東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)の設立と東アジア共同体への貢献

開催日 2010年7月2日
スピーカー 西村 英俊 (東アジア・アセアン経済研究センター事務総長)
モデレータ 伊藤 萬里 (RIETI研究員)
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議事録

ERIA設立の歩み

西村 英俊写真東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA:Economic Research Institute for ASEAN and East Asia)は、時代の流れに応援されるような形でその機能を開花させた経緯があります。現在、国際機関という形でASEANサミット、東アジアサミット、その他の閣僚会議から公文書によるタスクの要請を受けています。本日は、ERIAがいかにASEANの人々から信頼され、意味のある仕事をしているかということについてご説明したいと思います。

ERIAは、第3回東アジアサミット(2007年11月21日)において、日本からの提案に基づき、東アジアすべての首脳の合意によって正式に設立合意されました。これに先行して、「東アジア経済統合へのロードマップ」「東アジア地域のエネルギー安全保障」という2つのテーマに関する政策研究事業(テストランプロジェクト)が行われました。この専門家グループによるテストランプロジェクトの取り組みは各国首脳から高い評価を受け、このサミットにおいて、「東アジアサミット諸国にとって戦略的な関心のある研究テーマに特化した専門家グループらによる政策提言を歓迎する。その研究活動の継続のために、専門家グループを奨励、また、更なる地域統合、東アジア連携強化のため、具体的な政策提言を期待する(抜粋)」との議長声明が出されました。

2008年6月3日には、ASEAN事務局にて、東アジア16カ国の理事の参加を得て設立理事会が開催されました。そして、「ERIAは、独立した研究機関として、政策立案プロセスと強固な紐帯を維持しつつ、首脳会合、閣僚会合などにおける政策ニーズを満たす具体的な政策提言を行う」といった内容を含む設立宣言が発表され、研究活動が本格化しました。

ERIAは最高意思決定機関として理事会を設置しています。インドはラタン・タタ氏(タタグループ会長)、日本は奥田碩氏(トヨタ自動車株式会社相談役・日本経済団体連合会取締役)、韓国は趙錫来氏(韓国全国経済人連合会会長・ヒョースン社会長)、ニュージーランドはジョン・ウッド氏(元駐米特命全権大使・カンタベリー大学教授)、オーストラリアはジョン・マクファーレン氏(元AZバンキンググループCEO・元オーストラリア銀行協会会長)と、その国の産業界を代表する人たちが理事を務めています。したがって、ERIAは産官学が参加するプラットフォームとして機能するベースを持っているといえます。

また、ERIAは東アジア16カ国の研究機関ネットワーク(The Expert Group)とMOUを締結しています。明後日の7月4日には、奈良県の平城遷都1300年祭のイベントとして「ERIAリージョナルネットワークフォーラム」が開催されますが、これにはスリンASEAN事務総長をはじめ東アジア16カ国のトップが参加します。将来、東アジア共同体が成立したときのノーベル平和賞あるいはノーベル経済学賞に匹敵するような顕彰を行う予定です。

ERIAの国際機関性の承認

2008年12月には、東アジアサミット事務局としてのASEAN事務局、そしてインドネシア政府との間で、交換公文によってERIAを国際機関として位置づける正式合意が成立しました。これは、非常にユニークな国際機関設立のビジネスモデルだと思います。このビジネスモデルを適用することで、中近東やアフリカなどさまざまな地域で、日本がリーダーシップをとりながら新しい国際機関をつくっていける可能性を秘めていると思います。

形式としては、まずASEAN事務総長がASEANの9カ国に交換公文の内容を回覧し、正式の了承をとります。その中には、ERIAの権限、事務局および事務総長の権限、国際機関としての正式な認証などが盛り込まれます。そして、ホスト国であるインドネシアがその交換公文を受諾することによって、その日付でERIAが国際機関になるというプロセスを経ています。2008年12月23日にスリンASEAN事務総長が書簡を発出し、インドネシアのハッサン外務大臣が受諾をした同月30日、ERIAは正式に国際機関となりました。

国際機関となったERIAの活動には、めざましいものがあります。2009年に入って、多くの政策研究の要請をいただくようになりました。たとえば、第41回ASEAN経済大臣会合(2009年8月15日)では、AEC(ASEAN経済共同体)/ERIAスコアカード作成の要請がありました。

AECスコアカードとは何か。ASEANは、2015年に創設するASEAN経済共同体の設計図および行程表としてブループリントを採択しています。それぞれの分野でどのような自由化あるいは統一化が必要か、そのために何をすべきか、また関税はどうなるのかといったことが、ブループリントで詳細に決められています。そうした内容について、各国における毎年の進捗状況を具体的にチェックするツールがAECスコアカードです。ASEANにも全体的なスコアカードはありますが、さらに詳細に、そしてステークホルダーである各国の産業界のために、本当にそれが役立っているのか、改善の余地は無いのかといったことも含めた評価をERIAに依頼された訳です。

そこで、私は第16回ASEAN経済大臣(AEM)リトリート会合(2010年2月28日)に出席し、AECスコアカードのインプリメンテーション・ストラテジーレポートを報告しました。大臣らはそのレポートを承認するとともに、AECスコアカードを改善するためのERIA活動への支援を表明しました。そして現在、各国で評価活動を行っているところです。

また、第15回ASEAN運輸担当大臣会合(2009年12月10日)では、ASEAN戦略的交通計画(2011-2015)の策定に資する詳細分析調査を依頼されました。ASEAN各国政府や研究者、民間企業などとの連携を図りつつ、他のイニシアチブとの協調の下、詳細な調査をASEAN事務局とともに実施しています。

