WTO交渉における水産資源の持続性に関する扱い:貿易と環境を巡る問題の最前線

開催日 2009年8月21日
スピーカー 八木 信行 (東京大学大学院農学生命科学研究科 特任准教授)
モデレータ 星野 光秀 (RIETI研究調整ディレクター)
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議事録

WTOドーハラウンド交渉における水産物の扱い

八木 信行写真海洋生物資源関係については、WTOドーハラウンド交渉において、「NAMA交渉」、「ルール交渉」で議論がなされています。また、ドーハラウンド以外に、生物資源保全目的の禁輸措置などに関するさまざまなパネル事例があります。

関税削減がテーマとなる「NAMA交渉」では、途上国に対する配慮(S&DT)はありますが、環境への配慮はまったくありません。「ルール交渉」では漁業補助金の交渉をしますが、環境に配慮すると同時に、途上国にも配慮した内容となっています。ドーハラウンド以外のWTOパネルでは、ウミガメなどを保護するため輸入国による一方的な貿易措置が争点となりますが、この議論では、環境に配慮する一方で途上国には配慮しない内容となっています。

水産物は非農産物のNAMA交渉で扱うことになっています。日本、韓国、台湾が貿易自由化と自然資源保護とのバランスを主張する一方で、水産物輸出国グループ(米国、ニュージーランド、ノルウェー、アイスランド、タイ)は水産物全品目の関税ゼロ化を主張しています。現状では、水産物は鉱工業品と同列に「例外なき関税引き下げ」の対象となる方向で議論が進んでいます。

水産物に関する貿易と関税の概況

日本の水産物平均関税率は、OECD諸国の中でも比較的低く、貿易加重平均で4.0%となっています。メキシコ、韓国では11.2%、12.7%ですが、それでも農産物と比べて低いといえます。日本の水産物関税が割合低い理由として、1955年にGATTに加盟した当時は水産物輸出国だったことがあります。当時でも10%だった水産物関税は、その後、ケネディラウンド、東京ラウンドを経て一部が5%または3%となり、さらにウルグアイラウンドを経て、最終的に、5%だった関税は3.5%(マグロ、サケなど)に、3%だった関税は1%(エビなど)になりました。

全世界で水揚げされる魚介類の37%程度が国際貿易に回っていますが、これは穀類11.2%、果物類9.2%、さらには米0.1%と比べて非常に大きな数字です。そのうち6割程度が途上国からの輸出です。途上国にとって水産物は非常に重要な輸出品目で、純輸出金額では、コーヒー、ゴム、ココア、バナナ、砂糖などの農産品よりもはるかに大きい額となっています。主要な消費先はEU、日本、米国ですが、特に1人当たり魚介類消費量が先進国で最も多い日本が最大の輸入国になっています。

日本の水産物輸入量は近年非常に増えています。実は輸出も近年になって再び上昇していますが、それ以上に輸入が伸びている状況です。自給率は農産品に比べて高く、2007年度時点で62%となっていますが、金額ベースでは国内生産額を輸入金額が上回る状況となっています。

世界の水産資源の現状

世界全体を見ると、1970年代から序々に生産量が増えていますが、実際に伸びているのは養殖業(特に中国の養殖業)であって、天然の魚を獲る「漁業」は1980年代から横ばいとなっています。世界の資源量ですが、FAO(国際連合食糧農業機関)によると、過剰開発(獲りすぎ)とされる漁場の割合は、1970年代は10%ぐらいだったのが、最近では30%近くにまで上がっています。一方、資源に余裕のある漁場は40%から20%程度に落ち込んでいます。

乱獲を防ぐための規制はかなり実施されています。国連海洋法条約やFAO枠組み、地域漁業機関などでの規制のほか、二国間漁業協定や国内法による漁業規制もあります。また、漁業規制ではありませんが、生物多様性条約やワシントン条約などの野生生物保護条約の規制もあります。にも関わらず、資源の悪化が見られるのが最近の状況です。

実際に先進国で規制をかけると、比較的規制の弱い発展途上国に資源を求める動きが生じるなどの弊害が起こります。現実に、ガラパゴス諸島ではナマコの乱獲が問題になっていますし、また、各地でマグロやマゼランアイナメ(メロ)などの単価の高い魚を目当てに国際規制を逃れて操業するIUU(違法、無規制、無報告)漁業が横行する事態が起きています。たとえば、マグロの場合、最悪期の1990年代末時点で全世界の水揚げ量の20%がIUUだったと試算しています。

