国際エネルギー情勢とIEAの北海道洞爺湖G8サミットへの貢献

講演内容引用禁止

開催日 2008年10月3日
スピーカー 田中 伸男 (国際エネルギー機関 (IEA) 事務局長)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

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第三次石油ショックの到来か

田中 伸男写真石油価格は一時期よりかなり下落しましたが、それでも歴史的に見て高すぎる水準にあるとIEAでは認識しています。非在来型リソース(特にオイルサンド)採掘の採算の関係から、石油価格については1バレル80ドル以下を目安とする見方もあります。

石油価格は基本的にファンダメンタルズに左右されるとIEAでは考えています。投機的資金の存在もありますが、価格上昇・下落の「幅」に影響するだけで、全体の方向性を変えるわけではありません。ファンダメンタルズを測る上で最も重要な指標が設備余剰力(Spare Capacity)ですが、今は大体200万バレル程度で、400万~500万で推移していた頃と比べてずいぶんと低い水準となっています。

今回の中期見通しでは、原油高と世界的な景気後退を理由に消費を下方修正しましたが、同時に供給も下方修正しました。したがって、今後もタイトな需給状態が続く見通しです。仮にOPECが現状の生産体制を維持すれば、2009~2010年にはそれなりに改善しますが、それ以降は供給が伸び悩むのに対し需要は増える関係から、2013年にかけては需給が再びタイトとなり、余剰生産能力が100万バレル程度にまで落ち込む見通しです。

これは第三次石油ショックである、という指摘はあながち間違いではありません。世界の石油支出のGDP全体に占めるシェア(石油負担)は第一次石油ショック時より高く、第二次石油ショック時に匹敵する水準となっています。

第三次石油ショックは、需要が価格に反応しにくい点が特徴です。第一次・二次ショックでは石油高騰によって消費が減退しましたが、今回は価格に関係なく需要が伸び続けています。その理由の1つに石油補助金が挙げられます。

今後のエネルギー施策の鍵を握る、新興国との連携

G8洞爺湖サミットに出席した中国の胡錦涛国家主席は、「省エネに向けて構造的に取り組むのは中国のためでもある」と発言しています。中国にとっては今回がまさに「第一次」石油ショックでありますが、そうした状況にあって、かつての欧州と日本のように、石油ショックをばねにエネルギー効率の高い経済を実現する、という使命感を感じさせる大変印象的な発言でした。

中国、インドを含む途上国の世界のエネルギー消費に占める割合は、現在はOECD諸国と同等ですが、2030年にはOECD諸国を大きく上回る見通しです。したがって、省エネ化や石油の緊急融通制度といった各種エネルギー施策を推進するには、新興国の取り込みが不可欠となります。この点、中国とインドの取り込みが重要であり、最終的にはIEA加盟も視野に入れて取り組んでいくことが必要と考えています。ただ、これは、IEAのあり方についても抜本的見直しを伴うものであり、簡単に進むものではありません。

非OPECの生産は既に事実上ピークアウトしていますが、OPECの方はまだ伸びしろがあり、投資さえすれば増産が可能です。結果として、今後、OPECへの依存度は高まらざるを得ません。これは、供給源の多様化というセキュリティの観点から見れば好ましくないことで、世界需要の増加は安全保障の問題でもあるわけです。

大胆な電力インフラ投資でCO2削減を

さらに長期的に見ると、エネルギー部門でもCO2の削減が最大の課題となります。同部門は現在、年間27ギガトンのCO2を排出していますが、仮にBAUで3.1%の経済成長が続きますと、2050年には62ギガトンまで増える見込みです。したがって削減を考える際には、現在の排出量ではなく、「62ギガトン」をベースに議論しなければなりません。その上で、公平な分担を図るためにも、成長率の高い国にはよりハンディをかる必要があります。逆にそうした成長率を割り引いた議論をしないと、公平な分担は実現不可能です。

IEAのシナリオによると、発電部門の省エネも含めると、CO2削減の4割は省エネで実現する見通しです。しかし、2050年の温室効果ガス排出量半減との目標を達成するためには、それだけでは不十分で、やはり炭素回収・貯留(CCS)や原子力・再生可能エネルギーを導入して、発電部門をほぼ完全に脱炭素化する必要があります。さらに、それでも足りない分は、産業部門、さらには輸送部門の燃料転換で削減することになりますが、後者の場合は削減コストも高く、1トン当たり200~500ドルかかる計算となります。

