日本の政策決定システムの問題をどう見るか?

開催日 2003年7月18日
スピーカー CURTIS, Gerald (RIETIファカルティフェロー/コロンビア大学政治学部教授)
モデレータ 加藤 創太 (RIETIファカルティフェロー)

議事録

モデレータ:
RIETIファカルティフェローでコロンビア大学政治学部のジェラルド・カーティス教授が、70年代に発表された研究書『Election Campaigning Japanese Style』,邦題『代議士の誕生』は、自民党の衆議院議員の後援会を中心にした選挙活動を詳細に観察しながら、比較政治学的な観点で分析した本です。

比較政治学および日本政治研究の古典的な書となっており、日本でもベストセラーのこの本で浮き彫りにされた自民党の集票システムというのは、伝統的な支持層の都市移動、産業構造の変革、高学歴化などによってやがて行き詰るというのが60年代70年代の政治学者達の大かたの予想でした。

しかしその予想は完全に外れ、その原因を分析した書『The Japanese Way of Politics』は、80年代終わりに出版され大平正芳賞を受賞した本です。この中でカーティス教授は、マイナス要素に関わらず自民党政権が行き詰らなかったのは、自民党が従来型の政党から政治学的な言葉で言いますキャッチオールパーティ、あらゆる対立思考を取り込んだ包括制度に転換する事の成功によって、政権が維持できたという分析をされています。

最新作の『The Logic of Japanese Politics』,翻訳版『永田町政治の興亡』は、細川政権誕生による55年体制の終焉後の日本政治について分析しています。この本の中では、55年体制の終焉によって日本政治を支えてきた力学あるいはlogicというものが、過去との連続性を保ちつつも不可逆的な転換を遂げたと分析していて、自民党が今後政権を維持し続けていくためには政治的リーダーシップによる抜本的な政治改革を行わなければならないと述べられています。

小泉政権に期待が示されていた『永田町政治の興亡』が出版されてから2年がたち、自民党の総裁選、衆院の解散もうわさされていますが、本日はこうした現状を含めてお話いただけるものと思います。

日本の政策決定システムの変化

日本の政策決定システムの変化や問題点、またそれに対して何を成すべきかという提言を含めたリサーチをやっています。40年近い自分の研究を振り返ってみますと、私のインプリッシブなテーゼは"The system works"でした。『代議士の誕生』に書いたのは、選挙運動を通してみる日本の政治システムはアメリカとかイギリスなどほかの民主主義国家と共通するところもあれば相違点も目立つが、いずれにしてもこのシステムはうまく機能しているということでした。「日本型政治の本質」でも55年体制の下での政治システムの社会変化に対しての対応能力を分析した。

ところが、最近は"The system doesn't work well any more"という事で、機能を果たせなくなった理由は一体どこにあるのかという事を考えています。『永田町政治の興亡』、『The Logic of Japanese Politics』のイントロダクションに少し触れましたが、今日は"The system works"の機能と特徴がどうして崩れたか、これからどうなるのかという話を中間報告という形でしたいと思います。

政治学者の間に日本の官僚と政治家の関係、あるいは国家と社会の関係について、いろいろな議論がありますが、私が考えるには、55年体制の政治の何よりも重要な特徴というのは、いろいろなパワーセンター間の非公式な調整メカニズムが非常にうまく機能を果たしていたという事です。この調整メカニズムが社会の変化によって崩れてきて、その結果としてよりフォーマルな透明度の高いルールに基づいたシステムの方向に変わりつつありますが、今のところ中途半端な形となっています。これが私の基本的なテーゼです。

政治家と官僚、官邸と自民党、与党と野党、経済界と政界の間には、非公式な調整メカニズムがありました。政治家と官僚の例でいえば、高級官僚が政治家になるとただ官僚の言いなりになるという事ではなく、うまくtwo wayコミュニケーションのシステムができていたわけで、こういう元官僚政治家にはパワーもコネクションも知識も経験もありました。官僚側にはプレステージがあり、best and brightestの集団であるというイメージが強い。また、その官僚出身の政治家と一緒に、大衆の考えていることを肌で感じるネゴシエーションが上手で根回しの専門家とも言える党人派がいました。

