将来の世界エネルギーシナリオ:福島後のエネルギー戦略

開催日 2011年10月3日
スピーカー 田中 伸男 ((財)日本エネルギー経済研究所 特別顧問)
モデレータ 南 亮 (経済産業省 資源エネルギー庁 国際課長)
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開催案内/講演概要

東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故は、世界のエネルギー情勢に大きな影響を与え、経済成長と地球環境、エネルギー安全保障など多様な観点から、日本のみならず世界的にエネルギー政策の再構築が迫られてきています。

今回のBBLセミナーでは、8月末にIEA(国際エネルギー機関)事務局長を退任された田中伸男氏をお招きし、世界のエネルギー情勢やわが国のエネルギー戦略についてご講演いただきます。

議事録

田中 伸男写真IEAでは、長期的な視点から将来におけるエネルギー見通しや、安全保障・環境面の観点からベンチマークとなる分析を提供し、政策提言を行ってきました。今年11月には「世界エネルギー展望2011」が発表されます。最新の世界のエネルギーの動向を示しながら、特に日本で議論になっている福島後の原子力の問題を中心に、今後のエネルギーのシナリオについてお話したいと思います。

エネルギーをめぐる不確実性

エネルギーを取り巻く世界は、かつてない不確実性に直面しています。石油価格は上昇を続け、世界経済を圧迫すると同時に、依然不透明な経済の行方がエネルギーの将来を不安定なものにしています。一方、天然ガス市場は、従来の予測を覆して非在来型ガスに追い風が吹くなど、黄金時代が到来しつつあります。コペンハーゲン合意やG20でのエネルギー補助金削減は一歩前進しましたが、はたして確実に実施されるのか。新興国、特に中国やインドがどのように経済成長を続けるのか。そうした政策の方向性によっても世界のエネルギー情勢が大きく変化していきます。石油市場では需給のタイト化が進み、「アラブの春」といわれる産油国での地政学的リスクも不確定要素となっています。もちろん、福島第一原子力発電所の事故も、今後のエネルギー問題に大きな影を落とすことでしょう。これら多くの不確実性によって、将来のエネルギーの見通しが非常に複雑なものとなっているのが現状です。

石油価格の上昇が世界経済に影響

石油価格の上昇はグローバル経済の停滞と常に連動してきました。石油価格の高騰により世界経済が後退するのは1970年代の石油危機から変わらない傾向です。最近の例では、2008年に価格が147ドル/バレルに達した後にリーマンショックが起きました。現在の石油価格もこのまま100ドルを超える状態が続けば、本年の石油輸入における経済負担は2008年並みとなり、特に石油資源を多く必要とする途上国にとっては非常に深刻です。

ご存知のようにIEAは石油市場のセキュリティを担う番犬として、6月23日に、史上3度目となる備蓄石油の協調放出を実施しました。ひと月にわたり6000万バレルの石油を放出した背景には、リビアにおける長期の供給途絶に加えて、例年夏季に見込まれる季節的な精製需要の増加が供給量不足にさらなる拍車をかけることが予測されたため、先制的に行動したわけです。

IEAの各加盟国は、エネルギー安全保障を確保するため、石油の純輸入量の90日分に相当する備蓄を義務づけられていますが、これは現在の世界の石油需要の約45%を占めるにすぎません。先進国の石油需要は大きく変わらず、中国やインドなどの新興国が伸びていくと、この割合は相対的に減少することになります。IEAの備蓄放出が今後とも市場に影響を与えるには、緊急時における中国・インドなどの新興国との協力が不可欠となってきます。

福島後の原子力の行方

福島第一原発事故以降、原子力エネルギーの普及拡大は従来の予測より鈍化する可能性があります。具体的には、安全規制の厳格化で廃炉が早まったり、寿命を延長する炉が減少したり、投資が遅れたり先送りされたりする原発が増加することが考えられます。今後ベースロード電力の需要確保を図る途上国へシフトしていきますが、建設コストの増大などにより、これから原発の導入を目指す国は一層の困難に直面することが考えられます。

IEAでは福島後に、「今後原子力発電のシェアが低下した場合に何が起きるか」という、シナリオ "低原子力ケース"を試算し、"新政策シナリオ(WEO2010における標準的な見通し)"に比べて、2035年には総発電量に占める原子力発電の割合が14%から10%と徐々に減少すると分析しています。仮にその分を他の電源で補うとなると、2035年のガス需要は、カタールのガス産出量にほぼ相当する800億立方メートル分が増加する計算です。再生可能エネルギーの追加発電量は460テラワット時になる見込みで、これはドイツでの再生可能エネルギーによる発電量の約5倍に相当します。仮にそうなると、電気料金は上がり、輸入依存度も高くなるため、エネルギー安全保障は脅かされます。また、化石燃料の使用が増えるため、CO₂排出量が0.5Gt分加算されます。