なお、IEAとしては、2030年までを目処とした、25項目の省エネ勧告をG8に提出しました。それらを実現するだけで、日本と米国の排出量合計に相当する8.2ギガトンのCO2削減が実現する見通しです。

省エネ勧告の施策の1つが、待機電力の削減です(1-Wattイニシャティブ)。待機電力を1ワットに削減しますと、50万キロワット規模の発電所60基分、コストにして350億ドルの節電効果があります。また、もう1つの施策である、住宅のパッシブ・エネルギー化についても、それだけでエネルギー消費が87%減ったという、ドイツからの報告があります。また、IEAで開発したエネルギー効率インディケーターによると、たとえば、世界の鉄鋼業界でベストプラクティスに沿った生産体制をとることで、2~3ギガトンの削減が可能です。今後、セクター別アプローチを導入する際にも、こうしたデータを是非交渉に活用していただきたいと考えています。

発電部門の脱炭素化には、はたして何基の発電所が新規に必要となるか。IEA試算によると、2050年までに50%のCO2削減を実現するには、毎年32基の原発を新設する必要があります。現在のペースは年間1~2基ですので、それをチェルノブイリ原発事故直前の32基(過去最大数)に引き上げられるか。CCSにしても、まだ漏洩や責任体制といった技術的・法律的な問題が残りますが、仮に導入するとなると、毎年50基以上のペースで新設しなければなりません。風力にいたっては毎年1万7000基。あるいは、200平方キロメートルに相当する面積のソーラーパネルを毎年設置する。つまり、どの技術を使うにしろ、3%の経済成長を維持しながら50%の削減を実現するには、かつてない規模の大胆なインフラ投資が必要というわけです。そのことをG8サミットでも述べました。

日本に対する注文

これに関連して、IEAとして日本に対して2つの注文があります。1つは、原発の稼働率が低いこと。仮に稼働率をOECD平均並みに引き上げれば、原発7~8基の増設に相当する効果があります。稼働率が低い理由の1つに定期検査の問題がありますが、IEAとしてさらなる工夫を求めたいところです。

もう1つの注文は再生可能エネルギーの使用率が非常に低いこと。確かに、日本の再生エネルギーポテンシャルは米国や中国など、国土が広い国にはかないませんが、それにしても、ポテンシャルの半分も開発し切れていない状況ですので、まだ伸びる余地はあると思います。

また、自然エネルギーは発電量が大きく変動するため、全体の発電系統の中で平準化していく努力が不可欠です。スマートグリッドをはじめとしたITインフラはもちろんのこと、それ以上に、再生エネルギー市場を拡大して地域間で平準化を図る努力が必要です。実際、欧州は域内統一市場を作ることで、再生可能エネルギーの安定的使用も実現しようとしています。しかし、そこでも系統の問題が壁となっています。電力会社で個別に安定供給を図りたいという考えは理解できますが、再生可能エネルギーの利用拡大には電力会社の協調が不可欠です。欧州、そして日本にとっての大きな課題だと認識しています。

新興国でのCCSは不可欠

CCSは今後、比較的豊富で安価な石炭に依存する中国とインドにとって特に重要な技術となります。そのため、G8サミットにおいても、IEAは本格的なCCS導入を最も強調しました。まず、デモンストレーションプラントを含めて20箇所でCCSを進めること。特に高効率の石炭火力発電所での実施が肝心で、そうした技術をいかに中国に導入するかが焦点となります。また、クリーン開発メカニズム(CDM)への組み込みやポスト京都枠組みにおける位置付けも要検討です。CCSは今のところCO2半減の鍵を握る最も重要な技術だと見ていますが、そのうちの少なくとも3分の1は中国とインドで実施しない限り、2050年の目標達成は到底不可能だとも考えています。

エネルギー安全保障のための省エネ施策

仮に2050年の半減目標が実現しますと、石油需要は現在と比べて27%減少し、8700万バレルだった石油消費は6000万バレル程度に落ち込みます。そうなると、原油価格はBAUケースの60ドル/バレル(2007年の平均価格)と比べて、生産者価格で40ドル(-20ドル)となります。ただし、実際の消費者価格は、80ドル/バレルに相当するカーボン価格(1トン200ドルを想定)が上乗せされますので、40ドルに合計して120ドル、つまりBAUの倍になる計算です。ただし、27%の脱石油化が実現するので、エネルギーセキュリティ(安全保障)の向上には大きく貢献します。

