金融危機と経済政策

開催日 2014年5月21日
スピーカー 清滝 信宏 (プリンストン大学教授)
モデレータ 森川 正之 (RIETI理事・副所長)
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2007年に始まった金融危機の原因、波及、影響を分析し、危機の前と後の政策について議論します。

議事録

1980年代:信用と資産価値の増大

清滝 信宏写真土地、建物、機械などは、生産要素であると同時に銀行信用の担保資産でもあります。プラザ合意後、1985~86年にかけて急激に円高が進んで一時的な不況になると、1986~89年まで大幅な金融緩和が行われました。その影響もあって80年代を通じて、地価は2倍、株価は5倍に跳ね上がりました。

正常な信用増であれば、資金は非生産的な主体から生産的な主体へ移転し、それが資本蓄積につながります。しかし80年代の場合は、歪んだ信用増であったと考えられます。資金が危険回避的な主体から危険に鈍感な主体に移転したことで、必ずしも生産にはつながらず、財テクのような形で信用が膨らんでいったわけです。

金利低下や生産性上昇といった条件が重なると、資金制約主体の純資産が増加し、資産需要が増加します。それがバランスシートに蓄積すると、将来にわたって資産需要が増加するものと期待され、現在の資産価格が上昇してきます。「期待によって価格が動く」という資産市場特有の条件があります。また、資金制約主体においては資産価格が上昇すると、純資産が価格以上に上昇することもあります。これが、負債のてこ作用、いわゆるレバレッジです。

この時、価格が上がるほど需要は増加するという現象が起こるのですが、これが起こると、増幅作用がさらに大きくなります。この逆が金融危機で、資産価格が下がると純資産も減り、価格が下がっているにもかかわらず需要は落ち込んでしまうわけです。金融危機の過程で、投資銀行などで資産の投げ売りが起こったのは、そういう理由からです。

1992年以降の不況

1989年12月に3万8900円まで上がった日経平均は、1992年7月に1万4000円、2003年4月には8000円以下まで下落しました。市街地地価は、1991年の148をピークに、2000年を100として、2012年には54まで落ち込んでいます。

その結果、銀行の不良資産が増加しましたが、当初、銀行・政府は損失計上や資本不足の解消せず、先送りしました。税制上、計上が難しかった面もありますが、同時に、しばらくすれば戻るのではないかと、楽観的に思っていたところもあるかもしれません。その間、政府は伝統的な金融・財政政策の拡大を繰り返したわけですが、それは結局、衰退産業・地域を援助する結果となりました。

政府の経済成長予測カーブと実質GDPの推移を比較すると、政府・日銀の経済政策は、かなり楽観的であったといえます(T. Hoshi and A. Kashyap (2013). "Will the US and Europe Avoid a Lost Decade?" Working Paper, Stanford and Chicago)。また財政投資は、生産性の低い衰退しているところへの援助という形で行われたため、潜在成長率を下げるほうに働いてしまいました。

その結果、不況は悪化し、1997年には大手銀行・証券会社が倒産し、ジャパン・プレミアムが発生すると、銀行信用は急減しました。こうして、日本はデフレに入っていくわけです。名目GDPは1997年の523兆円をピークに低下を続け、2012年には470兆円まで減少しました。

2001-07構造改革

2001~07年には、小泉政権の下で構造改革が推進されました。政府・銀行は不良債権・資本不足の抜本的解消を進め、財政支出・投融資を削減していったわけです。同時に、大幅な金融緩和は、円安・輸出主導の回復につながりました。

FRED(セントルイス連銀データベース)のデータによると、日本のローンに占める不良債権の比率は6%前後で推移した後、2001年に8%まで上昇しましたが、小泉政権の下で改革が進むと、2005年以降は2%を下回る水準に減少しました。これが結果的に、銀行の回復につながっていくわけです。

ですから日本の場合は、金融危機が始まってから10年間ずっと不良債権の処理を続け、資本不足の状態にあったわけです。それが抜本的に解決したのは、小泉政権になってからということです。このパターンは、スペインやイタリアの状況にも似ています。つまり、こうした国々が日本と同じように長い不況に陥る可能性を示唆しているわけです。

