産業別実効為替レートが示す日本企業の競争力

開催日 2013年7月19日
スピーカー 佐藤 清隆 (横浜国立大学大学院 国際社会科学研究院 教授)
モデレータ 後藤 康雄 (RIETI コンサルティングフェロー/三菱総合研究所 主席研究員・チーフエコノミスト)

議事録

1. 日中韓の為替レートと輸出の推移

佐藤 清隆写真RIETIの「アジアの最適為替制度」プロジェクトにおいて、名目・実質の産業別実効為替レートのデータを構築し、公表する機会を得ました。2012年5月から日本円の産業別の実質実効為替レートの公表を開始し、2013年4月からは中国元と韓国ウォンの名目・実質実効為替レートのデータを公開しています。

国際決済銀行(BIS)も各国の名目・実質実効為替レートを公表していますが、産業別では実効為替レートを公表していません。産業別の実効為替レートを公表したのはRIETIが初めてだと思います。この産業別実質実効為替レートの算出においては、企業の輸出競争力をみるのにふさわしいデータとして生産者物価指数を用いています。BISは消費者物価指数を使って実効為替レートを計算していますので、以下で述べるように2つの実効為替レートが多少異なる動きを示すことにご注意ください。

これから日本と韓国の産業別実質実効為替レートを比較していきますが、その前の予備的情報として、韓国ウォンの名目対円レートの変化(2000年1月~2013年6月)と、日本と韓国の実質輸出の変化(2001年1月~2012年12月)をデータで確認します。まず、ウォンの対円レートについてですが、2008年9月のリーマンショック直前までの数年間はウォンが円に対して増価していました。その後、リーマンショック以降にウォンは大幅に減価し、円高・ウォン安が定着しました。しかし、2012年末頃から円が急激に減価し、円安・ウォン高に転じました。次に、日本と韓国の実質輸出(輸出数量)をみると、日本はリーマンショック後の急激な円高によって輸出数量が大幅に落ち込み、その後も、なかなか回復しないのに対して、韓国の場合は実質輸出が堅調に増加しています。このような日本と韓国の違いを踏まえながら、以下では両国の実質実効為替レートを産業別に観察してみましょう。

2. 産業別実質・名目為替レートの作成方法

実効為替レートとは、円の対ドルレート、対ユーロレート、対ウォンレートなど2国間の為替レートを加重平均したものです。日本にとって重要な貿易相手国の通貨を対象とし、それら相手国の貿易ウェイトに基づいて加重平均をとります。名目為替レートを使って計算したものが名目実効為替レートです。実質為替レートの加重平均をとると実質実効為替レートとなります。

実質為替レートは自国と相手国の物価データで調整した為替レートです。産業別の実質実効為替レートを作成するためには、すべての貿易相手国の物価データ(生産者物価指数)を産業別に入手する必要があります。このデータ収集に最大限の努力を払って、産業別の実質実効為替レートを作成しました。以下では日中韓の3カ国の産業別実質実効為替レートをお見せしますが、それぞれの貿易相手国は26カ国で、産業分類は13産業です。実質実効為替レートが上昇(低下)すると当該国通貨が増価(減価)することを意味します。

3. 日中韓の産業別実質実効為替レート

日本の産業別実質実効為替レートは、特にリーマンショック以降、産業ごとに動きが大きくばらつくようになりました。注目すべきは、電気機械産業の実質実効為替レート(図1の赤のライン)が他の産業よりもずっと低い水準で推移している(最も円安の水準を推移している)点です。一方、自動車産業の実質実効為替レート(図1のオレンジのライン)は平均よりも上の水準を(相対的に円高の水準で)推移しています。生産者物価指数に基づいて作成した実質実効為替レートは、当該産業の輸出におけるコスト競争力や価格競争力を示すものと解釈できます。したがって、名目為替レートの変動は国内のすべての産業にとって共通であっても、実質実効為替レートは産業ごとに大きくことなることが確認できます。

図1:日本の産業別実質実効為替レート(2005年1月3日~2013年7月16日)
図1:日本の産業別実質実効為替レート(2005年1月3日~2013年7月16日)
注)2005年1月3日のデータを100に基準化して作成。上昇(低下)は円の増価(減価)を指す。
出所)RIETIウェブサイト(http://www.rieti.go.jp/users/eeri/index.html)。

