節電対策とヒートアイランド対策

開催日 2012年6月26日
スピーカー 玄地 裕 (産業技術総合研究所 安全科学研究部門 素材エネルギー研究グループ長)
モデレータ 福島 洋 (経済産業省 産業技術環境局 研究開発課長)
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開催案内/講演概要

東日本大震災以降、節電は日本全国での喫緊の課題である。夏季電力消費は、日最高気温によって増加するため、気温を下げるヒートアイランド対策は節電対策として機能することも期待される。我々の研究グループが開発したモデルは、都市気象とビルエネルギー消費シミュレーションを連成させているため、ヒートアイランド対策や消費者行動の変化によるピーク電力削減量定量化が可能である。

このBBLセミナーでは、輪番計画停電(20%停電)、サマータイム、打ち水など各種対策の民生業務分野での電力消費への影響についての検討結果を中心に紹介する。

議事録

ヒートアイランド 現象から問題へ

玄地 裕写真東京23区エリアの地表の熱分布について、1995年2月深夜の衛星写真をみると、池袋や新宿、大手町といった山手線沿線やビルの多い都心部の表面温度が高く、島状に浮かび上がっていることがわかります。これがヒートアイランドです。

1900~2000年にかけて、東京では約3.0℃、全国平均では約1.0℃、年平均気温が上昇しています。そして東京の約3.0℃上昇のうち、1℃が地球温暖化の影響、2℃はヒートアイランドの影響によるものと考えられます。

ヒートアイランドは古くから知られている現象で、すでに19世紀のロンドンにおいて、都市部の気温が郊外よりも高いことが観測されています。日本では、1970年代から80年代にかけて、熱汚染という呼び方で、おもに地学、気象学、建築学の分野でとり上げられてきました。これはまだヒートアイランドが問題というよりも現象として観測されている段階で、とくに冬に顕著な現象として知られていました。

1990年代半ばになると、このヒートアイランド現象がヒートアイランド問題として認識されてきます。夏に気温が上がり、ピーク電力の問題が出てきたためです。そこで、ヒートアイランドはエネルギー分野でもとり上げられるようになりました。

2000年代に入ると、電力問題だけでなく、さらに多様な環境問題(生物、ヒト健康、集中豪雨等)が着目されるようになりました。そこで、さまざまな学際領域の研究者が集まるようになり、CFD解析ソフトや都市キャノピー・ビルエネルギー達成モデルなどが次々と開発されてきました。

世界の状況はどうかというと、夏のヒートアイランドが問題になっていたのは、先進国の中で日本のみでした。欧州は涼しく、冷房を使わないためでしょう。ところが2003年、2007年に欧州諸国で気温40℃以上の熱波におそわれ、多くの死者が出ました。それからは、ピーク電力やエアコンのエネルギー、夏の暑さとの関係にも注目が集まるようになりました。

日本では、平成14年3月に「規制改事推進3カ年計画(改定)」が閣議決定されました。その中で、「関係各省からなる総合対策会議を設置するなど総合的な推進体制構築」、「ヒートアイランド現象の解消対策に係る大綱の策定について検討し結論を出す」ことがうたわれています。

その後、平成16年3月には、ヒートアイランド対策大綱が制定され、ヒートアイランド対策関係府省連絡会議が設置されました。平成19~21年にはクールシティ中枢街区中核事業が大都市で行われ、平成21年3月には、ヒートアイランド対策ガイドラインが環境省から発表されました。そして平成24年3月に ヒートアイランド対策マニュアルが環境省から発表され、5月にはヒートアイランド対策推進会議が設置され、国交省と環境省による新大綱が7月に公表される予定となっています。

現在パブリックコメントを求めている「新ヒートアイランド対策大綱」の特徴として、人工排熱の低減、地表面被覆の改善、都市形態の改善、ライフスタイルの改善といった従来の項目に加え、ヒト健康への影響を低減する対応策の推進が加わっています。

モデルの開発と検証

ヒートアイランドの環境への影響(インパクト)として、明確に1℃当たりのインパクト増加量が定量化されているものは意外と少なく、まだデータを集めている状況といえます。その中で、エネルギー消費に関しては、気温感応度によって定量化されています。しかし、たとえば熱中症は1℃上昇すると何人患者が増えるのか、集中豪雨は本当にヒートアイランドの影響なのか、まだデータがそろっていなかったり議論されている段階です。

