イスラム金融の系譜/現況と日本

開催日 2009年1月14日
スピーカー 北村 歳治 (早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授/国際公益監視委員会委員)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI上席研究員(併)研究コーディネーター)
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議事録

イスラム金融の背景

北村 歳治写真メッカでは7世紀以前から活発な商取引が行われていたことからも推測できるように、イスラム教は古代宗教の中では例外的に商業を重視し、利潤追求を是認する宗教でした。イスラム金融はそうした背景にあり、現代の欧米流の金融は予想を超えてイスラム金融の知恵や慣行を引き継いでいます。

たとえば、10世紀前後から14~15世紀にかけてはイスラム商業算術が欧州に大きな影響を与えています。また、イスラムの資金調達の一種であるムダラバは、後の欧州の株式会社の源の1つになっているとの解釈もあります。しかし、その後16世紀以降、欧州が世界を圧倒することとなり、イスラムは後退してしまいました。

現代のイスラム金融が始まったのは1970年前後からといわれています。イスラム回帰の動きは、イスラム法(シャリア)とイスラム金融とを密接に結びつける形で現在に至っています。1987年頃には国際通貨基金(IMF)で、また、1990年代には非イスラム圏においてさまざまな形でイスラム金融が論じられるようになりました。特に、イスラム金融が予想以上に拡大した1990年代は、イスラム金融の突破口となりました。2000年前後からはIMF等の国際機関によるシステム論議が活発になり、2002年にはイスラム金融のいわば頭脳機関として、イスラム金融サービス委員会(IFSB)がマレーシアに設立されました。東アジアだけを見ても、その後、IFSBは、国際協力銀行との共催で東京(2006年)、さらに、香港(2007年)、上海(2008年)、ソウル(2009年)でシンポジウムを開催してきています。

金融機能

通常の(コンベンショナルな)金融とイスラム金融はともに、金融仲介および決済機能という意味では同じです。両者で異なるのは、イスラム金融に利子の禁止とPLS(損益分担)重視の原則、実物資産の裏付けの要請、デリバティブや保険にかかわる不確実性の忌避、一部ビジネス行為の禁止等です。このように制約が多い分、イスラム金融における金融仲介機能は制約されることになります。また、現代のイスラム金融の短い歴史から明らかなように、インフラ整備や透明性の面でもコンベンショナルな金融には大きく遅れています。

利子概念の変化

利子はシャリアにおける禁止行為に当たると一般的にはみなされていますが、そうではないとする有力な少数意見もあり、禁止概念に関する解釈は難しいところです。いずれにしても、利子が禁止されているのはイスラム金融だけではありません。仏教でも禁止されていましたし、ユダヤ教でも同胞から利子をとることは禁止されています。10世紀から14~15世紀までローマカトリックに大きな影響を与えたスコラ哲学でも利子は厳しく禁止されていました。現代の経済学の観点からすれば、共同体意識の擁護、貧富の格差の危惧に因むということでしょう。

「暴利の忌避」については米国の幾つかの州等を含め多くの国も同様のアプローチをとっています。要するに、金利の制限は先進国でも脈々と生きている伝統です。その一方、コンベンショナルな金融では、利子概念が飛躍的に拡大し、金利スワップのように利子だけが取引されるという機能的な側面が前面にでてきています。

イスラム法 (シャリア)

イスラム金融には、金融機能がシャリアという日本人には中々理解しがたい角度から影響を受けるという特徴があります。実際、イスラム金融では取締役会と並んでシャリア審査会が影響力を持っています。このシャリアをどう位置付けるかはイスラム金融では大きな問題ですが、実際の位置付けはイスラム諸国の間でまちまちで、金融当局にシャリア審査会を設置する国もあれば、民間に任せている国もあります。英国等の非イスラム国ではあくまで助言者としての位置付けとなっており、英国の場合は、シャリア審査会が金融機能に影響を及ぼしたり、金融の健全性に問題を生じたりするのではないかという懸念を金融当局が心の底に抱いていることも事実です。