GDPに占める民間投資と一般政府による財貨・サービス購入の比率(Hoshi and Kashyap. 2013)をみると、政府が増えているときは民間が減り、政府が減っているときは民間が増えるというように、見事に逆比例しています。これを因果関係と考えることはできませんが、結果的に小泉政権の下で財政支出が減り、その時期には民間投資が回復するというパターンを示しています。

2008年からは本格的な世界金融危機となりましたが、日本はスイスと並んで唯一、ドルに対して通貨が切り上がった主要国です。輸出も急減し、2009年1月は前年同月比40%も減少しています。財政悪化や東日本大震災後の電力割当なども起こり、実質GDPも急減しました。

2013年以降:アベノミクス

2013年に始まったアベノミクスは、金融緩和が1つの柱です。これまで日銀は、金融緩和でデフレは止めたいけれどもインフレが怖いということで、ブレーキとアクセルを一緒に踏んでいるような政策を行ってきました。しかし安倍政権下では、金融システムの安定性に関しては目をつぶり、とにかくデフレを止めることを優先しています。その結果、円安になり、輸出・利益・株価も回復してきました。名目GDPも2012年をボトムに回復基調となっています。

第2の矢では、財政支出増と消費税増税によって景気回復を図るわけですが、財政再建に関しては、まだ問題が残っていると思います。第3の矢のTPPと構造改革については、非常に大変だと思いますが、それを通じて生産性を上昇させ、実質所得の増加につなげようとしています。

長期的展望の重要性

その際、長期的な視点が重要となります。景気の後退あるいは生産性の低下によって企業が縮小するときは、固定資産も流動資産も縮小したいわけですが、固定資産は簡単に減らすことができません。そのため、流動資産を減らすことになり、資金制約が厳しい時には均衡よりも大きく減ってしまいます(図のA点からB点に移動)。その後、徐々に縮小均衡に向かって固定資産が減価していくわけです(図のB点からC点に移動)。景気の回復の初期には流動資産がまず増加し固定資産の増加は遅れます(図のC点からD点に移動)。そして景気の回復が本格化してから、ようやく固定資産を増やすというパターンをたどります。ですから、在庫投資や生産といった流動資産の回復は比較的早いのですが、固定資産の投資はなかなか回復が進みません。

1990年半ば以降、企業は新規雇用や職場訓練を減らし、研究開発・宣伝投資を控えるようになりました。すなわち無形資産投資を削減しました。それが成長を低下させるとともに、新しい世代の生涯所得が古い世代より低下し、若者の家庭形成は遅れ、人口減少につながります。財政も悪化しており、社会共通資本が劣化して、年金や医療に対する不安が生じ、教育投資も不足しています。こうした悪循環を断ち、成長を回復することが重要です。

図

財政再建の必要性

IMF Fiscal Monitor: April 2014をみると、日本政府の純負債(GDP比)は極端に高い水準で増え続け、2013年は170%に上っています。この負債を回すだけでも、GDPの1.7%のプライマリー財政余剰が必要ですが、現実のプライマリー財政支出(GDP比)をみると、80年代は1.7%のプラスでしたが、90年代に入るとマイナス0.6%、2000年にはマイナス4.4%と悪化し、2013年にはマイナス7.8%と危機的な状況が続いています。

日本の将来への政策

仮に、名目利子率が、スプレッドまたはインフレ期待の上昇によって1.5%上昇したとすると、それだけで財政赤字はGDP比で2.6%悪化し、さらに日銀の国債購入はリスクスプレッド・インフレ期待を拡大します。

ですから日銀は、やはりデフレを止め、名目所得を増やす必要があります。そして政府は、社会保障と税の一体改革・構造改革を進めるべきでしょう。現状、最も大きな支出は社会保障ですから、そこを触れずに財政を改革するのは不可能に近いといえます。年金開始年齢および消費税を段階的に引き上げていかなければ財政は持続しないと思います。

日本の税率の場合、累進部分が必ずしも物価にスライドしていないため、名目所得が増えると財政はよくなると思われます。構造改革については、日本の人口が減少したら、人口の多い国と貿易することで、かなりの程度を賄うことができます。また企業は、そろそろ長期的な視点に立って、無形資産に対する投資を積極的に行っていくことが重要です。