党人派と元官僚の間にはいろいろな緊張感はありながらも、非公式な調整メカニズムはうまく機能を果たしていましたが、この関係が見事に崩れてきました。

その理由の1つは自民党が長い間政権を持つ事によって、リクルートメントシステム、プロモーションシステムが制度化して5、6回位当選しないと大臣になれない。池田勇人が1年生議員として大蔵大臣になったのは吉田内閣の時なのですが、今は数回当選しないとなれないように、キャリアの長い官僚が政治家になるインセンティブシステムがなくなったのです。

最近政界にでて来る元官僚は、長い官僚としての経歴があるのではなくて、若い人達です。優秀な人は多いが、官僚としてのコネクションも経験も乏しい。前とは全然ダイナッミクスが違うのです。同時に党人派という言葉が死語になりつつあるぐらい、昔のような党人政治家が少なくなっている。彼らの子供たちが跡継ぎしていることが多くて、こういう二世議員には地方で政治活動した経験のある人はほとんどいません。また90年代のスキャンダルやバブルの問題によって官僚のプレステージが低下した上、橋本内閣が実施した行政改革によって、行政の構造も変わりました。結果として、非公式な調整メカニズムが崩れているのです。

政策をつくるのは誰か

最近の日本の政治家も、マスコミも、政策を作るべきなのは官僚ではなく政治家であるといいます。今まで政策を作ったのは政治家でなくて官僚であったという見方の裏返しですが、その見方自体はあまりにも単純すぎて引っ掛かります。それに、アメリカの場合は政策を作るのは官僚でなくて政治家であると思われているようですが、事情はちょっと違います。アメリカや日本のような経済が複雑で大きな国の政策を、政治家が政策スタッフなしで作るはずはないし、仕組みとして、ジェネラリストである政治家が官僚の代わりに政策を作るという事は必ずしも望ましいとも思わない。そのようなことであれば、政治家の官僚化になりかねないからです。

米国の場合、議会をコントロールしているのは議員のスタッフだという批判があるぐらい政治家が政策を作るのにはスタッフに頼ることは多い。日本の場合、55年体制では、非公式の調整メカニズムの下で政策決定過程において、政治主導は結構あったと思いますが、このメカニズムが崩れたのだから政治家と官僚の関係を変えていかなければなりません。政策を作るべきなのは官僚ではなくて政治家であるべきだというだけではどうにもならないのです。

官僚の役割をより少なくする政策決定システムを作るなら、政治家たちはその政策提言ができる官僚ではないスタッフをどう作るかという事を、より真剣に考えなくてはならないと思います。政治家個人の政策スタッフも少ないし、政党に属するシンクタンクもない。日本の場合、党議拘束が厳しいので、政治家個人の政策スタッフを増やしても、どれほど意味があるか疑問ですが、ドイツのように政党に属する政策スタッフ組織を確立することを検討すべきなのではないかと思います。たとえば政党助成金の一部を政策提言に使われる目的で本部の政策スタッフの給料に限るように法律を改正して、官僚組織とより対等で党が政策提言できるような改革を考えたらどうかと思います。

官僚にありえない重要な役割が政治家にあります。それは選んでくれた選挙民の要望に答える事です。「地元利益」は日本では悪名高い言葉ですが、地元利益を考えないで、あくまでも国全体の事だけを考えて、政治闘争の妥協の産物としてではなく、合理的と称する行政を行う政治システムというのは、政治主導ではなく、官僚国家であると思います。この間、私はマニフェストについて批判を込めた論文をだしましたが、党が政権をとるために何をしたいかという事を国民に見せるのは大事なのですが、マニフェストさえ出せば後は政権をとった政党がマニフェスト通りに与党内の争いもなし、利益団体の抵抗もなし、野党との妥協もなしに、ただ約束を実行するのは非現実的であると思います。日本の政治改革論には伝統的に「反政治」とでもいえる節があって、マニフェスト論で画かれている政治システムには政治そのものが不在しています。