睡眠障害や疲労については定量化を行っています。東京23区あるいは大阪において、夜間の気温が1℃上昇すると寝苦しさを感じる人がどの程度増加するか、その寝苦しさは、ヒト健康影響としてどの程度にあたるかを示す取り組みを行っています。

私たちは、ヒートポンプ冷房を利用したヒートアイランド対策として、冷房排熱を空気ではなく地下や下水といった媒体で処理するヒートシンク対策を検討しています。夏に建物が熱を吸って地下に熱を貯め、その熱を冬に使うこともできるような計算も行いました。この設備がすべての建物に導入された場合、現状と比較して、車以外の全エネルギー消費と日射の一部が系から除去されるという大きな効果が見込まれます。

東京23区における夏季冷房排熱量(推定)を空気以外の媒体で処理するには、地下や東京湾が利用可能であることが計算されました。地下4m以下に排熱すれば、冷房期間(100日間)のうちに熱が拡散して出てくることはありません。

私たちは、こうした計算を行うために、排熱位置の違いを検討できる都市キャノピー気象モデルに続き、ビルからの排熱等を考慮した都市キャノピー・ビルエネルギー連成モデルを開発してきました。

東京の神田や日本橋といった業務街区について、実際の休日観測結果とモデルによるシミュレーション結果を比較したところ、休日に関しては、ビルエネルギーモデルを使わず都市キャノピー気象モデルのみで計算したほうが、よく一致することがわかりました。一方で、平日に関しては、都市キャノピー・ビルエネルギー達成モデルによるシミュレーション結果のほうが、よく一致しました。

さらに、大手町(事務所街区)と練馬区(住宅街区)における日最大冷房電力需要の気温感応度をモデル上で計算したところ、東京電力による東京23区管内での実態感応度のデータと概ね合致することがわかりました。

このように、屋外熱環境(街区気象)の再現性、屋内熱環境(室温・冷房負荷)の再現性、街区冷房エネルギー需要の気温感度の再現性を含め、夏季の事務所街区・住宅街区でのモデル妥当性を確認しています。

計画停電の影響

昨年、こうしたモデルを活用して節電対策について計算を行いました。シミュレーションは、産業を除く業務・家庭の合計電力で議論しています。昨年は、推定最大電力供給について政府目標として各部門15%削減を掲げました。

東京都全域を計算領域とし、対象日として、昨年のデータ入手が難しくスピードを求められたことから、手元にデータがそろっており比較的高温な年であった2007年で最大の電力需要となった2007年8月5日の気象条件を使用しました。さらに計算条件として、計画停電(輪番停電)を春・夏の場合でそれぞれ計算しています。

まず、基準シナリオ(対策なし)で検討し、資源エネルギー庁の公表した民生・業務の電力需要データと合致することを確認しました。それをもとに各対策を実施した場合、それぞれどの程度電力消費が増減するかを計算したところ、顕著だったのは、計画停電の影響でした。

春版の計画停電は、3時間ずつ5分の1が停電、重なり時間なし、6~22時までを想定しました。すると、シミュレーション結果として、5分の1ずつ停電しても20%削減にはつながらず、ピークという観点では15%削減も達成できない時間帯が出てきました。これは、停電中の地域では、冷房が止まるために室温が上がり、停電終了直後に、一斉にエアコンがオンになるため、室温を下げるためのエアコン電力消費が一気に上昇しピークとなった後、落ち着いてくるためと推定されました。

去年の夏に計画されていた計画停電が実施された場合、9~20時の気温が下がっていない時間帯に計画停電が終了するため、停電で上昇した室温を下げるための冷房電力消費が増加し、従来のピークを越えてしまう可能性も予測されました。とくに戸建住宅は、室温の上昇が著しいと考えられます。断熱性能が業務街区に比べて低いためです。

節電対策の効果

窓日射遮断(グリーンカーテン等)は、日射のある時間帯には効果がありますが、日が沈むと基準ケースと変わらない電力需要になります。通風換気は、気温の低い午前中には効果があります。

空調の設定温度を一律28℃に変更することには、全般的に効果がみられます。また、空調の設定温度を業務28℃、家庭26℃にすることで、ピークが5%減となります。

こうした窓日射遮蔽、通風換気、空調一律28℃設定の3つを実施すると、電力需要がピーク時で12%削減されることが予想されます。また窓日射遮蔽の効果で、従来14時のピークが19時にずれることが推定されています。

