グローバル人財戦略 -ダイバーシティを生かすには-

開催日 2012年6月19日
スピーカー 橘・フクシマ・咲江 (G&S Global Advisors Inc. 代表取締役社長)
モデレータ 吉田 泰彦 (RIETIコンサルティングフェロー / 経済産業省 貿易経済協力局 貿易管理部 貿易管理課長)
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開催案内/講演概要

過去20年間、急速にグローバル化する世界経済の中で、日本は長年維持して来た世界第二位の経済大国の地位を中国に譲り、新しい成長への道を模索している。その成長の基盤となるのが「人財」である。しかし、人財市場でも、日本の人財のグローバル化は、アジア諸国に比べても10年以上遅れており、日本企業のみならず日本全体の成長にとって、喫緊の課題である。

今回のBBLセミナーでは、グローバル人財市場の動向、グローバル人財の要件、育成の課題等を、経済同友会人材育成・活用委員会の検討結果も紹介しながら議論したい。

議事録

はじめに

橘・フクシマ・咲江写真前職のコーン・フェリーでは、ヘッドハンティングという仕事を通して、20年近く人材市場をみてきました。その頃からのこだわりとして、私はこの10年以上、人材ではなく"人財"という字を使っています。日本企業は、人、物、金、情報という4つの経営資源のうち、物、金、情報については金銭的価値をおくことに抵抗感はないのですが、私がヘッドハンティングを始めた1990年代初めの頃は、「人に値段をつけるなんて」という風潮がありました。しかし、人財には財産として価値があり、流動性があり、人財市場が存在します。

2000年に『売れる人材』という本を初めて出してから、2007年には『人財革命』という6冊目の本を出しましたが、この7年の間、残念ながら日本のグローバルマーケットにおけるグローバル人財の不足という状況に、あまり変化はありませんでした。ここ1、2年でグローバル人財、そしてダイバーシティや多様性といったテーマが取り上げられるようになり、嬉しい限りです。

ダイバーシティというと、最近は女性の活用だけでなく、国籍や人種、宗教、年齢など、さまざまな要因が含まれるようになりました。私は20年間、何千人というエグゼクティブと接してきて、国籍や性別は、その人の1つの個性にすぎないという考えにたどり着きました。1人1人を個人としてみることによって、国籍や性別に関係なく、適材適所に配置することが企業・組織で可能になると思います。これもこだわりの1つです。

1970年、清泉女子大学英文学科在学中に、私の人生を変えるできごとがありました。それは、スタンフォード大学で行われた日米学生会議に参加し、米国人の主人、グレン・S・フクシマと出会ったのです。この出会いがなければ、今のようなキャリアを築くことはなかったと思います。これが人生の大きな転機となりました。

1972年に結婚した当時、夫は大学院進学のために米国に戻る予定でした。その頃は、夫が大学院に学ぶ場合は、妻が働いて経済的にサポートすることが通常だったため、何らかの経済的な力を得る必要がありました。

そこで国際基督教大学の大学院で日本語教授法を学び、指導教官に夫がハーバードへ行くことを報告したところ、「ちょうど今朝、私の教え子から、ハーバード大学で教える日本語講師を推薦してほしいと電話があったから、あなた行く?」と言われ、二つ返事で仕事をいただいたのです。

そして、1974年からハーバード大学東アジア言語文化科講師を務め、日本語教育を一生の仕事とするつもりで、1978年にはハーバード大学教育学大学院の修士課程を修了したのですが、偶然、教え子の友人にヘッドハントされる形で戦略系経営コンサルティング会社、ブラックストン・インターナショナルに入社しました。随分悩みましたが、夫の「やってみないとわからないよ」という一言に押されて、ビジネスの世界に入ることになりました。

グローバルな人財市場とは

2006年のK/FI&EIU調査によると、アジアにかかわる仕事をしている300人の欧米も含めたエグゼクティブに対する質問として、アジアの経済成長につれて人財市場の成長もアジアにシフトする中で、「アジア型リーダーシップを欧米型リーダーシップに変えるべきか」という質問に対して、回答者の約8割が、アジアと欧米のハイブリッドのリーダーシップにすべきであり、そうなるであろうと回答をしています。

欧米型リーダーシップが「戦略性」を重視するのに対し、アジア型リーダーシップは「実行・現場」を重視します。とくに日本ではそうだと思います。また、欧米型が「財務・数字」を重視するのに対し、「人間関係」を通じてビジネスをするという傾向がアジア型の強みとして出てきています。

