GVC(グローバルバリューチェーン)の変遷―国や地域の比較優位が変化するとき―

開催日 2018年12月11日
スピーカー リチャード・ボールドウィン (高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)
コメンテータ・モデレータ 大久保 敏弘 (慶應義塾大学教授)
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開催言語 英語
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G7諸国で起こっている急速な脱工業化と、一部の途上国で起こっている急速な工業化を読み解くカギは、オフショアリングとグローバルバリューチェーン(Global Value Chain:GVC)にある。リチャード・ボールドウィン教授の最新の研究成果を基にしたこのセミナーでは、最終財の取引と部品の取引とを区別し、知識の国際的な流れと企業内での流れを比較しながら、知識の流れが先進国から発展途上国へどのように遷移するのか、そのパターンを検証した。工業化と脱工業化のパターン、つまり先進国と途上国における「グローバルバリューチェーンの変遷」を正しく理解することが、グローバルバリューチェーンによる経済への影響を解決する糸口となることを示唆している。

議事録

序論

リチャード・ボールドウィン写真本日、私がお話しすることは、大きくいえば、比較優位は国単位のものではなくなったのか、ということです。これから、その結論についての実証的な裏付けと、将来の方向性に関する洞察と見解をお話したいと思います。

国家の貿易政策の基本は比較優位です。これにより、各国は相対的に得意な財とサービスに特化し、それ以外の財やサービスは、それらを得意とする他の国から輸入するようになりました。この状況は双方にとって有益な状況です。この場合、技術と賃金は均衡が取れています。つまり、技術の乏しい国々では賃金が低くなり、そのため競争力が高まります。一方、優れた技術を有する国では賃金が高くなるため、特定の分野では競争力が低くなります。

国が貿易で利益を得るためには、国単位で相対的な優位性を高める必要があります。これは生産性や技術の向上によって実現できるため、結果的に賃金が上昇します。そのため、国力が向上すれば、労働者の状況も改善されます。

しかし、企業単位で比較優位を持てば、優れた技術を用いて、国境を越えて安い労働力を利用することができます。こうした企業のオフショアリングにより、研究開発費に対する租税特別措置などの国内政策は、必ずしも国に比較優位をもたらすとはいえません。従って、国単位で比較優位を持っても、その恩恵を一国で独り占めできない可能性があります。

私は、オフショアリングや海外直接投資に反対する立場からこの問題にアプローチしているわけではありません。実際、これはもっと高尚なアプローチを要する問題であり、また、われわれは、どこでそのような状況が起こっているのかを見つけ出すことにも積極的に取り組まなければなりません。このような状況が実際に起こっていることを示す事例が5つあります。

比較優位の「民営化」

私が「第2次アンバンドリング」と呼んでいる1988年から2008年にかけて、新興国市場では、特に工業製品や、その部品とコンポーネントについて、関税が大幅に引き下げられました。一方、先進国は大規模な市場開放は行いませんでした。市場開放を行っても、先進国では思うほど工業製品の輸出は増えなかったでしょう。

1970年以来、製造業における世界シェアの構造は急激に変化し、G7諸国はシェアを失い、中国や他の6カ国がシェアを増やしました。つまり、グローバリゼーションの恩恵を受けたのは、実際には限られたグループの国々だけでした。それまで工業製品の双方向貿易は先進国間でしか行われていませんでしたが、1990年頃から新興国と先進国との間にも広がり始めました。この期間、フランス・ドイツ間のような貿易は、米国とメキシコとの間でも見られるようになりました。フランスとドイツはこれまで、サプライチェーンを効果的に連携させていましたが、米国とメキシコをはじめ他の新興国と先進国との間でも同じような連携が始まりました。

比較優位はどのようにして国単位のものではなくなったか

1990年に第2次アンバンドリングが勢いを増すまで、日本などの国は機械部品を新興工業国とASEAN-4に輸出していました。しかし、部品での互恵貿易は行われませんでした。これは、新興国には日本市場に適した部品や完成品を生産する技術がなかったためです。

1998年には、グローバルバリューチェーン革命により貿易の流れが変化しました。これは単に関税自由化によって説明することはできません。関税自由化では貿易の量が変わるだけで、流れが変わることはないからです。つまり、ノウハウと技術の移転により、各国はこれまで不可能だった部品やコンポーネントの生産ができるようになったということです。

1990年代以前の新興国やASEAN-4などの国々は、自国の技術力を向上できずにいました。 一方で、先進国の企業は、製造拠点で教育を行うことでサプライチェーンを改善し、自社の優位性を見出していきました。このプロセスにより、比較優位は国単位のものではなくなりました。このことは国家政策に影響を及ぼします。企業単位で他国の技術を利用するようになると、国単位で研究開発に補助金を投じても、国内GDPは高まらない可能性があるからです。

比較優位の性質の変化

グローバリゼーションの性質が大きく変わり、それによって比較優位の性質も変化しました。グローバリゼーションの最初の概念は「第1次アンバンドリング」、すなわち旧式の、貿易主導のグローバリゼーションで、各国は貿易障壁を下げることで既存の比較優位を生かすことができました。

