建て輸出の促進やインバウンドによる国内需要喚起の重要性について語った。

議事録

日本経済の現状認識

2022年前半の日本経済は、貿易赤字の拡大と、ロシア・ウクライナ危機などでの資源価格高騰によるインフレ圧力の高まりに加え、円安の進行によるさらなる貿易赤字の拡大のおそれがあります。ですが、日銀の金融緩和策継続のためこの円安を食い止める手段が当面ないのが現状です。

2000年代以降、原油価格が高騰したのは今回で2回目です。1回目はリーマンショックのときでしたが、当時は為替が急激な円高に移行していた時期であり、原油価格の高騰が円高により相殺されたといえます。その後アベノミクスで円安が進行した際には原油価格が低下していったので、特に問題にはなりませんでした。

しかし今回は、2021年後半からの原油価格の上昇とともに円安が急激に進みました。これが、今回の円安が「悪い円安」といわれるひとつの大きな要因です。

これを詳しく見るために、日本の交易条件(輸出価格÷輸入価格=貿易の稼ぎやすさ)を分解してみますと、今回はアベノミクスの円安局面以上に交易条件が悪化していることが分かります。アベノミクスでは、円安になった際に交易条件は悪化したものの、その他の価格要因はそれほど大きく動いていませんでした。

一方、2021年以降は、資源価格、特に石油などの鉱物性燃料の輸入物価が大きく上がったことがマイナス要因となり、交易条件が急激に悪化しています。また、輸出物価も上昇していますが、これはアベノミクスでは見られなかった現象です。全体としては、今回の円安局面では、資源価格の上昇と円安により、輸入物価の上昇が大きく災いして交易条件が大きく悪化しています。

国内では、消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index) は2021年以降ほとんど変化がなく、企業物価指数(CGPI:Corporate Goods Price Index)が徐々に上がっています。また、円ベースの輸入物価と契約通貨ベースの輸入物価はどちらも上昇していますが、円ベースの輸入物価で見たときに、輸入物価の上昇のうち為替の影響は3分の1程度であり、そもそも輸入されている財の価格が上がっていることがわかります。それらの上昇が消費者物価にはほとんど影響しておらず、CGPIは昨年後半ごろから急激に上がっています。こうしたCGPIの上昇からも、今後は消費者物価の上昇が起こることが予想されます。

円安とインボイス通貨選択

今回の円安が「良い円安」にならないのは、日本企業がリーマンショック以降の約4年にわたって80円台の超円高を経験し、特に日本の輸出企業が為替に影響されない生産体制を作っていくことに腐心してきたことが背景としてあります。為替に影響されないということは、今回のような円安に対してその恩恵が享受できない体質になってしまっていることを意味します。

「悪い円安」になってしまうのは、輸入金額が輸出金額よりも多いからです。円安であれば、輸出はプラス、輸入はマイナスの効果がありますが、全体の金額として輸入が大きければ円安のデメリットが顕著になるのは明らかです。特に2021年後半以降、輸入額が輸出額を上回っています。こうしたことがスパイラル的に「悪い円安」を引き起こしています。

私がもう1つ指摘したいのは、インボイス通貨(貿易の決済通貨)選択のことです。特に日本企業は、輸出も輸入もドル建てに偏って貿易をしています。仮に円建て輸出であれば、円安が急激に進むと輸出相手国にとっては現地通貨建ての輸出価格が低下し、それによって日本製品は安くなって輸出が増えるという効果が期待できます。

しかし、RIETIが実施している「日本企業の貿易建値通貨と為替リスク管理に関するアンケート調査」によると、日本企業は現地の販売価格を安定化させる行動(PTM行動)を取っている企業が多いという結果が出ています。PTM行動では、為替変動時よりも製品のモデルチェンジの際に価格を改定することが多いので、今回の円安が輸出価格の低下を通じて輸出増につながることはあまり期待できないでしょう。

