地球規模課題に関する我が国におけるマルチステークホルダーによる『公論』の必要性-ポストMDGs(SDGs)を視野に入れて

開催日 2014年10月9日
スピーカー 山田 太雲 (オックスファム・ジャパン アドボカシー・マネージャー)
コメンテータ 牛島 慶一 (EY総合研究所株式会社主席研究員)
モデレータ 田村 暁彦 (RIETI上席研究員/経済産業省通商政策局国際規制制度交渉官)
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開催案内/講演概要

2000年に合意された国連ミレニアム開発目標(MDGs)の期限が2015年に迫っているが、この後継として現在国連では「持続可能な開発目標」(SDGs)の策定を巡って議論がなされている。SDGsは、2030年を目標年として、水、エネルギー、海洋資源、持続可能な消費と生産等、17の目標が盛り込まれる見込みだ。だが、日本企業は、日本市場の縮小に伴って国際展開を加速化していく状況下にあり、従って地球規模課題にも有効に取り組んでいく必要性は極めて大きいにも関わらず、MDGsに対する議論参画や実施取組が不十分であったことを想起すると、SDGsに対する取組も後手後手に回る可能性が高い。

これは、我が国の関係者全員、即ち政府、企業、学界、NGOが、各々の狭隘な立場から離れることなく対応してきたという現状、各種地球規模課題に対する我が国の「公論」「輿論」の不在という論壇風景に根本原因が存する。講演では、MDGsにおけるアドボカシーの経験を基礎として、中長期的に人類社会全体や資本主義経済の未来に課題を突き付ける各種地球規模課題について、我が国におけるセクターを超えた「公論」の必要性を訴える。

なお、本公演のテーマは、経済産業省通商政策局で推進する「ルール形成戦略」とも密接に関連する。「我が国企業が擁する『社会課題解決力』を『ルール』の形に定式化し、関係省庁・経済界・学界・市民社会等内外関係者との広範なネットワークを基礎として、当該社会課題の解決に資するルール形成を国際規模で推進し、我が国企業の海外事業活動環境の改善を図る」ことを目指す本戦略の遂行には、各種社会課題の関係者の力を結集する必要があるが、マルチステークホルダーによる「公論」の枠組みの欠如は大きな障害となる可能性がある。「ルール形成戦略」の遂行のためにも、地球規模課題に関する我が国のマルチステークホルダーによる対話は促進されるべきであり、本BBLがその大きな第一歩となることが期待される。

議事録

オックスファムとは?

山田 太雲写真オックスファム(Oxfam)という団体名は、Oxford Committee for Famine Relief(オックスフォード基金救済委員会)が基となっています。1942年に英オックスフォードで発足し、17の人道・開発支援NGOによる国際連合体として、世界90カ国以上で活動を展開しています。英オックスフォードに国際事務局を置き、緊急人道支援、長期開発支援、アドボカシー/キャンペーンを通して、貧困に苦しむ人々への支援を行ってきました。オックスファム・ジャパンは、2003年に設立されています。

ミレニアム開発目標 (MDGs):貧困削減を目指す史上初の世界的プロジェクト

ミレニアム開発目標(MDGs)では、8つの目標が掲げられています。目標1:極度の貧困と飢餓の撲滅(1日1.25ドル未満で生活する人口の割合を半減させる。飢餓に苦しむ人口の割合を半減させる)、目標2:初等教育の完全普及の達成、目標3:ジェンダー平等推進と女性の地位向上(すべての教育レベルにおける男女格差を解消する)、目標4:乳幼児死亡率の削減(5歳未満児の死亡率を3分の1に削減する)、目標5:妊産婦の健康の改善(妊産婦の死亡率を4分の1に削減する)、目標6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止、目標7:環境の持続可能性確保(安全な飲料水と衛生施設を利用できない人口の割合を半減させる)と、ここまでは途上国側に課された目標となっています。