それでは日本の電気機械産業は実質実効ベースで円安水準を享受し、高い輸出競争力をもっていると考えてよいでしょうか。実際にはこの考えは必ずしも正しくありません。日本の電機メーカーは国内の自動車メーカーや鉄鋼メーカーと競争しているわけではありません。世界市場での競争相手は同じ産業の海外メーカーであり、たとえば韓国のSAMSUNGやLGなどと競争しています。したがって、輸出価格競争力を考察するためには、海外の競合国の産業別実質実効為替レートと比較することが必要です。

なお、2012年末頃から日本のすべての産業で実質実効為替レートが急落しています。これは同じ時期に大幅な円安が進行したことの影響です。円安によってすべての産業が急速に輸出価格競争力を回復していることが明確に示されています。

中国の産業別実質実効為替レートは日本ほど大きな変動は示さず、産業ごとのばらつきもそれほど大きくありません。産業別実質実効為替レートはほぼ一貫して上昇基調にありますが、これは2005年7月に中国が人民元のドルペッグを廃止し、その後、人民元が米ドルに対して増価し続けていることを反映しています。

韓国ウォンの実質実効為替レートは非常に大きく動いており、産業別のばらつきも非常に大きくなっています(図2)。全産業の平均値は2005年からしばらくの間100付近を推移していましたが、産業別にみると大きく上昇(増価)する産業もあれば低下(減価)する産業もあるなど、産業間の乖離が拡大し始めました。その後、2008年頃からすべての産業で実質実効為替レートが急速に低下(減価)しましたが、これはリーマンショック後にウォンの名目為替レートが急激に減価した(ウォン安に転じた)ことで、韓国企業が輸出価格競争力を大幅に改善させたことを示しています。

図2:韓国の産業別実質実効為替レート(2005年1月3日~2013年7月16日)
韓国の産業別実質実効為替レート(2005年1月3日~2013年7月16日)
注)2005年1月3日のデータを100に基準化して作成。上昇(低下)はウォンの増価(減価)を指す。
出所)RIETIウェブサイト(http://www.rieti.go.jp/users/eeri/index.html)。

しかし、2009年ごろからウォンの対米ドル名目為替レートが緩やかにウォン高の水準に変化していくのに伴い、韓国のほとんどの産業の実質実効為替レートも緩やかに上昇(増価)し始めました。注目すべきは、電気機械(図2の赤のライン)と精密機器(図2の薄紫のライン)の実質実効為替レートが2009年以降も大幅なウォン安水準を維持している点です。韓国の電機メーカーや精密機器メーカーは、高い輸出価格競争力を維持していることがうかがえます。

4. 産業別実質実効為替レート変動の要因分析

日本の電機機械産業の産業別実効為替レートを実質と名目で比較すると、リーマンショック後の急激な円高期から、2つの実効為替レートが大きく乖離を始めています。これは、日本の生産者物価が海外の生産者物価と比べて相対的に低くなっていること、したがってコスト面での日本の輸出競争力が改善していることを示しています。ただし、相対的な生産者物価の低下が、自国(日本)と外国のどちらの要因によって起こっているかは読み取れません。

そこで、産業別実質実効為替レートの変動が自国の物価と外国の物価のどちらの要因で引き起こされているかを確認するために、要因分解分析(シミュレーション分析)を行いました。具体的には2005年1月の水準で日本の産業別の生産者物価を固定し、それ以外は実際のデータを用いて実質実効為替レートを産業別に再計算しました。仮に産業別実質実効為替レートの変動が日本の生産者物価の変動によって強い影響を受けているのであれば、シミュレートした産業別実質実効為替レートは実際の実効為替レートと乖離することになります。同様のシミュレーションを外国の物価を固定することによっても行いました。分析の結果、日本の電気機械産業の場合、実質実効為替レートが大きく円安に振れた理由が主として日本の生産者物価の大幅な低下によることが明らかになりました。

同様の要因分解分析を中国と韓国についても行いましたが、興味深いのは韓国の状況です。韓国の場合、一部の産業を除いて、産業別実効為替レートが実質と名目でほとんど差がありません。日本と同様に実質実効為替レートが名目実効為替レートを大きく下回っているのは電気機械と精密機器の2産業のみです。そこで、日本と韓国の電気機械産業に焦点を当て、産業別実効為替レートの比較分析を行いました。

