生産性から見た日本経済

開催日 2019年1月16日
スピーカー 宮川 努 (RIETIファカルティフェロー / 学習院大学経済学部教授)
モデレータ 前田 翔三 (経済産業省経済産業政策局産業構造課課長補佐)
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資本主義経済とともに始まった現代の経済学では当初から、生産性向上こそが生活水準向上や国富増大につながると考えられていた。現代においてもその重要性は変わっていない。近年になって多くのエコノミストが、現在の長期停滞から脱するためには生産性向上が必要であると指摘し、政府の政策の中心も生産性へと傾きつつある。しかし、生産性の概念が正しく理解されているとはなかなかいえない。本セミナーでは宮川努RIETIファカルティフェローが、そうした問題意識から執筆した近著『生産性とは何か―日本経済の活力を問い直す』を基に生産性を分かりやすく解説するとともに、生産性向上が達成できなかった場合の日本経済の行く末や、生産性向上のために日本政府ができることについて議論を展開した。

議事録

生産性はなぜ重要なのか

宮川努写真生産性にこれまで取り組んできた研究者はみな、生産性が政策的に必要であれば、それをきちんと理解してほしいという思いを持っています。そうはいっても、生産性の測定方法にはさまざまなバリエーションがあります。

政府もようやく生産性向上の重要性に気が付いてきたのですが、望ましい生産性向上策とは何かというのは非常に難しい問題だと思います。政策担当者からすれば、お金を広く行き渡らせる政策の方が楽だと思うのです。実際に初期のアベノミクスで実施したわけですが、結果的に成長率は上がっていないし、生産性も向上していません。

経済学からすると上記のことは当たり前のことなのですが、これまでのアベノミクスを乗り越えて経済を成長させるためにはどうしても生産性に向き合わなければなりません。生産性はどちらかというと、インプットに対するアウトプットの比率になりますが、広く見ればアウトプットとインプットをどう捉えるかによって、いろいろな形で考えることができます。

生産性は資本主義とともにあると言っても過言ではないと思います。アダム・スミスは『国富論』の第1章で、国富を増大する方策について、瓶の生産を例に説明しています。瓶を1本生産するときに、1人の職工が作るよりも分業すれば多く生産できるし、労働生産力もそれに応じて増進させ、労働生産性を上げられます。つまり、資本主義経済の原点は生産性から始まるといってもいいのです。

一方、自由貿易では比較的生産性の高い商品を輸出し、比較的生産性の低いものを輸入すれば、人々は豊かになるという考え方に立っています。これらが経済学の二大原理といってもいいのですが、いずれも生産性と関わっているのです。

その後、ケインズ経済学が出てきました。これはどちらかというとアベノミクスの最初の「3本の矢」で行われた、「短期」の経済学であり、とにかく財政・金融政策で不況から脱出することを重視しています。

しかし、ノーベル経済学賞を取ったクルーグマンは1990年、「長期」の経済学においては生産性が全てだと言っています。それは、社会主義経済の崩壊を受けてのことです。つまり、生産量の多さが全てではなく、生産性が高いことが持続的に国を繁栄させる基本になるのです。

それに失敗したのが旧ソ連でした。ソ連は1950年代、鉄鋼生産などの分野で世界1位になりましたが、それは労働力を集中的に投下していたからで、生産性の向上を怠っていました。非常に古い生産体制でインプットを増やしていったことが、経済的に行き詰まった原因だと言っています。

同じく社会主義国だった旧東ドイツはトラバントのような燃費の悪い車を造り、一方資本主義経済研だった旧西ドイツではBMWやベンツなど世界最高峰の性能の車を造っていました。これが経済体制の差でもあるし、生産性向上を基礎とする経済と、生産性を向上するインセンティブがない経済の差を象徴していると言えます。

日本の場合、安倍首相も、欧米と基本的な価値観を共有していると繰り返し主張しています。そうだとすると、欧米と同じように生産性を常に政策的にチェックしなければならないと思います。残念ながら、日本ではそのことが理解されておらず、政策の現場にいる一般の人にまで浸透していません。

一方、米国では、過去の景気回復期と比べて回復が鈍化しています。1990年以降の3度の景気回復(1991年からのS&L危機、2001年からのITバブル危機、2009年からの世界金融危機)のうち、世界金融危機からの回復期の伸びが最も小さいのです。

このとき米国で起きた議論は、もちろん日本と同じように財政・金融政策で本来のギャップを埋めるべきという意見もありましたが、一方で生産性に関する議論もありました。つまり、生産性上昇の低下に伴う長期停滞が起きているという議論です。この議論は日本とよく似ていて、雇用回復は順調なのですが、賃金上昇は緩やかなのです。そして賃金上昇が緩やかなのは、生産性が低いからです。