「第2次アンバンドリング」、つまり新しいグローバリゼーションでは、情報通信技術(Information and Communication Technology:ICT)の発展により、企業の固有のノウハウが流動し、既存の比較優位が変質しました。これは「知識主導」のグローバリゼーションといえます。ICTの発展により知的財産保護とその有効利用の双方が可能になり、G7諸国の企業は技術を新興国に移転できるようになりました。これまでの取引は手紙、ファックス、電話で行われていたため、生産チェーンを実際に分離することができませんでしたが、正確かつ、スピーディで、セキュリティが確保されるICTの出現により、このような変化がもたらされたのです。

知識の流れについてのエビデンス

知的財産の純収入からは、直接的なエビデンスとしては弱いものの、知識の流れが読み取れます。国際収支統計によると、米国は1990年頃、急激に知的財産の純輸出国となりました。これは、米国のノウハウが輸出されており、第二のタイプのグローバリゼーションが進んでいることを示しています。中国のような製造業が中心の国は、知的財産の輸入国になり始めています。これは知的財産についての支出額が赤字であることから分かります。しかし、知識の移転を測定することが難しいため、こうした間接的なエビデンスも、いささか弱いものとなっています。

グローバルバリューチェーンのパラダイムを理解する

貿易と経済発展に関する従来のパラダイムは、国内志向/輸出志向の発展という区分でした。これは政府の貿易政策の策定には有益でした。タイは、自動車のグローバルバリューチェーンにおけるシェア拡大に重点を置き、成功しました。フィリピンは部品とコンポーネントの製造により幅広く重点を置きました。コスタリカは主にサービス、特にファームウェアに重点を置きました。 果たして、グローバルバリューチェーンにおける工業化の変遷はカテゴリに分類することができるでしょうか。多くの国が、グローバルバリューチェーン内で「上昇する」方法があるかどうかに注目していますが、それはどの「変遷」かによって話が異なります。まず、グローバルバリューチェーンの変遷やパラダイムを理解するため、部品・コンポーネントの取引と最終財の取引を見ていきます。

まず、グローバル・サウス(主に南半球に偏在している発展途上国)からグローバル・ノース(主に北半球に偏在している先進国)への部品の輸出は、先進国の技術力と途上国の賃金の安さを反映しているといえます。企業は、サプライヤーを効率化することによりサプライチェーンを改善し、競争力を高めようとします。そのために、企業はノウハウを海外に移します。途上国が部品の純輸出国になった場合、それは、これらの国々に技術が投資されたことを示しています。反対に、最終財が輸出品の場合は、作業が単純であるため、技術の投資は認められません。

実証的比較優位指数

この指数は、各国の産業と、生産しているものが部品なのか最終財なのかをスペクトラムに表し、比較劣位から比較優位までを示したものです。つまり、これは地域としての比較優位を測るものです。1985年または1990年における典型的な先進国は、最終財指数、部品指数ともにプラスの象限に位置していました。一方、1990年以前の典型的な新興国は、部品指数、最終財指数のいずれもマイナスの象限に位置していました。他の2つの象限は、それぞれ最終財に特化した国と部品に特化した国を示しています(図)。

図:GVCの変遷を示すダイアグラム
図:GVCの変遷を示すダイアグラム

この指数で示される典型的な先進国の移動の方向は、組立をリショアリングすると縦方向に上昇(最終財指数が上昇)、オフショアリングすると縦方向に下降(最終財指数が下降)、部品を国内で調達すると横方向に上昇(部品指数が上昇)、国外から調達すると横方向に下降(部品指数が下降)することが分かります。

一方、典型的な途上国の移動の方向も、最終財の比較優位の上昇・下降、また部品の比較優位の上昇・下降と、始点は異なるものの先進国と移動の方向は同じであることが分かります。

※その他の図についてはこちらをご覧ください。
https://www.rieti.go.jp/en/events/bbl/18121101_baldwin.pdf

先進国のグローバルバリューチェーン変遷の実例

輸送機器におけるドイツのグローバルバリューチェーンの変遷は、グローバルな部品の調達から始まりますが、最終財で競争力を高めています。電気・光学機器では、部品は調達していますが競争力は高まっていません。全体として、ドイツはプラス/プラスの象限に留まっています。ドイツはすべての部門でオフショアリングを行っていますが、輸送機器では最終財で競争優位性を獲得しています。

米国のグローバルバリューチェーンの変遷が異なるのは、始点が、まず最終財においてマイナスであることです。自動車産業では、部品の純輸出国から部品の純輸入国へと移行しています。他の産業では、オフショアリングに向けた動きがあります。

日本もドイツと同様の過程を示しています。輸送部品では海外調達を行っており、最終財での優位性はわずかに上昇しています。他の産業では、よりグローバルな調達を行っており、最終財では純輸出量が減少しています。