ドイツでは、原子力発電の段階的撤廃が完了する2022年までに、エネルギー需要を10%抑制し、再生可能エネルギーの割合を35%に倍増することで、CO₂削減目標を同時に達成しようとしています。そのため、石炭火力発電の相当量を置き換えるべく、160億立方メートルのガスを追加輸入する必要がでてきました。ドイツがこのような政策を打ちだすことができた背景には、欧州では電力・ガスの供給網の連携接続が進んでいて、隣国とバランスのとれたグリッドでつながっているという状況があります。そのため、エネルギー安全保障を確保することができるのです。

「ガス黄金時代」の到来

IEAは"低原子力ケース"のシナリオとともに、ガスに焦点を絞った"ガス黄金時代シナリオ"を作成しています。このシナリオでは、2030年直前にガス需要が石炭を上回り、石油に次いで第2位の一次エネルギー源となるという予測を立てています。

その理由として、非在来型ガスの採掘の拡大による価格の低下とともに、途上国の旺盛な需要があります。需要増の8割が中国をはじめとする非OECD加盟国に由来する見込みです。2035年には天然ガスの主要地域間の取引が倍増し、世界のエネルギー需要の4分の1を賄うようになります。ガス産出国が地球上にバランスよく分布することも、エネルギー安全保障の観点から極めて望ましい状態です。

また、2030年には豪州がカタールを抜いて世界最大のLNG供給国になるといわれています。日本にとって重要な輸入国がさらにそのウエイトを高めることとなります。ご存知のように日本は、石油をLNGとして輸入しているため、米国の3倍の対価を支払っています。欧州の場合は、LNGもパイプラインもあり、かつ、ロシア以外にもアルジェリアやリビアなど北アフリカとの取引もあるなど種々の輸入ルートを持っています。価格面からみても、日本もロシアからパイプラインを引くなど、さまざまなオプションを考えていくべきだと思います。

しかしながら、CO₂の問題に関しては、ガスの伸びに伴って原子力や石炭が減少しても、再生可能エネルギーへの転換は限定的とならざるをえず、"ガス黄金シナリオ"におけるCO₂排出量の低減は新政策シナリオに比べ微々たるものにすぎないだろうと予測しています。

再生可能エネルギーの将来

IEAシナリオの中で、もう1つ重要なのは、CO₂を2050年までに半減するための"450シナリオ"です。"新政策シナリオ"ではCO₂排出が2035年の段階で7Gtほどは減少しますが、2050年の目標達成にはとても至りません。"低原子力ケース"の削減量もこれとあまり変わりません。いずれの場合も、そこからエネルギー効率化・省エネで50%、再生可能エネルギーと原子力、炭素回収・貯留(CCS)などで残り半分を減らさない限り"450シナリオ"は実現しません。特に、原子力が稼働しない場合、CCSも未だ実用化されていない状況であるため、低炭素燃料の開発に向けた大規模な投資や省エネルギー施策が必要です。いずれのシナリオにおいても、再生可能エネルギーを利用した発電の行方が今後の大きな鍵を握っているといえます。

IEAでは、さまざまな分析結果から、再生可能エネルギーのポテンシャルを算出しました。日本の場合はかなり低水準ですが、総発電量の19%までシェア伸ばすことは可能です。逆に最もポテンシャルが高いといわれているのが、近隣諸国との系統連係が進んでいるデンマークです。しかし、欧州諸国と違い、日本の電力系統は東西で周波数が異なり、東西以外の連携線も非常に弱いのが現状です。9つの電力会社が別々で管理している電力系統をうまくつなぎ、供給の安定性および経済効率性が確保されるような大きな送電網を作り上げ、その強化を図ってほしいと考えます。

また、再生可能エネルギーと化石燃料だけでエネルギー需要を満たせる国もありますが、日本のようにエネルギー自給率の低い国は、やはり原子力に頼らざるを得ない面があります。もちろん、欧州のようにエネルギーミックスを最適化し、近隣諸国との系統連係を進めて、相乗効果でエネルギー安全保障を強化するのは、1つのオプションです。ただ、原子力はその中で極めて重要な位置を占めると考えます。特に、中東の原油への依存度が高い日本や韓国、あるいはロシアのガスへの依存度が高い東欧諸国など、生産国への一極依存度の高い国では、そのリスクがたいへん高いため、エネルギー安全保障の観点からも原子力を慎重ながらも推進すべきものであると思います。

