生産性を計測するということ -技術を正しく評価するために-

開催日 2014年12月19日
スピーカー 小西 葉子 (RIETI上席研究員)
コメンテータ 西山 慶彦 (京都大学経済研究所教授)
モデレータ 森川 正之 (RIETI理事・副所長)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

国内の景気動向を観察するときも、経済成長を国際比較する際にも、生産性は主要な経済指標として用いられる。長年、製造業の生産性や技術力が各国の成長を牽引すると考えられ、経済学においても生産性の計測に関する研究は製造業中心であった。一方で、わが国では、非製造業のGDP比率が7割以上となっており、すでに製造業のみで経済全体の生産性や技術力を説明できる時代ではなくなっている。また計測時に、データを通じて需要要因や景気変動などが生産性に含まれてしまい、技術力を正確に計測できないという問題もある。データ整備や個票へのアクセス、計算環境がよくなった現在だからこそ、これらの問題にも取り組むことが望まれる。ここでは、生産性計測の現状と課題を整理し、新たな生産性指標の可能性を探る。

議事録

既存の手法の概観

小西 葉子写真「生産性」を広辞苑で調べると、「生産過程に投入された一定の労働力その他の生産要素が生産物の産出に貢献する程度」と書かれていました。経済学でいう「生産性(productivity)」とは、ある一定の投入量でどれだけ多くの生産量を実現できるか。つまり投入要素を1単位増やしたときに、生産物が何単位増加するかを表す指標であり、インプット投入量が変化しないのに総生産量が増加した場合、「生産性が上がった」と考えます。

既存の指標として、「労働生産性(LP:Labor Productivity」)には、1人当たり生産量(数量データ)、1人当たり総生産額、1人当たり売上額、1人当たり付加価値額(金額データ)があります。これらはすべて「労働生産性」といわれますので、指標を用いる際は、それぞれの分母と分子が何であるかに注意する必要があります。

労働生産性は資本のデータが入手困難な場合に用いられ、統計整備が遅れている国を含む場合の国際比較や、サービス産業の生産性の計測などで多く使われています。

もう1つの指標は、「全要素生産性(TFP: Total Factor Productivity)」です。これは1950年代後半から幅広い産業に対し、世界中で使われている生産性の指標で、投入要素を1単位増やしたときに、生産物が何単位増加するかを表す指標となっています。投入要素は、労働者数、資本(機械や設備)、原材料、エネルギーなど生産に必要な全ての要素を含みます。

TFPでは、インプットの投入量が変化しないのに総生産量が増加した場合、「生産性が上がった」と考えます。つまり投入要素の質の向上、技術進歩、効率性、発明など、インプットの投入量以外のすべての変化を表します。そのほかにも計測されたTFPには、好景気、不景気、大きな事故、異常気象など事前には予測が不可能な事象も含まれます。また、研究者や他者には見えにくい、事業所や企業の現場で起きている事故や需要ショックも含まれます。計測されたTFPに、生産性以外の種々のショックが含まれ、その値にバイアスが出てしまった時に、そのバイアスを取り除いて、生産性を正しく取り出すことが重要です。

TFPを定義する際、理論上は企業の生産活動のみを観察し、数量データを想定します。しかし、実証分析では入手の容易さから、通常、総生産額や付加価値額といった金額ベースのデータを用います。「総生産額=価格×生産量」ですから、計測されたTFPには価格の情報が含まれます。需要と供給によって、価格は決まりますから、TFPは明示的に需要要因を含んでしまいます。

そのため、既存の手法により生産性を計測し、生産性の下降が観察された場合、その原因が「技術力の後退」によるものか、「需要の縮小」によるものかを識別することができません。また、価格上昇と生産性上昇の区別もつきにくいです。これがTFP実証分析における難しさで、本来は需要刺激策をとるべきなのに、生産側を補助するという逆の政策をとってしまいかねません。