バブル崩壊後の日本は、生産性の重要性に気付くまでに時間を要したと思います。バブル崩壊時、構造改革に手を付けるのが遅く、財政拡大で乗り切ろうとしたのです。この点は、米国の世界金融危機への対応と大きな違いがあったと思います。

このため日本の場合、1997~1998年の金融危機では、IT革命時に必要な資源投入ができませんでした。ちょうどグーグルやアマゾンが出てきたころです。日本はそもそも間接金融主体ですから、金融機関はみんな傷だらけで、必要な資源を新たに導入できなかったのだと思います。

もちろん政府としてはいろいろなIT関連の委員会を立ち上げましたが、機能的には動きませんでした。金融危機と構造改革の両方をやらざるを得なかったハードランディングでしたが、ようやく2000年代に欧州も生産性の重要性に気が付いたのに対し、日本はあまり注目しませんでした。

日本は「新三種の神器」の輸出で非常に浮かれていた時代で、結果的にこの時点では競争力の格差が縮小していることに気が付かなかったのです。世界金融危機後、日本の産業競争力の低下は顕在化しました。GDPは中国に抜かれ、日本では経営破綻に陥る電機メーカーが続出しました。

ようやく、安倍政権に入って本格的な成長戦略を立てられます。この成長戦略に期待もしていましたが、財政・金融政策が優先されていたので、政権が生産性の低迷に気付いたときにはかなり出遅れていました。日本の場合、認識のラグが少し長過ぎたような気がします。

こうしたことは、不良債権のときもそうだったのではないかと思います。不良債権のときの経験からすると、先延ばしすればするほど傷は深くなっていくので、厳しい対応を取らざるを得なくなり、改善するための措置が厳しくなります。このことが残念でなりません。

生産性の概念と国際比較

生産性とは、パフォーマンスの指標です。アウトプットが分子で、投入した要素(インプット)が分母に来ます。昔の乗り合いバスは運転手と車掌の2人が乗っていましたが、今はワンマンバスが当たり前です。つまり、乗客数が同じだとすると、バス事業の労働生産性は倍です。同じことは自動改札や自動券売機にもいえます。つまり、労働生産性は自動化という技術進歩とそれを体現した機械で増えていくのです。

生産性が増えると、所得が増えます。売上が全て人件費に使われるとします。売上は価格×数量で、それが全て人件費に回されます。人件費は賃金×労働者数です。「価格×数量=賃金×労働者数」という式を変形し、労働者数を左辺に、価格を右辺に移すと、「数量/労働者数=賃金/価格」となります。すると、左辺が労働生産性、右辺が実質賃金となり、労働生産性が増えると実質賃金も増えることになります。

労働分配率が変化すると、一部は資本に行くため、この原理は成り立ちませんが、日本は割と成り立っています。つまり、生産性が上がれば賃金も上がるということは、生産性が上がっていないと賃金も上がらないということです。米国で問題になっているのは、労働分配率も下がって生産性も下がっているため、賃金があまり上がっていないことです。

それから、1国全体の労働生産性に近い近似的概念は、1人当たりGDPです。当然ながらGDPは付加価値ですから付加価値をアウトプットにすると、あまり移民が多くない国では人口と労働者数がほぼ比例的に動いています。

購買力平価でみた1人当たりGDPは、日本は1995年に9位でしたが、2017年は17位で、ずっと落ちています。しかも、1995年は円高で1ドル=80円前後となり、現在は110円前後ですから、より差が開きました。日本はOECD平均を下回っており、先進国の中でも下位に位置します。これは生産性の動きと似ています。

また日米の労働生産性のギャップを見ると、日本は米国の6割程度です。日本はこんなに低いわけがないという批判がよく聞かれます。特にサービス業に関しては、日本のサービスの質はとてもいいとよく聞きます。そこで、質を調整してみるのですが、大体どの産業も1~2割は上がるものの、生産性のギャップは残ります。

どの国でも労働生産性は重要ですが、単に労働生産性だけでいいかというと、そうではありません。機械の台数ばかり増えても売上が増えなければ資本の生産性が下がります。このことがなかなか経営者に分かってもらえません。経営者は自分で適正利潤を考えているので、ある程度になったらストップすると直感的に分かっています。実質的には資本の生産性を気にしているのです。

資本の生産性は、バブル崩壊時からどんどん下がっています。だから、資本も労働も両方とも生産性が上がることを考えなければならないのです。そこで、生産過程全体の効率性を計る指標として考えられたのが全要素生産性(TFP)です。