水産物貿易における問題点

水産物貿易は資源管理との兼ね合いが重要です。しかし、資源管理の問題として、1つはコストがかかることがあります。OECD加盟国だけでも、漁業管理コストは合計25億ドル(約2500億円)に上ります。これは政府のコストのみを対象としていますが、民間でかかるコストや規制遵守のための機会損失もかなりの額に上る模様です。したがって、自由競争にすると、価格競争力に優れる無管理・無規制の水産物が管理された水産物を駆逐するおそれがあります。それを是正する措置として、資源管理のコストを市場価格に上乗せするなど、コストを転嫁・回収するメカニズムが必要と考えています。それに関連しますが、2つ目の問題として、消費者が判別できるよう、エコラベリングなどを通じて、正しい情報を提供する取り組みも必要です。

以上のことから、水産物については、WTO交渉でも関税の引き下げよりは資源の枯渇を心配すべきと考えますが、そうした考えを持つ国は少数派です。たとえば、関税撤廃が水産資源の枯渇をさらに加速させるのではという問題提起を日本は6年前にしましたが、同じような提案をした韓国と台湾を除いて賛同国は殆ど得られませんでした。「関税は魚の資源管理をする道具ではない」、「魚の資源管理を十分に行った上で関税を自由化するのが理想的だ」との反論でした。また、NAMAでは非農産品の関税全てを例外なく機械的に扱う交渉になっているため、個別の品目に関する事情について議論がしにくい雰囲気もあるのです。

輸入国による一方的措置の動向

ドーハ交渉は以上のような状況ですが、WTOにおおては、海洋生物資源を保全する目的の禁輸措置がWTO整合的とされた例もあります。米国は1996年にウミガメ混獲のおそれがある漁法で獲ったエビの禁輸措置を実施しましたが、これに対し1997年、インド、マレーシア、パキスタン、タイがWTOに提訴しました(WTO「エビ・カメ事件」)。最終的にWTO上級委は、「米国による禁輸措置はWTOと整合性を有する」主旨の判定を2001年11月に下しました。それに続く措置として、米国では2007年にマグナソン・スティーブンス法が成立し、米政府が証明した「IUU漁業にかかわる国」からの水産物輸入が禁止となりました。2009年1月に米政府はフランス、イタリア、リビア、パナマ、中国、チュニジアを当該国に認定しましたが、仮に現在進行中と思われるバイ交渉での協議が不調となると、それらの国に対し禁輸措置がとられる可能性があります。

一方、ECも漁獲証明書(魚を獲った場所、船舶名、日付の証明)の添付を2010年以降義務付ける模様です。証明が無いものは輸入禁止とする措置です。

ルール交渉(漁業補助金)

漁業補助金に関しては、1948年のGATT体制から、1995年以降にWTO補助金協定(ASCM)と農業協定が加わりました。さらにASCMの付属として、漁業補助金協定を拡充する方向で現在交渉中です。ドーハラウンドにおける流れとして、2001年に「途上国のニーズを勘案する」旨を明記した閣僚宣言があり、その後、2005年の香港閣僚会合で補助金規律を強化する方向で幅広い合意がありましたが、そこで特記すべき点として、「オーバーキャパシティ(漁船過多)とオーバーフィッシング(過剰漁獲)に寄与する補助金を禁止する」旨が明記されました。

OECDデータによると、登録されている漁業補助金では日本が最大の支出国となっていますが、漁獲生産額に占める補助金の割合は、カナダが32.7%と最大となっている一方で、日本は16.8%と比率としてはそれほど多くないといえます。また、日本の補助金は、General Services(漁業の監視・取り締まり、調査研究、漁港建設)の割合が最大で、とりわけ漁港建設が大きな割合を占めています。さらに、補助金支出が世界最大であるにも関わらず、漁船トン数が減少していることから、日本の補助金はオーバーキャパシティにあまり寄与していないといえます。逆に、トン数が増加しているノルウェーとニュージーランドは、いずれも低補助金国です。

現時点のWTO漁業補助金規律交渉では、漁船建造への補助金をほぼ全面的に禁止する意見が大勢を占めていますが、漁業監視、災害復旧、研究開発への補助金に対しては肯定的な国が多くなっています。現時点でオーバーキャパシティとオーバーフィッシングに寄与する補助金を禁止する点が合意済みですが、それに相当する補助金の特定に関しては合意が無く、またS&DTに関しても合意未達です。

