日本産業生産性(JIP)データベース2009

開催日 2009年4月17日
スピーカー 深尾 京司 (RIETIファカルティフェロー/一橋大学経済研究所教授)/宮川 努 (RIETIファカルティフェロー/学習院大学経済学部教授)
モデレータ 冨田 秀昭 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

JIP2009による成長会計(~2006年)

深尾 京司写真深尾氏:
2000年から2006年にかけて、政府部門などを除いた市場経済では、リストラ型の成長が顕著に見られました。労働の投入を減らし資本の投入も殆ど増やさない中で、アウトプットを拡大させた結果、生産性の著しい向上が達成されました。しかし、2005~2006年に関しては、2000年以降の成長パターンとは異なる傾向が見られます。まず、労働投入――特に労働の質――が大幅に上昇しました。非正規雇用の代わりに正規雇用が増えた結果です。資本投入も比較的堅調に増加しました。ただし、労働を中心に要素投入が大幅に増えたため、全要素生産性(TFP)は下落しました。これまで「雇用なき景気回復」という認識の下、非正規雇用の拡大による技能蓄積の停滞やIT投資の低迷が懸念されていましたが、2005~2006年だけを見ると、雇用の量的・質的回復によるTFP上昇の減速という、近年に無い新しい現象が起きたのです。

製造業を見ますと、減少傾向にあったマンアワー指数が2005~2006年で若干上昇すると同時に、労働の質指数が大幅に上昇した結果、両方を合わせた労働投入指数が著しく上昇し、人口減少にも関わらず、かつてのピーク時(90年代初頭)と同レベルになりました。外需の増加に伴って生産が伸び、資本・労働投入共に増加する一方で、TFP上昇は比較的停滞しました。非製造業では、労働の質が大幅に上昇し、TFP上昇が著しく抑えられるという、マクロの傾向をより強調した結果が出ています。

そうして、これから雇用や投資を増加させていこうとした矢先に、米国経済が失速、世界的な金融・経済危機が起き、日本は再び不況に落ち込みました。

日本経済はなぜ再び不況に陥ったか

日本は金融危機そのものによる打撃は欧米に比べて格段に軽微でしたが、GDP成長率でいえば先進国中最も深刻な打撃を受けています。たとえば、2008年10-12月期は年率換算で前期比-12.1%と、米国の-6.3%を大幅に下回っています。マイナス分の大半(12.1%のうちの11.8%)は外需の減少によるものです。輸出が大幅に減少した一方で、輸入が殆ど減少しなかったのが原因です。たとえば、米国の場合、輸出と同様に輸入も減少(GDPに+の効果)したため、外需よりは内需の減少がマイナス成長の主要因となりました。

日本が深刻な外需減少を経験した原因として、以下の要素が挙げられます。

(1)三角貿易の崩壊
日本・韓国で生産した基幹部品を中国や東南アジア諸国で組み立てて米国に輸出する一方で、日本や中国は貿易黒字でもって米国債を買う、という三角貿易のパターンが米国の需要後退により崩壊しました。そのため、日本は対米輸出だけでなく、中国に対する中間財の輸出も減りました。
(2)世界の需要構造のシフト
日本は投資財や高級な耐久消費財を主に輸出してきましたが、加速度原理で知られるように、景気減速と収入減による(a)投資の落ち込みと(b)高級品から廉価品への需要のシフトが、そうした部分を直撃したと考えられます。
(3)景気後退のタイミングのずれ
他の国では内需と外需が同時に減りましたが、日本の場合は景気後退が外からもたらされ、海外より遅れて国内の景気が後退したため、輸入の堅調がしばらく続き、結果として外需のマイナス効果が大きくなりました。この要因は今後緩和する見込みです。
(4)円高効果

そのうち、(3)と(4)に関しては広く知られていますが、(1)と(2)は、従来の開放マクロ経済学では十分に分析されてこなかった、非常に新しい現象といえます。

三角貿易の崩壊

「アジア国際産業連関表2000年版」を使った分析によると、仮に米国の最終需要が2007年の水準から1%減少した場合、日本の中間財純輸出は対米で最も減りますが、同時に中国など他の国に対する部分も減ります。しかし、中国の場合は、米国に対する中間財輸出は確かに減りますが、他の国からの中間財輸入が減るため、純輸出は逆に増えることになります。このように、米国の需要減によって三角貿易が崩壊すると、中国よりも日本が――しかも対米輸出減以上の――打撃を受けることがわかります。なお、総生産の減少は対米輸出量が日本の2倍近くに上る中国の方が深刻ですが、付加価値で見ますと、日本の方が高付加価値製品を輸出している分、両者のギャップはより小さくなります。

