開催日 | 2022年6月24日 |
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スピーカー | 山添 博史(防衛研究所 地域研究部米欧ロシア研究室 主任研究官) |
スピーカー | 福岡 功慶(RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省 通商政策局 南西アジア室長) |
モデレータ | 吉田 泰彦(RIETI理事) |
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開催案内/講演概要 | ロシアのウクライナ侵攻が勃発して4カ月が過ぎ、国連安全保障理事会のロシア非難決議で棄権に回ったインドの対応が世界的にも注目を集めている。本セミナーでは最新のロシア・ウクライナ情勢をアップデートするとともに、今後の日印関係についても考えた。まず、ロシア・ウクライナの安全保障研究の専門家である防衛研究所の山添博史氏が最新の情勢分析について述べた後、経済産業省の福岡功慶南西アジア室長(当時)との対談を通じ、今後の日印関係の思考軸を提供した。 |
議事録
ロシア・ウクライナ戦争の歴史的背景
ロシア・ウクライナの全面戦争が始まって4カ月強となりました。この事態にどう向き合っていくのか、私も日々いろいろと考えているのですが、ちょうど2022年5月末、われわれ防衛研究所の研究チームは『ウクライナ戦争の衝撃』という本を発刊しました。この戦争は私にとっても衝撃でしたし、各地域の研究者にとっても衝撃だったわけですが、その中で中国やインドがこの事態をどう見ているのかが大変関係してくると思います。
今回の戦争の背景としては、ウクライナをはじめベラルーシやエストニア、ラトビアなど周辺国にはロシアが同胞と思ってしまうロシア系の人々が多く住み、現在の国境で国を分けることに納得しにくい雰囲気がロシア全体としてあったようです。そうした状況が高ぶり切ったのが、2022年のプーチンの行動だったと思います。
さらに、ウクライナ史とロシア史の重なり方がかなり複雑になっています。ロシアは近年、キエフ・ルーシ(キエフ公国)はもともとロシアの起源であり、ウクライナもロシアももともと同じ国だと主張しています。そうとも言える根拠もあるのですが、そうでない点も多くあります。
キエフ・ルーシは882年にキーウ(キエフ)を首都とし、ギリシャ正教を中心に民族的共同体がいったんできました。しかし、12世紀に分裂後、ウクライナ側はリトアニア、ポーランド、オーストリア領となって別の歴史を歩み、モスクワはモンゴル人支配を経て、多民族の帝国としてモスクワ大公国に成長しました。
そして、ピョートル1世が1721年に皇帝位に就いてロシア帝国と称し、ウクライナは併合され、帝政崩壊時に独立したりソビエト連邦に統合されたりしました。1991年にソ連邦が解体されたとき、ロシア・ウクライナ・ベラルーシの首脳がベロヴェーシの森に集まってソ連邦からの独立を宣言したのですが、今のロシアでは、本来は身内であるはずのウクライナが離れてしまったという感覚が強くなっているのです。
一方のウクライナは、たかが300年モスクワの帝国に支配されていただけであって、ウクライナはウクライナだと考えています。この歴史観も近年の政治の産物であるという議論もあり得るのですが、ともかくウクライナがソ連内にいたという事実のとらえ方がかなり異なります。
ですから、ロシアがウクライナを統合したいのであれば、もっとウクライナ人を尊重しないといけませんし、ウクライナ人が担ってきたソ連の栄光も尊重しないといけないでしょう。今のロシアは強制的に押さえ付ければいいという考え方になっていて、統合に向けてのバランスが非常に欠けているのです。
ハイブリッド戦の実際
ロシアの軍事戦略は「ハイブリッド戦」だとよくいわれます。その特徴の一つは、「伝統的な敷居」を越えない、つまり軍事紛争にはならないところで作戦を仕掛けている点です。例えば、クリミア半島の併合やドンバス紛争は、正規の戦争ではない形で部隊を用いました。このときの特徴は、ロシアが悪いのは分かっているけれども、これに対してウクライナ軍が武力で対抗するとロシアの正規軍が出てくることが分かっていた点です。
ロシアは2021年以降、正規軍をウクライナ周辺に配置し、北大西洋条約機構(NATO)や米国と外交しながらウクライナに圧力をかけていました。私は、実際の全面侵攻が始まる前までは「伝統的な敷居」を越えない段階の軍事オプションがあると思っていました。つまり、ロシアが正体不明の軍をウクライナ東部に送り込み、ウクライナ軍がまともに反撃したらロシア軍は自衛と称して北部や南部から軍隊を派遣させ、戦争拡大か屈服かの選択肢をつきつけてウクライナ国内を分断する方法を取ると思っていました。
