2020年版中小企業白書・小規模企業白書:「価値」を生み出す中小企業・小規模事業者

開催日 2020年6月5日
スピーカー 関口 訓央(RIETIコンサルティングフェロー / 中小企業庁事業環境部調査室長)
コメンテータ 宮川 大介(一橋大学大学院経営管理研究科准教授)
モデレータ 佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)
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開催案内/講演概要

2020年版中小企業白書・小規模企業白書では、中小企業・小規模事業者に期待される「役割・機能」や、それぞれが生み出す「価値」に着目し、経済的な付加価値や地域の安定・雇用維持に資する取組を調査・分析している。本セミナーでは、同白書を編集した中小企業庁事業環境部調査室長の関口訓央氏に詳細を解説いただいた。

議事録

総論:中小企業・小規模事業者の動向

わが国の企業の99.7%が中小企業で、そのうち85%が小規模事業者です。中小企業の従業者は全体の約7割を占めており、付加価値としては全体の約半分です。ですが、研究開発では中小企業の割合は非常に低く、特に製造業では大企業と比べて6倍から7倍程度の差があります。中小企業の生産性の低さが指摘されますが、この研究開発投資の割合が生産性の差の非常に大きな理由なのではないかと思います。

雇用の状況については、大規模企業への集中が近年ずっと続いていて、逆に30人未満の中小規模の事業所の雇用者数は一貫して減少傾向です。

中小企業の労働生産性は長らく横ばい傾向で推移していますが、大企業は少しずつ労働生産性を上げており、徐々に格差が拡大しています。資本装備率の格差も非常に大きく、大企業と中小企業では3倍程度の差があります。一方で、大企業の労働生産性を上回るような中小企業も一定程度存在しています。上位10%の小規模企業と大企業の中央値を比較すると、小規模企業の方が高いという状況です。

企業数は減少傾向にあり、特に小規模企業の減少率が高くなっていますが、わが国の開廃業率=新陳代謝は、国際的に見て非常に低い水準にあります。生産性の高い企業が新規参入して生産性を上げており、開業企業の上位10%のパーセンタイルは、存続企業に比べても非常に高い水準になっています。最初から高いパフォーマンスを示すような開業ということです。一方で、生産性が高い企業が廃業してしまうケースもあります。

経営者の高齢化は事業承継問題になっています。今や70代以上の社長の会社が3割弱あり、80代の社長さんで後継者が決まっていないところも約3割あります。企業の休廃業・解散も高止まりしていて、年間4万者以上あります。特に今年はコロナの影響もあって5万者を超えるのではないかという見通しを出すところもあります。そのうち、黒字廃業が6割程度という状況が最近続いていて、これは重要な経営資源を廃業という形で捨てることになるため、そうした貴重な経営資源を次世代の意欲ある経営者の方に引き継いでいくことが政策的にも非常に重要ではないかと思っています。

事業承継の実態としては、同族承継の割合が下がってきていて、従業員の承継や外部招聘も有力な選択肢になってきています。またM&Aによる第三者承継が最近非常に増えてきていて、中小企業庁としてもM&Aによる第三者承継のガイドラインを整備しているところです。

中小企業の4類型

日本の中小企業は358万者ありますが、この多様な企業をあえて類型化し、それぞれの特徴に合った形でサポートすることが必要だと思っています。そこで、中小企業を4つに類型化してアンケートを実施しました。1番目がグローバル展開を志向している企業(グローバル型)、2番目がサプライチェーンの中核を担うことを志向する企業(サプライチェーン型)、3番目が地域資源を活用しながら地域外の需要を積極的に獲得しようと志向する企業(地域資源型)、そして4番目が地域・地元の生活を今後も支えていこうという志向の企業(生活インフラ関連型)です。

アンケートの結果は、中規模の企業では製造業と非製造業が対称的になっています。製造業は、サプライチェーン型が非常に多い。一方で、非製造業、例えば、建設業、運輸業、小売業などですが、こちらは生活インフラ関連型が非常に多く6割弱ぐらいという状況です。

同じことを小規模事業者の皆さんに質問すると、製造業ですと、地域資源型が4割近くあります。非製造業では、生活インフラ関連型の割合がさらに多く7割という特徴があります。

小規模事業者の皆さんに事業方針をお伺いすると、生活インフラ関連型の6割ぐらいは、現状維持でサステナブルに事業を続けていきたいと言われる。一方で、グローバル型、サプライチェーン型ともに、成長志向が非常に強い企業が多い。それぞれの企業の役割・機能、意向を意識した丁寧な支援が、今後必要になってくると思っています。