そして、目標8:開発のためのグローバルなパートナーシップの推進は、どちらかというと先進国に課された目標です。具体的には、ODAの質と量を向上することや、開発途上国の対外債務を軽減すること、途上国の開発に資する貿易システムを構築することなどが盛り込まれています。

MDGs時代の進捗(2000年からの大きな変化)として、抗エイズ薬にアクセスできるようになった人の数は800万人に達し、約12倍に増えました。サブサハラ・アフリカ8カ国でのマラリア死亡件数は75%減、5歳未満乳幼児の死亡件数は1日当たり7256件減、小学校へ通えるようになった子どもの数は4700万人に上っています。これだけ大きな成果を上げているのは、やはり各国政府が政治的な優先課題として掲げ、多くの予算を投入してきたためです。そういった観点から、MDGsには大きな意味があったと考えています。

そもそもMDGsが必要であった背景を理解するには、植民地支配の時代、独立後の冷戦、途上国の債務とそれに対して先進国が課した厳しい緊縮財政策による貧困の悪化という歴史を知る必要があります。同時に、冷戦後の90年代には地球規模の課題に対し一致協力して取り組もうという機運が世界で高まるとともに、国際場裏における途上国側の主張も強くなり、先進国側も対応を迫られるようになりました。

冷戦後、欧米がアフリカへの援助を大幅に減らしたときに、ちょうど援助額が上げ潮であった日本はTICAD(アフリカ開発会議)を開催し、OECDで新開発戦略を提唱するなどし、それがMDGsの採択につながったといわれています。

ポスト2015開発アジェンダ:大幅な資源節約と再分配の両立へ

現在、国連において、ポスト2015開発アジェンダ策定の議論が始まったところです。そして2014年11月頃には、ポストMDGsの国連総会議長プロセスと、RIO+20サミット(2012年6月)で策定が合意されたSDGs(持続可能な開発目標)プロセスの2つが、国連事務総長による「統合報告書」で統一される予定です。その後、2015年9月の国連総会決議まで、具体的な目標群について、政府間交渉が進められることになります。

本年7月、SDGsオープン・ワーキング・グループ報告において、17の目標案が掲げられました。従来のMDGsに含まれる内容に加え、「国内と国家間の不平等を削減する」「包摂的で持続可能な工業化を推進する」「持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワークを推進する」といった経済的なテーマが含まれています。また、気候変動への緊急の措置、海洋・海洋資源の持続可能な利用と保全、生物多様性の保護といった環境分野、司法へのアクセスや責任ある包摂的な制度の構築など、各国の政治体制にかかわる内容も提案されています。

私は、ポスト2015開発アジェンダには、3つの重要課題があると考えています。第1は、MDGsの「未完の仕事」です。MDGsの恩恵を享受できない人々には、差別を受け、社会の脇に追いやられている女性や少数民族、障害者などが多い傾向があります。こうした最脆弱層があまねく公共サービスを受けるためには、強固でアカウンタブルな保健医療制度や教育制度を構築していく必要があります。

第2の重要課題は、「経済格差」です。先進国、途上国を問わず国内の所得格差は大きく開いており、この20年間の経済成長の恩恵は、多くの国で所得上位10%もしくは1%の最富裕層に集まっている状況があります。つまり、経済成長すれば貧困がなくなるとは言えないわけです。

本年1月に開催された世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に合わせ、オックスファムは報告書を発表しました。「85人=35億人」(世界の所得上位85人の総資産が、世界人口の半分に当たる所得下位35億人の総所得に匹敵する)という試算は世界のメディアで議論を呼び、次回2015年のダボス会議では、オックスファム・インターナショナルのウィニー・ビャニィマ事務局長が共同議長を務めると聞いています。

