ライフサイクルアセスメント(LCA)の現状と今後

開催日 2007年10月17日
スピーカー 稲葉 敦 (東京大学人工物工学研究センター ライフサイクル工学研究部門教授/(独)産業技術総合研究所ライフサイクルアセスメント研究センター長)
モデレータ 藤井 法夫 (RIETI経済産業省産業技術環境局環境政策課環境調和産業推進室課長補佐)
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議事録

概論

冷蔵庫を例にライフ・サイクル・アセスメント(LCA)の概念を考えてみましょう。

冷蔵庫は電気を使うので、発電のときにいろいろなものがでています。発電所に燃料をもってくるときにも、いろいろなものがでています。燃料の輸送に使われる船でも、冷蔵庫や冷蔵庫の素材を製造する工場でも、素材の原料を掘るところでも、いろいろなものがでてきます。廃棄の際にも、いろいろでてきます。この冷蔵庫の一生のどこで何がでているのか、また同時にどのような資源が使われるのか計算するのが「インベントリー分析」、分析の結果把握できたものが環境にどのような影響を与えるのかを評価するのが「インパクトアセスメント」です。LCAの概念はこれらインベントリーとインパクトで整理できます。

次に、LCAの手法を簡単に説明します。冷蔵庫の生産者が把握しておかなければならないデータが「フォアグランドデータ」です(冷蔵庫の組立方、運び方、廃棄の仕方等)。冷蔵庫屋は自社製品にどういったプラスチックが使用されるのかは把握していますが、そのプラスチックの作り方までは把握していません。鉄や燃料の作り方も把握していません。対象製品にこのように間接的に関係するデータが「バックグランドデータ」です。LCAはこのフォラグランドデータとバックグランドデータのつなぎ合わせで可能となります。

つぎに、インパクトアセスメントとは簡単にいえば、地球温暖化の点数やオゾン層破壊の点数、酸性化の点数等を決めることです。たとえば、地球温暖化やオゾン層破壊の点数では代替フロンを使用した冷蔵庫の方が特定フロンを使用した冷蔵庫より良くなりますが、同時に、代替フロン使用冷蔵庫では鉱物資源を余分に使用するため、その点では特定フロン使用冷蔵庫より点数は悪くなります。そうすると、どちらの冷蔵庫の方が環境にやさしいのかを、点数を足し算して考える必要がでてきます。この足し算については後ほど詳しく説明します。

「環境効率」と「ファクター」

LCAの取り組みを環境報告書に書いても迫力が無いため、報告書には記さない企業もでてきている程、日本ではLCAの取り組みが定着しています。こうした企業はむしろ、「環境効率」と「ファクター」を記しています。

「環境効率」は「価値」を「環境負荷量」で割って計算されます。「価値」と「環境負荷量」とは簡単にいえば、国の場合はそれぞれ国内総生産(GDP)とCO2・SOx・NOx等に該当します。企業にとっての「環境負荷量」は国と同じように考えることができますが、「価値」は各企業が独自に指標を提案しています。

「ファクター」は「環境効率」を基準となる環境効率で割ったものです。ここで注意すべきは日本の「ファクター」の考え方が欧州のそれとはまったく異なる点です。たとえば日本で「ファクター4」といえば、昔――多くの場合は1990年が基準年とされています――より4倍良くなったことを示しますが、欧州では基準として将来の目標が使われるので、現在の4倍の努力が求められる指標として理解されます。また、「ファクター」は次のような問題も抱えています。

あるファクターで売上高とCO2の比が上昇したとします。これはCO2の排出量が減ったという「ことでしょうか。CO2排出量は増加しているのですが、売上高の上昇率の方が、CO2の増加率より大きかったという可能性もあります。すなわち環境効率やファクターでは、環境への実際の負荷量が減少したかどうかわからないという性質があります。

さらに、分母の環境負荷量として廃棄物量、水の消費量を選ぶと、廃棄物の環境効率、水消費の環境効率ができます。このように、環境負荷量の選び方次第で、多数の環境効率ができてきます。これらを総合的に考えるために、さまざまな環境への負荷物質の影響を足し算して1つの指標として表したいという考え方が出てきます。

これが本日の議論のポイントです。

統合化手法の例

環境への影響を足し算する方法にはいくつかの手法があります。まず、CO2やSOxの1キロ当たりの点数を現在の排出量と目標値の比(「ディスタンス・トゥ・ターゲット(distance to target)」)で決めるのがスイスで開発されたエコポイント法です。エコポイント法では現状と目標値の差が大きい程、点数は高くなります。次にパネル法があります。たとえば30人のパネルで地球温暖化を重視するのが15人、酸性化が5人、オゾン層破壊が10人だったとします。この場合、地球温暖化の重みは30分の15、つまり0.5になります。これを予め算出しておいた地球温暖化の点数に乗じます。もう少し正確に言うと、「冷蔵庫1台の地球温暖化の点数」を日本全体での地球温暖化ガスの排出量で算出した「日本全体の地球温暖化の点数」で割った値(これを「正規化された地球温暖化の点数」といいます)に0.5を乗じます。酸性化とオゾン層破壊の点数にも同じ処理をして、それぞれの点数を足すのがこの手法の概念です。スエーデンで開発されたEPS(Environmental Priority Strategy)や私たちが開発したLIME(Life -cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)という手法では地球温暖化の結果生じる被害を経済的価値、すなわちお金に換算します。LIMEでは被害を4つの種類(人間の健康、社会資産、生物多様性、一次生産量)にまとめ、その中でどれを一番重視するかを聞いて、統計処理した後、金額に換算し、足し算をして1つの指標にします。

