【ベンチャーシリーズ第7回】大企業とベンチャーの真の連携は可能か ―KDDI ∞ Laboの挑戦―

開催日 2015年3月12日
スピーカー 江幡 智広 (KDDI株式会社新規事業統括本部新規ビジネス推進本部戦略推進部長/KDDI ∞ Labo長)
モデレータ 高谷 慎也 (経済産業省経済産業政策局産業再生課課長補佐)
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開催案内/講演概要

成長戦略では「産業の新陳代謝とベンチャーの加速化」のために、大企業とベンチャーとの連携促進を掲げており、ベンチャー創造協議会の設立などの施策が実施されています。

KDDIは、このベンチャーとの連携の先駆的な企業として知られており、グローバルに通用するインターネットサービスをつくり出していく起業家・エンジニアを支えるためのプラットフォームとしてKDDI ∞ Labo(無限ラボ)を2011年から運営しています。プログラムでは、応募選考を勝ち抜いた起業家に対して渋谷ヒカリエのオフィススペースと社内・社外のメンターによる支援を3ヵ月程度提供し、事業の立ち上げを応援。今年の第7期からは、セブン&アイ、DNP、東急電鉄、プラス、三井物産などの事業会社とも連携し、起業家に事業ノウハウ・アセットを提供するサポートを実施しています。

今回のBBLセミナーでは、なぜ、KDDIがこのようなベンチャー支援プログラムを始めたのか、どのようなベンチャーが育ち、KDDIにとってどのような効果があるのか、他の事業会社を巻き込んだ連携はどのように展開しているのかについて、無限ラボの「ラボ長」であるKDDI新規事業統括本部新規ビジネス推進本部戦略推進部長の江幡智広氏にお伺いしつつ、大企業とベンチャーとの連携の課題と進め方について考えます。また、最近増加している、CVCなどコーポレートベンチャリングの動きも概観します。

議事録

スタートアップ企業とのこれまでの取り組み

江幡 智広写真KDDIは、通信インフラに関する多くのノウハウを持っていますが、インターネットという広い世界に飛び出すと、コンテンツといわれるものを何も持っていません。そこで2000年頃から、外部のパートナーが持っているコンテンツをユーザーへ届ける取り組みを始めました。

新たなイノベーションがベンチャーもしくはスタートアップ企業から始まっていることは、KDDIとしても認識しています。そして当社は、自らすべてのことができるとは思っていません。そこで、国内外のプレーヤーとのネットワーキングを推進してきたわけです。

グーグルとは、国内のモバイルインターネットで初めて検索エンジンを取り入れる事業を行い、私自身もかかわってきました。スマートフォン時代になると、スカイプやフェイスブックとのお付き合いも始まりました。国内企業では、ディー・エヌ・エーあるいはグリーとの事業にも取り組んでいます。

2009年、2011年には、IT系ファンドへのLP出資を実施しました。このファンドを通じて、他のベンチャーキャピタリストとのネットワークができ、当社単独ではなかなか会えないベンチャーともコミュニケーションできる環境が整ってきました。

2012年からは、KDDI自らがファンドを創設してベンチャーを支援するスキームを作ってきました。そのインキュベーションプログラムが「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」です。「KDDI Open Innovation Fund」は、ある程度の事業として成長カーブを上げる段階にきたベンチャーに対する事業提携のスキームとなっています。

KDDI ∞ Laboは、今年1月に第7期のプログラムを終え、これまでの参加は34チームとなりました。卒業後は、順調に成長カーブを描いているところもあれば、もう少し成長の角度を上げるべきところもありますが、すべての会社が事業を継続しています。

KDDI ∞ Laboは、渋谷ヒカリエの32階に専用のインキュベーションスペースを持っています。プログラムの採択チームは自由に使えますし、卒業生にも開放しています。活動としては、当社の社員でサービスやプロダクトをつくった経験のある者が1チームに1人は必ずかかわり、KDDIのさまざまなアセットを使えるようにしています。

また、事業の中で「こんなものがつくりたい」というときに、KDDIから卒業生に対し、「こんなことをしたいのですが、誰かやりませんか」と案内を出すことがあります。すると、必ず複数社から手が挙がり、スピーディに開発をしてくれます。卒業生にとっても収入を得ることができるわけです。

社外アドバイザーにも参加いただいており、プログラム期間内に十数回、全チームとKDDIのメンバーが顔を合わせる際には、その中のどなたかに必ず入ってもらっています。実際にベンチャーを立ち上げて成長させた経営者や投資家、技術者や大学教授、弁護士などが社外アドバイザーとして名を連ねています。