こうした極端な経済格差は経済成長を阻害し、社会の分断、環境破壊、民主政治の機能不全を引き起こすことを、多くの人々が指摘しています。

第3の重要課題は、飢餓と食料安全保障です。世界の飢餓人口は、1969年から緩やかに減少していましたが、2008年辺りから急激に増加しています。これには構造的な要因があると、私たちは分析しています。現在、世界人口を満たす十分な食料は生産されているわけですが、世界人口70億人のうち8.5億人(8人に1人)が飢餓に苦しんでおり、うち半数は農民という現状があります。

今後、人口増加や先進国的食生活の普及に伴い食料需要は増える一方、気候変動やバイオ燃料の生産拡大によって食料供給は減ることが予想されます。こうした背景で食料価格が高騰し、低所得層が食料にありつけない状況を生んでしまうわけです。

ポスト2015開発アジェンダでは、資源利用による環境負荷を地球環境の制約内に抑えつつ、最貧層の人々への資源配分を相応に増やすことが求められています。

2016年以降の世界を見据えて:マルチステークホルダー間の「公論」のススメ

途上国への資金フローの推移をみると、近年、ODAよりも民間直接投資やその他の民間フローが大きく伸びており、民間セクターへの期待が非常に高まっています。外務省でも、民間企業の力をいかに途上国の経済成長につなげるかという議論が活発に行われています。

オックスファムも企業の役割を重要と考え、いろいろな働きかけを行ってきました。たとえば、ユニリーバ社との":Poverty Footprint":では、ユニリーバ・インドネシアの貧困へのインパクトの実態調査(マクロ経済への影響、社の方針と実践、サプライチェーンの問題分析、市場において引き起こされ得るインパクトの理解)を同社と調査し、共同報告書を発表しました。

また、2012年2月から":Behind the Brands":キャンペーンを展開しています。世界的な食品・飲料メーカー10社について、透明性、女性、労働者、農民、土地、水、気候変動の観点から、意識・知識・コミットメント・SCMを審査し、スコアカードとして発表するものです。現在までに70万人強がアクションに参加し、数社から改善コミットメントを引き出すことができました。

日本の企業も、途上国の開発に貢献しています。たとえばリー・ジャパンは、HFW(ハンガー・フリー・ワールド)、ACEといったNGOとの3者連携により、オーガニック・コットン・ジーンズの売り上げの2%を井戸建設事業に寄付しつつ、コットンの生産現場で児童労働がないことを確認する中で、安全・衛生面の問題を発見・改善するなど、生産地の住民を含めた4者にとってwin‐winの事業を展開できるようになりました。

しかし、MDGsのひな型を作ったはずの日本において、途上国の貧困問題に対する認識が高まったとは言い難い状況です。MDGs採択から10年以上経っても、国際開発に関する国内の議論は旧態依然でした。ODA予算は削減され、チャリティもしくは環境破壊といったステレオタイプを脱することができず、政治課題としては取り組まれていません。たまに出てくるストーリーは、「世界を変えた日本人」など、日本中心のストーリーだけです。世界では、従来の二国間外交の競争ではなく、多国間協調のリーダーシップをどれだけ担えるか、現場での貢献だけでなく、国際場裏で何を言えるかが等しく重要になってきています。そういった面での日本のプレゼンスは、ここ2、3年こそ高まってはいますが、ずっと弱かったと思います。

我が国のリーダーシップを阻む要因として、欧米系の一部のNGOは、企業的な戦略と盤石な財政基盤、豊富な人材と専門性を備えています。その結果、たとえばオックスファムは「英国文系学生の希望就職先第3位」(Universum, 2013)という状況になっています。

それに対し日本では、一般的にNGOというとボランティアや活動家など、メインストリームから外れた存在としてみられることが多いように感じます。一方、プロフェッショナルの事業系NGOは、アドボカシー活動やキャンペーン活動に十分な投資をしてきませんでした。

