数字の誤用・悪用

開催日 2007年7月6日
スピーカー 宮川 公男 ((財)統計研究会理事長/一橋大学名誉教授)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

Back to Basics

数字を正しく読むには数字の背景にある知識や仕組みへの理解が不可欠となります。

たとえば先日、6月に開通した圏央道の1キロ当たりの通行料が、中央自動車道や関越自動車道より高いという報道がありました。しかし通行料金を単純にキロ数で割ってキロ当たりの平均を算出するのは不適切な方法です。なぜでしょうか。

まず、圏央道、中央自動車道、関越自動車道はいずれも高速で走れる自動車専用の有料道路という点で同じ種類の道路と考えられがちですが、実際は圏央道は有料の一般国道に分類される「一般有料道路」であり、地方公共財という性格づけです。一方、中央自動車道や関越自動車道のような高速道路は全国ネットワークで考えるべき公共財です。次に、高速道路の料金は1キロ当たり24.6円(首都近郊は2割増)としてこれに走行キロ数を掛け、入場料(ターミナルチャージ)150円を加算し、さらに消費税が課税され、50円刻みで設定されています。この計算では、利用距離が長くなる程、ターミナルチャージの効果が小さくなるため、単純に料金をキロ数で割るだけでは比較可能な平均値は算出できません。一方、一般有料道路では地域の利用者が短い距離で利用する状況を考慮してターミナルチャージを徴収しないため、平均値は単純に料金をキロ数で割ることで算出できます。さらに、高速道路では通行料のみで建設費などすべての費用を回収するのに対し、一般有料道路の建設には税金が投入されています。これもキロ当たり料金を比較する際に考慮すべき重要な違いです。

こうした数字の背景にある違いを無視して単純にキロ当たりの通行料を比較するのは無意味です。また、ここでは詳しく述べられませんが、この数字の背景には道路公団民営化に関わる多くの基本的問題がかくされていることを知ることが重要です。

2種類に分類できる人間の誤り

デスクの上がいつも片付いている人と、書類で一杯の人がいます。これは当座不要な書類を捨てるか否かという違いです。書類を捨てる人には、しばらくたって必要になる書類を捨てる誤りを犯す可能性があります。書類を捨てない人には、何の役にも立たない書類を保管し続ける誤りを犯す可能性があります。統計学では前者を第1種の誤り、後者を第2種の誤りと呼んでいます。

人間の誤りはすべてこの2種類に分類できます。すなわち、1つは、行なうべきことを行なわない誤り、もう1つは、行なってはいけないことを行なう誤りです。誤りは、行なうべきか否か確実に判断できないために起こります。この誤りの原則は、小売店の仕入れ量を増やすか否か、銀行がお金を貸すか否か等の判断にも当てはまります。

基礎的知識の不足に起因する誤り

(1)平均時速

ある2地点を行きは時速60キロ、帰りは時速20キロで移動する場合の平均時速を聞かれたとき、多くの人は(60+20)÷2=時速40キロと答えるでしょう。しかしこれは誤りです。この場合、各データ値を足してデータ数で割る通常の平均算出方法(算術平均)ではなく、各データ値の逆数を足して2で割り、さらにその逆数をとるという方法(調和平均)で計算する必要があります。(60×2)÷(1+3)=時速30キロが正しい答えです。

(2)下落した価格が元に戻るために必要な増額率

地価が購入価格の半額になった場合、購入時の地価に戻るには現在価格に対して100%価格が上昇しなければなりません。地価が購入時の40%減となった場合、元の地価に戻るためには67%の上昇が必要です。単純に「40%下がって67%上がったから、下がる前より良くなった」と考えることはできません。

(3)牛肉輸入セーフガード

輸入急増時のセーフガード発動については、日本では前年同期比17%以上の輸入増を「急増」と定義しています。狂牛病の影響で牛肉輸入量が2002年第1四半期に41%減り、翌年同期に34%増えた時、日本政府はこの基準に沿ってセーフガードを発動し、米国、カナダ等の牛肉輸出国から大きな非難を受けました。また、2005年第1四半期には輸入業者がセーフガード発動を回避するために17%以上の急増にならないよう6月輸入の通関を7月に遅らせるという行動に出ています。セーフガード発動の基準を前年同期比にするのではなく、たとえば平常年を定め、それを基準にしていればこうした非難や行動は回避できた筈です。制度が人間の行動に影響し、それがさらに統計数字を歪めている例です。

(4)読み方を誤りやすいグラフ

2001年9月11日の米国同時多発テロ発生前後の米国小売売上高の前月比増減率を示した折れ線グラフをみると、9月は下落し、10月に急騰し、11月にまた急落するという格好になっています。このグラフはあくまで前月比の増減を示すもので各月の売上高を示すものではありません。実際、11月の売上高は8月を上回っているのですが、注意深く解釈せずにグラフだけ見ていると、視覚にごまかされ、「8月がゼロで11月がマイナス4%だから、11月の売上高の方が悪い」という誤った結論が導き出されることになります。