鉄道を例にとると、資本とはレールや駅舎、自動改札です。労働は駅員や運転手です。でも、目に見えない重要なものがダイヤです。ダイヤは労働者が作りますが、どういうダイヤを組むかによって生産性が全く異なります。

動物園を例にすると、動物の見せ方(一種のディスプレイ)などのアイデア自体がTFPにつながります。アップルのブランドが明らかに日本製のスマートフォンより高いのは、ブランドが価値を生んでいるからです。

何が生産性を向上させるのか

TFPの計算方法はそれほど難しくありません。資本や生産量の増加率から生産要素全体の増加率の集計値を引いたものと考えてください。日本の場合、1980年代は1.5%ほどでしたが、1990年代にマイナスになり、2000年代は0.5%で推移しています。米国もほぼ同じですが、韓国や台湾は日本の3倍程度になっています。

長期試算として1980年代の数字がよく使われますが、本当に戻せるかというのが問題になります。政府は1.5%程度で計算していろいろな長期計画を立てていますが、実現するのはなかなか難しく、本当に政府がそのように宣言するのであれば、真剣に考えなければなりません。

では、生産性を向上させる要素は何かというと、第一に研究開発支出です。対GDP比率で、日本はそれほど低くありません。しかし問題は、研究開発の場合も金額プラス効率性であるということです。研究プロジェクトについてもある程度選別していかざるを得ないことは明らかです。もう1つは、自前主義と重複投資をなくしていかなければならないと思います。これは先進国全体の問題でもあります。

より重要なのはIT革命です。情報通信産業の付加価値シェアを見ると、日本は世界とあまり遜色がありません。IT投資(情報機器やコンピュータ等の情報化投資)も世界金融危機までは増えていましたが、それ以降は比率が下がっています。日本は先進国並みではあるものの、IT投資と他の投資との連動が低いのです。

情報化投資、R&D投資、人材投資、組織資本投資の1995~2012年(英国は1997~2012年)の伸びを見ると、日本の場合、連動性がまったくありません。情報化投資とR&D投資は増えていますが、人材投資と組織資本投資はマイナスです。

組織資本投資とは、IT投資に連動して組織決定様式を変えるためにいろいろと組織替えするための費用です。それも投資と考えます。ある意味、コンピュータにプリンタやハードディスクが必要であるように、情報化投資をすれば人材育成や組織変更は同じ付帯設備なのです。ところが、米国は全てプラス、英国は世界金融危機の関係で人材投資が若干減っていますが、それ以外はプラスです。ここが今回の肝です。

特に人材投資に関しては、日本はIT投資との連動性が低く、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)は着実に行っていますが、オフ・ザ・ジョブ・トレーニング(Off-JT)が非常に低調です。既存の技術の改善にはOJTは適切ですが、技術革新のスピードが速い分野でどのように追いつくかが課題だと思います。

経営トップにITの利活用について尋ねると、1人当たりの作業能率の向上、業務プロセスや作業効率の改善のために活用していると回答した企業では、CIOやIT担当専門の役員を置いている割合は低いですが、投資収益率の向上を目指している企業では7割以上が置いています。

つまり、日本企業は人材・組織面でさまざまな問題を抱えているにもかかわらず、改善するには時間がかかるし、最近の若者はすぐに辞めてしまうため、人材投資になかなか取り組んでいない実態があります。それで、組織と人材を丸ごと買ってしまうM&Aで対応しようとするのです。

政府は何ができるのか

では、政府に何ができるのかというと、基本的には環境整備だと思います。民間の生産性向上を支援する環境を整えること、過剰な介入はしないことです。つまり、競争政策が基本だということです。スポーツを例にとっても、競争性、合理性、多様性がそろってはじめて、国際的な競争ができるわけです。

国際性という点では、観光部門も大きな成果を得ていると思います。ただ、私が懸念するのは、生産性向上はこれまでの仕事を前向きに変革していくことだと思うのですが、政府の政策は従来型の仕事の方法を維持することを支援しているのではないかということです。先ほどの動物園やJRの成功例にしても、今まで通りであればまったく進展がないわけです。私にも誤解があるかもしれませんが、外国人労働者を単に受け入れるのであれば、労働生産性は上がらないはずです。

今までは高齢者が増えてきたので、生産年齢人口の減少を高齢者で補ってきました。それを今度は外国人労働者で補うのであれば、生産性向上策にはなり得ないし、賃金の上昇も期待できません。かつ、技能研修のことを考えると、日本の設備年齢はバブル崩壊後も上がっています。つまり、古い機械を使っているわけです。