民間セクターでは、短期利益指向、CSRに対する不十分な認識、企業間競争や国際競争といった要因がリーダーシップを阻んでいると考えられます。政府では、省内・省庁間の縦割りが強い中で、公益に照らした省庁間の調整・優先順位づけの不足、偏狭な「国益」定義(国際益との対立)の状況がみられます。また、メディアには「国際開発」担当部署がないため、ステレオタイプばかり報道される傾向が強くなっています。

私たちは、民間セクターが途上国の貧困削減に資する投資をしっかり行っていくことをプロモートしていきたいと思っています。政府には、アジェンダ解決のための法整備や制度整備、市場規制(罰則とインセンティブ)の実施が求められます。また市民社会(NGO/NPO)は、社会的課題を発見して政治アジェンダ化する活動を強化し、政府や民間セクターの間で「頂点への競争」を促すような存在になってほしいと思います。こうしたセクター間の対話・連携が、とくに重要になってきています。

コメント

コメンテータ:
MDGsは、直接的あるいは間接的に企業の経営に影響する課題と認識すべきです。たとえば気候変動は農家だけの問題ではなく、流通業者はサプライチェーンを変える必要性に迫られます。また、これから世界人口が増加していく中で、限られた水資源を生活用水に優先的に割り当てるために工業用水を規制するなど、水に関しても事業活動に影響します。

世界のリーダーは、世界地図の中の自社あるいは自国を見つめています。そのようなThinking Global Acting Localを実践するリーダーが集う場に、日本のリーダーが出ていって、どれだけ通用するか。それが、国際社会でリーダーシップを取っていくうえでの試金石になるでしょう。世界の多様な価値観がぶつかり合いの中で、どのような視点、立脚点で何を主張していくか。価値観を明確に、洗練された議論をしていく必要があります。

同時に、持続可能な経営を考えたとき、動植物同様、変わりゆく環境に適合できない企業は絶滅していきます。では、国際社会の環境の変化は、何が引き起こしているのでしょうか――。自然災害などを除けば、気候変動も元をただせば人間の活動が原因の一部となっています。また、国際的な競争ルールやデファクトスタンダード作りなども、人間が作り出しているものです。そうした意味では、まさにMDGsなどは、こうした将来の社会環境の変化を人間が作り出す議論としても位置付けられ、当然、経営環境にも影響することから、企業としての貢献も大いに期待される部分だと思っています。

伝統的に、長期的な視点で経営を行ってきた日本は、世界でもっとも100年企業が多いといわれています。そのような強みを、MDGsあるいはポストMDGsのイシューに生かして貢献していくことが、日本が主導して企業と社会がwin-winとなる時代を拓く1つの機会になると考えています。そして、より積極的に関与するためにも、我々は相応のスキルを磨くことが必要であると考えていえます。

質疑応答

Q:

西洋にはチャリティという考え方があり、ある意味、所得分配が当然のように認識されているのに対し、日本の文化や歴史に根差したものとして、同じような理念を示していけるものはあるでしょうか。

A:

西洋にはチャリティを含めて普遍的な人権感覚が根付いており、オックスファムのような団体の活動を支えている部分があります。しかし、日本が社会的弱者に対して冷たかったかというと、必ずしもそうではないわけです。そのような概念を、西洋からの借り物ではなく日本発のものとして、いかに作り変えていけるかが、私たちNGOにも問われていると思います。

Q:

昨今、企業においても環境への配慮はもちろんのこと、人権のデューデリジェンスへの関心が高まっています。そこで、企業トップ層の意識を変えていくためのアドバイスをいただきたいと思います。

コメンテータ:

正直なところ、企業トップ層の意識は、そう簡単に変わらないと思います。ただ、トップが変わるまで待つ必要もないと思っています。各部署の当事者は、よく自分の主張を一方的にするも、相手の論理や関心に合わせて語っていない、相手の共感を得られるような話をしていない、というケースがほとんどだと感じています。相手の関心や論理に合わせて共感を得る努力も必要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。