産業構造と経済成長の関係

日本では戦後長期にわたる労働の質向上や資本蓄積の結果、資本労働比率が上昇し、1人当たりGDPが飛躍的に伸びました。そうした資本労働比率の上昇がTFP以上に成長に寄与した模様です。ただ、限界生産力逓減の法則で知られるように、資本蓄積や労働の質向上を中心とした経済成長はやがて限界に突き当たります。たとえば、高学歴の熟練労働者や資本が過剰になると、その投資に対する報酬(収益率)が下落するという現象が起きます。

しかし、IT革命によってより高度な熟練労働者に対する需要が高まったり、貿易を通じた国際分業によって日本が高付加価値品の生産に特化したりするようなことが起きれば、資本深化を通じた経済成長は限界を超えて続きます。そこで、日本における産業構造の転換による成長促進効果を分析してみたところ、1970年代までは産業構造の変化(Between)による労働の質上昇の割合が大きかったのですが、2006年までの全期間を通じて見ると産業内(Within)の質向上が支配的になっています。たとえば、2005~2006年の質向上は、殆どWithinの効果です。

産業内での労働の質上昇をもたらしたメカニズムとしては、(a)大卒者平均給与の減少により大卒者雇用が増加した、(b)IT革命によって各産業内で熟練労働に対する需要が増加した、という2通りの解釈ができます。さらに、同じ電子部品でもより高度の製品に特化する企業が出てきたなど、産業内で国際分業が起き、日本がハイテク財生産に特化した結果、労働の質が上昇した可能性も指摘できます。いずれにしても、産業構造の変化を通じた労働の質上昇はここのところ停滞していることがわかります。製造業と非製造業で分けて見ますと、製造業ではBetween効果が最近やや上昇していますが、非製造業では1980年代後半以降、Between効果が伸び悩み続けています。資本労働比率を見ると、日本ではWithin効果が常に殆どすべてを占めています。

成長の壁――生産性上昇の高い産業はいずれ縮小する?

産業構造と経済成長を考える上で、ボーモル効果という切り口があります。TFP上昇率は産業間で大きく異なりますが、TFP上昇率の高い産業(ITなど)が拡大すれば、マクロ経済のTFP上昇が加速します。しかし、各産業における実質需要の構成や相対価格の変化という制約も存在します。たとえば、IT産業では生産性の著しい上昇に伴いアウトプット価格も相当に下がりますが、それに対して需要がそれ程拡大せず、国際分業による高付加価値産業への特化も起きない場合は、生産量があまり増えないため生産性の上昇につれ生産要素の投入は次第に減っていきます。つまり、生産性上昇率の高い産業は、いずれ縮小する運命にあるといえます。

1970年から2006年にかけての全期間を見ますと、日本でも労働投入指数とTFP成長率とは基本的にマイナスの相関にあることがわかります。つまり、生産性の上昇が著しい業種ほど資源の投入は減っていくということです。逆に、労働投入が増えている業種は生産性上昇が低いといえます。半導体や電子計算機など、ボーモル効果を乗り越えて高いTFP成長率と高い労働投入を両立させてきた産業は、2000年以降、空洞化などによって、日本国内での労働投入が増えなくなり、ボーモル効果を乗り越える産業はほとんど消滅しました。

今後の経済再生の鍵を握る「無形資産」

宮川 努写真宮川氏:
1.金融部門
JIPデータベースからも、2000年代の景気回復は、「集中豪雨的輸出」がいわれた1980年代以上に製造業の輸出に依存していたことがわかります。このため米国経済の減速と円高による大きな生産調整が起きたのです。

その結果、生産急減に見舞われた企業の資金繰りが目下の課題となっています。ところが、民間金融機関がそれに十分に対応しきれていないとの指摘があります。サービス業の生産性とも関係しますが、民間の金融機関における融資手法のイノベーションがここ近年停滞していた印象があります。日銀統計によると、現在の国内金融機関の貸出残高は400兆円に上りますが、JIP2009試算によると資本ストックが1500兆円あることから、まだ貸し出しの余地はあると思われます。2005年時点で203兆円に上るとされる無形資産(R&D、著作権、ライセンス、人材育成)を担保にした融資も考えられます。しかしながら、従来の物的担保金融が中心である日本の金融機関では、こうした無形の資産ストックを評価する手法が確立されていないため、今のような緊急的な資金繰りになかなか即応できないでいます。

短期的な景気対策として、マクロ経済学者は非伝統的な金融政策(日銀による長期国債買い取りを通じた流動性供給)を提案しますが、それに対して、私は非伝統的な資金配分政策――新たな資産評価による踏み込んだ貸し付け――が必要だと考えています。

2.サービス産業
先程、日本のIT投資はGDP比率にしてそれ程高くないとの指摘がありました。IT設備の成長への寄与も市場経済の0.41%と、イタリア、ドイツに次ぐ低さです。IT投資はまだ伸びる余地がありますし、政策的な促進措置があっても良いと考えます。