総理官邸と与党の関係をどうするか

総理官邸と自民党の関係の非公式な調整メカニズムも崩れました。今から振り替えて考えると、官邸と与党の調整に大きな役割を果たしたのは、派閥でした。派閥政治をいかにも日本の政治が遅れているという人が多いですけれども、55年体制という時代には、派閥がポジティブな機能も果たしたのです。いわゆる主流派、反主流派があって、主流派の派閥が政権を取れば大臣も党の三役も主流派からとるわけです。戦前からの伝統のようですが、日本の場合、ほかの議会制民主主義国家と違って、政府と与党が対等であるという考え方は非常に根強いです。政党は政権をとっても、与党は与党で政府の政策を受け入れるかどうかを独自判断するという伝統です。ある意味では、アメリカの大統領と同じ政党の上下院議員との関係に似ています。55年体制では、政府と与党の間の横断的な役割を果たしたのは派閥でしたが、その機能を果たせなくなったのです。日本の社会が大きく変化して派閥が弱くなるのは必然的な変化であるし、元に戻る事はできません。

総理官邸と与党の従来の非公式な調整メカニズムが働かなくなったのならば、新しくかつより透明なルールに基づいた調整メカニズムを考える必要があります。それがまだ出来ていないので、官邸と与党の権力の二重構造がますます強くなって、政策決定過程が混乱に陥いるのです。

与党の中から政府が取ろうとする政策に抵抗があるというのは、日本だけで起こる現象ではありません。多かれ少なかれどの国にも見られることです。ただ、総理大臣の自分の戦略チームであるはずの大臣、副大臣、政務官および自民党でいう党三役という与党のトップの役職についている人達の中から政権を批判する声が上がってくるのは、日本独自の問題です。共和党の議会の中からブッシュ大統領の政策に反対があっても誰も驚かないが、もしもブッシュ政権の長官あるいはホワイトハウスの人が反対をしたら、その日に首になるに違いありません。日本の場合、与党の総務会長が総理大臣の選んだ大臣の更迭を求めたり、政調会長が自分の党の総裁である総理大臣と違う政策を提案したりするのは、日常茶飯事のことです。その上、副大臣や政務官を誰にするかと決めるのは総理官邸でもなければ、担当大臣でもない、与党幹事長であると考えると、戦略チームであるはずの人たちがチームになっていないのが今の政権の有様です。

総理官邸と与党の関係をどう改善すればいいのか日本政治改革のなかの最も重要なテーマです。党三役を同時に国務大臣にするという案があるようですが、政府与党の二重権力構造を解消するためには望ましいやり方だろうと思います。大臣であるならば、総理大臣のやろうとすることを公の場で反対して、総理大臣に辞めさせられたら、同時に党の役職を辞めざるを得なくなる。官房長組織の強化、あるいは内閣府の役割の考え直し、総理官邸が政策決定の中心になるためにはどうすればいいのかタスクフォースでも作って具体的な提案を出させることも考えていいかも知りません。

橋本総理大臣時代の行政改革によって、経済財政諮問会議など確かに官邸の中に今までになかったような活発な動きがあり、官邸内から政策提言の出来る仕組みになっていますが、その政策を実行するシステムになっていません。今、日本経団連が政治献金の斡旋をする方向に動いていますが、それはいくら政策提言をしても、それがなかなか政策として実現されないというフラストレーションからでてきた動きであるようです。しかし、政治献金を増やしても、それによって経済界が望ましいと思う政策が実現するとは思えません。フラストレーションの上、今度は経団連自体が「金権政治を促している」と批判を浴びる始末になる可能性は大きいです。

官邸の組織に内閣府と官房長の横のつながりがあり、官邸中心に政策が作られるという発想があって、行政改革が行われたようですが、どうもそれがうまくいっていないようです。その上、官邸と自民党の昔の調整メカニズムが崩れてきて、与党と官邸の対立関係が激しくなり、政策決定プロセスがうまく行きません。官僚と政治家の関係においても、総理官邸と与党の関係にしても、新しい調整メカニズムが求められているわけです。