しかも、近年、円建て輸出比率は増えないばかりか、むしろ低下傾向にあります。輸入についてもドル建ての比率が高いので、輸入額は円安によってさらに増大するでしょう。そうしたことが今回の「悪い円安」の大きな原因になっていると考えています。

1980~2020年代における日本の輸出の円建て比率と米ドル建て比率の推移を見ると、まったく変化していないことが分かります。対米貿易だけでなく対アジア貿易でも米ドル建てが多く、円建て比率は増えていません。最大の貿易相手国の一つである米国に対する円建て比率が20%にも満たないことが「悪い円安」の一因となっています。

主要国の自国通貨建て比率を比べると、ドイツはマルクの時代から自国通貨建て比率高く、輸出入とも75%を上回っています。米国に至っては95%という高い比率で輸出入をしています。一方日本は、自国通貨建て比率がドイツや米国に比べてかなり低くなっています。

日本企業は円建てではなく、相手国通貨建てで貿易し、為替の変動で非常に苦労してきた結果、為替に左右されない体制を築いてきました。このため、今回の円安のメリットを享受できなかったわけです。

以前は日本企業の中国向け輸出入における人民元建ては5%にも満たなかったのが、こちらも近年では調査するごとに増えており、最新のRIETIのアンケート調査では30%を超えています。対米貿易をドル建てで行っている企業は現地価格を安定させる戦略をとっているので円安でも輸出価格が下がらないという話を先ほどしましたが、対中貿易においても同様になってきているということです。

結局のところ日本は、米欧のみならずアジア各国の貿易においても徐々に現地通貨建ての取引が増えており、相手国での価格を安定させているため、円安で現地価格が下がって輸出増につながるという効果は望めなくなっています。

産業別実質実効為替レートから見る現在の円安

次に、国際決済銀行(BIS)の実質実効為替レートベースで現在の円安がどうなっているかを見たいと思います。実質実効為替レートは、対外的な輸出競争力を反映する指標としてみることができます。BISベースでは、変動相場制移行前の1972年よりも円安が進んでおり、リーマンショック前と比較しても現在の水準は2割減価していることが分かります。

一方、RIETIで公開している産業別実質実効為替レートを基に作られたRIETI-YNU(横浜国立大学)の実質実効為替レートは、BIS実質実効ベースが消費者物価指数(CPI)を基に計算しているのに対し、企業物価指数(CGPI)や生産者物価指数(PPI:Producer Price Index)を基に計算しています。RIETI-YNUによれば、もちろん円安にはなっていますが、円はBISの実質実効為替レートほどには減価していません。

ですから、CPIを考えたときの日本の国際価格競争力とPPIを考えたときの日本の国際価格競争力に分けて政策を考える必要があります。CPIベースで考えた場合、もしもインバウンドが開放されて世界中の旅行者が押し寄せれば、国内消費が爆発的に増えることが予想されるので、それを日本の需要喚起に使うことは効果的といえるでしょう。一方、円安になっているから輸出価格競争力があるというためには、PPIベースの産業別実質実効為替レートを見ることが必要になります。

実際、産業別実質実効為替レートを主要国で比較すると、輸送用機器や一般機械は日本に競争力があるといえますが、電気機器や光学機器は韓国や台湾の方が競争力があり、このように円安が進んでもまだ日本の競争力が世界一とはなっていません。

産業別実質実効為替レートは世界25カ国で公表されており、業種別に比較すると今の主要産業の日本の競争相手は、韓国や台湾などのアジア新興国であることが分かります。政策対応としては日本企業がおのおのの生産体制に合わせたコスト削減と新製品開発の努力を継続することが必要ですし、政府もその違いを見ながら政策対応をすることが重要となります。

望ましい政策は?