さらに欧米型の「論理性」に対して「感情・心」を重視し、「起業家精神」よりは「組織の利益」を重視するといったアジア型の要件を、アジアで仕事をする欧米のリーダーにも学んでもらい、ハイブリッドのグローバル・リーダーがこれから生まれていくものと思います。とくに欧米のリーダーは、人間関係や社員に対する忠誠心といったものを学ぶべきという結果が出てきています。

日本は他のアジア諸国と比べ、グローバル人財への対応が遅れています。経済同友会の人材育成・活用委員会では、「20年遅れている日本の人財・人財市場のグローバル化の巻き返しをどう図るか」を課題としています。そして、意思決定ボードのダイバーシティを促進することによって、イノベーションを喚起し、企業競争力を高めるという目的に向けて、「女性の意思決定ボードへの登用」と「外国籍人財の活用」の2点を重点課題としています。

グローバル・リーダーの要件とは

グローバルに求められる人財の要件としては、3つのことが挙げられます。1点目は、「グローバルに国境を越えて活躍できる人財」です。これは体ではなく、マインドセットが国境を越えるという意味です。日本は島国のため、海外戦略と国内戦略の2つに分ける傾向がありますが、そうしたマインドセットも変える必要があると思います。

2点目は、「特定の組織に属さない汎用性の高いプロフェッショナル・スキルを持つ起業家的人財」です。これは板前さんのように、包丁1本でどこの料亭でも通用するようなスキルを持ち、1から自分でやるという起業家的な気持ちがあることです。

3点目は、「変革のための創造的問題解決能力を持つ人財」です。たとえば、アフリカ奥地の誰にも聞けない状況で、自分で1から考えて創造的に問題解決をしていくようなスキルが求められます。

このような要件を備えた人財を、私は「国籍・性別に関係なく、グローバルなプロフェッショナルのチェンジ・エージェント(変革者)」と定義しています。プロフェッショナルとは、専門的スキル(スペシャリスト)とマネージメント力(ジェネラリスト)を兼ね備えた人で、たとえば自ら板前であって、なおかつ人の管理を含めた料亭の経営もできるような人のことです。

大きな役割を果たすのは、本社のグローバル化です。あるコンサルティングファームでは、もともと米国籍の企業ですが、本社が一支社と同じような位置づけになっており、現社長が英国人なので、社長のいるロンドンが本社だという企業もあります。

では、"グローバル・チェンジ・エージェント"の要件とは、どのようなものでしょうか。ヘッドハンティングでは、クライアントから100%以上の要件を求められます。それを整理すると、まず「個人的資質」として「基礎的能力」と「性格」がありますが、戦略的思考、説得力、"2つのジリツ(自律と自立)"、多様性に対する感性、関係構築力といった「基礎的能力」は、なかなか日本人になく、苦労した点です。

「性格」について、多くの欧米系の企業で求められたのは、ダイナミックかつエネルギッシュで、カリスマ性があり、創造的で柔軟でアジリティがあり、前向きでリスクをとれる、そしてインテグリティの高い人という、まるでスーパーパーソンのような人でした。しかし国民性もあり、日本にも、外に出るダイナミズムではなくとも、内に秘めたダイナミズムを持つ経営者が随分いると思います。そして、どこにあっても大切なのはインテグリティ(誠実さ)という部分です。

「専門的資質」では、まず職務経験として海外での経験はマストでした。職務能力としては起業家精神と、そして多様性対応能力は日本のエグゼクティブの中で探すことがかなり困難でした。具体的には、想定外のことに対応できる危機管理能力、どこの国のどのような背景を持った人とも意志疎通できるコミュニケーション力、創像的柔軟な問題解決能力といった点が挙げられます。また、KFT&EIU調査による2006年のデータをみると、アジアのリーダーが欧米から学ぶべきこととして、戦略的ビジョン、説得力のあるプレゼンスキルなどが挙げられています。

GEM Survey2009から日本人の起業家度を分析すると、起業への認識された機会・能力、起業への意志、よいキャリアといった多くの項目で、平均値よりかなり低い指数となっています。その中で、他の国々と比べて明らかに高いのは、「失敗に対する恐れ」です。

CDWI2010によると、日本の女性取締役比率は1.4%で、韓国の1.5%とともに下位10カ国の中に入っています。韓国の場合はまだ経済規模が小さいわけですが、日本は世界第3位の経済大国として、あまりにもひどい状況といえます。他には、ヨルダン2.0%、バーレーン1.0%、アラブ連邦0.8%など、女性の地位が低いと一般的に思われている中東の国々と肩を並べています。