打ち水(1㎡当たり1リットル)は、電力需要変化がほとんどありません。気温の変化も同様で、効果としては非常に小さいといえます。日中にまくと、蒸発して湿度が上がり体感的にも暑くなってしまいますから、まくのであれば早朝もしくは日没後がいいと思います。

生活時間のシフト(サマータイム)は、実は2%のピーク電力需要増につながることが、シミュレーションされています。帰宅時間が早まることになるので夕方、まだ暑い時間帯に帰宅してエアコンを入れるため、ピークが16時頃に早まってしまうためです。実際に、昨年6月23日の東京電力の需要カーブをみると、従来のピークは14時頃でしたが、16~17時の間に出ています。それまではなかった夕方のピークが実際に出現したわけです。当時はサマータイムを導入する企業も多く、非常に暑い日だったためと思われます。企業と家庭の双方の電力消費の関係も考えてピーク対策をすることが重要です。

ただし、サマータイムの部門別時刻別増減をみると、日積算の電力消費は全体で0.2%の削減が見込まれます。夕方の業務での電力消費が低減されても、家庭での電力消費が増加するため、わずかな減少に留まっています。

このサマータイムと前述の窓日射遮蔽、通風換気、空調一律28℃設定の3つを実施した場合は、8%のピーク電力需要減となりますが、サマータイムの影響で17時50分にピークが現れることが予想されます。また昨年の震災後、実際にどの程度省エネしたかをベースに、震災後想定ケースの計算も行っています。

節電対策まとめ

節電対策によっては、ピーク時刻がシフトし、さらに従来のピーク電力量を超えてしまうものもあります。さまざまなケースによって電力消費量は複雑に変化するため、どこで、どういう用途なのか、トータルとしてどうなのか、といった議論をしていく必要があります。

また、対策が必要なのは夏だけではありません。2011年1月から2012年2月までの東京電力管内電力需要カーブをみると、夏季の電力需要ピークが8月18日の4922万kWであったのに対し、冬季のピークは1月20日の4966万kWと、冬季需要ピークのほうが夏季よりも大きかったわけです。

対策が必要な問題は節電やヒートアイランドだけでなく、地球温暖化や健康影響、自然環境保護といった複数の問題への対応が求められています。ヒートアイランド対策を実施するにも、エネルギーや環境負荷がかかります。

そこで、ヒートアイランド対策による空調エネルギー消費変化を考慮した計算領域によって、年間CO₂負荷の増減を分析すると、CO₂負荷削減は、屋上の高反射高放射塗料の塗布のみで効果がみられました。事務所については空調エネルギー消費が大きいため、空調の効果はみられました。住宅に関しては何をやっても厳しい状況でしたが、私たちが提案した地中熱冷暖房システムによって、ようやくトータルのCO₂削減に効果がみられることが計算されています。

今度の取り組みとして、対策導入に対して想定外をなくしていく地道な努力が必要です。たとえば、ヒト健康、社会資産、生物多様性、1次生産量などのメリットとデメリットを定量的に提示することが必要です。

対策導入後は、年間を対象として長期モニタリングし、適応策の場合、メリットとデメリットの計測をしていくことが必要です。また「データがないので議論できない」というケースが多いため、定量化のためのデータベース作成が今後重要になってくると思います。国でなくとも、工業会などによるパブリック統計の充実が望まれます。ヒートアイランドと節電については、産業・民生・業務部門の地域別時刻別用途別の電力需要に関するデータが、なかなか入手できない状況にあります。

質疑応答

Q:

経済成長にともなって冷暖房の普及が進む途上国に対し、日本で研究しているヒートアイランド対策のノウハウや知識を役立てることはできるのでしょうか。

A:

現在、私たちと一緒にモデルを研究していたグループが、途上国の研究者と組んでインドや中国で実測を行っています。特徴として、途上国では「涼しすぎるほうが、もてなしている」と感じる文化があるようです。上海などでは、ドアを開けたまま冷房をかけているケースも多いということです。

途上国のもう1つの問題は、火力発電所が多いことです。つまりCO₂排出原単位が大きいため、温暖化とヒートアイランドの両方が問題になってくることが予想されます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。