企業間ネットワークと波及効果:ビックデータを用いた実証分析

開催日 2014年12月10日
スピーカー 齊藤 有希子 (RIETI上席研究員)
モデレータ 俣野 敏道 (経済産業省大臣官房広報室室長補佐)
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開催案内/講演概要

リーマンショックや大規模な自然災害を経験し、一部の地域のショックが経済全体に波及し、マクロ変動を引き起こすことが認識された。また、企業間の強いネットワークは、負のショックの伝播として具現化する一方で、競争力の源泉ともなり、経済産業省の政策において、「つながり力」の活用が指摘されてきた。本BBLでは、負のショックの伝播、つながり力に関連し、ビックデータを用いた実証分析結果(RIETIのプロジェクトの研究成果)を紹介する。

議事録

企業間ネットワークについて

齊藤 有希子写真リーマンショックや大規模な自然災害によって、一部地域の個別のショックが経済全体に波及し、マクロ変動を引き起こすことが認識されています。リーマンショックでは、需要の落ち込みによって、大田区などの中小企業の売り上げは大きく減少しました。また、東日本大震災後に部品を調達できず、サプライチェーンが大きな影響を受けたことは、記憶に新しいと思います。こうしたデマンドサイドとサプライサイドにおける「負のショックの波及」が、企業間ネットワークの1つの視点です。

2つ目の視点は、「つながり力」です。日本では、企業間の強いネットワークが競争力の源泉と考えられ、たとえば自動車メーカーと仕入先の間には緊密な関係が構築されており、取引先との共同研究開発なども行われています。ネットワークの構築によって生産性を向上させる取り組みは、経済産業省の政策においても「つながり力」の活用として議論されてきました。

日本には、世界に誇る企業間ネットワークのデータがあります。サプライチェーンネットワークを把握するための企業間の取引データとして、民間信用調査会社(東京商工リサーチ(TSR)や帝国データバンク(TDB)など)の国内企業間の取引データは、海外の研究者からも注目を浴びています。

所有関係のネットワークについては、企業間の資本関係(TSRやTDB)のデータや、204カ国企業の資本関係(ビューロヴァンダイク:BvD)のデータがあり、知識創造・知識波及に関するネットワークについても、特許データの共同研究関係、引用関係から、組織間ネットワーク、発明者間ネットワークを分析することができます。

企業間ネットワークの例として、NHKの「震災ビックデータ」という番組では、TDBの取引データを可視化しました。そこでは、被災3県(岩手県・宮城県・福島県)から全国(47都道府県)への取引関係は、2011年1月時点で約22万本でしたが、そのうち約2万本が2013年3月までに消滅したことが示されています。

このように、企業間ネットワークを可視化することで可能ですが、それを定量化し、エビデンスに基づいた政策形成のため、インプリケーションを引き出していくことが大切です。たとえば、私の関わってきたプロジェクトでは、経済産業省・中小企業庁のビッグデータを活用した地域産業政策研究会、文部科学省・科学技術政策研究所の産官学の知識波及に関する研究のプロジェクトがありますし、RIETIの研究プロジェクトでも、企業間ネットワークのビックデータを用いた実証分析を進めています。

地理空間上のネットワーク

なぜ、経済活動は集積するのでしょうか。企業間取引、知識波及、労働力確保といった集積の外部性は、企業間ネットワークの効果といえます。そのような集積のメリットを生かすのがクラスター政策ですが、私たちの研究では、とくに距離の重要性について検証しています。

近年、距離の重要性は、なくなってきているといわれます。輸送技術やICTの発展によって、技術情報に容易にアクセスできるようになり、離れた場所でもウェブ会議を行うことが可能になりました。また、東アジアの生産ネットワークなど、国境を越えたサプライチェーンも構築されています。そこで、距離の重要性を検証するため、立地の地理的な偏りや企業間ネットワークの地理的な偏りに関する実証的な研究が行われています。

立地の地理的な偏りについては、距離の重要性は変わっていないことが既存研究において指摘されており、また、私たちの研究では、知的生産活動において、より集積していることが確認されました。("Localization of Knowledge-creating Establishments" (Inoue, Nakajima, and Saito (2014), RIETI DP 14-E-053))。

企業間ネットワークの地理的な偏りでは、国際貿易において距離の重要性は変わらず(Disdier and Head (2008), "The puzzling persistence of the distance effect on bilateral trade")、知識創造に関しても、1980年代から2000年における距離の重要性は、あまり変わらないことが観測されました(Inoue, Nakajima, and Saito (2014), RIETI DP 13-E-070, "Localization of Collaborations in Knowledge Creation")。