国対政治は悪だったのか

与党と野党の間にも、55年体制の下では、重要な非公式な調整メカニズムがありました。いわゆる「国体政治」というものです。自民党と社会党の国会対策委員会の委員長、副委員長が密かにあって、国会運営のためにいろいろと取引をしました。その調整メカニズムは見事に非公式なものであって、料亭で集まったりすることが多かったようです。前に、ある代議士から聞いた話ですが、自分が自民党の国体副委員長に指名されて、当時の委員長にどういう準備をすればいいのかとアドバイスを求めたら、「歌を30曲ぐらい覚えろ」といわれたそうです。国体の仕事というのは、カラオケも含めて非公式に野党と付き合うことでした。

日本の社会が変わる事によって、このような料亭政治、国対政治がだいぶ姿を消しました。国体委員長が今でも非公式に会うことは多いようですが、よりビジネスライクになって、一緒に飲んだり歌ったりして、いろんな形でお金まで渡したりする時代が過去のものになっているようです。したがって、今の時代に合った与党と野党の関係、特に野党が政策提言のできるようになるためにはどうしたらいいのかを新しい発想で考えなくてはならないわけです。イギリスの場合、政府が議会内の野党だけのスタッフ費用の支援をしています。その制度を70年代に提案した議員の名前を取って、「Short money」といいます。官僚組織が使える与党に対して、政策提言が出来る健全な野党を支援するためです。日本の場合も、国会を政策の承認する場だけでなくて、政策を作る場としてより活躍できる方法を考えるべきだろうと思います。たとえば、委員会のスタッフを拡大して、学者など民間人をそのスタッフとして導入して、国会をより政策を作る場にすることは考えられます。

圧力団体としての財界のやるべきこと

経済界と政界の関係も大きく変わりました。昔は経団連の会長が「財界の総理大臣」といわれて財界四天王といわれるような方々が日本の経済界全体を代表して政治家とそれこそ非公式な調整をやりながら、影響力を実行しました。

日本の経済が発展して、企業社会の価値観および利益が多様化して、昔のように経済界全体の目標と利益が共通するところがだんだん少なくなりました。「財界」と言う言葉は昔ほど使われなくなっていますし、使われるとしても、その意味は「経済界」と同じで、経済界の共通利益を代表する中枢の人達という意味はほとんどなくなっています。

およそ10年前に経団連が政治献金の斡旋をやめた理由はこういう企業社会の変化にあったわけです。55年体制の下では経団連が企業の政治献金の割り当てを決めて、まとめたお金を党および派閥に渡しました。当時の事情を考えれば、それは必ずしも悪いやり方だったと思いません。しかし、そういうやり方を許した時代が終わったので、経済界と政治の関係を新たな発想で考えなければなりません。

企業が政治献金をすること自体がいいか悪いかいろんな意見があります。イギリスやドイツでは企業献金に何の制限もありません。一応禁止されていますがアメリカもPAC という形で企業が莫大なお金を政界に献金しています。日本の場合も企業が政党に献金していますが、そのこと自体は別に異例ではありません。ただ55年体制が尾を引いていることが2つあります。1つは企業献金のほとんどが1つの政党に集中していることです。55年体制の下で自民党か社会党かという選択でしたので、経済界から見れば何とか自民党政権を守らなければならないと必死でした。55年体制が崩れて、体制対反体制という選択ではなくて、体制内の政党の競争になっているにもかかわらず、日本の経済界は依然として自民党一辺倒になっています。民主党の収入の90パーセントは政府の政党助成金から来るそうです。

もう1つの問題は政治献金の不透明さであります。企業献金そのものはどこからいくらになっているかというのはそれほど不透明ではありませんが、そのお金はどう使われているかが分からないのが今の現実です。企業が政党だけに献金は出来て、個人政治家には献金が禁じられていますが、実際は党に行く献金が支部に行って、その支部長が代議士であって、そのお金が党の活動というよりその支部長である代議士の後援会の活動に使われています。