しかし、ロシアは「伝統的な敷居」を越えた軍事オプションを一気に取ったのです。これによってウクライナは、一致して抗戦する以外の選択肢がなくなり、ロシアがこれまで分断させてきた西洋諸国の結束を強くしてしまいました。その上、ロシア軍がまともに戦えないような進軍の仕方をしています。そのあたりでおかしなことが多く起こっているのです。
これまでの戦況を振り返ると、2月24日にロシアが全面侵攻を始め、キーウに南下したり、北西のスームィやチェルニーヒウに進軍したり、クリミア半島から北上したりしていたのですが、目的として掲げていたルハンスク州やドネツク州ではほとんど進軍していませんでした。進めるところをばらばらに進んでいたのですが、これではうまくいかず、3月に退きました。
そして4月になると、当初の目的通りルハンスク州とドネツク州の制圧を巡ってウクライナ軍主力の包囲を目指すようになりました。ただ、ウクライナ軍が反撃しているため、6月半ばの時点でも全体としてロシア占領地域はそれほど広がっていません。今はルハンスク州のセベロドネツクを巡ってかなり厳しい戦いを進めており、ウクライナ軍にとっては厳しい状況です。一方、南部のヘルソン州ではウクライナ軍が反抗を進めています。
今後の動向はルハンスク州・ドネツク州の戦いを経て双方がどのような戦力を持つのか、が主要な要素であり、ロシア軍がこれまで通り軍事力を発揮できるか、ウクライナ軍が抵抗を続けられるかという大きな戦いになってくると思います。
対談
インドとロシアの距離感
福岡:
インドはQUAD(日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国による安全保障・経済協力枠組み)の一画を占め、世界最大の民主主義国でもあり、われわれとも価値観が非常に近いと考えられます。一方で、インドはBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5ヶ国)の首脳会議に出席し、国連におけるロシアの非難決議も棄権しているので、インドとロシアの距離感がどういうものなのか、日印関係と比べてどうなのかというのは非常に気になるところだと思います。山添先生はインドとロシアの距離感をどのようにとらえておられますか。
山添:
ロシアの世界観としてはまず、自分たちが1つの独立軸であり、米国とその同盟国に屈服しない力を持っていると考えています。中国が、これまで西洋諸国が自分たちに有利に作ってきたルールを、新興国の利益になるように改革すると声を上げているのに、ロシアも同調しており、インドも新興国の地位を高めるという点では一致します。
ロシアは割とがんばってBRICSを引っ張ってきたわけですが、最も連携しやすいのはインドであり、中国とインドが対抗関係にあるときも、できる限りロシア・中国・インドという対話の枠組みは続けたいと考えています。共同で軍事装備品開発ができるという期待もありますし、インドはロシアにとってかなり重宝する相手なのだと思います。
福岡:
逆にインドは全方位外交が基本になっていると思いますし、それを如実に表しているのがSelf-reliant India(自立したインド)という言葉だと思います。13億人以上の人口を抱えて内政を統治するのは非常に難易度が高いので、どこか1つに過度に依存するのではなく、自身を頼って合理的な判断を都度行うという方針を持っています。
では、日印関係はどうすべきかというと、インド太平洋地域においてインドは非常に重要であることは変わりませんし、インドとの関係を強化していくことが大事だと思います。具体的には、特定国へのエネルギー依存度を下げる支援を日本として行うことが重要な方向性でしょう。インドは割と合理主義的な面もあるので、ビジネス上やエネルギー面で実態的なつながりを太くしていくことが、結果的にわれわれと価値観を共有する国々との結束を深めていくことになると思います。
山添:
インドは民主主義国であり、多様性のある国です。海を見ると、中国と向き合わなければならないので日本や豪州と連携を強めていますし、陸を見てもアフガニスタンやパキスタンが関心事となっています。そして、ロシアとはほどほどに接近しておいて中国問題と向き合うというふうに、インドとしてはいろいろあると思うのです。
やはり欧州対ロシア、G7対ロシアという構図どおりにはなかなかならないので、インドがどう動くのかが国際社会全体を見る上では重要であり、民主主義国や中国対抗という点でまったく同じことを求めるわけにはいかないと思います。
ロシアに関しては、経済制裁に中国やインドが参加してくれないとロシアを追い詰めるには限界があります。しかし、ロシアからすれば欧州との取引が一番大きく、先端技術が閉じられていく状況になるので、やはり欧米との関係が厳しくなる方がロシアにとっては大きいでしょう。自分たちは孤立していないということを示すためにインドや中国を使いたいけれども、本音のところはこれだけでは足りない、やはり何とかしないといけないという思いはあるはずです。
日印関係の今後
福岡:
ロシアもインドを引っ張って一心同体で動けるとは思っていないし、インドがSelf-reliantで全方位的だから、逆にreliable(頼りになる)だという点もあると思います。山添先生自身は日印関係をどうすればいいと思われますか。
山添:
インドとしては、主権国家を侵略するのはやめてほしいという思いは日本と一緒だけれども、経済制裁のアプローチに関してはそれで解決するとは思えないと考えています。経済制裁は、ロシアが最も依存している欧州が主導して行うことが最も効果的です。
ただし、日本が与えられるダメージはそれほどではないとはいえ、いろいろなコストを引き受けてもロシアの今回の行動は許容できないということをしっかり示さないと、日本の周辺地域についても許容してしまうことになりかねません。そうしたメッセージを発することは非常に重要です。
東南アジア諸国も同様で、主権の概念すらまったく認めずに侵攻しているのを許容するわけにはいきませんから、民主主義体制があるかないかではなく、主権の尊重は大事だという合意を広く持てるようにいろいろなつながりは持っておきたいですよね。
福岡:
欧州は割とロシアに対して強行であり、インドは欧州と同調することは難しい中で、日本は橋渡しとして機能し得ることが重要だと思うのですが、日本がマクロな構造に良い影響を与える方向性はありますか。
山添:
可能性はいろいろあると思います。ロシアには旧ソ連の遺産があって、過去の力をどれだけ維持できるかが問題なのですが、インドにとっては、ロシア依存があるとして、それは時間とともに減っていくはずなのです。それを代替するのが日本なのか、中国なのかということになりますが、日本が選択肢になれるのであれば、日本がインドの未来にどのように関わっていくかというのは非常に重要になると思います。
福岡:
今のマクロ構造の中で、日印関係を強固にしていくことが地政学的リスクを下げる点でも大切であることがよく分かりました。
質疑応答
- Q:
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ロシアと中国の関係を見ると、ロシア経済の規模が総体的に小さくなり、資源に大きく依存した状況が続いているので、今後中国との関係がロシアを規定する面は大きくなるだろうという指摘もあります。そうした中で、それぞれの関係は中長期的にどう変化していくでしょうか。
- 山添:
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どう見るかによっていろいろな答えができるのですが、今のところコストとリスクを負ってロシアが中国のために何かする、逆に中国がロシアのために何かするというほどの関係には見えません。ただ、ロシアにとっては自分の売りを中国に渡して強い立場を維持しやすくするという点では、軍事協力をやりたいと考えています。しかし、それは中国のために戦うのではなく、ロシアが怖いと思ってもらうためだと私は読んでいるので、大きな力はそれほど感じていません。ただ、ロシアと中国の経済依存関係はこれから大きくなるでしょう。
- Q:
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親ロ派とされる人々はどんなバックグラウンドがあって親ロ的な姿勢を取っているのでしょうか。親ロ派武装勢力はウクライナ東部において住民の支持を得ているのでしょうか。
- 山添:
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2014年段階のクリミア半島ではウクライナ中央部から冷遇されていると思っている親ロ派が大多数だったので、簡単に政変が起こり、半島全体がロシアの占領下になりましたが、ウクライナ東部では少数にとどまっていました。ロシアという外部からの力なしでは、親ロ派の支配拡大はなかったと思います。
- Q:
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今回の侵攻について、ロシア国内の中産階級の人々の本音はどこにあるのでしょうか。
- 山添:
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独立系の調査を見ても、多くの人は政府が行うことに反対していなくて、ロシアの立場が正しいという認識構造がしっかりできてきたのではないかと思います。ロシアが悪いことをしているという情報が入ったとしても、それをはねのけて自分たちの方が正しいという心理状態になっている人が大多数のようです。
- Q:
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インドや中国がロシアのウクライナ侵攻に賛成していないとしたら、どうすればロシアを止められるでしょうか。
- 山添:
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ロシア・ウォッチャーの間でほぼコンセンサスだと感じているのは、プーチン政権はウクライナを屈服させたり、ロシアの属国にしたりするまでは諦めないだろうということです。仮に東部で停戦になったとしても、2015年2月と同様、あとでロシア軍が戦力を回復し、キーウを屈服させるまでやるだろうと思います。
そうでなければ、戦争を始めた正当性が成り立たないのです。正当性を達成したということを歴史に残せないので、プーチン大統領は止まれません。止まるとすれば、軍事資源がなくなる、軍が解体する、あるいはプーチン政権の統治が崩壊するという状況であって、そういうことがない限り、ロシアを止めるのは難しいと思います。
- Q:
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大量破壊兵器やサイバー技術の開発・実装という文脈で、BRICSのインドとロシアが協力・協調する可能性はあるのでしょうか。あるいはロシアを止める方向に向かうのでしょうか。
- 山添:
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推測でしかないのですが、ちょうどいいレベルの軍事協力をロシアは行いたいのですが、核・ミサイルや大量破壊兵器などの最先端技術についてはインドと共有したくないのではないでしょうか。インドが米国との軍事協力を進めていく傾向をロシアも見て取って、むしろロシアがパキスタンと軍事協力を始めているので、インドを完全には信用していないと思います。
- Q:
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今後、日本の片思いで終わらせないためにもインドの期待を高める必要があると思いますが、インドから見て日本の魅力は何でしょうか。
- 福岡:
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もちろんインドから日本に期待している部分はたくさんあります。2022年3月の総理訪印の際にも、今後5年間で5兆円の投資をインドに行うことを表明しており、その中核をなすのは製造業への投資ではないかと考えられています。
インドは、雇用の創出と輸出の増大を狙っています。その中で、自動車ではスズキなどが非常に大きな役割を担っており、われわれ日本と協力して強化していきたいものは非常に多いでしょう。ですので、政府ベースでも投資をさらに増やすことがメインの協力になると思います。
- Q:
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ロシアに対してインドはなぜもっと強いスタンスを取れないのでしょうか。インド国民はロシアのウクライナ侵攻についてどう考えているのでしょうか。
- 福岡:
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彼らは等距離外交を非常に重視していて、インドはロシアとべったりになるとはまったく思っていないと思います。
- 山添:
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価値観と外交が直接的に結び付くのは米国や西欧諸国でかなり顕著ですが、ほとんどの国は、価値観をそのまま外交に直結させるというほどの外交の方針も国民の総意も持ちにくいのだと思います。
- Q:
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中国にとってロシアから入手したいと考える軍事技術、装備品は何でしょうか。軍用機のエンジンや潜水艦技術など、ロシアが対中技術供与を制限してきた分野もロシアの弱体化に伴い、供与していくと考えられますか。
- 山添:
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ご指摘の通りだと思うのですが、中国は技術をロシアから得ることと、自国で開発していくことの両方をやっていくのだと思います。
- Q:
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将来ロシアがNATOに恐れを感じないような国際環境にするために、インドはどのような役割を果たし得ると考えられますか。
- 山添:
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NATOとロシアの関係がかなり大きな国際問題になっており、これはロシア・ウクライナ戦争が終わった後も残ると思います。ロシアが孤立と脅威の意識を深めてしまえば再びこういうことが起こり得ます。ロシアの誇大な安全保障意識を受け入れるわけにはいきませんし、NATOの戦力が本当にロシアの生存を脅かすようなことになってもいけないので、もう少し冷静にロシアとNATOで話し合えるチャンネルを作っておかなければなりません。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。