途上国のグローバルバリューチェーン変遷の実例

中国のグローバルバリューチェーンの変遷は、その他の機械類で、最終財および部品の双方が上昇しており、全体的に工業化しています。電気・光学産業でも同じ軌跡を示していますが、始点が、最終財においてプラスの象限にあります。軌道は不規則ですが、中国は自動車部品で競争力を高めており、最終財については依然純輸入国です。

電気・光学産業でのメキシコの変遷は、部品と最終財の両方で上昇しています。輸送機器での動きは不均一ですが、メキシコはこの時期に北米自由貿易協定(NAFTA)に調印したことで、サプライチェーンの役割には大きな変化が生じました。

韓国の輸送機器産業におけるグローバルバリューチェーンの変遷は、貿易の流れが変わったものの、部品と最終財の双方で純輸出国となりました。電気・光学機器では、最終組立で競争力を失いましたが、部品では競争力を高めました。韓国の機械産業は部品と最終財の双方で競争力を高めました。

タイは、新興国の典型的な位置から始めて、自動車産業では最終財の組立国となり、現在では部品の輸出国でもあります。その他の産業ではそれほど大きくは変化していません。

コメント

コメンテータ:大久保 敏弘
ボールドウィン教授と共著した論文は基本的に理論的なものであるため、研究者および政策立案者にとって有益なものです。 グローバルバリューチェーンの変遷は、部品・コンポーネントと最終財の比較優位に基づいています。ただし、比較優位は、「民営化」、つまり国単位のものでなくなることにより経年的に変化する可能性があります。技術移転により明らかに比較優位が変わる可能性もあります。 変遷の図表から分かるのは3つの主なパターンだけです。日本、ドイツ、米国はオフショアリングのパターンを示しています。タイは工業化に成功し、部品・コンポーネント、最終財の双方で純輸出国になっています。中国と韓国は工業化しましたが、同時に先進国と同様にオフショアリングを開始し、純輸入国になっています。

日本については3つのインプリケーションがあります。日本の技術貿易は黒字であり、これは、日本政府が研究開発と教育にもっと投資する必要があることを示しています。日本の比較優位はすでに国単位のものではありません。輸送機器の部品・コンポーネントをリショアリングすることが解決策となるでしょう。また、AI技術、自動化、ITサービスにより、既存のグローバルバリューチェーンの変遷を超える発展があるかもしれません。さらに、国境を越えての生産プロセス、国境を越えての産業、国境を越えての生産と作業は、グローバルバリューチェーンの変遷の向こう側にある将来の可能性を示唆しています。

質疑応答

Q:

このプロジェクトから、グローバルバリューチェーンに対するこれまでの考えを変える具体的な発見はありましたか。

ボールドウィン:

今のところまだありません。現実的な問題は、グローバルバリューチェーンをどのように発展に生かすかということですが、これについてもまだ答えはありません。これまでのグローバルバリューチェーンの検証は、あまりにもおおざっぱで各国間の違いを特定することはできませんでした。しかし、グローバルバリューチェーンへの参加の性質が、発展成果の性質に影響を及ぼすかどうか。この第二の段階で私の考えは変わるでしょう。例えば、部品で競争力を高めた国が、最終財に重点を置いた国よりも発展成果が優れていたとしたら、このような事実は私の考えを変えるでしょう。しかし、当初の目的は単にこれをミクロの視点で検証することでした。次の段階は、利用可能なデータで実際の結果と比較することです。とはいうものの、私個人の仮説はデータと一致していませんが。

Q:

日本の貿易黒字が意味するところを裏付ける証拠はありますか。

大久保:

鍵となるのはミクロデータです。日本の技術貿易データは、特に契約とタイミングに関しては把握するのが難しいため、通常の貿易データとはまったく異なります。技術貿易や企業組織、契約形態に関する優れた新しいミクロデータを手に入れることができれば、日本の事例をより詳しく理解することができるでしょう。貿易理論や契約理論は企業の境界に関する多くの論点を提示しています。これは新しいデータとともに活用できるでしょう。

Q:

貿易保護主義は、グローバルバリューチェーンが生産プロセスの細分化であるという事実を否定しています。これはグローバルバリューチェーンの分断につながる可能性があります。米国などの保護主義的措置についてどのようにお考えですか。

ボールドウィン:

保護主義は分断というよりむしろ地域化です。保護主義の目的は、サプライチェーンを本国に戻すことです。ただし、新しいグローバリゼーションは知識主導であり、貿易主導ではないため、容易に元に戻すことはできず、意図しない結果を招きます。また、オートメーションは労働力の投入を減らすことで製造の性質を変えています。労働分配率が十分に低い場合は、相対的に輸送費が高くなるため、国内生産につながります。理由は明らかですが、割当制度は避けるべきです。

Q:

製造メーカーのサービス業化をどのように見ていますか。

ボールドウィン:

商品組込み型のサービスは有望です。しかし、サービス貿易に関するデータは十分なものではありません。グローバルバリューチェーンを適切に追跡するためには、サービスも追跡する必要があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。