産業の広域連携によるグローバル化への対応 -大田区中小企業の展開と支援機関の事業戦略-

開催日 2011年1月26日
スピーカー 山田 伸顯 ((財)大田区産業振興協会 専務理事/法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科 客員教授)
コメンテータ 久野 美和子 ((株)常陽産業研究所顧問 ものづくり企業支援推進役/埼玉大学 総合研究機構地域オープンイノベーションセンター 特命教授)
モデレータ 児玉 俊洋 (日本政策金融公庫 特別参与)
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議事録

岐路に立つ日本の製造業

児玉 俊洋写真モデレータ(児玉氏):
いま、日本の製造業には第2の空洞化が進行しているといえます。第1の空洞化は90年代、量産拠点の海外展開に伴い空洞化が起こったことを指します。量産機能の空洞化の一方で国内で強化される高付加価値製品の生産や研究開発機能に対応するかたちで国内の中小企業は技術力を強化し、高精度・短納期・多品種少量・試作加工に対応できる技術力を蓄えてきました。そのような基盤技術型の中小企業の最も代表的な産業集積が大田区を中心とする城南地域であり、90年代の第1の空洞化の時期にその存在がクローズアップされてきたわけです。

リーマンショック以降、新たな空洞化が始まっています。それ以前は、一時は製造業の国内回帰といわれた頃もありましたが、リーマンショック以降は新興国に市場の成長のウェイトがシフトしたことに応じ、大企業を中心として、あらためて、生産機能だけでなく中核的な製品や先端的な製品の製造機能、さらには一部の開発機能も新興国に展開する一方で、日本国内の設備投資、研究開発投資がなかなか行われない状況が続いています。

高付加価値製品の生産機能や一部の開発機能まで海外移転が進むことによって、それらに対応して技術を磨き上げてきた日本の誇るべき中小企業が苦境に陥っています。その中には、たくましく生き抜いている企業も多いわけですが、そういった日本の産業基盤を支える製造業の集積をどういう方向に展開すればいいのでしょうか。

産業クラスターとの関係では、産業クラスターは技術の連携を重視しますが、その前提として生産分業関係が発達していることが必要です。それを可能とする基盤技術型の集積がどのような方向に展開すればいいのか、本日は、大田区で長年、中小企業支援に従事され、そのご経験をもとにわが国の中小企業および産業の活性化に尽力されている山田氏にご講演いただくことによって考えたいと思います。

「ものづくりのハブ機能」を発揮し、広域連携を推進

山田 伸顯写真スピーカー(山田氏):
リーマンショック以降、大田区では特に製造業を中心に深刻な状況となっています。90年代のバブル経済崩壊や2000年のITバブル崩壊の時でさえ10%の企業は業績を伸ばし、さらに10%の企業は黒字を確保できていたものです。ところが今回の不況では、そのような企業は100社に1社あるかどうかという状況です。

工業統計による工場はかつて9000を超えていましたが、2008年には4300に減っており、現在は4000程度と予想されます。本社を残して地方や海外へ生産拠点をシフトする動きも含め、地域的な産業集積の縮小によって大田区の特性が失われることが危惧されています。

羽田空港や田園調布を擁する大田区には住商工混在型の街並みが展開し、人口は約69万人、うち1万8000人以上の外国人が住んでいます。羽田空港は昨年10月にD滑走路が完成し、国際線の定期便が就航。世界17都市を結ぶようになりました。このように大田区は立地優位性のある地域として、羽田空港の国際化を機に「ものづくりのハブ機能」を発揮し、国内・国外の広域連携推進の中核となっていきたいと考えています。

なぜ日本の実体経済が大きなダメージを受けたか

2008年9月のリーマンショック以降、同年11月から翌年2月までの4カ月間に、鉱工業生産指数は約40%も下落しました。工業生産に占める主要三業種(電気機械等、輸送機械、一般機械)の割合は、日本が5割弱を占めるのに対し、米国は2割強に留まっています。

主要三業種は輸出力に優れています。このことは逆に、輸出が止まった途端、すべての産業に影響を及ぼすことを意味します。そのために、金融ショックの小さかった日本の方が、アメリカより実体経済のダメージが大きかったわけです。「日本の対世界貿易推移(出所:ジェトロ)」をみても、2008年11月からの落ち込みは非常に激しく、ようやく回復の兆しがみられたものの円高の影響によって輸出は伸び悩んでいるのが現状です。

これまで、日本の輸出高は著しく伸びてGDP成長を支えてきました。また、81年以降一度も貿易赤字を経験したことはありません。2008年、2009年もなんとか黒字を確保しましたが、こうした輸出をけん引したのは金属・機械機器です。現在でも、日本の輸出の70%以上を金属・機械機器が占めています。そして大田区も、区の産業全体の80%を金属・機械機器の業種が占めています。大田区は、まさに日本の輸出を支える産業構造の縮図といえるでしょう。