この問題を解決するべく、我々は、従来のTFPを生産性、需要ショック、その他のショックに分解しました。その際、経済産業省の「生産動態統計調査」の生産能力(キャパシティ)と実際の生産量の情報を使って、製造業を対象に研究しました。生産能力は、標準的な従業者数と設備を使用し生産できる最大量(キャパシティ)を表します。つまり、これには需要ショックは含まれません。このキャパシティの数量と投入量のデータから、TFP(生産性)を直接推計しました。一方、企業は需要やその他の変動も見ながら生産するので、実際の生産量には需要ショックやその他のショックが含まれます。

そこで、生産能力(キャパシティ)と実際に生産した量の差を短期の需要変動とその他のショックの和だとします。企業は、中長期の需要ショックには従業者数や設備の規模を調整することで対応しますが、短期の需要ショックに直面した場合は投入要素の稼働率を調整して対応すると考えられます。よって、キャパシティと実際の生産量の差と稼働率を使って需要を識別しようというわけです。

分解結果("Decomposition of Supply and Demand Shocks in the Production Function using the Current Survey of Production, " RIETI Discussion Paper, 13-E-003, 2013年, 西山慶彦氏との共著)では、2005年から2009年において、生産性は常に正値となり、リーマンショック時の事業所への負のショックは需要ショックに起因することが観察されました。このTFPの分解の手法により、製造業についての生産性計測の問題はおおよそ解決されます。そして、鉱工業指数、稼働率指数を公表している多くの国に対して応用可能です。

サービス産業の生産性計測への課題提起

サービスの多くは提供と消費が同時に行われることにより、製造業よりも需要要因の影響が大きいという特徴があります。計測された生産性から需要要因を取り除くのがより難しいです。しかし、最近、「製造業のサービス化」という言葉がよく聞かれるように、製造業についても付加価値の大部分がレンタル業、販売、アフターサービスなどの顧客対応によって得られている場合は、同様の問題が起こります。生産性を計測する際には、もはや産業分類に従うだけでは分析できない時代になっており、各業種や企業の生産構造に着目する必要があります。

2005年のOECD加盟国において、わが国のサービス産業の労働生産性は30カ国中20位で、一方、製造業に限定すれば6位でした。これにより、サービス産業の低迷がわが国の生産性の上昇の足かせになっているといわれるようになりました。2012年においても、日本の労働生産性は21位、製造業は7位となっています。

はたして、日本の生産性の低迷や低成長の理由はサービス産業にあるのでしょうか。日本のレストランやスーパーマーケット、ホテルは生産性が低いのでしょうか。日本のサービス・商品のクオリティやバラエティは、世界でもトップクラスといわれます。そもそも長年、製造業を中心に研究されてきた中で、サービス産業の生産性とはどういうものなのか、労働生産性やTFPを応用した計測で十分なのか――こうした問題意識が私たちにはありました。

そこで、サービス産業の各業種の付加価値について考え、それに基づいて生産性のモデルを構築しました。たとえば、美容業の付加価値であれば「来たときよりも美しく」、輸送業の付加価値ならば「壊さず正確に運び、商品に新たな価値を加える」、小売業の場合は「顧客のサーチコスト(時間・金額)を下げる。欲しいものが手に入る。余計に支出しても、新たな満足が得られる」などが挙げられます。

サービス産業の多くは、提供(生産)と消費が同時のため、供給側と需要側両方の情報を使う必要があります。これは、労働生産性やTFPで計測すると、まったく同じ技術を持っていても、過疎地に出店するか人口密集地に出店するかで生産性が異なってしまうからです。美容業を例にした場合、付加価値は、主観的であり(いくら払えるか)、来たときよりも良くなっていれば高くなります。

比較的入手が容易なデータとして、顧客の来店行動(人数や価格)は観測されますが、美容師の生産性や技術、クオリティは観測されないデータとなります。また、美容院は店と受けるサービスが決まれば価格は固定ですが、提供時間は美容師によって変動する業種です。よって、「時間」が重要な投入要素となり、供給側の技術や生産性と関係すると考えました。これは、運送業、エステサロン、レストラン、システム・ソフトウェア開発、研究開発など他の業種にも共通します。