財界と政界の非公式な調整メカニズムが崩れましたので、経済界、とりわけ日本経団連が政界に影響力をおよばせる方法を新しい発想で考えなければならないわけです。日本経団連が政党の政策評価をするというのは悪いことではないですが、どれほど意味があるか疑問に思います。政治家個人から見れば、経団連に評価されるよりも、選挙区の有権者に評価されるほうが重要なので、いくら経団連が望んでも、選挙民が反対している政策をなかなか支持できません。

日本経団連が政治献金に直接に関係してもあんまり効果的な結果になると思いません。それより経団連がやるべきことは少なくとも3つあると思います。1つは経団連独自のissue campaignをすることです。日本にとって望ましいと思う政策について、テレビ広告も出し、全国の講演会を開いて、米国でいうissue advertisementをいろんな形で行って、国民に理解を求めることです。

もう1つは官僚組織に変わる政策提言が出来る民間シンクタンクを構築することです。経団連に属するシンクタンクに大きなお金を掛けて優秀なスタッフを集めれば、大きな影響力を発揮できると思います。また、ニューヨークのCouncil on Foreign Relations のような独立しているシンクタンクを支援するのも日本経団連にとって今の時代に相応しいやり方だと思います。

3つ目は政治献金の完全な透明性を促すことです。アメリカの場合、政治献金の番犬という役割でいろんなNPOが存在しています。Center for Responsive GovernmentのようなNPOはインターネットサイトで政治献金の状況を詳しく提供しています。そういうNPOの日本版を経団連が支援することを検討すべきだろうと思います。

ところが、日本経団連に会員している企業の利益を考えれば、多分一番重要な改革は選挙においての一票の格差をなくすることです。一人一票というのが衆議院選挙で実施したら、日本の政党政治はより都市住民中心のものになって、経済政策は経団連が臨む方向に変わって行きます。

マナーからルールへ

非公式な調整メカニズムが崩れつつあるのは政治の世界に限る話ではありません。日本社会のいろんなところで見られる現象です。この間、神田の喫茶店でお茶を飲んでいましたら、その喫茶店のまん前に掛けられた縦看板が見えました。千代田区神田警察署がだしたもので右側に大きな赤い字で「マナーからルールへ」と書いてありました。読んでみると、路上の空き瓶のポイ捨てなど禁止されていますという知らせでした。最後に「平成14年11月の法律によって罰則が適用されます」と書いていました。この縦看板は今の日本社会の重要な変化を象徴していると思います。要するに、昔ならいわれなくても、ルールはなくても、慣習として秩序が守られていました。しかし、社会の価値観が多様化するにつれて、透明なルールが必要となるわけです。まさに非公式な調整メカニズムの崩壊です。

これに関連して、もう1つの逸話があります。私が前に東京で住んでいた町内会の話です。2000年の国勢調査のためのアンケートの回収を、前例通り区役所が町内会の世話役に頼みました。ところが、自分の書いたアンケートを見られたくないといってプライバシー侵害だと渡さない人がいました。町内会の世話好きの米屋さんは人のアンケートを読む暇があると思うのかと憤慨しました。またマンションに住む外国人は区役所と直接に話しをするといいました。結局、区役所はこれからいろんなことを町内会に頼むのをやめることにしました。非公式な調整メカニズムの社会の変化、価値観の変化による崩壊です。

日本は確かに「マナーからルールへ」、そしてより透明なシステムの方向に向かっていますが、どうしてもそのトランジッションのときで見ると、その変化が中途半端に見えます。このスピードでこの方向で行けば日本にはうまく制度上の変化が行われるか、それとも中途半端な形が定着して日本のいろんな制度がうまく機能を果たさないままでいくのか、その判断が重要であり大変困難です。

いずれにしても、「マナーからルールへ」ということでいろんな制度が変わりつつあります。ルールがあればあるほど、弁護士や会計士がたくさん必要になるわけで、今日本の教育改革の中で専門職大学院を作るという事は、この根本的な社会変動に対しての対応です。問題はそういう改革の具体的な内容がいいかどうかということです。

今日の話は、日本の政策決定システムついて私の現在の問題意識を申しあげたつもりです。それに対しての皆さんコメントやご意見をお聞きしたいと思います。ありがとうございました。