円高とTPP

デフレが継続しているために、深刻な円高が収まりません。「各国単位労働費用(製造業)推移比較(出所:労働政策研究・研修機構)」をみても、日本の労働コストは低迷し続けています。付加価値生産性が高まっているのに対し、労働コストが相対的に低下し、設備投資も停滞したのでは需給ギャップが生じるのは当然といえます。

そこで、輸出に活路を見出しているのですが、輸出の伸びに影響を与えるのが円高と関税という問題です。関税をめぐっては、昨年11月に横浜で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力)で論議されました。APECの経済規模は、GDPの面でも、人口の面でも、世界の中で圧倒的な存在を示していることは間違いありません。

APECの域内貿易比率は、EUやNAFTAに比べて非常に高い水準となっています。また、日本の対世界輸出に占めるAPEC地域の割合は約69%、同じく輸入に占めるAPEC地域の割合は約61%と、やはり非常に大きなウェイトを占めています。その中で、関税を撤廃する自由貿易協定において、日本は大きく立ち遅れています。

アジアにおける重層的枠組み

アジア太平洋の経済連携の枠組みは、非常に錯綜しています。もともと日本はASEAN+3あるいはASEAN+6という枠組みで動いていました。しかし、米国がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に参加したことで、日本もTPP参加の意向を示しはじめています。日本の主導性が問われるところです。

「日本・韓国の対世界輸出推移比較(出所:ジェトロ)」によると、2000年には日本は韓国の3倍近い輸出額を誇っていましたが、この9年ほどの間に、韓国が日本に急追してきました。2008年には、2倍の開きもなくなっています。

一方で「韓国の対日本貿易推移(出所:ジェトロ)」をみると、興味深いことに、対日貿易では日本からの輸入額が輸出額の2倍以上となっています。つまり、サムスンやヒュンダイの製品が世界中で売れると、部品や設備関連を日本から買ってくれるという不思議な構図があるわけです。このことは、部品製造の技術力の優位性を活かすことが、日本の生き残る方向の1つであることを示唆しています。

アジアに対する貿易と投資

ここ10年ほど、日本の対米国貿易は停滞気味であるのに対し、対アジア貿易は非常に大きな伸びを示しています。中でも、対中国輸出の増加は著しいものがあります。

域内貿易比較(出所:通商白書2007)をみると、最終財貿易のウェイトが高いのはEUやNAFTAであり、中間財という部品貿易のウェイトが高いのは東アジア諸国・台湾・香港です。今後は大手メーカーや商社を通じた輸出だけでなく、日本の中小企業自らが部品を輸出することが重要であると考えられます。

日本の国・地域別直接投資は、アジアを中心に大きく伸びてきました。その結果、日本の所得収支は堅調に伸び続け、2005年には貿易収支を追い越しました。一方、輸出輸入および所得の受取支払推移(財務省/日本銀行「国際収支統計」)をみると、受取が伸びる一方で、支払が低下し、その差が開いてきています。つまり、このことは外国から日本への投資が行われていないということを意味しています。

中小企業の海外展開支援

タイ:
タイは、アジア通貨危機を引き起こしたバーツの急落以降、堅調な経済成長を続けてきました。それをけん引したのが「ピックアップトラック」を中心とした商用車です。また特に顕著なのが、タイに対する直接投資です。全世界の直接投資の30~50%を日本が担っています。

タイにおいて大田区産業振興協会と現地のアマタナコン工業団地が共同で開設したオオタ・テクノ・パークでは、立地やコスト面での優位性を生かし、非常に活発な生産活動が行われています。タイでの生産は、FTAによる周辺地域への輸出で強みを生かせます。大田区の企業群が持つ優れた基盤技術はタイの技術面における弱みを補完し、工業団地全体のステータスを上げるという意味でも、タイ側と大田区側のWin-Win関係が成り立っているといえます。

中国:
上海市小企業生産力促進服務中心とは、長年にわたって協議書を取り交わしながら、お互いに企業紹介や展示会への誘致といった協力関係を続けています。

北のルートとしては、大連国際工業博覧会に大田区の企業と共同で出展しました。反対に遼寧省から、中小企業訪日団を毎年受け入れて商談会を行うなど、大田区の企業とのつながりを深めています。南のルートとしては、香港での展示会に出展しました。香港には米国、カナダ、ヨーロッパ、中東、その他の企業が多数集まり、さまざまな商談を行うことができました。このようにして海外からの需要を取り込むことは非常に重要だと考えています。

プロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーション

日本が海外からの需要を取り込むには、やはり国内の技術的優位性が大切です。国内での生き残り戦略をかけて、プロダクト・イノベーション、プロセス・イノベーションを仕掛けている企業がたくさんあります。

また、大田区には基盤技術のネットワークがあります。そうしたネットワークを生かし、中小企業による開発支援サービス型加工業の展開、航空機産業への参入、医工連携といった新たな挑戦が繰り広げられています。