補助金規律については2つ問題が指摘されます。1つは、工業製品と違い、漁獲量の制限がある漁業では補助金を出しても漁獲過剰につながらない面があることです。もう1つは、途上国に対する特別扱いをどうするかという問題です。これも工業製品と違う点ですが、水産物に関しては途上国の方が生産量が多くなっています。実際、生産高上位10カ国のうちWTO加盟の先進国は日本と米国のみですし、最大の生産国は中国となっています。したがって、途上国という名目で補助金を出し放題にすると、規律自体が形骸化するおそれもあります。つまり、オーバーキャパシティとオーバーフィッシングのいずれに関しても、交渉の成果は途上国の扱い次第ということです。

冒頭にNAMA交渉、ルール交渉、輸入国による一方的措置の違いを述べましたが、一方的措置に関しては、漁業条約以上の規制をかけようとする点が問題と考えます。各国の規制を通じて資源問題を解決する枠組みがある一方で、WTOは統一的な基準を作る方向で進んでいますが、漁業条約などの専門的な条約よりも進んだ環境配慮となっている点がまさに問題と考えています。このように、漁業補助金の新しいルール交渉がWTOのあり方そのものに与える将来的な影響により注目して議論すべきだと考えます。

質疑応答

Q:

補助金交渉は歴史的にも非常に面白い分野といえます。従来のWTOは、既存政策との整合性を図るという、やや消極的な環境アプローチをとっていましたが、交渉中の補助金ルールが成立すれば、WTOが初めて能動的な環境政策を働きかけることになります。とはいえ、環境・資源の保全といった非経済的な目的に対して、はたしてWTOのルールは成立しえるのでしょうか。また、地球温暖化を防ぐための通商ルールの議論もありますが、今回の漁業補助金を皮切りに、貿易自由化を本来目的とするWTOの枠組みでより大きな環境問題に対処するルールができる可能性はあるのでしょうか。

A:

環境と貿易自由化の2つの価値があるとして、これまでのWTOは後者を優先させる傾向にありましたが、今回の漁業補助金交渉は、WTOの本来的な価値よりは資源保護を重視した内容となっている印象です。しかし、WTOが本来的に権能・管理能力が無い分野に踏み出す点が問題です。実際に問題が起きたときは、FAOなどの専門機関の意見を求めることになりますが、外部の意見を求めながらWTOの規律を進めるやり方に対しては疑問が残ります。ご指摘の通り、地球温暖化などへの波及も考えられます。たとえば、IUU水産物に対する貿易措置は、品目そのものよりは生産手段の違いによる措置であるため、それを発展させると、工業製品でも温暖化ガスを大量に排出する工場で作ったものを輸入禁止にする方向にもつながります。補助金協定に関しても、プレアンブル(前提)が無い故に、温暖化ガスを大量排出する工場に対する補助金禁止論につながる可能性があります。

Q:

補助金協定の議論の中で、日本が提案する補助対象と2007年議長提案の補助対象との間にかなりの差異がある印象です。民主党が掲げる各種漁業政策も国内漁業政策の変更を求める内容ですが、現在交渉中のWTO協定が漁船数など国内の生産体系に与える影響についてはいかがでしょうか。

A:

日本では、漁船は近年非常に減っていて、むしろ老朽化した船舶の取り扱いや漁業人口の著しい減少と高齢化が問題となっています。WTO規律が決まったとしても、実施はその2年以上後になると見込まれますが、その前にこうした問題への抜本的対策が急務になると思われます。

Q:

中国が漁獲高を増やしていますが、これは国営企業によるものでしょうか。補助金ルールを導入するにしても、国営企業がそれから漏れないような措置が必要ではないでしょうか。また、オーバーフィッシングに関しては、本質的には資源管理の問題なので、WTOを超えたところでの新しいルール作りが必要と思われます。

A:

中国の漁業が国営か民営かの詳細な情報は有していません。私が見た限り民営が多い印象ですが、実態は良く分かりません。今後の補助金制度を議論する上で重要な点になると思います。ご指摘の通り、オーバーフィッシングはWTOではなく資源管理の問題であり、本来的にはFAOや地域漁業機関で対応する必要があります。しかし、FAOに関しては、結論を出すのが非常に遅い(場合によっては3年、5年を要する)点と、強制力に欠ける点がネックとなっています。決議が出るまでにマグロが枯渇してしまう可能性もあり、また、決議が出たとしても、その実行は加盟国政府に任せる体制となっています。他方、WTOは、紛争解決機関が強制力をもって対応できることが強みとなっています。その点に着目して、WTOに積極的にアプローチするNGOも存在します。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。