東アジア経済統合の歴史と展望

開催日 2006年12月12日
スピーカー 宗像 直子 (経済産業省製造産業局繊維課長・元RIETI上席研究員・元ブルッキングス研究所客員フェロー)
モデレータ 黒田 篤郎 (経済産業省通商政策局国際経済課長)
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議事録

今秋、東アジアの経済統合に関する米国ワシントンにおける研究成果をまとめた著書『Transforming East Asia』をブルッキングス研究所から出版した宗像直子氏が、研究の動機、20年にわたる東アジア経済統合の歴史と展望に関し米国の関わりも含めた分析を紹介し、今後、日本が目指すべき方向について提言を行った。

東アジア経済統合は、米国にとっても利益

宗像氏が東アジアの経済統合の研究を米国ワシントンで行うことにしたのは、1990年にマレーシアが提唱した東アジア経済協議体(EAEC)構想に対する米国の強い反発とそれに対する日本の対応を目の当たりにした際の素朴な疑問がきっかけだと言う。それは、(1) かつて欧州統合を支援した米国が何故アジアの統合には反対し続けるのか、(2) なぜ日本は一切米国を説得しようとしないのか、(3) 日本は果たして米国からもアジアからも信頼されるようになれるのか、というものだった。

宗像氏は、東アジアの地域主義が反西欧、反米的傾向を持ち、閉鎖的になる、という先入観は、米国のアカデミックなコミュニティで意外に根強いと言う。米国において宗像氏は、「東アジアの経済統合は米国にとっても利益である」ことを繰り返し説き続け、これが氏の主張の根幹の1つとなっている。

氏は、今回の著作において、この20年間の東アジアにおける制度的枠組みがなぜ、どのように生成してきたか、その過程で米国の役割や行動はどう評価されていたか、経済統合に向けた取り組みがいかに東アジア諸国、日本の国内改革を促進し、アジア経済の世界経済への貢献を高めるとともに域内の国際関係を安定化し、米国のアジア戦略を補完してきたかを詳述している。

経済統合の実現には、東アジアの劇的な変貌が必要

主張の第二点は、「東アジアの経済統合、さらにその先の東アジア共同体は、域内各国が劇的に変わらなければ達成されない」という点だ。その変化とは、(1) 国内保護の名残と官僚主義の非効率性によって隔てられた国々の集まりから開放的で統合された市場へ、(2) 米国市場に過度に依存した輸出国の集まりからより内需志向で米国との貿易もよりバランスのとれた地域へ、(3) 市場経済制度が未熟で経済的ショックに対し脆弱な経済から競争と革新、イノベーションに適した、堅固な制度を持った経済へ、(4) そして最終的には、政治的競争と歴史的憎悪によっていがみあう国家の集合から共通の願望と相互信頼を絆とする地域共同体へ、といった変化だ。

「そのくらい変わらないと共同体はできるものではなく、逆にそういう覚悟もなく共同体という言葉を先行させるのでは域外から不信感を持たれても仕方ないとさえ思う」と宗像氏は述べる。

構想は地域大、行動は二国間のまま構想の数が増加

1985年のプラザ合意後の日本の対外直接投資の急増は、日本とその他のアジア諸国との関係を根本的に変えた。宗像氏は、80年代後半以降の東アジアでデファクトの経済統合がどのように進展したかを振り返るとともに、地域統合に関わる制度的枠組みの歴史を、(1) 80年代後半から92年までの東アジアの経済秩序の枠組みについていくつかの構想が提案された時期、(2) 93年からアジア通貨危機前までのAPEC優位の時期、(3) アジア通貨危機から2000年秋までの地域主義について多層的な枠組みをどう使い分けるか真剣に考えられ始めた時期、(4) 中国がWTO加盟を目前に中ASEAN自由貿易協定の研究を提案したときから今日に至るまでのFTA競争の時期、の4期に分けて歴史分析を行った。

宗像氏は、「東アジア経済共同体への第一歩となる地域全体のFTAについても、ASEAN+3だけではなく、16カ国という構想が出されている。一方、日中FTAは、しばらくは勉強モードにとどまる。構想は地域大でも、行動は二国間という状況のまま、構想の数が増えている」と述べた。

統合を着実に進めるには、目標設定とロードマップの作成が重要

東アジア共同体についての日本の戦略はどのようなものかについて明確に論じたものはない。宗像氏は、日本が今後向かうべき方向について、東アジア諸国だけのフォーラムには入らないというタブーは壊れたが、日本のパラダイムシフトは終わっていないとし、「東アジア共同体をハードルの高い理想としてきちんと定義し、そこに至るロードマップも併せて定義し、そのロードマップの各ステップをクリアしていくために、アジア諸国は各々何をすべきかを示し、各国のコミットメントの度合いを見ていくことが、日本が周りに振り回されず、米国の反発に動揺せず、着実に東アジア共同体を作っていくために欠かせない。日本は、東アジアのなかで魅力ある国になっていくために何をすべきか、はこれまでそれなりに明らかになってきているはずで、それらを本当に実施する、というところにむしろ日本の課題があるのではないか」との考えを示した。

そして、将来的な不確定要素はあるものの、「今は、日米中3カ国とも東アジアの経済統合に前向きな役割を果たしていると思う。これは今だかつてなかったことだ。壮大な構想より、できることから着実にやるべきである。東アジアの地域主義は目指すに値する目標だ」と結んだ。

質疑応答では、「東アジアの地域統合について米国を説得することは所詮無理ではないか」との問いに対し、宗像氏は、「東アジアの経済統合は世界の平和と安定に貢献する、そのメリットを誠実に、誰に向かってもブレることなく説得し続けることが重要であり、反発する米国とも議論し信頼を得る努力を怠るべきでない」と答えた。

(2006年12月12日開催)

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。