TPP11を読む

川瀬 剛志 ファカルティフェロー

TPP11の署名-もう1つの「3月8日」-

3月末のことだが、各紙は麻生財務大臣が国会で「日本の新聞にはTPP11について一行も載っていない、森友の方がより重大だと考えている」との趣旨の発言を行ったと報じた(後に本人が訂正)。その適否はさておき、通商法を専門とする立場からは、このコメントは今のTPP11が置かれている状況をあまりに的確に言い表しているので、正直苦笑を禁じ得なかった。同じ通商問題でも、TPP11の署名と同じ3月8日に発動が決まった米国の鉄鋼・アルミ製品に対する1962年通商拡大法232条措置の発動やその後の対中1974年通商法301条発動をめぐる一連の通商紛争の陰に隠れ、驚くほど報道量は少ない。

それでも、このTPP11-正式には「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP)-の署名に至ったことは、国際経済法史の大いなる里程標であることは間違いない。ではこのTPP11では一体何が決まったのだろうか。

TPP11はTPP12と何が異なるか?

TPP11はTPP12とは法的には全く別の条約として成立している。TPP11の本文自体は僅か7カ条と附属書が1本、その他の規定については、CPTPP協定1条がTPP12の条文が「必要な変更を加えた上で、この協定に組み込まれ、この協定の一部をなす」と規定している。よって、TPP11は原則としてTPP12の条文をほぼそのまま「コピペ」することで出来ているが、いくつかの重要な違いに注意しなければならない。

第1に、CPTPP協定1条はTPP12の加入・脱退等に関する4カ条を除外している。これはTPP11とTPP12がそれぞれ異なる条約である以上、前者には前者固有の運用規定が必要となるからである。

第2に、適用が停止されている条文がある。CPTPP協定1条は上記の4カ条以外を全てTPP12から組み込んでいるが、その上で同2条は附属書に列挙した条文についてはその「適用を停止する」と規定する。

これらの条文を整理すると、以下のようになる。

表1:TPP11に組み込まれないか、適用停止されるTPP12の条文
表1:TPP11に組み込まれないか、適用停止されるTPP12の条文

この結果を見ると、まず投資章および知的財産章での適用停止が目立つ。投資章の適用停止は、たとえば資源採掘やインフラ建設・運営(空港、高速道路等)のコンセッション契約を締結した投資家は、相手国政府に契約違反があっても、その違反が同時にTPP投資章の義務への違反でないかぎり投資家対国家間紛争解決手続(ISDS)に訴えられない。これは投資家保護の観点からは一歩後退になる。知的財産章では、TPP12交渉の最終段階で米豪間の激しい対立を生んだ生物製剤特許の保護やミッキーマウス延命策とも揶揄される著作権保護期間延長(作者の死後70年)など、もっぱら米国の強い関心を反映した条項が停止された。米国不参加のTPP11では締約国はこれらを維持する動機に乏しい。

他方で、電子商取引、国有企業、労働、環境といった新しい分野を規律する章はほぼ無傷であることは評価に値する。これらはTPP12におけるWTOプラスの先進性を名実ともに象徴する章であり、その実質が維持されたことによりTPP11は依然として今後の通商協定の「ひな形」としての価値を失っていない。

第3に、より技術的な論点だが、CPTPP協定1条はTPP12の条文を「必要な変更を加えた上で」組み込む、としている。たとえばTPP協定1.3条によれば協定中の「この協定」の語はTPP12を指すが、TPP11に組み込まれた以上、ここはCPTPPを指すと読み変えないと不都合になる。また、TPP12の条文は米国の参加を前提にしているため、協定の随所に米国に固有の条文や付録がある。たとえばTPP協定の4つの附属書には米国の留保表が掲載され、また各国関税譲許表には米国向け税率欄があり、日米自動車合意(附属書2-D付録D-1)のような米国固有の約束もある。これらは全て無視しなければならない。

サイドレターはどうなった?