さらに、本年開催の第17回ASEANサミットにマスタープランが提出される予定のASEANコネクティビティマスタープランの策定に当たっては、ERIAがADB(アジア開発銀行)、UNESCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)とともに研究活動・政策提言を行っています。このようにERIAは、ASEANの内部的な政策に積極的にかかわり、信頼を深める活動を展開しています。

アジア総合開発計画について

アジア総合開発計画(CADP:Comprehensive Asian Development Plan)は、「経済統合の深化」と「開発格差の縮小」を同時に追求することを目的として、フラグメンテーション理論、新経済地理学といった新しい経済理論に基づき、経済インフラと産業立地に関する総合的な空間デザインを提案するものです。

具体的には、インフラあるいはそれに伴うプロジェクトが形成され、そして通関手続といったソフトインフラが改善されることによって、その都市のGDP、産業、人口がどのように変わるかということを予測するものです。ERIAが3年間をかけて作成した、膨大なデータを蓄積した世界唯一のモデルとなっています。

まず、産業集積が起こると、その進化のための投資などを次々と呼び込むため、さらに発展が促進されるようになります。しかし、それと同時に外部不経済が生じ、それをまた否定するような分散の力が働きます。こうした集中と分散の力を政策的にうまく融合させることによって、新しい成長ポイントをつくることができます。

たとえば、バンコクから出ていこうとする力、広東から出ていこうとする力、ホーチミンから出ていこうとする力に対して、プノンペンにうまく踏み込むことができれば、つまりそのために必要なインフラと政策パッケージが提示されれば、プノンペンが新しい成長ポイントとなり、さらに成長拠点へと発展していくことが可能となるわけです。発展途上であることはデメリットではなく、次の発展への可能性を秘めているということです。すなわち、開発格差の縮小と経済統合は同時達成できるということを理論的に強く主張する考え方です。

アジア総合開発計画では、メコン、IMT+(拡大版インドネシア・マレーシア・タイ成長三角地域)、BIMP+(拡大版ブルネイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン東ASEAN成長地域)の3地域を設定し、この地域で今後行われると思われる600以上もの全プロジェクトを詳細にチェックし、生産ネットワークの形成にどのように役立つかという観点から、優先プロジェクトのロング・リストを作成します。そして、そのプロジェクトが短期的なものか長期的なものかを分析しながら、官民協力(PPP)を通じた民間資金の活用など、資金調達面にも留意します。

質疑応答

Q:

近年の中国やインドの進出に対する、ERIAの反応はどのようなものでしょうか。

A:

中国、インドは熱烈歓迎です。第4回東アジアサミット(2009年10月25日)において、インドのシン首相は、「EAS地域の金融計画、経済統合、特にインフラ整備とコネクティビティの分野における発展のためのERIAによる計画案は期待できるものである。インド国としてERIA活動の推進のために今後10年間で100万米ドルを拠出したい」との声明を出されました。

中国とは、はじめは若干の距離がありましたが、前述のシン首相の拠出表明の後に、温家宝首相は、「ERIAは、東アジア地域の研究機関として極めて独自の役割を果たしていると同時に、地域の経済協力に関して政策提言を出すことができる重要な機関である」ということを明確に評価してくださいました。

Q:

昨年の政権交代後に鳩山首相(当時)が東アジア共同体の構想を提案されたことについて、ERIAではどのように受け止められたのでしょうか。

ERIAの提言が政治的に利用されることを阻止したり、あるいはチェックしたりする体制はあるのでしょうか。

A:

ERIAは国際機関ですから、日本の政権交代による直接的影響はありませんが、またゼロから信頼を醸成していかなければならないことは感じていました。東アジア共同体構想の発表に際して、とにかく私はASEANの重要性を十分に理解していただけるよう最大限の努力をしました。その結果、鳩山首相も国際シンポジウム「世界経済危機と東アジア経済の再構築」(2009年12月1日)の開会挨拶の中で、「ASEANの他の国々では、ERIAの活動が十分に理解され始めてきている。一番まだ理解されていないのが日本ではないか。今日この国際的なシンポジウムを開催する「意味」というものを、ぜひご理解いただき、日本中にこの意義の大きさを広げていただきたい」と述べています。

2つ目の点については、まさにアカデミック・アドバイザリー・カウンシルからも、ERIAという独自の研究機関としての識見をもった分析が必要であるということを指摘されています。いわゆる御用研究ではなく、むしろASEAN事務局にできないことを科学的かつ客観的に分析することにERIAの価値があると信じています。

Q:

ERIAは今後、OECD(経済協力開発機構)のようなデータベース構築をアジア地域で進めていく考えはあるのでしょうか。また、今後のアジアやアフリカ地域のインフラ投資について、OECDとはどのような関係性をもって進められていくのでしょうか。

A:

データベースの構築は、ERIAが取り組むべき重要な仕事です。たとえば生産の分散分析や企業の具体的な戦略の状況などは、10カ国の詳細なマイクロデータとして集積されています。データの標準化を含め、重要な基礎的データの形成はERIA16カ国の共通財産としての機能を果たすものだと思っています。ですので、今後はこれに関してさまざまなプロジェクトに取り組んでいくことになると思います。また、OECDとの共同事業も既に立ち上がっていますが、今後の新しいテーマを相談していく過程で、インフラの問題などについて議論することも考えられます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。