まず、リーマンショック以前の円安・ウォン高期に着目すると、日本の実効為替レートは名目と実質の乖離が小幅にとどまっているのに対して、韓国の場合は名目と実質の乖離が大きく広がっています。これはウォン高の進行に伴い、韓国の電機メーカーが生産者物価を引き下げることで輸出価格競争力を高めたことを示唆しています。次にリーマンショック後の急激な円高・ウォン安の進行によって、韓国の電機機械産業は実質実効為替レートを一層大幅に減価させました。これに対して、日本の電気機械産業は名目実効為替レートが一貫して増加基調にある中で、実質実効為替レートはほぼ同じ水準を維持しており、名目と実質の乖離が大きくなりました。これは日本の電気機械産業が生産者価格を引き下げることで実質実効ベースでの輸出価格競争力を維持する努力をしてきたことを示唆しています。しかし、2009年以降、ウォンが名目ベースで緩やかに増価し、他の産業の実質実効為替レートが増価傾向に転じたにもかかわらず、韓国の電機機械産業は実質実効ベースで大幅なウォン安水準を維持しています。日本企業の輸出価格競争力改善のための努力にもかかわらず、韓国の電機メーカーの価格競争力にはまだ追い付かない状況です。

日本と韓国の主要輸出産業である輸送用機器(自動車)は、電気機械産業と異なる状況にあります。リーマンショック以前は、日韓の輸送用機器の実効為替レートに名目と実質の乖離はほとんど見られませんでした。しかし、リーマンショック後は日本においてのみ名目が実質を上回る水準で推移するようになりました。これは日本の自動車メーカーが相対的に生産者物価を低下させるよう努力してきたこと、これに対して韓国の自動車メーカーにそのような改善の跡は見られないことを示唆しています。したがって、韓国の自動車メーカーが輸出価格競争力を高めてきたのは、自らの生産価格を低下させることによってではなく、むしろ名目ベースのウォン安の恩恵を最大限に享受してきた結果であったといえます。実際に、2013年になって名目ベースで円安・ドル高が大幅に進行しましたが、これは円がウォンに対しても大幅に円安に転じたことを意味しています。そして日本の自動車メーカーは輸出価格競争力を大きく改善させ、業績も急速に改善していますが、一方で韓国の自動車メーカーは輸出価格競争力を失い、業績も悪化しています。この韓国の電機メーカーと自動車メーカーの輸出競争力の違いを捉えるには、産業別名目・実質実効為替レートのデータを利用することが非常に有効です。

結論

産業別実質実効為替レートは各国・各産業の輸出価格競争力、とくにコスト競争力を測る重要な指標となり得ます。日本では電気機械産業の実質実効為替レートが最も円安の水準にありますが、海外の競合国(韓国)の産業別実質実効為替レートとの比較によって、海外市場での輸出価格競争力をより正確に捉えることができます。

日本と韓国の比較で言えば、リーマンショック以前の円安・ウォン高期における両国企業の対応が、その後の輸出価格競争力を左右した可能性があります。韓国の電機メーカーはウォン高期に生産価格を積極的に削減しました。日本の電機メーカーが高付加価値・高価格製品を追及していたのに対して、韓国のメーカーはより汎用的かつ低価格の製品に資源を集中し、世界市場でのシェアを拡大する戦略をとったと言われますが、それを反映する結果になっています。

この円安・ウォン高期に日本の電機メーカー過剰な設備投資を行い、その後のリーマンショックによる急激な円高と欧米諸国の需要低迷という二重の負の影響を受けました。二国間の名目為替レートでみれば、確かに競争相手である韓国ウォンに対しても円安水準にありましたが、この名目為替レートだけを見ては実際の輸出価格競争力を把握できません。産業別の実質実効為替レートでみると、こうした名目の円安・ウォン高を打ち消すように韓国の電機メーカーは輸出価格競争力を改善していました。この点を把握できないまま、日本の電機メーカーは投資判断を誤った可能性も考えられます。産業別に名目・実質実効為替レートをみることは、企業の経営戦略にとって重要な判断材料になると思われます。

韓国の自動車産業は、リーマンショック後の大幅なウォン安によって明らかに価格競争力を高めていました。その裏側で、日本の自動車産業は急激な円高に直面しましたが、要因分解分析の結果が示すように、日本の自動車産業は、リーマンショック後の円高の影響を相対的な生産価格の低下によって緩和していました。そして2012年末からの円安転換によって、日本の自動車産業は韓国と比較しても十分に価格競争力を改善させる結果となっています。