さらに、物的なIT投資だけでなく、無形資産投資の蓄積が必要と考えています。特に、これまで製造業輸出に依存しすぎた反省も踏まえて、サービス業におけるイノベーション、による内需の掘り起こし、新しいビジネスモデルの構築を促進する必要があります。

「日本のサービス産業は生産性が低い」とよく指摘されますが、サービスの質を考慮すると必ずしも妥当な評価でないといえます。旧(財)社会経済生産性本部(現(財)日本経済生産性本部)が実施した日本人、米国人の双方を対象にしたインターネット調査によると、日本の方が米国より総じてサービスの質が高いとの評価を受けています。サービスの相対価格/相対品質比(病院を除く)でいうと、コンビニ、地下鉄、タクシーに関して、日本人も米国人も日本の方が7%程度割安と考えています。一方、ハンバーガー、レンタカー、コーヒーショップ、総合スーパーは、品質を加味しても日本の方が割高という結果になっています。

TFPに関しても、品質を加味して調整すれば、世上よく言われる「サービス産業は生産性が低い」「米国の5~6割程度」は過少評価であるといえます。価格/品質比でTFPを見ると、たとえばコンビニでも米国の8割近く、地下鉄は9割、銀行や航空旅客は米国を超える水準になるなど、多くの業種で8割程度に修正されます。

ただ、サービスの品質については、各国間の嗜好の違いが非常に大きく作用する点に留意しなければなりません。たとえば、地下鉄に関して、米国人が「設備や道具の見栄え」「迅速なサービス提供」を重視するのに対して、日本人は見栄えを殆ど気にせず、むしろ「信頼性」に重きを置くなど、同じサービスでも評価のポイントは違ってきます。つまり、品質の高さを多面的に捉えていく必要があるということです。単なる「質の高さ」ではなく、こうした嗜好の差を踏まえて商品をマーケティングしていくことが、サービス業のグローバル展開の鍵を握ります。そのための人材を育成する必要もあります。

人材への投資を含めた無形資産投資の金額は米国・英国並みのGDP比11.5%であり、その他先進国に比べて蓄積ができているといえます。ただ、日本の場合は、革新的資産(研究開発投資)が非常に大きいわりに、経済的競争能力に関する投資(人材育成、組織改変、広告)が長期景気低迷もあって非常に伸び悩みました。米国、英国、フランス、オランダはこの部分に非常に力を入れていますが、日本でも今後どう増やしていくかが焦点となります。

日本は、製造業に依存しすぎているとの認識から、サービス産業の生産性向上に2000年代半ばから取り組んできました。今はあまりにも大きな外的ショックに見舞われたため短期的な対応を迫られる状況にありますが、これまでの方向性は長期的に見て決して間違っていないと思います。人材育成の含めた無形資産の活用がなお不可欠になると考えます。

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質疑応答

Q:

日本の場合、高い技術を有する企業は多いのですが、それと需要者側とのニーズが必ずしもマッチせず、その間をつなぐビジネスサービスが米英と比べて非常に弱い点がよく指摘されます。その部分をより強化すれば、サービス業だけでなく経済全体を活性化することが可能ではないでしょうか。

宮川氏:

無形資産の活用はまさにそこが焦点となっています。たとえば、東芝が米ウェスティングハウス社を買収した事例がありますが、原子力技術の違いもありますが、技術を世界に売り込むためのエージェント網・販売網が狙いだったという説があります。米英企業はその部分の人材育成に非常にコストをかけていますが、日本のOJTは会社内で通用する技術の習得が主となっていて、世界で活動するための技術やノウハウを習得する内容にはなっていないようです。人材育成の強化が必要なのはまさにこの部分ですが、逆に東芝のように、M&Aで達成することも選択肢といえます。

Q:

労働の質上昇に関して、マクロの動きが非製造業と非常によく似ています。製造業における質上昇はあまり影響しないのか、製造業と非製造業のウェイトの違いなのか、いずれの理由によるものでしょうか。
また、製造業における労働の質向上が2005~2006年に顕著だったのはなぜでしょうか。

深尾氏:

労働の質は賃金で測っています。したがって、高賃金を得る職種または学歴の労働者が増えると労働の質が上がることになります。非製造業とマクロの動きが似ている理由の1つは、非製造業の方が労働投入量が大きいこと。それから、製造業における労働投入量がほぼ横ばいで推移していることもマクロへの影響を見えにくくしています。2005~2006年は確かに大きな変化が見られた年だといえます。まず、非正規労働が減ったこと。それから労働力不足が顕著化した結果、企業による優秀な労働力の囲い込みが起きたこと。そのような1年だったと見ています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。