(5)道路公団民営化の失敗

日本道路公団の民営化により、採算が取れない道路は民営会社によっては建設されなくなり、地方の高速道路建設件数が減少することになりました。こうした事態を避けるための苦肉の策が「新直轄高速道」です。建設費は全額税金で賄うので通行料は徴収できないとの論ですが、それならばなぜ国立大学では授業料が徴収されるのでしょうか。授業料の考えには受益の不公平を是正するための「受益者負担」の原則があります。同じ原則は新直轄高速道にも当てはまります。高速道路は元をとったら無料化するのが原則です。返済が順調に進めば平成22年には無料化される筈であった京葉道路は、膨大な建設費がかかる東京湾アクアラインと統合されることで無料化の時期が平成62年に延期されることになってしまいました。

(6)注意を要する比率(比率の種類を考えよ)

「自己資本比率」とは総資本に対する自己資本の割合ですが(構成比率)、「負債比率」とは自己資本に対する負債の割合で(対立比率)、総資本に対する負債の比率ではありません。ですので「自己資本比率が8割だったら負債比率は2割になる」という考えは誤りです。英語では負債比率はdebt-equity ratioといい、日本語より明確です。

(7)平均値に達しない株価平均

ダウ式株価平均は日常的に用いられる平均とは異なります。指数を構成するすべての株価が平均値にとどかない理由について考えてみましょう。

いま、1株それぞれ1800円、1200円、600円の株があるとします。この株価を合計して3で割った平均は1200円です。しかし株は会社の成長と共に株主への利益還元のために分割されます。1800円の1株を2株に分割すれば株価は900円になりますが、その分、保有株も増えているので株主に損はありません。しかし株式分割後の株価(900円)を合計して3で割った平均は900円((900+1200+600)÷3=900円)になり、実際の価値は下がっていないにも関わらず平均株価は下がる格好になります。こうしたことを回避するには2つの方法があります。1つは、分割前の株価に戻して平均株価を計算する方法です。もう1つの方法は、下がった株価は補正せずにそのまま合計し、分母(除数)を補正する方法です。これがダウ式の基本的なアイディアです。この方法を用いると、いままで3だった除数は株式分割により2.25になります。

これを繰り返すと、次第に除数が低下していきます。ニューヨーク・ダウ平均の30社に唯一入り続けているゼネラル・エレクトリック社(GE)では1930年頃には1株だった株が現在では1152株にまで分割されています。こうして株式分割が進み、米国のダウ平均では除数が0.12台になっています。30で割れば単純な平均株価が導き出せるのですから、ダウ平均はわれわれの考える常識的な平均の約240倍の株価ということになります。

日経225平均では、1949年に225だった除数が、2000年には約10になっています。さらに2000年には米国のITバブルを追いかけて高騰したIT関連株を大量に導入しました。そうすると分子が大きくなります。そこで除数が大きく補正されました。このときに統計に断絶が生じ、以降、除数は下がらなくなりました。また、2005年には、株式分割に応じて分子を補正する方法を導入しました。これはダウ平均が1928年まで使っていた古い方法で、歴史の逆行です。分子を補正する方法を導入した直後にソフトバンクが1株を3分割したため、日経平均ではソフトバンク株が3倍されて算入されることになりました。この直後にライブドア事件が起こり、ネットトレーダーがソフトバンク株の売りと買いを繰り返したことでソフトバンクの株価は大幅な変動を続け、日経平均はこれに大きく左右されるようになり、指標としての信頼性を損ねています。

統計学は数学ではありません。また、統計学だけでは数字は読めません。さまざまな実態や数字の背景にある制度や仕組みに関する知識を持つことがやはり重要となります。

質疑応答

Q:

英語では構成比率をproportion、対立比率をodds ratioといい、違う概念であることがはっきりわかります。日本語では異なる概念に同じ「比率」という語を用いているために誤解を導くのではないでしょうか。混乱を減ずる対策は検討されていますか。また、ダウ平均について、分母を変えると各企業の平均に対する貢献度の比率が実質的に変わります。そのために生じる問題はありますか。

A:

odds ratioと対立比率とは同じではありません。より適切な用語に変更する動きについて耳にしたことはありません。「株価収益率」も英語ではprice-earnings ratioというように株価対収益の比率を示す対立比率ですが、「収益率」という言葉からprofitability ratioと読まれ「大きい程望ましい」とよく誤解されます。

ダウ平均についてはご指摘の通りです。指数は多くの数値の集まりを1つの数値で示す代表値であり、どんな代表値にも問題はあります。ダウ式では分割により生じた増加株を売却し、等株ポートフォリオに修正しますが、日経が導入した旧式の方法は買ったものをそのまま保持するポートフォリオで、株価を忠実に表すものではありません。

Q:

日経平均を本来あるべき姿に戻すにはどうすれば良いでしょうか。また、世論調査についてご意見があればお聞かせください。

A:

日経平均は今回の致命的なミスにより、元の形には戻らないと考えています。新しい指数がダウ式で作られるのを待つほかありません。日経平均連動ファンドがあって多くの資金が投下されていますから、日経平均の現状を変えることは利害の問題が絡むため、難しいと思います。

世論調査にも多くの問題があります。調査員の虚偽報告もありますし、ノンレスポンスの対象を避ける傾向があるため、サンプルの完全な無作為抽出が難しくなっているという問題もあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。