消費国が消費節減に本腰を入れ、かつ原子力も含めた代替エネルギーへの投資を強化すれば、石油価格に対するコントロール力を消費国が持つことができます。逆にそれをしないと、需要の拡大に追いつくために必要な供給側のコスト、すなわち供給側の事情によって価格が決められることになります。

先述のインフラ投資は不可能といわれる程実現のハードルは高いのですが、本気で取り組めば、石油エネルギーの安定確保に向けて大きなステップとなります。「エネルギーと環境は裏表一体の問題である」というのがIEAの認識です。「CO2削減だけではない、安全保障のために省エネをする」というメッセージこそ、政治家を説得力します。今後は中国やインドにも同様のメッセージを発しながら、IEAメンバーに取り込む考えでいます。

会場写真

質疑応答

Q:

  1. CO2半減に必要なインフラコストの試算はありますか。
  2. 欧州はロシアからの天然ガス供給に依存する部分が多く、再生可能エネルギーの利用もその沿線上にあると思われますが、安全保障面ではどうお考えでしょうか。
  3. EUが米国や日本に同様の環境施策を求める背景には、コスト(=競争力)をイコール化する意図があると思われますが、IEA事務局長としてはどうお考えでしょうか。
  4. フランスでは原子力発電の導入が非常にうまくいきましたが、日本ではなぜ同じように進まないのでしょうか。

A:

  1. CO2半減については、2050年までに45兆ドルかかる見通しです。それ以前に、エネルギーインフラの増設だけでも、2030年までに22兆円ドルかかる見通しです。両方を合わせると相当の追加投資にはなりますが、GDPに換算すると世界全体の1.1%にすぎません。むしろ、設置場所や技術者の供給といったテクニカルな問題の方がはるかに大きな障害になる可能性があります。
  2. ガスセキュリティに関しては、ガス備蓄が困難な状況もあり、現在のところルートの多様化などを検討中です。しかし、その際にも、統一単独市場を設置することで、セキュリティを向上させ、ロシアに対する交渉力を高めることができます。欧州全体で見ればロシアはエネルギー輸入の3割を占める程度にすぎませんが、ロシアにしてみれば欧州は輸出の8割を占めるので、数字からすれば、ロシアの方がはるかに依存度は高い筈です。しかし、同じ欧州でもロシアに対する依存度は国によって差があることから、全体よりは自国の利益を優先する動きが出ているのが現状です。
  3. カーボンリークの問題に対処するためにも、レベルプレイングフィールドを設ける考え自体は妥当です。セクター別アプローチにしても、そうしたレベルプレイングフィールドを設ける意図が背景にあると考えます。
  4. フランスは、第一次石油ショックの時に政府が火力発電所を徹底的に取り壊した経緯から、原子力に頼らざるを得ない状況ができました。あの決断力が非常に大きかったと思います。その根底にあったのがセキュリティ確保の考えです。なお、ドイツはそれに対抗して、再生可能エネルギーを軸とした独自路線を打ち出しています。いずれの技術をとるにしろ、「国策として思い切ってやる」という思想が無いとなかなか進まないと思います。

Q:

「今回の石油ショックは違う」と指摘される背景には、中国とインドの存在がありますが、それだけにIEAの現メンバーの結束をどう高めて、今後の戦略を進めていく考えでしょうか。

A:

まず緊急時について考えると、石油市場は1つですから、IEAが備蓄を放出しても中国が同調しなければ、その効果は減殺されてしまいます。他方、仮に中国が一国で石油備蓄を放出しても、IEAとの連携がなければ市場への影響はほとんど出てきません。天然ガスに関しても、同様に供給が途絶した際の対処を考える必要があります。また、第三次石油ショックの特徴として、構造的な問題がありますので、増え続ける需要に対してIEAとして回答を出す必要があると思います。つまり、需要を抑えるための省エネ、脱炭素化、代替エネルギー開発といった施策の提言です。これらについて、IEA加盟国内でも議論を深め、省エネ勧告など各国が一緒になって実施に移していこうといった議論をしています。

自分は中国、インドのIEA加盟に取り組むことが事務局長としての最大の使命だと認識しています。1ドルの省エネ投資をすると、先進国の1.5ドルに対し、中国では3ドルと圧倒的に高い節約効果が出ます。技術移転についても同様で、中国やインドではどうしても石炭に頼ることになるので、その際に余分なCO2が発生しないよう、クリーン石炭技術やCCSを導入することが肝心です。逆にそうした技術移転が無いと2050年まで半減達成は不可能です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。