質疑応答

Q:

コーディネーションプロセスが変わらなければならない問題で、フランスとかドイツも透明性は低いだろうと思うのですが、そういうヨーロッパの国々をどういうふうに見ていらっしゃいますか。

A:

1つは最近の特に若い政治家が外国の例を考える場合、主にアメリカのことをとりあげます。しかし明治時代から日本のいろんな構造に大きな影響を与えたのは、ドイツ、フランス、イギリスであって、それらの国をより参考にすれば、改革のためのさまざまなヒントを得られると思うのです。それに今のご質問にあったように、日本にある問題も多かれ少なかれ他の国にもあるので、その比較はまさに必要だと思います。
透明性が同じぐらいに低いかどうかもっと調べないと答えられませんが、印象としては少なくともドイツとイギリスの場合、たとえば政治資金でいえばその透明度はかなり高いと思います。それに透明性の問題とは違いますが、政党の政策スタッフをどういう風にすればいいとか、野党がより建設的に政策決定に貢献できるためにどうすればいいか、というような問題を考える場合、ドイツの政党組織とかイギリスの議会内の野党の活動などを調べる価値は多いにあると思います。

Q:

どこの国でも記者クラブのようなインサイダーグループみたいなものがあり、実態としては変わらないように思えるのですが、ここ10年来のメディアと政界なり官界なりとの関係はどういうふうに変化して、どういうふうに観察されていますか。

A:

アメリカの場合は、ホワイトハウスに記者クラブのようなものがありますが、ホワイトハウス以外に日本のような記者クラブは存在していません。いろいろな意味で実態はだいぶ違います。ヨーロッパの諸国についてもそうだと思います。日本のマスコミについていえば、今日お話ししました55年体制の下でのパーワーセンターの間の非公式な調整メカニズムはマスコミと政界の間にも働いていました。たとえば、派閥の「番記者」が客観的な立場からだんだんとその派閥の一員みたいなってしまって記者自身が派閥の長を「オヤジ」と呼ぶようなことは良くありました。夜回りして、内緒話を聞かされます。しかしそれを報道したら村八分にされるので報道しないでますます信頼されます。記者たちが集めた情報を政治部長がまとめて、新聞の政局記事になります。バイラインがないので、情報の正確さに誰も責任を待たない。
こういう事情はどれほど変わったでしょうか。その非公式な調整メカニズムは今でも機能しているところがあるのではないでしょうか。政治報道は政策についての報道は少なくて政局の報道は多い。たとえば、去年から近いうちに解散はあるかもしれないという「報道」は何回も流されました。それこそ夜回りなどして記者が聞いた話でしょうが、そういうものを新聞に載せる価値はあるでしょうか。政治面には政局についての噂話は多くて、政策についての報道は乏しいというのはアメリカとかヨーロッパよりも日本の問題は大きいように思います。
最近アメリカのケーブルテレビのニュース番組が話題を呼んでいます。Foxテレビなどが客観性を見捨てて、たとえばブッシュ大統領のイラク攻撃を応援するようなニュースと称する番組を構成します。それに似たような傾向は日本のマスコミにあります。まず改革についての報道です。改革を推進するのは善であって、反対するのは悪であるというのが日本のマスコミ報道に強くある傾向です。いい改革もあれば、ばかげた改革もありうるので、もっとその改革の内容についての客観的な分析があっていいとたびたび思います。マスコミがしばしばブームに乗って煽ることもあります。ちょうど10年前に中選挙区制度を廃止するかどうかという時にマスコミは揃って廃止すべきだというキャンペーンを行いました。中選挙区制度は悪で小選挙区制度は善であるというように、中選挙区制度の長所と小選挙区制度の短所についての報道はほとんどなかったです。今はマニフェストについての報道もそうです。「各党はマニフェストを出します」というニュースは新聞の一面に載る価値があるでしょうか。マニフェストがそれほど意味のあるものであるならば、もっと各党のマニフェストの内容についての詳しい情報があればいいと思います。
マスコミの問題は日本に限らずどの国にもあるものですが、日本特有の問題もあるように思います。記者クラブの問題、バイラインの問題、政策より政局の報道が多い問題など考えますと、日本のマスコミにも変化が求められていると思います。