中小企業の「差別化集中戦略」と「新たな価値創造戦略」

次に、企業の競争戦略について、対象とする市場(マーケットを広く取るか集中するのか)と他社との優位性(低価格か製品サービスの差別化か)の2つの軸で、4つの類型に分けて分析しました。

アンケートの結果は、B to Cの企業とB to Bの企業では違いがありますが、総じて、特定の狭い市場=ニッチマーケットを対象にしつつ、製品サービスの差別化で他社との優位性を構築する「差別化集中戦略」を取る企業が非常に多いということです。差別化によりしっかり優位性を出せていると回答された企業は、労働生産性の水準も非常に高い傾向にあるということが分かりました。さらに、国内のニッチトップの企業は、技術開発、新製品・サービスの開発に注力をしていて、そのことで差別化を図る傾向が顕著でした。海外展開でも差別化戦略は非常に有効のようで、どら焼きの機械をつくっている会社が、あんこの代わりにチョコレートをパンケーキに挿んでみたら欧州でも非常に注目を集めたといった成功事例もあります。

また、「差別化集中戦略」とあわせて、新たな価値を創造する「新たな価値創造戦略」も、中小企業が取り得る大きな戦略の1つではないかということで、新事業領域に進出した前後での販売単価と販売数量の変化をお伺いしました。結果は、新事業領域に進出すると、約4割の企業で数量と単価が両方とも向上していました。これは大企業ではなかなか採りにくい戦略ですが、中小企業がニッチマーケットに限って新事業領域に進出していくことで、単価も数量も上げて付加価値も向上するというのは、非常にオーソドックスな戦略なのではないでしょうか。例えば、トラックのレンタルに運転手を付けるという新しいサービスの事例もあります。また、今まで自動車向けのFA(ファクトリー・オートメーション)をやっていた会社が、電子部品のフレキシブルデバイスの試験機に進出して、ニッチマーケットを幅広く獲った事例もあります。

人的資本などの無形資産の活用

今回の白書では、いわゆる無形資産の活用が中小企業の経営に非常に大事ではないかということも、いくつかの観点から分析しています。

1つは人的資本への投資です。アンケートで会社として最も重視する経営資源は何かを聞いたところ、人材、特に技術系の人材であるとの回答が、非製造業も含めて非常に多かったです。しかしながら、その一方でOFF-JT投資はマクロで見ても諸外国に比べて非常に低い水準ですし、また機能が非常に下がっています。

人材投資に積極的に取り組んでいる企業と、そうでない企業との差を労働生産性の変化で比較したところ、人的投資に取り組んでいる企業ほど労働生産性が上昇している傾向があり、特に経営者・役員へ人材投資をしている企業は生産性の上昇率が非常に高いことが、今回の分析から分かりました。

無形資産の活用という意味では、知的財産の活用も生産性向上に重要な要素になります。中小企業では、特許よりも商標や実用新案の活用が多いですが、これらの知財をうまく使って自社の価値を顕在化させたりブランド化する事例も見られます。

オープンイノベーションによる可能性の拡大

今回の白書では、オープンイノベーションについても分析しています。どこと連携すれば労働生産性が向上するかです。連携先としては、同業種の国内中小企業が比較的ハードルが低いので選択されるケースが多いのですが、労働生産性の伸びを見ると、他流試合というか、異業種の国内大企業や中小企業、大学と連携している企業の方が高い傾向が出ています。

SDGs(国連による持続可能な開発目標)のため、こうしたオープンイノベーションでその地域の課題の解決とか、環境問題の解決などにチャレンジしている企業も非常に多いことも、事例でご紹介しています。オープンイノベーションの成功に向けたポイントとしては、やはり連携企業との信頼関係、そして明確なゴール設定が重要だ、と回答された企業が非常に多かったです。

競争優位性の価格への反映

優位性を価格にしっかり反映されているか、ということについて、差別化により優位性を構築したという企業にお伺いしたところ、十分に反映されている、という答えの企業は、残念ながら約半分でした。特にB to Bの企業で反映できていない企業が多い傾向にあります。労働生産性の水準という点でみても、やはり優位性が十分に価格に反映されている企業の方が生産性も高く販売単価も上昇していますので、優位性をしっかり構築するだけでなく、その価値を価格に適正に反映し収益化していくことが、付加価値の向上策として大事だということです。