ロシアは、今回の欧米の経済・金融制裁の中でルーブルを非常にうまく使っており、自国通貨建てが経済安全保障の点でも重要な意味を持っていることを強く実感しました。ロシアは国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除されるなどの制裁を受け、一時的にルーブルが急落したこともありましたが、ルーブル建てで原油を売ったり、ルーブル建てでなければ輸出しないと要求したり、国内輸出業者に輸出で手に入れたドルを売ってルーブルに替えるように指示を出したりして、ルーブルの急落をしのぎました。このように、自国通貨建て貿易は今後非常に重要な意味を持つと思います。

一方、日本は円の国際化の旗印は揚げたものの、政策的な誘導もせずに企業に任せてきました。その結果、円建て貿易のシェアは低いままです。しかし今後は、円建て取引は政府主導で推進する価値があると思います。

自国通貨建ての取引は、実は為替リスク管理の面からも一番の秘策なのです。自国通貨建てで貿易していれば、為替変動に短期的に左右されることはありません。特に欧州に関していえば日本は優良顧客なので、欧州は日本に輸出するときにかなり円建てを使ってくれています。ですので、欧米に対して日本の円建て輸入を今後拡大することは重要な意味を持ちます。

長期的に見れば今後また円高になる可能性もあるわけです。そういった為替変動リスクを避ける点でも、現在のような円安で、相手国が円を安く入手できるときに円建て輸出を受け入れてくれるかもしれない時期に円建てを増やしておくことは、将来の円高対策として重要だと思います。特にアジア各国においては、アジアの現地通貨建て取引の促進を手伝うとともに、円建てのシェアを増やすことは重要になるでしょう。

それから、今の円安に関して日本銀行の黒田東彦総裁が非常に苦しい立場に置かれていますが、そもそも日銀の役割は物価と金融システムの安定です。もちろん黒田総裁の金融緩和政策が結果的に円安をもたらしているのは事実ですが、円安を理由に金融政策を変更するのは間違いだと思います。円安が日本経済に与える影響を正確に分析し、特に輸入物価がCGPI、CPIにどれくらい影響するのかを業種・品目別に分析した上で、今後も適切な金融政策を取ることが必要でしょう。

一方で、金利が将来上昇する場合に国債金利の利払いが肥大化することも懸念されています。これに関しては、金利水準がまだ低いことに加え、金利上げ局面になったときは慎重にアナウンスメントをしながら徐々に上げていけば、利払い費の拡大が短期的に財政悪化をもたらすには至らないと考えます。

もし利上げによって日本国債に金利が少しでも付くとなると、もちろん国債の大暴落の危険性もありますが、今は円が安いので、実は投資家は日本の債券・証券の買い場がいつ来るのかを探っているともいわれています。その点では内外の投資家による国債の買い需要も喚起されるかもしれません。むしろ利上げにより、預金生活者である高齢者の消費が喚起されることも期待されます。

私はまず、円安を最大限にプラスに生かす政策を期待しています。円安は日本の製造業を構造的に再構築する良い機会です。海外に生産拠点を移してしまった企業に国内回帰をしろと言っているわけではありません。今は歴史的にもかなり円安といえる水準なのですから、日本のように経済が安定していて、優秀な労働力があって、高品質な財が作れる国に、工業団地を作って海外企業を誘致するぐらいのことをしてもいいのではないかと思うのです。

それから、円安のプラス効果を短期的に国民にもたらすのはインバウンドです。海外旅行者の訪日が緩和されれば、大幅な円安で高まった消費需要が日本のサービス業を潤すでしょう。銀座は世界中のどこよりも安心して安くブランド品が買えるので、アジアの観光客が押し寄せれば、あっという間に供給不足になるでしょう。インバウンドをうまくアナウンスメントしながら徐々に開放していくことで国内需要を喚起し、年後半に経済をプラスに持っていくチャンスはあります。

将来的には日本の貿易赤字をサービス収支で補うという、経常収支の大きな構造転換を行う必要もあります。政府としてもぜひサービス収支をプラスに持っていく政策を取り、急激に日本国内の物価が上がることがないようにうまくコントロールしながら行う手腕が問われていると思います。