TPP12には本文や附属書のほか、特定締約国間で交わされた100本を超す交換公文(いわゆるサイドレター)が添付されていた。日本が締結したものについては、以下のような取り扱いになっている。

表2:TPP11における我が国のサイドレター
表2:TPP11における我が国のサイドレター

まず①については、今回TPP11で新たに締結したサイドレターである。TPP11の最終段階で問題になったカナダとの文化に関する合意もここに含まれる。また、日加の自動車非関税障壁書簡については、カナダは日加自動車付録(附属書2-D付録D-2)2条で最恵国待遇により日米並行交渉文書の内容を均霑されることになっていたが、元々の日米レターがTPP11に引き継がれないので、類似の内容を改めて日加で合意したものと理解できる。

②については、TPP12の合意に際して交換したものと同内容のレターを、改めてTPP11の下で交換したものである。形式的な変更のみで、実質的な内容は同じである。

③については、(a)は米国がTPP11の締約国でない以上継承されないのは当然のことだが、(b)については個別の事情による。たとえば著作権保護期間(戦時加算)に関するそれぞれ豪・加・NZとの書簡については、関連条文(知的財産権章18.63条)が適用停止されるので、合意内容自体も意味を失ったものと理解できる。

協定の見直し

TPP11は、米国がTPP12に復帰して後者の発効が見込まれるか、あるいは米国の復帰が絶望的になった場合など、必要に応じて見直しが行われる(CPTPP協定6条)。この点に関連して、我が国の乳製品のTPP輸入枠や牛肉・豚肉のセーフガードの発動基準が米国加入を前提に設定されており、これを引き下げるべきではないかとの問題意識が農業界にある。こうした問題もこの見直し規定による検討の対象となろう(日本農業新聞1月25日)。

批准・受諾、国内実施、および効力発生

今後11カ国は TPP11の受諾・批准および国内実施のプロセスに入るが、うち6カ国が受諾・批准すれば、発効する(CPTPP3条)。TPP12のようなGDP要件ははない。

我が国の場合、TPP12は既に平成28年臨時国会で承認されたが、法的には別協定であるTPP11にも別途国会承認を要する。他方、関連する国内法改正については、既にTPP12の国会承認時にTPP整備法が国会を通過しているので、実質的に終了している。よって、今回TPP11の国会承認にあたり実質的な国内法改正は不要だが、TPP実施法の一部改正が必要になる。このための法案(TPP整備法改正法案)がTPP11承認案と共に3月27日に閣議決定されている。

TPP整備法改正法の中心は、TPP12の発効日になっているTPP実施法の施行日(同付則1条)をTPP11の発効日に修正することにある。ただしTPP上のセーフガードにより廃止予定の牛肉セーフガード(関税暫定措置法7条の5)は、主要牛肉輸出国の米国がTPP12から抜けたため維持されることになり、この部分の施行日だけは依然としてTPP12発効日のままである。他方、今回のTPP整備法改正法案では著作権法および特許法のTPP整備法による改正の施行日もTPP11発効日としており、我が国はこの部分については適用停止条文の義務でも実施することになる(たとえば、著作権保護期間の延長(18.63条)、アクセスコントロール回避規制(18.68条)など)。

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昨年4月26日付のコラムにおいて、筆者はTPP12の暫定適用によってTPP11を実現し、そのためには大幅な祖父権(あくまで現行の各国国内法に抵触しない範囲でのみ国際協定の義務を実施すればよいこと)を認めるべきだ、と論じた。それから1年も経たず、ほぼ無傷のままTPP12を生かしたTPP11の誕生に至ったことは、遥かに筆者の予想を超える進展だった。こうしたTPP11の署名は、システム全体にとっても重要な意義を有する。筆者が3月29日付のレポートで指摘したように、米国の一方主義により、今WTOによる国際通商の法の支配は動揺している。こうした状況下で署名に至ったことは、アジア大洋州の主要国が新たな自由貿易体制を保障するルールにコミットすることで、依然として国際通商体制における法の支配を強く支持するメッセージとなった。

トランプ大統領は先週12日に再交渉を条件としたTPP復帰の検討をツイートしたが、日本時間19日早朝の日米首脳会談では改めてTPPより日米FTAを望ましいとする意向を明らかにした。他方、安倍総理は今後も米国のTPP復帰に優先順位を置く。新たな日米交渉は、日米経済対話(麻生=ペンス)の下部組織として、今後茂木経済再生相とライトハイザー通商代表の間で行われる。こうした状況に鑑みると、今後の日米交渉を優位に進めるためには、わが国としては既定路線どおりTPP11の早期発効を目指すことが望ましいことに変わりはない。早期の国会通過が望まれる。

参考文献

2018年4月19日掲載