適正な価格設定のためのポイントは3つあります。第一に、顧客に対して優位性をしっかり発信するということ。しっかり伝達できていますか、という問いに、「できている」という企業ほど、価格にしっかり反映できている、ということです。第二に、価格競争に巻き込まれないということです。このグラフは、他社が10%値下げした場合に、どういう行動をとりますか、ということを聞いていますが、「値下げされても、うちはしません」というお答えの企業の方が、価格設定の力は強い、ということが分かります。第三に、原価や販売価格を、しっかり組織的に管理するということです。例えば、コストを製品単位で把握をすることで利益率を改善させる。あるいは、社内で利益率の目標を共有し、利益率管理をすることで、高い収益力を維持されている。家電販売の事業者の方で、粗利で35%以上を確保できる価格設定を徹底する、といった取り組みをされている企業もあります。これら3つができていると優位性をしっかり価格に反映させている割合が高まる、という結果が出ていますので、こうした点に留意しながら、適正な価格設定を進めていただくことが非常に大事だと思っています。

付加価値の獲得に向けた取引関係の構築

下請取引を含めた中小企業の取引構造についても分析をしています。取引依存度と販売先との関係や、それらと売上高増加率の関係などです。例えば、主要販売先との「取引継続年数」を確認すると、10年以上の、非常に長い取引をされている事業者の売上高の伸びと比べて、10年未満の取引関係の企業とお付き合いされている事業者の方が高いことが分かります。既存の取引関係を維持するだけではなくて、主要販売先の見直しを、常に図っている企業の方が、伸びがあるということです。

また、価格転嫁力を調べるために、付加価値額の上昇率を実質労働生産性の伸びと価格転嫁力に分解してみました。すると、実質労働生産性の伸びは、大企業と比べて中小企業も遜色ないのですが、一方で、価格転嫁力が弱いことによって、中小企業の生産性が下がっていることが分かりました。特に製造業の場合、発注側事業者との取引状況の改善が1つのポイントではないか、ということです。価格転嫁に向けた協議についても、しっかりと協議の申入れを行っていくことや、価格転嫁を実現するために、優位性をしっかり提案することなどが大事です。

地域における小規模事業者の重要性

次に「小規模企業白書」ですが、今回コンテンツをかなり充実させています。1つは人口密度による分析で、人口密度の低い順に全国の市区町村を4つのグループに分けて、各区分に百貨店とか、GMS(General Merchandise Stores:総合スーパー)、野菜・果物を売る八百屋さん、果物屋さんが、その市区町村にあるかどうかを調べました。一番田舎のところには、デパートや総合スーパーはありませんが、八百屋さん、果物屋さんは、7割近くの市区町村に存在します。つまり、田舎に行けば行くほど、こうした小規模事業者の存在感は大きいし、住民の生活を支えている。小規模事業者は、地域課題解決の中心的な役割を担うことが期待されていて、公的な自治体、支援機関、自治会などと併せて、地域社会における期待が大きい、ということです。

小規模事業者を通じて地域とのつながりを感じるか、ということも、アンケートを取りました。これも「感じる」という答えが、半分ぐらいあり、住民と地域の接点としての役割を果たしている、ということが分かります。

もう1つ、地域の小規模事業者の重要な役割として、多様な人材活躍の場を提供していること。特に、柔軟な労働環境を提供しているということが、意義としては大きい。その労働環境の評価について、経営者との近さ、従業員同士の近さ、融通が利くところなどが、非常に大きいのではないか。逆に、定量的に測られる業務量や、報酬などは、やはり大きな会社と比べると弱い、という自己評価をされています。ですので、魅力ある労働環境ということで、定量的な労働環境を改善していくには、売上利益を確保して、しっかりサステナブルに事業を継続していくことが大事だと言えます。

それから、労働参加率は高くなってきています。女性や高齢者の方にも、その活躍をしっかりサポートしている、ということかと思います。勤続年数が非常に長い女性の方や高齢者の方が多いのは小規模事業者であることが、統計からもはっきり傾向として出ています。

経営者の方の自己実現あるいは働き方という面でも、小規模企業は非常に大きな役割を果たしていることが分かります。小規模企業の経営者の方の裁量面、あるいは仕事の内容、地域とのつながりなどの満足度は、企業の勤務者と比べて非常に高い傾向にあります。

中小企業・小規模事業者と支援機関

続いて支援機関の役割についての分析です。支援機関など外部支援を有効に活用して自社の強みや経営課題をしっかり把握することが重要で、外部支援を使っている企業と使っていない企業で差が出てきます。具体的な経営計画の策定や運用は、外部からアドバイスを受けると、しっかり策定して運用でき、業績も良くなってきています。中小企業の皆さんにとって、外部支援を有効に活用し、経営計画に基づくPDCAサイクルを回していくことが、非常に重要かと思います。

日常の相談相手も大事で、特に中小企業の経営者の方は、経営者コミュニティ、例えば商工団体とかサークル活動などの経営者の集まりに参加されている人が多いですが、そういった経営者仲間から経営課題の解決につながるヒントやビジネスの拡大につながる機会が得られることも多く、経営者コミュニティの役割も大きいようです。