今は「悪い円安」が非常にクローズアップされていますが、輸出企業の中には最高益を得ている中小企業もあります。こうした円安のプラス面をさらに引き出すような中長期的な政策を日本政府が成長戦略として掲げ、日本は再生の道筋をたどり始めていることを示すことにより、円安にストップがかかるのではないかと期待しています。経済産業省もそうした点でいろいろな重責を担うことになると思いますが、ぜひ円安を生かす積極的な政策を行ってほしいと思います。

質疑応答

Q:

「悪い円安」は、対外投資にどのような影響がありますか。投資残高などが円ベースで見るとメリットになる側面があるのではないでしょうか。

清水:

確かに投資収益にも円安のメリットはあります。しかし、企業は海外の現地法人がもうけたものを全て日本の本社に送ってくるわけではなく、海外の地域統括拠点に新たな海外投資の資金として置いています。従って、企業が海外で稼いだ儲けが賃金として日本国内を潤す選択をしていない点が残念なところです。やはり日本国内の経済状況がプラスに動いていかないと、そうした収益が日本に戻ってきて日本経済を潤すところまではいかないのが現状だと思います。

Q:

現地市場での販売価格をコントロールする企業力を持つことが必須であり、その上で初めて輸出価格や通貨を有利に交渉できると思うのですが、いかがでしょうか。円建ての貿易について政策的に直接支援できるものはあるのでしょうか。

清水:

確かにそうですね。もちろん個々の企業の選択にはなりますが、やはり円建てがゆくゆくは自分たちの貿易を守るものだということを自覚することは重要だと思います。

政策的支援に関しては、日本は自由経済のもとでなるべく政策は介入せず、企業が自由に行うことを推奨してきたことが現状につながっているわけです。ですから、今更ですけれども、例えば新規に円建てを取引したらその分は減税の対象とするなどの政策を考えてもいいのではないかと思います。中島先生、どう思いますか。

中島:

グローバル化において、日本は勝者と目されていると思います。しかし、日本は対内直接投資を世界最低水準しか受け入れていないので、この点ではむしろ最大の負け組となっています。日本にはレベルの高い消費市場があり、技術力がある企業も多く存在しているので、現在の記録的な円安は海外企業が対内直接投資を行う絶好のチャンスだと思うのです。この得難い円安局面を逃さずに、政府も補助金なども含めてあの手この手の誘致策を行うことが重要です。

Q:

競争力の代理指標として、例えば交易条件÷実効為替レート、日本の輸出シェアのようなものもありますが、いずれも低下トレンドにあるのでしょうか。

清水:

交易条件は低下トレンドであり、物を買う力が弱まっていると判断することができると思います。一方で、為替と同様に実質実効為替レートの解釈は両サイドあって難しいです。実質実効為替レートが下がっているということは、それだけ日本人が貧しくなっているとみることもできます。が、日本人の賃金が安いということは、それだけ対外的な価格競争力が高まっていることを意味するのです。ですから、実質実効為替レートが低下傾向にあれば、日本から輸出するのは有利であり、輸出促進につなげていくことが重要になると思います。

Q:

いつ、どのレベルで円高に転換するとお考えでしょうか。

清水:

投機家にとってみれば簡単にドルのロング(買い)を積み上げられる地合いになっていますし、一部キャリートレードも始まっていると思うので、そうしたポジションが積み上がった段階でもし米国の株価がクラッシュするようなことがあれば、一気に円高に振れることが予想されます。ただし、現時点ではまだキャリーも積み上がっていませんし、まだ円高への転換は訪れないと思います。

また、昨今話題になっている介入に関しては、決定権は基本的に政府にあり、7月中に140円になったりする可能性は十分あると思います。思い出されるのは1995年の「七夕介入」ですが、お盆のマーケットが薄いときに介入すれば非常にインパクトがありますので、8月ごろになると再度介入の話も出てくるのではないでしょうか。政府がもし介入するとすれば、マーケットが薄くてとにかく少額でも効果的な時期を狙うと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。