これは論理的に矛盾しているのではないでしょうか。元々、技能研修では、日本の新しい技術を外国の人に学んでもらって、それを母国に戻って新しい技術発展につなげるためのものです。古い機械を使った研修というのはどういうことなのか、この点が議論不足なのではないかと思うのです。本来は政府も経済財政諮問会議などのような場できちんと議論すべきだったと思います。

最後に、強調したかったのは危機感の問題です。深尾京司一橋大学教授によると、150年前(江戸後期から明治前期)の日本のGDP成長率は年率0.7%程度で、21世紀に入ってからは年率0.8%程度です。つまり、日本は市場経済ではあるのですが、資本を蓄積して発展する資本主義経済から退行していることを表しています。

2025年に万国博覧会が日本で開催されますが、これは新しい技術を出展するものです。150年前、日本は新しい技術をパリ万国博覧会に出したわけです。そう考えるのであれば、もっと新しい技術を対価した資本に注目して政策を行うべきでしょう。

このままでは日本は資本主義ではなくて社会主義に移行します。クルーグマンが懸念したような経済体制に移行するぐらいの危機感を持った方がいいと思います。

質疑応答

モデレータ:

人材投資はGDP上の計測ができないとか、資本財との組み合わせによってイノベーションが創出されるという組み合わせの妙があると思います。どのような人材投資をどういった手法で応援すべきなのでしょうか。

A:

自発的に勉強した人が得をする制度がないと駄目な気がしています。もう1つは、スポーツのように高度なコーチを呼ぶことです。それから、政府にIT化をもっと推進してほしいのです。統計部門ももっと合理化できると思いますし、政府がIT化を進めることで民間も刺激されます。すでにエストニアのような電子化された政府の例があるわけです。そういう発想が今の政府には必要だと思います。

Q:

製造業の生産性の高いプロセスが海外に移り、輸出から現地生産に移ることで、国内では相対的にサービス化の動きがあると思います。このことと全体の生産性の停滞の議論はどこまで関係があるのか、グローバル化と生産性の停滞の関係性について教えてください。

A:

グローバル化、海外直接投資はむしろ国内の生産性にプラスに働く実証結果が出ています。それは米国も同じで、米国はむしろ中に入ってくるものも、外に出ていくものも非常に多く、バランスが取れています。しかし、日本の場合はむしろ、生産性の高い製造業が外へ出ていって、国内にはほとんど入ってきません。

また、アップルのように国内では製造せずに、海外の生産性の高いところで部品を作って、自国内の労働生産性を上げる工夫をしています。米国はいろいろな要素を組み合わせて生産性を維持していますが、日本は複合的な部分がまったく欠けていて、マイナスの部分だけが一方的に起き、こういう結果になっていると考えた方がいいと思います。

Q:

人材投資の結果、勉強した成果が人事評価に反映されていないので、人材投資が進みにくい状況があるのではないでしょうか。さらにいうと、本来、経済全体としてのTFPが上がるためには、より生産性の高い産業に人がもっと移動しなければならないのではないかという問題意識を持っています。生産性、人材投資、労働市場の流動化をどのように見ていますか。

A:

最近の私の考え方としては、労働者が勉強するのはなかなか大変であり、広い意味での経営陣の意識改革が重要だと思います。経営陣にIT化の目的を尋ねると、法律の改善や効率の改善という目的が10年来ずっと多数を占めているのですが、IT化をもってどういう新製品を作っていくのか、そのために何が必要かというデザインを描いていくのが経営陣の役割だと思うのです。

ここで示した図は、たまたまクロス集計して出てきた結果ですが、非常に面白い結果だと思っていて、研究レベルでまた見てみたいと思っています。今はいろいろな意味で経営と生産性との関係が問われています。従来の事例研究的なものから、より多くのデータを使った分析まで幅広いものになっています。

最近、若い米国の経済学者が取り組んでいるように、多くのデータを集めてコンサルティングできるぐらいの分析力を持った研究が出てきています。グーグルやアマゾンはデータサイエンティストと呼ばれる人たちを使って経営判断をしているわけで、そういうことが今後行われていくべきです。

残念ながら、日本の経営者はなかなかそこまで達していません。それが必ず成功するとはいえませんが、どうもその辺の意識が欧米とは随分異なっていて、その差がパフォーマンスの差として表れている感じがします。そういうことを意識すれば、例えば人材登用の仕方や人材の見方が変わり、どういう人材が必要なのかを数値化、データ化すること自体も変わってくると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。