DXシリーズ(経済産業省デジタル高度化推進室(DX推進室)連携企画)

AI系ディープテックスタートアップの経営環境

開催日 2020年9月14日
スピーカー 栄藤 稔(大阪大学先導的学際研究機構教授 / 科学技術振興機構(CREST)人工知能領域研究総括 / (株)コトバデザイン取締役会長CEO)
コメンテータ 松本 理恵(経済産業省商務情報政策局情報技術利用促進課(ITイノベーション課)課長補佐(総括) (併)デジタル高度化推進室)
モデレータ 木戸 冬子(RIETIコンサルティングフェロー / 東京大学大学院経済学研究科特任研究員 / 国立情報学研究所研究戦略室特任助教 / 日本経済研究センター特任研究員 / 早稲田大学研究院客員講師)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

AIやロボットなどの最先端技術を開発して新たなビジネスを展開するベンチャー企業を「ディープテックスタートアップ」というが、日本では依然としてこうしたスタートアップが育つ環境が整っていない。本セミナーでは、ディープテックスタートアップ「みらい翻訳」を立ち上げた大阪大学先導的学際研究機構の栄藤稔教授を迎え、ディープテックの重要性について講演をいただいた。栄藤氏は、日本の課題として、イノベーター人材育成の遅れ、ベンチャーキャピタルの人材欠如、大企業の取り組みの遅れを挙げ、エンジニア人材の流動化が進んでいる今なら日本のディープテックスタートアップにも世界市場で勝機はあると強調した。

議事録

「みらい翻訳」での経験 〜 日本ではディープテックスタートアップに投資がこない

ディープテックスタートアップとは、先端技術を専門として成功しようと考えているスタートアップのことをいいます。私が、NTTドコモの子会社である「みらい翻訳」というディープテックの企業を2014年に設立して思ったのは、計画どおりに進むスタートアップなどないということです。

ディープテックのスタートアップは、まずプロダクトを作って、それをサービスやプロダクトとして売って初めて浮上するので、単年度黒字になるまで数年かかります。会社を立ち上げてつらかったのは、やはり赤字になっている間は投資家やベンチャーキャピタル(VC)がなかなか資金を出してくれないし、事業会社もなかなか理解してくれないことです。

日本ではそうしたスタートアップに投資するVCはありません。米国でさえも、ディープテックスタートアップの85%は残念ながら投資の甲斐もなく失敗します。多くの会社は途中で研究開発を諦めて、コンサルタント系のAIスタートアップになることが多いのです。

みらい翻訳での経験はまさにそのとおりで、最初は赤字が怖く、2年間ほど薄く浅く会社を運営していたら、幸か不幸か、2016年にGoogleのニューラル機械翻訳(NMT)が登場し、これまでのプロダクトがまったく売れない状況になりました。そして、赤字がどんどん膨らんでいったのですが、深層学習による機械翻訳の性能が日本語に関してはGoogleを超えたことと、NTTコミュニケーションズを通じた販売チャネルができたことから、黒字化することができました。しかし、85%のディープ系の会社は苦しい思いをした後で市場から去っていくわけです。

情熱と幸運があったからとはいえ、なぜGoogleに勝てたのかというと、ローカルデータをマネタイズしたからです。「みらい翻訳」の場合、まず情報通信研究機構(NICT)の翻訳バンクというデータの基盤がありました。つまり、いわゆるデジタルコモンズとしての翻訳データを持っていたのです。

その上に、私企業としての努力の結果、みらい翻訳のデータがあり、さらに製薬会社や法律事務所、医療関係などの業界データを載せることで、Googleと差異化することができました。さらに、それをカスタマイズすることによって性能を上げる戦略が成功したことになります。Googleのようなプラットフォーム企業と同じ土俵で勝負するのは難しいですが、ローカルデータが存在する限り、そのローカルで勝つ部分はあるのです。ですから、そういうB to Bの個社のサービスに関しては、日本企業はまだまだやることがたくさんあると思っています。

パンデミックで加速化するデジタル変革

世界同時進行で研究開発が進むと、競争優位を持っていた研究グループがその優位性をデータなしで半年以上保つことができない場合がほとんどです。もちろんベストプラクティスを続けないと勝てないので研究者は確保する必要はありますが、世界同時進行でコモディティ化していく技術に追いついていくことが重要になります。

私は2007年にNTTドコモで、ガラケーでは初めて音声認識を商用化しました。当時は誰も音声認識が役に立つとは思っていませんでした。結果的に2011年ごろに深層学習の音声認識ができ、今では誰でもスマートスピーカーを使うようになっています。つまり、技術はクリティカルポイント(臨界点)を超えると急速に世界同時進行で商用化が進んでいくのです。