需要については、満足度というデータはありませんが、顧客は受けたサービスに満足すれば再び来店するはずなので、来店行動を満足度の代理変数とします。通常、ある美容院に来店して得られる満足度が、その他の美容院より高ければ再来店します。また、顧客の満足度はサービス提供者のクオリティや技術と関係を持つので、生産性の計測に有用な情報となります。

要約すると、サービス提供者のクオリティは、生産性とサービス提供時間で定義され、顧客の満足度は、クオリティと施術にかかった時間で表されます。このように需給両方の行動を考えて構造的に分析し、生産性の計測を行いました。

推定結果("Productivity of Service Providers: Microeconometric measurement in the case of hairsalons," RIETI Discussion Paper, 10-E-51, 2010年, 西山慶彦氏との共著)は、各美容師の入店時からの生産性の変化率を計算しました。加えて、店舗、企業、業種など、さまざまなレベルで生産性の計測をすることができます。

まとめ

研究から得られた知見として、サービス業の生産性の計測には、供給側の情報だけでなく、需要側の情報も使うことが重要です。サービス産業では、生産性という言葉が意味するものも、技術、クオリティ、バラエティ、満足度など、主観と客観が混在した複合体になっている可能性があります。それら1つ1つを取り出すのは困難ですが、顧客を満足させ再来店や再購入を促す要因として複合的な生産性を取り出すことは可能と考えています。

従来の研究のように、企業(供給)側の情報のみで企業の生産性を計測しようとすると、
(1)マーケットサイズによって、生産性が変動してしまう(激戦区と過疎地)
(2)他企業(他店舗)での購買行動が観察されないため、正確な生産性が測れないという問題が起こります。そういう意味でも、サービス産業の生産性を正しく計測するためには、消費者に関するビッグデータを利用する意義は大きいと思います。

企業側のデータも、サービス提供時間、予約状況、満席状況など営業活動のすべてを記録するようなビッグデータがあれば、生産性計測に有用です。一方で、現状のビッグデータは、経営業務に活かすために収集されていて、分析のために収集されている訳ではありません。私たち研究者や政策立案者が理論や手法を開発し、どの様なデータがあればいいのかを明らかにすることが重要です。そうすれば、ビッグデータの収集に明確な「利用目的」が加わり、生産性だけでなく、さまざまな経済事象の分析に役立つと思います。

コメンテータ:
経済学では、シェパード距離に基づくマルムキスト生産性指数(1953年)によって生産性を定義しています。シェパード距離とは、観察される投入量の下で生産しうる最大の産出量と実際の産出量の差のことで、非効率性を表していると解釈できます。これによって、ある生産技術に対して2つの(投入、産出)点を比較することが可能であり、この考え方を用いて、同一技術を持つ2企業や1企業の2時点間の生産性の違いを定めることができます。しかし、これは経済理論上の定義であって、実際にデータから生産性を測る際にはさまざまな技術的問題が生じます。そういった問題を完全に克服するやり方は今のところないですが、Törnqvist指数を用いる手法、生産関数推定に基づく手法、線形計画法に基づく手法、およびそれらの改良や派生といったアプローチがよく使われます。生産性分析で最もよく使われるTFPは、2番目の手法に属する指標です。

TFPは、計測が簡単で有効な記述統計であることは言うまでもありませんが、TFP計測が機能する前提条件として「すべての企業が同じ生産関数」を持ち、時系列やパネルデータを使う際は「技術進歩がヒックス中立的」であると仮定されています。しかし現実的に、こうした状況はなかなか成立しませんので、TFPを使う際にはそれを念頭に置いた上で解釈することが必要です。

「投入を増やさずに生産を増やすことができない」、かつ「生産を減らさずに投入を減らすことができない」という2つの条件が満たされたとき、生産は効率的であると定義されます。非効率性の測り方として、シェパード距離は前者に着目した効率性指標ですが、後者に基づく指標や他の拡張も考えることができます。これは、過剰設備の非効率性を測るのに適していると考えられますが、今のところあまり使われておらず、少なくともアカデミックに整理すべき内容だと思っています。