卒業生との取り組みとして、たとえば第1期参加チームのギフティ(giftee)は、KDDI ∞ Laboの参加を経てauスマートパスなどとの事業連携、クライアントへの営業支援などを行っています。また第4期参加チームのライフイズテック(Life is Tech!)は、KDDIのCSR推進室との共同プログラムとして、東北地方在住の中高生対象にIT教育支援プログラムを実施しています。

KDDIオープンイノベーションファンドは、ポートフォリオ28社のうち海外企業は11社となっています。領域は多岐にわたりますが、最近はやはりIoTなど、インターネットの中だけでサービスを作り上げるのではなく、リアルな市場と結びついて動くような事業が増えていると感じています。一例として、タクシーの配車アプリを提供するヘイロー(Hailo)は、英国のベンチャーです。海外でも数カ国で展開しており、日本では現在、大阪での立ち上げを当社が支援しているところです。

2011年6月、私たちはサンフランシスコに拠点を開設しました。シリコンバレーのベンチャーやベンチャーキャピタルとネットワークをつくりながら、日本もしくはアジアで事業を展開できる人たちと接触する活動を進めています。

実際にやってみると、やはり壁があると感じます。どうしても英語圏でのビジネスが先になり、言語が複数にわたるアジアでの展開は、まだ障壁が高いというのが実感です。しかし、投資提携する事例は少しずつ増えており、これまでに年間200社程度と面会できる環境になってきました。

さらにKDDIの意気込みを海外の方たちに知ってもらうために、年に1~2回は現地のベンチャーキャピタルなどを招いたイベントに当社の社長や専務が出席し、現地で実際に触れ合う活動をしています。

スタートアップ支援から見えてきた課題

日本のスタートアップ企業は、事業の資金集めにも苦労しますし、人材も不足しています。米国のように2人に1人、3人に1人がベンチャーで働くような動きもみられません。一方で、既存企業の中には、新規事業室などを設置する取り組みが増えているように思います。ところが、従来のコアコンピタンス以外の領域に踏み出すにあたって、社内からはイノベーションがなかなか起きないという話も聞かれます。

このようなケースの多くは、ベンチャーと交わることによって相互に補完できる関係を築くことが可能であり、KDDIも2000年頃からそのための活動をしてきたように思います。そこで昨年9月より、KDDI ∞ Laboの「第7期パートナー連合プログラム」として、KDDIと他のパートナー企業が一緒にベンチャーを支援する活動を推進しました。

これには、コクヨ、セブン&アイ・ホールディングスをはじめ13社のパートナー企業が参画し、採択したスタートアップ5チームとともにプログラムに取り組んでいます。さらに第6期までの卒業生29チーム、当社の投資提携先二十数社といった企業とパートナー企業とのビジネスマッチングが実現し、ビジネスコラボレーションアイデアを約30案生み出すことができました。

そして実際に、トッパン(凸版印刷のWebキャンペーンシステム「Cam! Labo」に採用)、三井不動産(テナント企業各社の人事担当者向け研修ツアーを実施)、コクヨ(Campasノート40周年記念キャンペーン実施)などで、ベンチャーのソリューションが採用されています。

第8期プログラムは現在選考中ですが、パートナー企業として、これまでアセットとして持っていなかった金融系のクレディセゾンや、IoTの時代を踏まえた強力な支援者として日立製作所にも加わっていただきました。

ベンチャーとパートナー企業の提携事例が生まれている中で、今後はそのようなビジネスマッチングをさらに強化するため、両者の情報共有・協業を促進するWebサイトコミュニティを構築するとともに、パートナー企業とスタートアップとのMeetUpイベントを開催するなど、オンライン/オフライン両面のマッチング施策を導入していきます。

また、地方スタートアップ支援団体と提携する地方連携も始動します。たとえば、大阪イノベーションハブ(Osaka Innovation Hub)と提携し、交流の場をつくるビジネスマッチング、オフィススペースや端末の貸与などを行い、DemoDayで登壇してもらえるような環境をつくりたいと考えています。

最近の新たな取り組み

現在、「シンドットアライアンス(Syn.alliance)」というプロジェクトには20サービスが参画しています。これはauユーザーに限らないオープンなインターネット事業であり、ここにも私たちの投資先やKDDI本体がM&Aをした企業が参画しています。

たとえば、ジョルテ(カレンダー)とナビタイム(地図・交通)が提携し、ユーザーの予定と目的地をリンクさせてスムーズに乗換検索が可能になるなど、参画サービスの相互連携によってスマートフォンの価値が倍増する取り組みを開始しています。

