2007年版中小企業白書 -地域の強みを活かし変化に挑戦する中小企業-

開催日 2007年5月7日
スピーカー 植杉 威一郎 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省中小企業庁事業環境部企画課調査室課長補佐)
コメンテータ・
モデレータ
鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)
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議事録

大企業との格差が広がる中小企業

日本経済全体は短期的には設備投資と輸出主導で緩やかに回復しています。その一方で、製造業機械関連業種の立地割合が高い地域の有効求人倍率が、建設業割合が高い地域の有効求人倍率を上回る等、地域間格差が進んでいます。また、資本金1億円以上の企業と1000万円以下の企業との間で経常利益率の格差が拡大する傾向にあり、企業規模による回復度合いのばらつき――中小企業の回復が大企業に比べて緩やかである状況――が観察されています。こうした状況の背景に何があるのでしょうか。

1つに、設備投資や輸出の増加は大企業の生産増に、消費や公共投資の増加は中小企業の生産増につながるという関係がありますが、今回の景気回復は設備投資・輸出主導型であるため大企業に有利に働いているという点が挙げられます。2つ目の要因として、人件費や変動費が中小企業全体を下押しする中、費用に見合った価格転嫁ができないため、費用を上回る売上の増加が難しくなっています。

開廃業と小規模企業を取り巻く環境

タウンページデータベースを用いて開廃業の動向を調べてみました。従来、開廃業の動向は総務省の「事業所企業統計」で把握されてきましたが、タウンページデータベースだと「事業所企業統計」よりも70~80万件多い企業の動向が把握できます。また、「事業所企業統計」の調査は2~3年に1度ですが、タウンページデータベースでは半年に1度調査結果が得られるという利点もあります。

開廃業率全体ではタウンページデータベースでも「事業所企業統計」でも廃業率が開業率を大きく上回っています。開業率を業種別にみると、特に情報・通信と事業活動関連サービスでタウンページデータベースの数値が「事業所企業統計」の結果を大きく上回っています。開業による雇用創出は1325万人、存続企業による雇用創出は935万人で、開業による雇用創出が多いことがわかります。また、開業による雇用ではパートやアルバイトの割合が少なく、より多くの正規雇用を生み出しています。こうした点に開業の意義があるのではないかと考えています。

企業規模が小さくなる程、事業承継がうまくいっていない実態も浮き彫りとなりました。相続税負担に起因する部分もあります。中小企業経営者の個人資産で事業用資産が占める割合が6~7割になる等、利益を上げている企業の経営者の相続税負担はかなり大きくなっています。事業承継者に求められる個人保証や個人資産の担保提供も事業継承の阻害要因になります。

地域資源の有効活用に向けた取り組み

特産品や伝統的に継承された製法、地場産業の集積による技術の蓄積、自然といった地域特有の経営資源を活用する中小企業は、大企業に対して比較優位を持っています。味噌、清酒、チーズ、水産練製品等の価格分布をPOSデータで分析すると、中小企業の商品は大企業より、より高価格帯にあることがわかります。アンケートからは、価格が高水準にあるのはコスト高のためではなく、地域資源を活用することで付加価値を高められているためという結果が得られています。

しかし同時に、地域資源を活用する企業、特に農林水産型(味噌製品類等)と観光型(温泉宿泊施設)の商品を生産する企業では、そうでない企業と比して地産地消にとどまる傾向が強まります。これは外部の人材や組織による仲介、各種商談会や交流会で連携を強め、販路を広げることで打破できると思われます。

地域内での中小小売業の役割

小売店の販売額は、売り場面積500m2以上の店舗では総じてプラスの伸びで、それ未満では総じてマイナスの伸びとなっています。中小の小売店を最も頻繁に利用するのは全消費者の1割程度で、特に生鮮食品、惣菜類、理容・美容サービス、クリーニング等で中小店の利用割合が高くなっています。需要をさらに拡大するには、今後、「安心」や「安全」への対応が必要となるでしょう。また、宅配サービス、高齢者向けの見回りや配色サービス等への期待が高まっています。

地方自治体は、地域活性化策や福祉・生活等の公共サービス分野で地域の小売・サービス事業者に高い期待を寄せていますが、現状ではこうした事業者と自治体の連携は深まっていません。中小企業白書では先進的事例として、福島県小高町の「おだかe-まちタクシー」を紹介しています。ここでは地元の商工会が市営バスの代替輸送手段としてタクシーを借り上げ、NTTと組んで効率的な配車システムを構築しています。この結果、地元商店街への来客数は増加しています。

地域金融が中小企業の発展に果たす役割

借入申込みに対するメインバンクの貸出状況をみる限り貸し渋り等の厳しい対応は減っています。しかし10年前の調査結果と比較して、従業員20名以下の小規模企業のメインバンクとの接触頻度は低下し、取引満足度も改善されていません。また、小規模企業は規模の大きい企業よりも、より頻繁にメインバンクを変えています。変更理由としては、「担当者に不満がある」、「他行の担当者に満足した」といった銀行の対応姿勢に関するものが多く、比較的規模の大きい中小企業で「破綻懸念もしくは破綻」という答えが多かったのとは対照的です。このように、小企業とメインバンクの関係には改善の余地があるようです。