TFPは通常金額ベースで計算されるため、供給・需要両方の要素を含んでおり、「マルムキスト生産性」以外の要素を含んでいます。もし、他国(あるいは昨年度)と比較してTFPが低いとして、供給要因(生産側の問題)が大きいならば、企業の効率性上昇、技術革新を促す政策が求められます。一方、需要要因が大きいならば、需要を刺激する(減税、輸出促進)政策の方が、効率的に状況を改善できると考えられます。限りある財源ですから、できるだけ有効な政策に支出されるべきでしょう。

質疑応答

Q:

最近、訪日外国人観光客が増加していますが、それに伴い、旅館の生産性が上がっているというデータはあるでしょうか。

A:

旅館のサービスについては産業技術総合研究所のサービス工学センターでの可視化や計測が行われています。外国人観光客の効果も分析されているかもしれません。短期の需要変動に影響を受けないものが、生産性や技術だと考えられます。

Q:

今後の成長戦略の改訂に向けて、サービス産業の生産性向上は「1丁目1番地」といえる位置づけだと思います。そこで、サービス産業の目標設定のあり方について、計測や諸外国との比較がしやすいという観点で、労働生産性の伸び率に着目すべきと考えているのですが、ご所見をうかがいたいと思います。また、日本の労働生産性がOECDのG7中最下位だった2005年のデータについて、どのように評価されていますか。

A:

生産性の計測をする際に、ベンチマークとして労働生産性を計算することは必須です。各国で共通の指標で比較すること、過去との比較も重要だからです。付加価値ベースの労働生産性を計測するべきでしょう。目標設定をする際には、もう少し掘り下げて、事業所ベース、業種ベースでの対個人サービスや対事業者サービスなど、個別の生産構造を意識した比較をぜひ行っていただきたいと思います。「サービス産業の生産性分析(2014)」(森川正之理事・副所長著)では、国際比較、産業レベル、企業レベル、事業所レベルとあらゆる規模を対象とした生産性についてその計測方法、計測結果が言及されています。 私個人の意見として、2005年のOECDのグラフはあくまで労働生産性で、日本の生産性のすべてが表れているとは思っていません。製造業の順位が高かったという理由で、サービス産業の生産性が低く足かせになっているということに疑問を持って研究を始めました。付加価値ベースで労働生産性を計測するとどうしても金融業や不動産業の強い国がトップを占めるので、「サービス産業の生産性を正しく測定したら日本はもっと上位だった」というグラフを発表することを目指し、研究を続けていきます。

コメンテータ:

政策の現場において、企業レベルで日常的にTFPを測定するのは現実的ではありませんが、労働生産性は簡便に使える指標といえるでしょう。ただし、労働生産性は資本装備率の違いに大きな影響を受けます。たとえば電力産業は労働生産性が高いわけですが、だからといって効率的とはいえません。労働生産性は水準の比較には適しませんが、TFPとよく似た動きをする「伸び率」の国際比較や産業間比較には有効だと思います。

Q:

サービス業の生産性向上のために、ITの導入がどのように寄与するかを測ることは可能でしょうか。

モデレータ:

ITによる生産性向上は、とくに米国で多くの実証研究が報告されていますが、需要側の情報を用いた研究はほとんどなく、企業がどれだけIT装備をしたかによって分析されています。TFPには、稼働率など需要側の要因が多く含まれているため、研究者によって立場が異なるところです。私は稼働率の上昇も大事な生産性上昇だと思いますが、最近の研究では、米国の航空業でITを活用してチケット価格をコントロールし、設備稼働率が従来の60%から80%に上昇したという報告があります。ITと生産性の関係は、基本的には供給側のデータで相当程度、追求できると思っています。

A:

需要側についてIT投資の効果がわかる官庁統計は存在しないと思います。また、供給側についても、IT装備「率」だけでなく「質」についても、どれだけ時勢に反応して調査するかが重要だと思います。ですから、研究者や政策立案者はIT投資の効果を計測するのにどのようなデータが必要かを、統計調査の作成側に提示できるかが重要だと思います。生産性の計測に限らず、利用者と作成者の情報のフィードバックは統計調査にとって意味があると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。