グローバル競争力強化に向けて

大手企業の中小企業に対するスタンスがまったく変わっていないのは問題です。相変わらずコスト至上主義型で中小企業を切り捨てるようなところがありますが、これからは新たな「大・中小企業パートナーシップの確立」と「広域的な連携」が必要です。グローバル競争にどのように対抗するか。日本の製造業のあり方が問われています。

全国の製造業事業所数は1983年をピークに年々減少し、中でも4~9人の従業者規模の事業所の減少は著しく、ピーク時の2分の1以下となっています。また、「規模別売上高経常利益率の推移(同白書)」をみると、大企業と中小企業の差が大きく開いてきています。中小企業への利益還元がなされていないことがわかります。しかし、現在存続している中小企業は、高い技術力を有し、簡単にコストダウンに応じるとは限らなくなっています。場合によっては、発注者である大企業を選別することもあります。

今後、グローバル競争に勝ち抜くには、アジアにおける日本の産業の存在価値を示すことが不可欠です。大企業も先端的技術開発を国内で推進する必要があり、そのためには中小企業との協力関係を再構築しなければなりません。最近、オープンイノベーションという形で技術のコラボレーションが活発になってきました。

中小企業に対する認識で錯覚していることが2つあります。1つは金融面で、資金需要が日本の民間企業にないといわれていますが、中小企業は常に資金不足に悩まされています。「中小企業の資金繰り(2010年度版中小企業白書)」の状況をみると、中小企業の資金繰りDIは依然として低水準を示しています。また、借入難易度も厳しい状態が続いています。都市銀行の中小企業向け貸出残高は減少傾向が続いているわけですが、一方で、政府系金融機関などの中小企業向け貸出残高は、2009年4-6月期以降、前年同期比で増加傾向にあります。

もう1つは、労働需要です。近年、労働市場における求人倍率の低さがいわれていますが、中小企業は人材不足の状態です。若年労働者の中小企業に対する認識不足が原因の1つです。大田区では高校生や社会人を含む就職・転職希望者を対象に約1000名集めた「若者と中小企業とのマッチングフェア」を開催し、大田区の中小企業をPRしています。中小企業が存続することが日本の経済を維持するために不可避です。そこで、若者の中小企業に対する就労意識を高めるよう、経営力を増強し、存在価値をアピールすることが必須と考えます。

羽田空港をハブとしたモノづくり広域連携

最後に、グローバル競争に対抗するには、日本は広域連携による産業の総合力を発揮しなければなりません。世界の試作開発センターとしての役割を担うことが日本の活路を開くことになると考えます。そこで羽田空港を地元に持つ大田区では、空港の跡地利用として第1ゾーンに産業交流施設エリアを設け、国際的な取引を中継できる場をつくっていきたいと考えています。日本に居ながら海外との接点を持ち、日本での強みを徹底的に生かしていけるような取り組みが重要だと思います。大田区は、羽田空港の国際化を機に「モノづくりのハブ機能」を発揮し、国内・国外の広域連携推進の中核となろうと考えています。

コメント

久野 美和子写真コメンテータ(久野氏):
リーマンショック後、実経済の枠組みがドラスチックに変化し続けています。政治、経済、社会、市民が直面する問題は山積みとなっています。そうした大きな課題にどのように取り組み、解決していくかという戦略的な研究が国家レベルで求められています。社会全体としても新しいビジネスのあり方、あるいはシステムづくりが求められていると思います。

このように急激に経済がグローバル化する中で、常々感じているのは「全体最適化」ということです。この地域だけ、あるいは自分の会社だけが儲かればいいと思っていると、どこかで必ず破綻がきます。

地球の中で生命として生きていくという視点、あるいは地球全体の経済をどのように成り立たせていくかという視点。その中での日本のポジショニングをどうするか。そういった全体システムが最適化するための思考が求められていると思います。政・産・学・官・市民とそれぞれポジションは違いますが、問題を共有化し、一緒に行動していくという側面が求められています。

環境に対応した進化が求められている中で、大田区はものづくりイノベーション、世界の母工場としての先進モデルとなっています。今までの大手・中小企業の縦割りではなく、組み合わせ、補完関係というネットワークの中での国際戦略が重要だと考えています。

質疑応答

Q:

中小企業における若手への世代交代の現状については、どのようにお考えでしょうか。

A:

最近は大田区でも、工業高校や専門学校からの人材がある程度は入ってきています。経営者の世代交代も行われています。それに従って、若手人材が現場に入りつつあり、定着率もよいようです。ただし、やはり処遇上の問題があります。伸びている企業は、それなりの処遇によって優秀な若手を計画的に採用している印象を受けます。

Q:

これからの中小企業群の協力のあり方について、大田区の中小企業群のプラットフォームに関連してご意見をうかがいたいと思います。

A:

大田区にはもともと集積するネットワークがありますので、自然発生的な横請け連携ができています。これからは、そのような横連携の中で顧客に対する課題解決型の提案ができるということが大事だと思います。これからの職人には、相手にしっかり説明ができるコミュニケーション能力が必要になってきます。そういう意味では、取りまとめ機能のようなものが大事だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。