シャリアを巡る問題は複雑です。コンベンショナルな世界での法体系と簡単に比較できません。そして、イスラム国と非イスラム国がイスラム金融で取引をする場合、シャリアと世俗法のどちらを準拠法にするのか、あるいは両者をどう調整するかといった難しい問題が生まれます。また、シャリアには少なくとも5~6の学派があり、各学派の意見が必ずしも一致している訳ではありません。たとえば、正確な表現ではありませんが、マレーシアのアプローチは比較的柔軟であるのに対し、中近東は保守的解釈であるといわれています。

前述のIFSBは、シャリアガバナンスの透明性を求める方向に向かっていますが、多くの場合、シャリア審査会での議論の内容や結論は外部非公開となっています。極端な言い方をすれば、コンベンショナルなエコノミストにとってみて、内部の審査過程が不透明なシャリア審査会はインサイダー問題につながるのではないかとの強い批判もあります。

IFSBは、シャリア専門家の基準について試案を提示し、イスラム関係者のみならず非イスラム関係者の意見をも聴取しています。そこでは、シャリアと金融の理解が挙げられましたが、国際的なイスラム金融という意味では英語の理解・表現という語学上の問題対処が伴わなければ実践的とはいえません。しかし、このような問題は今の段階では未定の状況です。

特定の金融取引については、シャリア適格だったかどうかについて事後的な確認、すなわちコンベンショナルな世界でいう監査をどうするのかという議論もあります。イスラム金融機関会計監査機構(AAOIFI)の守備範囲との見方になっていますが、監査のあり方の議論は必ずしも明らかではありません。

今日のイスラム金融

現代のイスラム金融は、私の目にはコンベンショナルな金融をコピーする域を出るものではなく、その意味では資金の出し手、借り手、金融仲介者という金融市場のプレイヤーについては両者で大きな差異はありません。ただ、イスラム金融の歴史は短いため、流通市場の整備はコンベンショナルな金融に大きく遅れています。このことがイスラム債(スクーク)では大きな支障になっています。また、シャリアの解釈が学派や地域により異なるため、マレーシアでスクークとして認められたものが、中近東で否定されるなど、スクークの市場がローカルに限定される問題もあります。そうなると、国際的な流通市場の形成はますます難しくなります。その他、イスラム経済自体の後進性・不透明性あるいは金融政策におけるイスラム金融手法、名称はどうあれ実体は金利ではないかという繰り返される議論等、イスラム金融にはさまざまな難題が残っています。

政策的インプリケーション

イスラム金融の評価については、予想以上に進展したとする積極的評価、リーガルリスクを中心に問題が山積しているとする懐疑的評価、利子禁止はイスラミゼーションの過程での行き過ぎとする批判的評価の3つに大きく分類できます。

私の見解は以下の通りです。イスラム金融が利子禁止を建前とする一方で、本来強調すべきPLSの考え方を前面に出すことは稀です。前述のように、大方はコンベンショナルな金融の真似事となっています。従って、イスラム金融から革新的な動きがでてくるとは現段階では期待できません。むしろ、イスラム国のバングラデッシュで始まった利子付きのマイクロファイナンスの方がよほど革新的です。また、イスラム金融には、人的な信頼関係を重視し取引の標準化に遅れがあるという特徴もあるように思えます。これは、資金決済に見られるハワラがその典型であり、コンベベンショナルのSWIFTと好対照をなしています。

日本に焦点を当てれば、シャリアの問題もあり、日本にはイスラム金融分野での比較優位はありません。日本に求められるのは、マレーシアなど近隣国の動きを的確に理解し、それを支援することではないでしょうか。他方、増大する日本在住のイスラム教徒に対し、リテールの段階でどの程度の金融サービスが可能なのかを金融当局はもう少し真剣に検討してもよいのではないでしょうか。