ただ、これらの足し算をする手法は、人の主観的判断を必ず伴うことに注意する必要があります。たとえばディスタンス・トゥ・ターゲットのターゲット(目標)を決めるのは人の主観です。パネルも人の集団です。金額換算に使用される質問票に答えるのも人です。つまりこれらはいずれも「何が正しいか」ではなく「みんなで何を目指しているか」を拠り所とした足し算となっています。

環境効率の研究で目指すべきところ

環境効率の研究の終着地点はどこにあるのでしょうか。

これまでは製造者が供給するサービスや価値が最終地点とされてきました。しかし、本来これは消費者が受け取る価値でなければなりません。製造者が提供する価値と、消費者が受け取る価値は果たして同じなのでしょうか。消費者は製品の機能をどれだけ評価し、必要としているのでしょうか。こうした点を解明すべく、消費者が受け取る価値を環境に与える価格で割って環境効率を計算する研究がマーケティングの基礎理論を活用しながら進められています。

LCAの動向

日本では2004年11月に日本LCA学会が設立されました。私たちはアジアのLCAのワークショップを1998年以来2年に1回開催してきました。これが基礎となってアジアのLCAネットワークが整備されています。タイとマレーシアでは国の支援の下でLCAのデータベースが構築されつつあります。こうしたネットワークは東アジアサミットでのバイオマスエネルギーの評価などの活動につながってきました。

欧州では国連環境計画(UNEP)と環境毒物化学学会(SETAC)によるLife Cycle InitiativeでLCAの研究・普及活動が進められています。欧州委員会(EC)の研究所では欧州共通のLCAデータベースを構築するプロジェクトが2005年から始まっています(~2008年)。

また、EUでは、天然資源の持続可能な利用に関する国際パネルを設立する動きがでてきています。日本では環境省を中心にこの動きをフォローしています。環境相は、これらの動きを注視しながら、来年の洞爺湖サミットで新しい環境効率指標を提案をする計画を立てているように見えます。

「持続可能な消費と生産(Sustainable Consumption and Production)」という考えも注目されるようになっています。これは、生産者が持続可能性を考えるだけでなく、消費者がどう消費するのか考えずには持続可能性は達成できないという考え方です。

今後の課題

私は、資源や素材の制約がCO2に代表される地球温暖化の次にくると考えています。循環型社会では資源――特に今後は金属――を長期的にどう消費していくかをシミュレートするモデルが必要となります。たとえば自動車が将来何で製造されるかを考えるにしても、リサイクル技術の発展も含めて、鉄、アルミニウム、プラスチック等いろいろなシナリオが描けます。そうしたシナリオベースでのシミュレーションモデルがない限り、日本やアジア、また世界の将来の素材産業の姿は描けません。今後、素材の使い方の議論が深まることに期待しています。

食品のLCAも注目すべき分野です。たとえば夕食を和風(焼き魚、茶碗蒸し、おひたし)、洋風(ハンバーグ、ポテトサラダ)、中華(鳥唐揚げ、八宝菜、ザーサイ)にするとして、CO2排出が一番多いのはどれでしょうか。上記の場合だと、おおよそ、和食で3000グラム、洋食で6000グラム、中華で3000グラムのCO2がでています。これは4人前ですが、家族で洋食を食べることで鉄4キロを作るのと同じだけのCO2を排出したことになるのです。持続可能な食とは一体何なのか、LCAをベースに今後も考えていくべきでしょう。

さらに、イギリスを中心に議論されているカーボンフットプリントにも注目しています。カーボンフットプリントは、CO2を中心にした地球温暖化ガスの排出量を商品に表示する方法です。これと同時に議論されなければならないのが、カーボンオフセット事業です。たとえば、レジ袋を有料化し、そこから得られた利益の一部で排出権を購入し、それを政府に渡しCO2削減に役立てるのがカーボンオフセット事業です。ここでポイントとなるのは、そもそもレジ袋を作るのにどれだけのCO2が排出されるのかを考えた上でレジ袋の値段、並びに、排出権を購入する量を決定しているのかという点です。本来は対になって動くべきカーボンオフセットとカーボンフットプリントですが、日本にはカーボンオフセットのみが動く傾向があるようです。これも今後検討しなくてはならない課題の1つです。

質疑応答

Q:

LIMEでは円換算は具体的にどのようにしているのでしょうか。また、極端な例になりますが、地域によってはCO2の排出が増大し温暖化が進むことで農作物の収穫が増えたり、水不足が解消したりするといったことも考えられると思います。こうしたプラスの効果は今回の研究で考慮されていますか。

A:

地域別評価は組み入れていますが、プラスの効果は、被害が無いものとして捉え、切っています。これは現在の手法の弱点です。

最初のご質問については、極めて単純化した説明となりますが、まず「人間の健康がどれだけ損なわれるか」、「社会資産」、「生物多様性」、「一時生産量」の4つの項目に「環境税額」を組み合わせた複数のパターンで質問票を作ってコンジョイント分析を行ない、統計処理をします。そこから、たとえば人間の健康被害と税額との関係を割り出し、人は健康を守るためにいくら払うか(支払意思額=willingness to pay)を計算します。ここから遡って、CO2が1キロ排出される際のコストが計算されるという仕組みです。

Q:

日本でカーボンフットプリントが十分浸透しない理由はどこにあるのでしょうか。

A:

環境ラベルの効果や、ラベルを貼ることでどんなメッセージを発したいのかが、はっきりと認識されていないのだと思います。

たとえば同じ製品でも、小売りでの電気消費量を加味すると販売店によって環境ラベルの表示内容が異なるという問題があります。また、同じミネラルウォーターでもA社製品とB社製品ではCO2排出量が異なってきます。環境ラベルをどう活用するのかを、経営や政策を判断する観点から議論する必要があるでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。