日本へのメッセージ

安全で持続可能なエネルギーの未来を実現するために、福島以後の日本において、以下のエネルギーの基本概念を念頭に置いてはどうかと提案します。

・気温上昇を2度にとどめる450シナリオの達成は、コペンハーゲンでの不十分な合意、原発の停滞により、ほぼ実現不可能になったが、少しでもシナリオに近づくために各国が可能な施策を積み上げるボトムアップアプローチが重要。

・省エネ、再生可能エネルギーに加えて、原子力は重要なオプションであり続けます。福島の教訓を積極的に世界と共有することが日本からの大きな貢献です。

・日本のエネルギー政策は、エネルギー安全保障、コスト、そして地球環境保護の観点から、最良のエネルギーミックスを慎重に選ぶ必要があります。

・安全確保を前提とした原子力利用、再生可能エネルギーの利用拡大、それを支える国内及び国外との電力供給網の系統接続の拡大やガスパイプラインの接続がエネルギー安全保障の観点から必要です。

・エネルギー資源の購入価格が上昇する中で、さらなる省エネや需要管理手法、再生可能エネルギー、原子力、スマートグリッド、電気自動車など、すべての技術を駆使して低炭素経済を構築することを通じて、これからも日本は強みを最大化していけると考えています。

とりわけ日本は、省エネ技術や再生可能エネルギーなど、卓越したCO₂削減技術を持っています。自国はもちろん、他国のCO₂削減のためにも助力し、世界的視野の中でCO₂削減に努力すべきです。日本がその持てる低炭素化技術を最大限に活かし、将来におけるビジネスチャンスを確実に捉え、引き続き世界を舞台にリーダーシップを発揮していくことを期待します。日本において、より質の高い、革新的なエネルギー市場が速やかに構築されることを望みます。

質疑応答

Q:

今後も原発は続けていくべきで、その理由はエネルギー安全保障であるという明快なお話でしたが、コスト的には見合うものなのでしょうか。

A:

IEAでは原発と石炭、ガス、風力を比べて電力発電のコスト分析を行っています。原発をベースロードとして使うと、フロントエンド・バックエンド両方の廃炉も含めても、さらには立地交付金などを換算しても、計算上は安くできます。ただし、原発は初期投資が巨大なため、金利をどこに置くか、リスク負担の割合を何%にするかで随分異なってきますし、CO₂の価格や風力・太陽光などの技術進歩も影響します。したがって、時間軸といろいろな規制のあり方、条件の置き方でコスト分析は変わりますが、相対的にみると、原発が現在の使われ方であれば安いといえます。ただし、今後、安全規制が強化されるのは必然ですから、その分、コストは高くなると思います。

Q:

電力の柔軟性を高める、グリッド網をめぐらせる、さらに隣国へもグリッドを拡大するという話は一般論としては分かりますが、日本の置かれた環境を考える場合、はたして現実的に機能するといえるでしょうか。隣国につなぐ場合は日本の安全保障上、相手国との信頼関係が問題となってきます。韓国・中国がピーク時の電力不足に直面している今の状況下で融通はそもそも困難なのではないでしょうか。

A:

ドイツがロシアとガスパイプラインを結んだ時、欧州の地政学的状況は一変しました。また、欧州には、北アフリカで発電したクリーンな電力を地中海を越えて欧州に送るという「デザーテック」構想がありますが、これはまた「エナジー・フォー・ピース」という概念も含んでいます。電力市場を通じてムスリムとカトリックの戦争に終止符を打つという先進的なコンセプトです。これは誰もが絶対実現しないと言っていましたが、今やモロッコとスペインの間に線が結ばれ、既に供給が開始しています。

ご指摘の通り、韓国やロシアと系統連係するということは、たいへんな問題です。しかし、20世紀が石油備蓄によってエネルギー安全保障が保たれた時代なら、21世紀はおそらく電力をいかに安定的に供給するかというのが安全保障の鍵を握る時代になると思います。現にASEANは域内の電力系統やガスパイプラインの議論を始めています。最近、韓国で停電が起きて大騒ぎになりました。ピーク時や非常時の電力融通は、ベースロードさえあればある程度可能と思われますし、安心感ができるはずです。韓国・ロシアとの系統連係が仮に実現すれば日本の地政学的状況を大きく変えることになると思いますが、今回の東日本の危機を契機にそうした議論が始まればと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。