画像認識に関しては2015年に人間の目の能力を超えたといわれています。機械翻訳に関しては2014年に深層学習が適用され、2016年に「トランスフォーマー」と呼ばれる新技術が登場しました。今ではそれが世界を仕切っています。この波に乗り遅れないようにする、そして次の波にも対応する必要があります。あとは、周到にデータを整備していけば勝てるチャンスはあります。

デジタル変革で最も成功している事例はAmazonですが、この10年でAmazonのデジタルトランスフォーメーション(DX)に代表されるAI応用の時代が進んできたと考えています。IT技術者にすれば、デジタルとAIという言葉には区別があまりなく、デジタル技術の1つとしてAIがあるというふうに理解しています。例えばUberやNetflixが成功例であり、DXは結構難しいといわれますが、成功例は確実にあるといえると思います。

私なりに理解してみると、これは「範囲の経済」がうまく回っているというふうに考えられます。従来なら事業多角化でコストが増えていくのをデジタルが吸収していますし、多角化によって間接ネットワーク効果が生まれます。それを実践しているのがAmazonであり、日本の例ではワークマンが挙げられます。単純に効率化を図るだけでなく、多角化によって間接ネットワーク効果を使うことがデジタルの1つの大きな方向性だと考えます。

今はパンデミックによって変化が加速されていますが、その底流にはICT化の前倒しによって見える世界が広がっています。つまり、本来はもっと遅くなっていたはずのデジタル変革が、パンデミックのおかげで幸か不幸か前倒しで進んでいるのです。

デジタル変革では、インターネットサービスへの置換やサブスクリプション型サービスの加速などの変化に加え、需要と供給の高度なネットワーク形成による社会システムの変革が進んでいて、その事象の1つとして雇用のフリーランス化が進んでいるといえます。雇用の流動性の低さが日本のDXを遅らせているという話は以前からいわれていますが、ことソフトウエア技術者、IT技術者、AI研究者に関しては、流動性が増しているように見えます。雇用の分野でもデジタル変革がパンデミックによって進んでいるのです。

AIスタートアップの傾向

次に、AIという言葉でもう少し世の中を見てみると、「AIは幻想だ」とよくいわれます。しかし、まったく幻想ではなくて、さまざまな産業・技術と結び付いて効率をどんどん上げ、さらには適用範囲を広げていくことがイノベーションの基本になっています。

適用範囲の広がりによって、オンライン診療や、ラスト・マイル・デリバリーと呼ばれる配送サービスのスタートアップも登場するようになりました。AIが需要と供給をマッチンし、ロボティクスを結び付けて、これから産業を変えていくドライバーになっていくと考えられます。

しかし、AIスタートアップの傾向としては、産業向け(B to B)であることは変わっていません。機械学習は特効薬ではなく、概念実証(Proof of Concept:PoC)後の壁が乗り越えられないための淘汰がほとんどであり、米国を見てもそう思います。

では、スタートアップの成功条件とは何かというと、大きく2パターンがあると思います。1つは、高値で買収されることです。業界の変化を読み、既存の大企業が抱える課題を抽出して、大企業以上のスピードで解決することで買収されます。日本でも最近この事例が増えてきたと思います。

もう1つは、真っ当な事業拡大パターンでの成功です。まずは特定の分野に特化したフルスタックの事業課題を解決するAIプラットフォームを構築していることが必要です。フルスタックとは、それ自体がサービスとしてきちんと存在していることを意味します。いわゆる部分ソリューションではなくサービスとして存在していて、それを特定ドメインでまず成功させて、横展開を図っていくのです。これら2つのパターンで成功例は見えると思っています。

その上で、AIスタートアップに求められる資質を考えてみると、特に重要なのは、思い付きでスタートアップはできないということと、深いドメイン知識が要るということです。特に産業向けの場合はその分野の非常に深いドメイン知識が必要ですし、複数企業をまたぐプロダクト管理や品質保証、ユーザー企業との強い結び付きが必要とされます。それから、保有計算資源も結構効いています。

大企業側の課題としては、セキュリティ、コンプライアンス要件を過度に強要している面があり、だから外国企業が入ってこられないというメリットはあります。それから、大企業内部にもエンジニアリング力とスピードが必要だといわれています。

AIスタートアップの何がつらいかというと、大企業の判断が遅過ぎて、調達先に入るために非常に長い期間が必要な点です。これは大企業を政府に置き換えてもらっても構いません。それから、SaaS型ビジネスの黒字転換にはすごく時間がかかります。すぐに製品ができるわけではないので、これがなかなかVCには分かってもらえないのです。