家計・企業・政府は、年金開始年齢が引き上げられたときに、長く働けるシステムをつくる必要があります。しかし、必ずしもフルタイムで働く必要はありません。教育・職場訓練は、無形資産を増やす観点で重要ですし、多様な就業形態で女性、老人、外国人の雇用を促すシステムに、少しずつ移行していくべきだと思っています。

質疑応答

Q:

法人税率の引き下げが、投資を誘発することはあり得るでしょうか。

A:

法人税を減税すれば、純資産の蓄積が進みやすくなるのは確かです。それによって資金繰りが容易になり、投資機会は多いけれども信用が制約されているような企業では投資が進む、という考え方は正しいと思います。円安にも、輸出企業の純資産を増やす効果があります。

Q:

アベノミクスによって、たしかに企業の業績は上向き、株価も回復してきていますが、輸出は思ったほど回復していない点が気になります。これは一時的なタイムラグなのか、それとも構造的な問題があるのでしょうか。

A:

たしかに円安は進んでいますが、輸出の実質量は2%弱の伸びに留まっています。1つの要因として、垂直的な貿易が増えている中で、関税を迂回して自由貿易の進んでいる国へ行ってしまうことがあります。ですから為替レートだけでなく、関税や規制を含めた貿易自由化が重要になってきます。その意味で、TPPは輸出を回復するためのキーだと思います。

また、日本は中間財の取引が大半を占めるため、輸出と輸入が一緒に動きます。この両方を回復させるには、やはり貿易自由化が必要でしょう。海外に対する投資は、必ずしも国内の雇用を減らしません。資本や貿易の自由化は、これからもっと重要になると思われます。

Q:

日本では現在、デフレが止まって程よいインフレになりつつある状況だと思いますが、量的緩和政策との関係について、ご意見をうかがいたいと思います。

A:

アベノミクス以前の日銀は、デフレとインフレの両睨みで、とくに金利リスクを気にしていたわけですが、私は今のところインフレのリスクは心配しておらず、むしろ金利リスクが先に出てくると思います。政策の順位として、とにかくデフレを止めるというのは正しい見解だと思います。

モデレータ:

上方バイアスを避けつつ、政府・日銀が現実的な長期的展望を描くためには、どのような内容が盛り込まれるべきとお考えでしょうか。

A:

ある程度、明るい未来を想定しなければ展望できない面もあるため、難しいことです。また政治というものは、高い成長率を示せば財政支出できるようになるため、どうしても高めに予想する傾向があると思います。

やはり経済はタダで手に入るものではなく、財政改革するには支出を削り増税する必要があるし、成長するためには働かなければなりません。企業も家計も働かなければ駄目で、払うものは払わなければ、後で何とかなることもあり得ないわけです。

Q:

アベノミクスでの積極的な財政金融政策によって景気が急回復したわけですが、それだけでなく、やはり企業の活性化が重要だと思います。しかしスピード感が異なり、企業の資金需要はまだ低く、企業自身の活力も十分に出ているとは思えません。企業の活力や将来展望を、なるべく早く前向きにするにはどうすればよいとお考えでしょうか。

A:

企業の本質は、やはり社会に貢献することでリターンを得るということですから、貢献できるものを見つければ、長い目で利益にもつながってくるわけです。だから、それを見つけることが重要だと思います。広い世の中で、社会に貢献できることはたくさんあり、世界中にはアフリカをはじめ貧しいところはいくらでもあります。彼らの生活水準を上げるだけでも、随分社会の役に立つでしょう。行ってみるとわかりますが、とんでもなく貧しい国はいくらでもあって、驚くような生活をしています。

かつて、日本で次々と商品を開発していた頃、メーカーは自分たちの作っているものが好きで作っていたし、それを通じて世の中の役に立つという自信もあったわけです。企業家は、それを持っているべきだと思います。

Q:

安倍政権の成長戦略について、問題点を挙げてください。

A:

一番よくないと思うのは、財政支出の中身が旧型である点です。道路や新幹線といった限界生産が低い公共投資が増える内容になっています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。