また、支援機関として商工団体がありますが、商工団体は1人の経営指導員の方が受け持つ事業者の数が非常に多いです。このため、丁寧な伴走型支援を行っていく上では、他の支援機関との連携が非常に大事になります。また、支援機関ごとに強みは千差万別ですので、それぞれ連携して強みを出し合うことが大事です。連携する中身としては、販路開拓や財務改善などが多いのですが、価値を創造するための製品開発や技術開発といった分野でも連携が期待されます。

コロナの関係をご説明する時間がありませんでしたが、事業のリスクとして感染症を意識されている方は自然災害に比べて非常に少なかったです。BCP(事業継続計画)の策定も、中小企業ではあまり進んでいません。ですから、感染症対策も含めたBCPの策定は非常に重要です。なお、テレワークの導入も企業規模が小さなところほど進んでいなかったようです。

一方で、感染症リスクにきちんと備えていた企業もありましたし、学校の休業に合わせて社内に従業員の子どもたちを受け入れた企業もありました。こういう柔軟な対応ができたのも、中小企業の大きな強みなのではないかなと思います。

最後に、コロナ禍での新たな価値創造の取組です。今回、価値に着目した分析をしましたが、今回の感染症が広がる中でも、新製品の開発とか、新たな形での販路開拓や、雇用へのアプローチで、柔軟かつスピーディーに、新たな価値創造に取り組んでいる中小企業が多数存在していることがよく分かりました。こうしたところが中小企業の素晴らしさであり、迅速性や柔軟性を十分サポートする形で今後も中小企業政策を行っていく必要があると思っております。

コメント

コメンテータ:
具体的なテーマで、いくつか重要な視点が出されています。まず、中小企業が経済の中で果たしている役割に着目し、4つの役割を提案されているところが非常に重要だと感じました。そして、分析して終わりではなくて、付加価値を向上させるためにどういった方策があり得るのかについて、いくつかの提案がデータとともになされているので、その点も特徴の1つだと感じています。中小企業と一言で片付けてしまわず、さらなる分類を行うことで異質性の丁寧な描写を行っているところが、非常に興味深いです。

それから、データに関して裏を取っている。個別にアンケートをされたり、会社を訪問してヒアリングしたりと、補完的な情報によって地に足が着いた分析をされていることが、安心感を高める1つの材料だと感じたところです。

今回の白書では、単純な相関関係の描写だけではなく、そこから因果関係を取り出そうという試みがなされており、こういった取組が今後も続くことを期待したいと思います。また、ミクロの描写とマクロ統計との接続が一気通貫に行われるような議論がされてくると、日本の全体像を理解する上でさらに有用な情報になるのではないかと感じました。アンケートのようなある種の質的データを、定量的なデータと組み合わせることで、より一層様子が詳しく分かることもあるのではないでしょうか。また、よくなされる米国との比較以外に欧州やアジア各国との比較の視点が今後より重要になってくるのではないでしょうか。

白書の提案は素晴らしく、これをワンショットの取組で終わらせない分析体制の確立が効果的ではないかと感じました。白書でクリアになった問題について、再度リレーし分析を行う。例えば、経済産業研究所とか、いろんな主体がいらっしゃるので、リレー形式で重要な論点を継続的に分析することが重要だろうと思います。その際、やはりミクロデータの整備が重要で、全体をカバーするという意味では税務とか通関データの利用もあり得ると考えます。また、アカデミックなリサーチャーと交流し、使い倒すというような姿勢がもっとあってもいいのかなとも感じるところです。

質疑応答

Q:

第三者承継は今後増えていくのでしょうか。

A:

第三者承継が非常にやりやすくなってきていて、例えば、ネットを使って承継マッチングするサービスが出てきています。その分野で勤めておられた方が、独立して開業されるような場合に、手ごろな企業さんを選んでというケースも出てきています。今後は、そうした起業の手段の1つとして事業承継が使われるようなケースも広がってくるのではないかと思います。ですので、適正な市場環境の整備が、中小企業政策として求められてくるのだと思います。

Q:

災害対策における中小企業の役割はいかがでしょうか。

A:

中小企業のレジリエンスには中小企業ならではの特徴があると思っています。大企業が持っているレジリエンスと、中小企業が持っているレジリエンスは、少し違うのではないかなと。意思決定の迅速性とか柔軟性、特にその働き手との間との柔軟性とかが非常に重要だと思いますので、そうした中小企業の特徴をうまく活かして日本のレジリエンスを高めていく、サプライチェーンをしっかり守っていく、ということが大事ではないかなと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。