中小企業の取引金融機関数を日米比較してみると、日本の企業には多くの金融機関から借り入れることで金融機関を競わせて有利な調達を得ようとする動機があるのに対し、米国では殆どの企業が一行取引となっています。確かに取引金融機関が増える程、増額セールスを受ける機会は増えますが、同時に、取引金融機関が増えれば借入依存度が高まる側面もあります。

変容する企業間の取引構造

製造業の取引構造は長期的・固定的なピラミッド型から多面的に取引関係を結ぶ構造に変化(メッシュ化)しているといわれ、系列外企業との取引が増加しています。事実、中小企業約2000社を対象としたアンケートでは、仕入先・販売先企業数が10年前と比較して増加したという回答は減少をはるかに上回っています。近年需要が伸び悩む中で系列企業だけに販売していては活路が拓けないため、相手企業を増やすことで売上増が図られているのだと考えられます。

販売先の増加に加えて販売先との情報のやりとりを密にした企業の売上高は伸び、情報のやりとりを増やしていない企業の売上高は減少しています。また、品質で勝負している企業は、販売先、情報量、売上高のいずれの面でも伸びていますが、価格で勝負している企業で増えているのは販売先だけで、やりとりされる情報量と売上高は減少しています。さらに、技術交流に積極的な企業程、情報量は増え、売上高も伸びるようです。

取引条件が中小企業に及ぼす影響

販売価格決定権の所在は、中小企業に決定権があるのが1割程度、主要販売先が2割から4分の1程度となっていますが、価格交渉力は取引先をメッシュ化し主要販売先への依存度を減らすことで高めることができるようです。

生産後の取引条件を把握するため、製造業での型(金型・木型等)の保管状況を分析したところ、中小企業は減価償却期間2年の型を平均9.6年間保管していて、しかもその半数以上は大企業の所有物であるにも関わらず、中小企業の73%が保管費用全額を自社負担する等、不利な取引条件を強いられています。

人的資本の蓄積に向けた中小企業の取り組み

大企業、中小企業を問わず、最近では求人が増え、2006年は有効求人倍率が1倍以上で推移しましたが、一方で企業規模が小さい程、新規求人数が増えても雇用者数が増えない傾向にあります。また、これまで高い数値で推移してきた中小企業での非正規雇用者比率に比して、大企業での非正規雇用者比率が高まっています。

10年来続けられたリストラの歪みが顕在化し始めています。中小企業では経営幹部候補の不足に陥っています。また、中核業務を行ない、ほかでは代替できないキーパーソン(社長は除く)の属性を見ると、中途採用者が多く、うち約18%は採用時においてキーパーソンとなることが期待されていない人材でした。雇用が流動化する中で、いかにして優秀な人材を中途採用するかが中小企業の大きな課題です。

キーパーソンのキャリア形成で重要な要素を調査してみると、企業からは「本人の資質」という回答が最も多く上がってきます。一方、本人の回答では「本人の資質」と同程度の割合で「自己啓発の努力」、「入社後の多様な職務経験(ジョブローテーション)」という回答が挙げられ、企業との間で認識のギャップが生まれています。特に企業規模が小さくなる程、本人が重要と考えるキャリア形成の機会が限られてくるのが現状です。これは中小企業経営で改善できる点の1つとして考えられるでしょう。

質疑応答

Q:

地域資源の捉え方についてもう少し詳しくお聞かせください。

A:

地域資源に恵まれた地域とそうでない地域があるのは事実ですが、地域資源に恵まれないことは大きなハンディキャップにはならないと考えています。地域資源を技術や自然まで含めて広く捉えると、どんな地域にも特有の産品やサービスは存在します。宮城県の塩釜では、水産業者ならどこでも入手できる素材で材料を厳選したり、良質の油を使ったりすることで高品質・高価格の練製品を製造し、10年間で売上を5倍以上に増加させています。

Q:

中小企業のイノベーションはどの程度活性化されていますか。また、女性や高齢者の人材活用についてご意見をお聞かせください。

A:

イノベーションの実態を把握するのは難しいことですが、労働生産性の面で中小企業と大企業を比較すると、ここ10年の間に中小企業(製造業)の労働生産性が年々低下しており、労働生産性でみた中小企業の活気は低下しています。規模間格差が広がっていることを前提に、地域資源の有効な活用方法や小売業のイノベーションを模索する必要はあると思います。

女性や高齢者は介護や人材派遣といった非製造業分野でより重要な役割を担うことになると思います。

Q:

中小企業は全体として長年、衰退過程にあるのではないでしょうか。また、日米の中小企業の開業率が大きく異なるのは、中小企業への出資の差によるのではないでしょうか。

A:

中国製品の価格を参照して製品価格が決定されている製造業では、価格面で海外から大きな圧力がかかっていますが、非製造業にまで及ぶ全体的な衰退は生じていないと考えています。中小企業全体の動向を把握する指標には企業数、雇用者数、生産性があります。このうち企業数と生産性は近年傾向として低下していますが、雇用者数に大きな低下はみられません。

日本では自己資本を増強させたり、リスクキャピタルを出資したりする仕組み作りが続けられています。しかし現状では日米共に、中小企業を開業する際の自己資本は家族や知人が出資しているケースが圧倒的に多く、エンジェルやベンチャーキャピタル等の出資を受けられる企業は極めて少数です。日米の開業率に差が生じるのは企業家の考え方の違いによるのではないかと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。