それから、データ整備への投資が課題でもありますし、PoC止まり症候群といって、デモはできるけれどもその先に行かないという問題があります。米国でも日本でも顕著ですが、技術コンサルタント会社に行きつくスタートアップが結構多いです。要するに、プロダクトを作って売りたい、サービスを作って広めたいという当初の夢からどうしても挫折してしまったり、当座を生き抜くために技術コンサルを行い、そこでうまく客を捕まえてからプロダクトを作るというハイブリッドの形があったりします。

AIスタートアップは案外OPEX(Operating Expense:事業運営費)が高いのです。それから、データコストが、求められる性能を超えるための曲線を超えるには長い時間がかかるので、非常につらい面があることは申し上げておきます。

機械翻訳技術の進化

今では自然言語処理が進化し、そこから発展していろいろなメディア処理にも展開されようとしていますが、深層学習における主流は今、「トランスフォーマー」と呼ばれる技術が占めています。

そして今、深層学習は盛んに大規模化されようとしていて、一番有名なのが文章生成に強いGPT-3です。それからBERTは文章解析系に強く、ある文章と同じ意味かどうかを判断するのが得意で、米中の巨大IT企業を中心に盛んに投資されています。しかし、残念ながらその分野に日本のプレーヤーはいないのです。

GPT-3のような言語モデルではどのような文章生成ができるかというと、ある人にメールで返事をしたいときにキーワードだけを入れると返事が自動生成されるのです。自然言語の商用化をしている私の目から見ても、まあまあまともなデモになっています。こうしたことができるようになると、数年後にはおそらく文章校正やレポートなどの自動生成がかなり伸長すると予想され、実際に米中で同時進行的に進んでいます。

直面している課題

AIスタートアップが直面している課題は、日本も米国もほぼ同質です。大企業の反応が遅かったり、かなり投資が必要だったり、ドメイン知識がかなり重要だったり、B to Bのつながりが重要だったりするのですが、少し違うのはやはり日本の場合、エコシステムが未発達で、特にM&AやVCに対する出資がほとんどないので、ディープテックスタートアップはあまり聞いたことがありません。大抵はコンサルをしながら耐え忍んでいる状況だと思います。

それから、やはり生存者バイアスはあるので要注意です。米国では15%ぐらいしか成功していませんが、米国の成功例を見ていてもなかなか参考にはならなくて、やはり苦しんでいる人を見てほしいと思います。

それから、GPT-3に代表される巨大な言語モデルができようとしていることにより、従来の検索データベースの概念を破壊するだろうと考えられます。

その上で、AIはパワーゲーム化が顕著になっていて、Preferred Networks社CEOの長谷川順一さんが言っているように、計算資源や言語資源、データを持たないスタートアップはなかなか出てこないので、それをどうするかというのが結構大きな課題だと思います。つまり、「ネズミは巨象の上で踊れるか」と私は思うのですが、そのためにはデジタルコモンズの役割が鍵だと思います。

最近、AIやIT、ソフトウエア技術者の流動性が増えてきたと周りを見ていてつくづく思っていて、知人が転職先で結構苦労しているのです。話をいろいろ聞いてみるといくつか課題があって、トップ自らがしっかりとデジタル化を分かっていることは非常に大切なのですが、特に思うのは、経営幹部にデジタル化のことをよく理解した外部出身の人がいることが結構大きいと思います。いくらソフトエンジニアやAIエンジニアが流動化して、DXができそうな会社に入っても、経営幹部が製造業の人だったり、小売りの人だったりして発想パターンがまったく変わらないので、ここが変わらないと変わらないだろうとつくづく思います。

質疑応答

コメンテータ:

新型コロナウイルスの影響によるデジタル変革の加速や、GPTなどの大型言語モデルによるソフトウエア開発の変化など、デジタルを取り巻く環境は大きく進んでいますが、実際にDXに取り組めている企業はわずかしかありません。しかし、DXが進まなければ2025年には最大で年間12兆円もの損失が生まれるとの試算もあります(「2025年の崖」)。この事態を避けるには技術とスピードが必要になりますが、これはまさにAI系ディープテックスタートアップの強みでもあると思います。

DXに取り組まなければならない既存の日本企業と、新たなディープテックスタートアップが組み合わさることで、企業のDXを実現すると同時にスタートアップ自身も伸びていけるのでしょうか。双方を同時に実現するような企業とディープテックスタートアップの関わり方があるとすればどのようなものでしょうか。

A:

その点でも、経営幹部層にデジタルをしっかり分かっている人を入れることがとても大事だと思います。これは政府についてもいえることで、デジタル技官がもっとハイライトされて、組織の長になることが重要だと思います。今はせっかくエンジニアの流動性が上がっているのに、幹部がそのままなのを何とかしたいと思っています。