ネットとリアルの融合が加速する中、CES2015国際家電ショーにも積極的に参加しています。私たちだけでなく、当社のボードメンバーも現地へ行き、IoT領域の盛り上がりを実体験したことの意義は大きいと思っています。

IoTの出現によって、世界はもう一段階変わるものと考えています。これまで、情報へのタッチポイントは携帯電話やスマートフォンであったわけですが、それが時計や体温計、自動車など飛躍的に拡大することが予想されます。とはいえ、もっとも進んでいる米国の事例をみても、課題はまだ多いと認識しています。

たとえば、ものづくりをする人は比較的ものづくりの領域でコミュニティをつくるため、ソフトウェアに関する知識がそれほどありません。反対にベンチャーは、ソフトウェアやサーバーに関する知識はあるのですが、実際にそれをものとつなげようとしても、ものについての知識がありません。さらに、それを売ろうとしたとき、どこで売れるかがわからないといった課題もあると思います。

こういったアイデア(ものづくりノウハウ不足、コミュニティが小規模)、プロトタイプ(開発環境整備、開発資金不足)、プロダクション(生産資金不足、マネジメント難)、ディストリビューション(販路確保、在庫リスク、物流ノウハウ)におけるプレーヤーの課題解決のためのスキームを構築していく必要があると考えています。

今後の事業創造のカタチとして、ベンチャーとKDDIだけでなく、既存の産業で力を発揮している大手企業をさらに巻き込み、IoTも含めたより大きなビジネスマッチングの場を構築することを目指しています。

質疑応答

Q:

パートナー企業には、当初どちらからアプローチするのでしょうか。また、地方創生の取り組みについて、今後の見通しをお聞かせください。

A:

第7期パートナー連合プログラムでは、KDDIから各企業に声を掛けました。最終的には13の企業が参加しましたが、実際に声を掛けた企業は20社に満たなかったと思います。いずれも新規事業室やイノベーション推進室といった部門を設置している企業で、あまりにも反応がよかったため驚きました。そこで趣旨をきちんと理解されているかが心配になり、いくつかのお願いをすることにしました。

まず、プログラム期間は共同事業を始めるタイミングとしては早すぎるため、それは卒業後に進めていただきたいということです。この取り組みは、あくまでベンチャーがどういうことをやっているかを体験してもらう場であって、ベンチャーとの提携事業を会社に持ち帰ることをミッションとするのは難しいわけです。

そして期間中は、パートナー企業の持つアセットをベンチャーに渡し、その中でどういう活動ができ、どういう事業が生まれたかを体験してほしいと伝えてきました。また、あえてインターネット企業は対象外とし、スタートアップ企業が通常コミュニケーションしづらく、かつ大きな事業領域を持つ企業に声を掛けました。

地方創生については、今後も広げていきたいと思っていますが、必ずしも東京に来てほしいわけではありません。ただ地方では、資金調達をはじめ環境がまだ育っていないため、資金提供者が多く集まる東京とのネットワークは必要です。東京ではなく地域で展開すべき事業もありますので、大学との産学連携によって、地域でインキュベーションを始める活動も考えられます。なお、海外については、まだ検討中です。海外のベンチャーを日本へ呼んだらどうなるか。あるいは日本のベンチャーが海外へ出るための支援などについて、いろいろと考えています。

Q:

海外のベンチャーと日本のベンチャーの違いについて、どのように感じていらっしゃいますか。

A:

会社の規模感の違いは、相当あると思います。KDDIにも当初、投資支援をして共同事業を始めれば、収益が得られるという期待が一部でありました。しかし、とくにスマートフォンの分野で短期間に収益を上げようとすると、ゲームをやるしかありません。

そこで、私たちの目的はゲームではなく、成長には時間がかかることを事前にコミットメントしてもらい、活動をKPI化して取り組みました。今振り返ると、そのような活動を許してもらえる環境が必要だったと感じています。もし早期の収益化を迫られていたら、今の活動は存在しなかったためです。

また、海外と日本の違いとして、とくにシリコンバレーの起業家は相当な妄想家であり、自信家です。一方で、日本のベンチャーは真面目に向き合っていると感じています。どちらが悪いということではなく、それぞれの流儀なのだと思います。

資金調達の環境は日本も随分よくなってきましたが、シリアル・アントレプレナーの数は圧倒的に少ない状況です。しかし、日本でも最近2回目の起業がみられるようになってきましたし、現状のスタートアップ企業にスキルが足りないわけではないため、時間が解決する問題ともいえるでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。