また、現在進行中の私たちの研究では、所有関係のネットワークにおいても、取引関係のネットワークと似たような地理的性質を持つことが確認されています。

企業間取引の地理的広がりと負のショックの波及

企業間の取引は、半数が29km以内で行われており、地理的に非常に狭い範囲で行われていることがわかります。その中で、取引数の多い少数のハブ企業が、遠く離れた地域と取引している構造がみられます(Saito (2013), RIETI DP 13-E-080, "Role of Hub Firms in Geographical Transaction Network")。国際貿易において、生産性の高い限られた企業が輸出を行っているように、少数の企業が地理的な広がりに貢献しているわけです。

被災地以外の企業における東日本大震災の影響-サプライチェーンにみる企業間ネットワーク構造とその含意-」(齊藤(2012), RIETI DP 12-J-020)では、被災地企業(青森、岩手、宮城、福島4県の太平洋沿岸44市)の取引先の地理的分布を検証しました。

すると、Tier0(被災地企業)のTier1(被災地企業(Tier0)の取引先)は5.1%、Tier2(被災地企業の取引先(Tier1)の取引先)を含めると56.7%、Tier3(被災地企業の取引先の取引先(Tier2)の取引先)まで含めると90.5%までカバーし、企業間の取引ネットワークは、スモールワールドであることが確認できますが、被災地から離れた地域においても、Tier2やTier3の企業が非常に多いことが分かりました。

また、Tier1の直接取引では半数が29km以内に分布しているのに対し、Tier2(取引先の取引先)までの間接取引では255km以内となっています。こうした間接取引の地理的広がりには、ハブ企業が重要な役割を担っています。

震災の負のショックの波及について、震災前後の売上高変化と被災地企業との取引関係を分析したところ、業績の負のショック(売上高の減少)は川上企業に波及しますが、取引先の退出といった大きな負のショックは川下企業に波及し、Tier2やTier3など間接的な取引先にまで影響を及ぼすことがわかりました。

さらにリスクへの対応について、新規取引先の確立と被災地企業との取引関係を分析すると、比較的小さなショックに対しては、新規取引先の確立によってリスクを回避できている可能性があるものの、大きなショックには対応できていないことが示されました(Carvalho, Nirei, and Saito (2014), RIETI DP 14-E-035, "Supply Chain Disruptions: Evidence from the Great East Japan Earthquake")。このことから、大きなショックに対して、新規取引の確立を支援する政策の必要性が考えられます。

取引ネットワークとパフォーマンス

企業間の強いネットワークは競争力の源泉になりますが、企業のパフォーマンスと仕入ネットワークの関係を分析すると、仕入先の数が多いほど企業のパフォーマンスは高く、仕入先のパフォーマンスが高いほど企業のパフォーマンスも高い傾向がみられました。そして、仕入先までの距離が近いほど、企業のパフォーマンスも高くなっています(Bernard, Moxnes, and Saito (2014), RIETI DP 14-E-034, "Geography and Firm Performance in the Japanese Production Network")。

次に、因果関係を分析するため、ショック後の変化として、九州新幹線開通の効果をみました(Bernard, Moxnes, and Saito (2014), Vox EU (CEPR), "Fast trains, supply networks, and firm performance")。その結果、新幹線開通によって仕入先までの移動時間が短縮することで、パフォーマンスに正の効果がみられました。また、移動時間が短縮した地域間で取引が増え、取引先構築のコストが減少していると考えられます。

マクロ変動との関係

企業間ネットワークを通じた波及効果によってマクロ変動を引き起こすことは、経済政策を考える上で大切です。負のショックだけでなく、インフラ整備やイノベーションといった正のショックが経済の成長を促す影響についても、今後検証していきたいと考えています。

知識創造活動については、インパクトのある特許は集積地で生まれやすいことが観測されています(Inoue, Nakajima, and Saito (2014), RIETI DP 14-E-053, "Localization of Knowledge-creating Establishments")。さらに、どのような環境が知識創造に適しているのかという観点では、シリコンバレーのエコシステムやクラスター政策などが議論されており、とくに、共同研究や人の移動にともなう知識波及、知識のバラエティの重要性が指摘されています(Berliant and Fujita (2010), RIETI DP 10-E-024, "The Dynamics of Knowledge Diversity and Economic Growth")。