5月28日、経済同友会は「経営者の行動宣言」を発表しました。そこでは、2020年までに女性役の登用も視野に入れ、女性管理職30%以上の目標を企業が率先し、達成するために努力すること、女性管理職・役員の人数比率および各社で設定した目標値をIRやCSRレポート等で積極的に情報公開することなどを盛り込んでいます。

グローバル・リーダーの育成には

グローバル・リーダーの育成には、組織・企業、社会・教育機関、個人・家庭といったそれぞれのステークホルダーが一体となって課題に取り組むことが重要です。とくに個人・家庭での取り組みとして、多様性に慣れる環境づくり、語学も含むコミュニケーション能力の育成、自律・自立の訓練や自然との触れ合い、失敗に対する耐性の育成が大切だと考えています。やはりモンスターペアレンツのような考え方は、日本を滅ぼすのではないかと大変な危惧を抱いています。

プロフェッショナルとしてコアとなるスキルと全体をみる枠組みを育てることによって戦略性を培うという視点では、独学でも可能ですから、世界の共通言語であるMBAの概念を学ばれることをお勧めします。仮説検証のトレーニングにもなります。

多様性の対応能力を育てるには、海外留学、海外での駐在や国内での外国人社員の活用、語学のトレーニングを推進する必要があります。日本国内にインターナショナルスクールを増やしてもいいと思います。

起業家精神・戦略性を育てるには、新入社員の時点から、自分が社長ならどうするかというシミュレーションをすることをお勧めしています。入社して3カ月で、自分の会社を外部の人にきちっと説明できるぐらい会社のことを勉強するように伝えます。とくに、自社の強みと弱みを考えることによって戦略性が育ちます。

コミュニケーション力については、ある日本の商社では、すでに英語は当たり前で、新入社員に中国語研修を課しているところも出てきています。バイリンガルではなく、マルチリンガルが普通になっていくと思います。

これまで何千人というエグゼクティブとグローバルに仕事をしてきましたが、成功している人には共通の特性があると思います。まず、「自分の人生は自分で責任を持つこと(自律・自立)」です。以前、紹介した会社が3カ月で買収にあい、失業された方がいました。その方は、謝る私に対して「最終的に決めたのは自分だから自分の責任だし、企業が買収されるという経験など、前の会社にいたら絶対にできなかった。将来、自分が企業を買収するときに、買収される側を経験したことは必ず役立つから、貴重な経験ができてありがたい」と言われました。その方は、その後2度の転職を経て、企業再生して成功されています。

このような「無駄な経験はない」という前向き思考も大切です。日本はいま駄目だ、駄目だと後ろ向きになりがちですが、コップが水に半分しかないと思うのではなく、半分もあるという発想が必要だと思います。

また、よく「会社がやってくれない」という新入社員がいます。何でも会社がしてくれて当然という甘えた考えで、中国や韓国の人たちと競争していけるのか心配しています。「成功の人生・キャリアは自分でつくる」という姿勢が大切です。

さらに、どんな機会も有効に活用すること、「できない理由」を考える前に「どうやるか」を考えること、常に自己査定をして人と競争するより昨日の自分と競争し、昨日の自分より賢くなること、これらはむしろ自分に課してきたこととして、ご紹介しておきます。

私は現在、「外柔内剛」をグローバル化のスローガンにしています。これは、自分の信念は譲らず、外には柔軟にしたたかに対応するということです。日本人は、とてもいい点をたくさん持っています。たとえば中国のCEOから日本のCEOが高く評価されているのは、インテグリティです。ある調査でも、日本人エグゼクティブの強みは、インテグリティ・信頼、倫理感と価値観が上位になっています。こうしたよさを譲らずに、したたかに戦っていくことが大事だと思っています。

質疑応答

Q:

単なるGDP志向のビジネス・リーダーが、本当に今後の社会にとって有用なのかどうか、あるいは、欧米的に人を減らして生産性を上げるのではなく、本当の意味で価値のあることを追求すべきといった意見があります。社会が必要とする新しいリーダーについて、どのようにお考えでしょうか。

A:

かつてのMBAへの過剰評価が、その後の金融危機を引き起こした感があります。それをみていて、やはりアジア的・人間重視的なものも必要だということを痛切に感じています。また長期志向と短期志向など、いろいろな議論がある中で、やはり結果的には欧米型とアジア型のハイブリッドに落ち着くのではないかと期待しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。