金融危機のイスラム金融への影響

今回の金融危機については、イスラム金融に直接的に大きな影響を及ぼしていないというのが2008年11~12月の段階でのイスラム金融関係者の意見です。理由としては、レバレッジの低さ、実物財・資産の裏付け、リスク回避傾向等が挙げられています。

しかし、イスラム金融の資金の出し手は必ずしもイスラム教徒である必要はありません。従って、コンベンショナルのファンドや金融機関がイスラム金融に資金を提供することは十分にありうることであり、そうした入り口が狭まれば、イスラム金融に影響を与えることが十分に考えられます。また、イスラム金融とコンベンショナルな金融が大規模プロジェクト等では補完的、共融的な関係になっている点も無視できません。さらに、イスラム金融にはコンベンショナルな金融を追随する性格があります。従って、現時点では、両者はデカップルしているわけではなく、間接的に大きな影響を受ける状況にあり、今回の金融危機のインパクトは看過できるものではありません。

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質疑応答

Q:

イスラム金融は昨今のクレジットクランチから影響を受けていますか。資金調達に行き詰まった欧米や日本の企業がイスラム金融に助けを求めることは可能でしょうか。

A:

多くのイスラム金融関係者からは、「直接的な影響はないが、間接的な影響は受けている」という意見を耳にします。ただ、イスラム金融資産の運用実態については、情報不足の問題があるため、厳密な議論が難しくなっています。個々のイスラム金融機関に注目してみると、デリバティブに手を出したところもあります。いずれにしても、イスラム金融には不透明な面が残っています。現時点では、イスラム金融は全体的にみて流動性に事欠くところにまでは追い込まれていないことは事実かもしれません。また、ドバイの不動産・建設へのエクスポージャーが高かったイスラム金融機関に対しても、アラブ諸国で協力して対応できるのではないかとの楽観的議論はあります。とはいうものの、今後についてはイスラム金融関係者もかなり慎重な態度にならざるをえないと思います。いずれにしても、コンベンショナルの金融資産残高に比べて1%に過ぎないイスラム金融がコンベンショナルの金融に対し代替的な役割を果たすことには大きな制約があります。

Q:

イスラム金融を取り巻く問題の1つとしてのドルペッグの為替政策、とりわけドルからの乖離の可能性についてご意見をお聞かせください。

A:

サウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、オマーンの湾岸6カ国のうち、バスケット方式のクウェートを除く5カ国の通貨はドルにペッグしています。一方で、湾岸諸国は通貨を2010~2011年に向けて統合するとのスタンスを示しています。ここで、今後ドル安になれば、石油価格がドル建てとなっている関係から交易条件に大きな影響が現われ、通貨統合に向けた各国為替政策の歩調に乱れが生じることは必至です。2007年末には、湾岸諸国内でもドルペッグ政策について懐疑論が台頭しました。しかし、2008年9月以降の動きは、予想を超えて強いドルが続いており、現段階では、為替レート政策に関する限り湾岸産油国には安堵感があるという状況だと思います。

Q:

イスラム金融を取り巻く別の問題、すなわち中東地域などへの出稼ぎ労働者の問題について現状とご意見をお聞かせください。

A:

ドバイを中心にいろいろなプロジェクトや工事が縮小または延長される中で、インド、パキスタン、エジプトなどからの労働者が職を失い、深刻な問題となっています。というのも、出稼ぎ労働者を送り出す国の国民所得に占める出稼ぎ労働者の送金額は無視できない大きさになっているからです。また、ロシア、カザフスタンは石油や天然ガス関連のプロジェクトで活況を呈していましたが、中央アジアの非産油国の貧困層が出稼ぎ労働をしていました。ここでも、そうした労働者から本国(ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタン)への送金が途絶え、問題となっています。極端な場合には、違法に国境を越えやってきた出稼ぎ労働者に対する、いじめが起き、殺人事件にまで発展するケースもでてきています。こうした出稼ぎ労働の問題はイスラム地域に限ったわけではありませんが、エネルギー資源を抱えたイスラム地域とその周辺の貧しい国々に極めて大きな問題をもたらそうとしています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。