Weak tieの重要性

今後の視点として、ローカルな域内ネットワークに焦点をあて、外部のネットワークとの関係についても、考えたいと思っています。集積している地域の生産性が高いことは、既存研究において議論されていますが、さらに、その集積効果の波及経路として、企業間取引、知識波及、労働共有が関係しているのかを明らかにしたいと考えています。とくに、ネットワークが密であるだけでいいのか、閉じたネットワークでいいのか、という観点から、Weak tieの重要性に注目しています。

異なる組織、異なる地域で異なる知識が蓄積され、それが出会うことで新しい大きなイノベーションが生まれることがあります。Weak tieの重要性は知識の波及だけでなく、国内の取引ネットワークでも同じように考えられます。そこで、域内の密な取引ネットワーク(ローカル)と離れた地域とのつながり(グローバル)という両方の視点で、どのようなネットワークがいいのかを分析していきたいと思います。

まとめと考察

企業間取引の地理的な広がりにおいて、ハブ企業は重要な役割を果たしています。大きなショックは間接的な取引先まで波及し、その企業数も多いことから、マクロ変動に影響を及ぼす可能性が高くなります。今後の課題として、正のショックを特定し、その波及について、考えていきたいと思っています。

輸送技術やICTが普及しても、距離の重要性は安定的であり、クラスター政策の理論的な根拠となり得ます。ネットワークとパフォーマンスの関係性について、また集積効果の波及経路(域内ネットワーク、企業間取引、知識波及、労働共有など)、Weak tieとの関係についても、研究を進め、クラスター政策などへの示唆を得たいと考えています。

モデレータ:
Weak tieについては、効率的な情報伝達によって多様な情報を得やすくなり、クリエイティビティにポジティブな影響を与えるという研究が、経営学の分野で行われてきました。たとえば半導体産業においては、いかに新たな知を探索して異分野を融合させ、マーケットニーズに合わせていくかという視点でWeak tieの重要性が議論されています。

日本では1.3%がハブ企業といわれていますが、震災などの大きなショックに対し、どのようなリスクがあり、それに対し、どのような政策的対応を検討すべきかが問われています。米国でもリーマンショック以降、システミックリスクが伝播するネットワークに経済学会が注目しており、とくにデータが充実している日本に関しても研究が進められています。こうした流れは今後、都市設計やクリエイティブシティ、さらに人や情報の移動といった頭脳循環(brain circulation)の研究にもつながっていくことでしょう。

質疑応答

Q:

産業ごとの分析があれば、ご紹介いただきたいと思います。

A:

特許の活動では、産業を問わず集積しており、距離の重要性が強くみられます。

モデレータ:

現状として、日本国内で産業分類ごとに競争が起きているかというと、見極めるのは難しい状況です。さまざまなビジネスモデルが市場を奪い合っている関係では、業種ごとの明らかな相関が見えにくいためです。今後、取引状況や消費行動を分析し、意外な競合関係が明らかになることで、政策の方向性や組織体制についての議論も必要になると思います。

Q:

Eコマースが発達すると、物理的な配送拠点と本社所在地が分離する傾向があると思いますが、本研究では、どちらに重点が置かれているのでしょうか。雇用などを生み出す配送拠点の経済効果と、本社に計上される利益の集積について、どのように検討を進めていくべきとお考えですか。

A:

本研究は企業データに基づいているため、意思決定を行う本社同士の距離の近さを測定していることになります。今後、ものの流れと意思決定の関係など、多面的に分析できればいいと思っています。集積すべき機能と分散させるべき機能に対して、示唆を得ることが出来ればと考えています。

Q:

ネットワークに対し政策的に関与するためには、どのようなツールがあり得るでしょうか。

モデレータ:

あらゆる政策ツールでアプローチできると思いますが、まず、補助金や税制などの政策資源の投入が考えられます。サプライチェーンやネットワークにおけるボトルネックを把握し、改善を図ることで、大きな波及効果を促すことも可能です。タイミングを見極め、政策資源を戦略的に投入していくことが求められます。

また最近、取引ネットワークの多様化について、ノルウェーからフューチャーセンターといった概念が入ってきています。また金融機関に対し、リレーションシップ・バンキングの機能強化を持たせていくアプローチも必要だと思っています。ネットワークの形状を踏まえた新たな事業展開戦略や、外的ショックが起きた際の企業の耐久性を高める施策についても、考えているところです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。