産業別の名目・実質実効為替レートは、電機や自動車以外の他の産業においても、重要な指針になると考えています。これら実効為替レートはいずれもRIETIのウェブサイトからダウンロードすることが可能です。特に競争関係にある国同士で産業別実質実効為替レートを比較することは有用であり、自国の産業の輸出競争力が世界市場でどのような位置にいるかを知ることができます。今後、さらに他のアジア諸国や欧米諸国の産業別実効為替レートを作成し、公開する予定です。

質疑応答

Q:

「電気機械産業の産業別実質実効為替レート:日本vs韓国」のグラフでは、韓国が産業別実質実効為替レート(I-REER)を60の低水準に抑え、高い価格競争力を維持してきたことが示されていますが、その要因については、どのようにお考えでしょうか。生産性の向上や労働コスト、あるいはプライシング戦略なのでしょうか。

A:

要因に関しては今回の報告では立ち入って分析していませんので、もう少し踏み込んだ実証分析が必要だと考えています。一例として2009年までのデータになりますが、ユニット・レーバー・コストを比較すると、電機機械産業は日本、韓国の両国ともユニット・レーバー・コストを顕著に引き下げています。しかし、自動車産業の場合は、日本のユニット・レーバー・コストが低下しているのに対して、韓国のユニット・レーバー・コストは明確な上昇トレンドをみせています。これらは今回の報告の内容とも整合的で、韓国の電機産業と自動車産業における輸出価格競争力の違いがはっきりと確認できます。

Q:

国別の産業別実質実効為替レートのグラフでは、各国ともエレクトロニクス産業のラインが顕著な低下(減価)を示しています。国際的に競争にさらされている産業で実質実効為替レートが低下する傾向があるのでしょうか。また中国に関しては、エレクトロニクス産業のラインがとくに低下しているわけではません。この違いについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

電機産業の場合、特に半導体や電子部品にみられるように、世界的な価格低下傾向があるのは確かです。しかし、実質実効為替レートは自国の物価と外国の物価の比率に基づいて計算されますので、相対的な物価の動きが重要です。日本や韓国など多くの国にとって、電機産業の場合は中国が重要な貿易相手国になります。この中国に対して相対価格が低下していることが、日本と韓国の産業別実質実効為替レートが低下(減価)している可能性があります。もう1つ重要な点は、物価データの品質調整の問題です。エレクトロニクス製品はプロダクトサイクルが短く、品質の向上も著しいことが知られています。同製品の物価指数データの作成に当たって、たとえば日本の場合はヘドニック法を用いた品質調整済みの物価データが公表されています。私たちが産業別実質実効為替レートを作成するにあたって、各国の物価指数の作成方法まで調査をしてきましたが、すべての国のデータに関してその詳細を把握することは容易ではありません。中国の産業別生産者物価指数のデータが品質調整をどのように行って作成されているか、まだ情報を入手できていません。さらに調査を進め、この部分からも説明できるよう努力したいと思っています。

Q:

産業別実質実効為替レートのグラフを比較すると、日本は産業ごとの動向にまとまりがみられますが、韓国は産業間での差が大きく、バンドが広くなっています。つまり韓国の場合は、電機産業などいくつかの産業を除けば、努力している産業とそうでない産業があり、日本は全産業が同じように努力をしているということでしょうか。そうだとすれば、現在の円安局面は、日本のいくつかの産業で産業競争力が劇的に改善するということでしょうか。

A:

全ての産業に関して要因分解分析を行った結果、韓国では電機産業(そして精密機器産業)のみが生産者物価指数を低下させて輸出価格競争力を高めています。それ以外の産業ではそのような傾向はみられません。これに対して日本の場合は、生産者物価を引き下げて輸出価格競争力を高めている産業が多く見られます。特にリーマンショック以降、数年にわたって円高傾向が定着していたため、日本企業の多くが生産コストを抑える努力してきたのだと理解しています。なお、2012年末頃からの実質実効為替レートの急速な低下には円の名目為替レートの減価が大きく影響しており、日本の輸出企業の競争力を劇的に高めていると考えられます。やはり名目為替レートの変動は輸出産業にとって重要です。円高を反転させたことは、日本の輸出産業にとって間違いなくメリットが大きいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。