それから、既存のプロセスや商売のやり方でデジタル化しようとしている人が多いと思います。サプライ・チェーン・マネジメントの自動化のツールを入れるときに一番のネックになるのは、既存のサプライ・チェーン・マネジメントをデジタル化しようとすることです。そうではなく、今売れているサプライ・チェーン・マネジメントのツールに合わせて自分たちの組織ややり方を変えていくことが必要です。

Q:

ディープテックスタートアップの資金ショート問題は今後改善されるのでしょうか。日本には米国のDARPA(国防高等研究計画局)のような機関がないので、十分な資金支援は今後も厳しい状況が続くのでしょうか。

A:

やはりDARPAがないというのは大きいので、政府資金のプログラムディレクターを真剣になって養成する必要があると思います。そのためには独立してお金を回して、インセンティブをしっかり与えられるポジショニングを用意すべきだと思います。政府系の資金をファンドで回す人も育っていないので、意識的にバイアスをかけて育てていくことだと思います。

コメンテータ:

スタートアップに挑む人を増やすには、どういった仕掛けが必要ですか。

A:

大学も政府も大企業も、採用を変えるべきだと思います。特に企業の場合はあまりにもムラ社会で、外部から人材が来ないのです。それから、大学教員の兼業も日本では結構厳しいですが、ドイツの有名なフラウンフォーファー研究機構などは割と自由にやっているので、その辺をどんどんまねてもいいと思います。

Q:

女性活躍の分野ではいかかでしょうか。

A:

世の中の問題を問題だと感じている人の半数は女性なのに、その声があまり上がっていません。AIのコモディティ化がどんどん激しくなり、世界共通でほぼ数カ月以内に伝播していく中で、やはり問題の切り取り方が重要になっており、女性の参加は不可欠だと思っています。ですから、女性を含めたチームをしっかりつくることがどの企業にも必要です。

Q:

AI/機械翻訳の論文を読むと、日本語の文法が入っていないAIエンジンが多いのですが、どのように対応されていますか。

A:

現在、機械翻訳や自然言語処理のほとんどは、文法の概念なしで処理しています。それでも文章ができるのですが、あと2~3年でまた揺り戻しが起き、人間にとって理解しやすい自然言語処理になっていくと思います。

Q:

初等・中等教育では「情報」の講座ができて10年以上たちますが、効果が出ていないように思います。教育体系の見直しは必要なのでしょうか。

A:

ある程度イエスです。今回のパンデミックで、公立の小中高生はほとんどオンラインなしで学習していますが、私立の進学校などは全てオンラインです。教育の機会均等を考えることは今後非常に重要になってくると思います。

大学に関しても、情報科学の研究ではいまだに体系的議論や体系的研究に重きが置かれていますが、それでは駄目で、これからは実装やデザインを考えなければなりません。しかし、大学では実装やデザインをほとんど教えないのです。ではどうするかというと、外部で勉強会をしています。ですから、公教育で体系的なものを教える部分と周辺領域で実践などを教える部分を併せて設計していくことが、今後はとても大事になるでしょう。

Q:

大学のオンライン教育の活動について、どのように評価していますか。

A:

前向きに評価する情報系教員が多いですが、社会科学系はちょっと大変かもしれません。教育の機会均等などと言いだすとベースに合わせなければならなくなるので、ベースに合わせるのか、走れる者だけ走るのかという考え方が大事であり、大学で真っ当に行う公教育としてはベースラインとその外側をうまく設計することが必要です。

Q:

GPT-3のさらに先のデジタルコモンズを作る資金的・人材的なリソースは、わが国にあるのでしょうか。

A:

GPT-3はほとんど英語で作られていますが、日本語などはあまり入っていないので、日本人のためのAIという点では、まだできるところはあると思っています。それから、パワーゲームになっていったときに、政府としてデジタルコモンズを用意したり、うまく企業をまとめたりする手もないことはないと思いました。

コメンテータ:

ディープテックが悪用されないために、どういった取り組みが必要でしょうか。

A:

フェイクニュースかどうかの区別がほとんど付かなくなっていて、画像も含めてちょっと難しいように思います。セキュリティの研究は結局、矛と盾でやっているので、結局はトップの研究を維持するしかないでしょう。そこに日本が入っていく余地は厳しくて、グローバルで米国などを足掛かりにして展開する会社を作ることと、ローカルの部分で社会問題をきちんと解決するという、グローバルとローカルの使い分けになると思います。

Q:

AI系ディープテックスタートアップの資金不足について、政府の支援で有効なものや欠けているものはありますか。

A:

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)なり国からの支援は、非常に効果的だと思います。もっと効率化できると思うので、機動性を上げるなり、DARPAのプロマネのような人を育てていくことが必要だと考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。