Q:

ふつうの国では政権交代して、別のシステムを試してみて政治改革が起こりますが、日本では不幸にして政権交代がうまくいかなかったというところに、今のこの混乱し続ける原因があるのではないかという気がするのですが。

A:

おっしゃるとおりだと思います。政権交代がなくて本当の改革が行われる事は非常に難しく、良くても非常に長い時間がかかる。政権交代が起きて民主党が政権をとったとしたら、次の選挙までに何とかいろんな事を実現しなければまた政権を失うと必死になるわけです。自民党も政権に復帰するためにいろいろとやります。今にないエネルギーがでるわけです。94年に細川政権が倒れて羽田政権になったとき、もし社会党を離さないで後半年でも政権を維持したならば、自民党はがたがたになって、政党再編は行われた可能性は多かったと思います。政権にない当時の自民党は水から離れた魚みたいなものでした。日本の政治が大きく変わるチャンスが逃されました。いくらリーダーが改革をやろうと思っても、政権交代なしで党内の意見を調整しながら政権を運営していく事は、非常に限度がある。小泉首相は自民党を変えるか潰すかと言いましたがもともと潰すつもりはなかったと思いますし、潰そうとしたら自分が潰される可能性は大きいです。だから結局政権交代がないのは、日本の最大の問題です。

Q:

今までの小泉内閣の構造改革をどう評価しますか。

A:

1つのトレンドとして日本は改革の方向に向かっているのは、小泉氏で始まったことではありません。橋本政権あるいは中曽根政権にさかのぼるわけです。しかし、小泉さんは改革をスピードアップして、ほかのリーダーならしないだろうと思われるような大胆な改革をやるという期待はありました。爆発的な国民の支持が背景にあった小泉首相はもっと思い切った改革は出来たはずだと思います。
この政権の重大な問題は2つあります。1つは、一番やらなければならない重要なものは何であるかという優先順位がはっきりしないことです。その結果、総理大臣がエネルギーをかける問題が始終変わるという事です。
もう1つはこの政権の戦略が良く見えないこと、戦略チームとして総理官邸はうまく動いていないことです。歴代の総理大臣の中で、小泉首相はカリスマ性が抜群で、一般サラリーマンの気持ちが肌でわかっている自民党では珍しい都市型政治家です。しかし、彼自身がじっくりと政策実現のために戦略を練るようなタイプでもないし、そういう戦略家もそばにいないようです。先ほどお話ししたように戦略チームとして内閣は動かないし、政府と与党の対立関係もあるので、小泉首相がやりたいことはなかなか実現しないです。小泉首相にはもっと思い切ったことは出来たとは思いますが、彼のリーダーシップということよりも政策決定システムそのものの問題が大きいと思います。というのは小泉さんでなくて他の誰かが総理大臣であったならば、もっといろんなことを実現できただろうかと考えますと、リーダーを束縛する日本のinstitutional constraintsのほうの問題が大きいと思わざるを得ません。

Q:

システムが崩壊しつつあるがために官僚が無駄な事に時間を費やし過ぎていますが、価値観の多様化の中で、日本の官僚組織もきちんとしていかなくてはいけないと思いますがどう思われますか。
またブッシュ大統領と本来のアメリカを峻別して、国際主義を唱える人達と今こそ交流をする必要があると思いますが。

A:

官僚組織が「きちんとする」という意味は時代によって変わります。明治時代に作られた日本の官僚制は日本社会の変化とともに十分変わったでしょうか。官僚バッシングは行き過ぎていると思いますし、優れた官僚制度を潰すことはないと思いますが、今の時代に相応しい制度に変えていくために何が必要かと考えるのは当然です。官僚の秘密主義、天下り、政治主導に対してのサボタッジなど問題は山ほどあります。解決の方向に向かって行かなければ、官僚バッシングが激しくなるばかりだろうと思います。
日本の官僚システムについて次の3つのことを強調したいです。その1つは、日本の役人の数は決して多くないということです。日本では大きな政府をより小さな政府にするためにまず役人の数を減らすべきだと思われているようですが、ほかの先進国と比べれば日本の役人の数は決して多くないです。それに、マナーからルールへという変化が進むにつれて、役人の数を返って増やさなければならないわけです。たとえば、大蔵省(現財務省)と銀行の非公式な調整メカニズムが崩壊して、金融庁がルールによっての徹底的な検査を行うなら、当然数の多い検査委員が必要となります。国立大学を独立行政法人にしようとした動機は役人の数を減らすためだったようですが、出発点からいって間違っていると思います。小さな政府を目指すならば、規制を緩和したり廃止したりすればいいのであって、それをしないで役人の数をいくら減らしても小さな政府になりません。
もう1つの問題は伝統的に官僚はbest and brightestの中から選ばれましたが、これからその採用が難しくなるでしょう。今まで高級官僚になる人にはパワーとプレステージと天下った後の収入を計算すれば一生の高収入がありました。しかし、今はそのパワーは低下していますし、官僚のプレステージやモラルも低下しています。天下りのチャンスが少なくなって、官僚を引退した後はどうなるかという不安はあります。ある調査によると、10年前に比べると、東大と京大の法学部で弁護士を目指す卒業生が3倍になって、官僚になろうとする学生が半分になったというような変化が起こっています。東大法学部が独占的な立場を失って、官僚になる人達はほかの大学からもたくさん雇われ、官僚のエリート意識が薄れ、日本の官僚制度はより普通の国のようなものになる方向に向かっていると思います。それが良いか悪いか意見が別れるところですが、まずこの現実を踏まえてこれからの官僚改革をどうするかと考えるべきだろうと思います。
3つ目は、官僚制度よりも政治家のほうが問題だということです。政治主導が十分出来ていないのは官僚組織の抵抗よりも、今日お話しした政治構造の問題のほうがはるかに大きいです。なんでも官僚のせいにすれば、政治家は責任を取らないですむものですから、政治家自身が官僚バッシングの先頭に立っています。バランスの問題ですが、日本の政治家はきちんとすれば官僚もきちんとするようになると思います。
2番目の質問なのですけれども、ブッシュが大統領だからアメリカの外交はこうなっていると日本では思われているようですが、9・11のテロ事件がアメリカの意識を変えたので、スタイルを別にして、外交、防衛の基本は来年の大統領選挙で民主党の候補者が勝っても大きく変わると思いません。抑止力はテロを防ぐことは出来ないので、場合によって先制攻撃は必要であると民主党、共和党問わず広く信じられています。アメリカはテロと戦争をしているという意識であるということを理解する必要はあります。戦時下のアメリカにとっての同盟国というのはアメリカとこの戦争で方法は別としても、一緒に戦うのは当然だとアメリカ人は思います。小泉首相がブッシュ大統領のイラク攻撃を支持したのは、民主党のリーダーたちにも評価されています。9・11がアメリカを変えたということです。
ただ、この政権は他の国と相談したり、国際機関を使おうとしたりしないで、なんでも一方的に決めようとするのが特徴であって、民主党政権であるならば、スタイルが違うかも知れません。フランスやドイツを「古いヨーロッパ」といって、イラクにおける国連の役割の拡大を望まないなど私自身は批判することはたくさんありますが、大量破壊兵器、テロ攻撃からアメリカを守れるために軍事力も使って戦わなければならないという基本意識は多くのアメリカ人の考え方であって、「ブッシュ大統領だから」ということではないと思います。
日本の国益にとってアメリカと密接な良い関係を持つのは不可欠なものであって、そのために小泉首相は努力していることを評価します。しかし米国と密接な関係を持つことはより大きな外交の枠組みの中であるはずですので、その枠組みというか外交ビッションが十分説明されていると思いません。それがなくて、ただ米国と仲良くすることが国益であると見られると、日本はアメリカに追随していると思われるわけです。それは日本にとっても、アメリカにとっても、望ましいことではないので、もっと日本の指導者たちが日本の外交についての考え方をより詳しく語るべきだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。