フェローコンテンツ: 社会システムデザイン研究会

インタビュー:研究会発足にあたって
「豊かなる衰退」 - 逆説の日本再生論

横山 禎徳
上席研究員(2002年7月-2004年3月まで在職)

RIETI編集部:マッキンゼー・アンド・カンパニーで27年間に渡り、メーカーや各種金融機関、サービスセクター企業に対し、コンサルタントとして戦略の立案、実施を始めさまざまなアドバイスを行ってきた横山さんですが、企業経営の現場を離れ、今後RIETIでどのような研究をするご予定でしょうか?

横山:2年程前にマッキンゼーで「日本の生産力の問題を生産性という視点で考える」プロジェクトを行いまして、その時に日本が抱える問題について作り上げた視点があるのですが、その研究をRIETIでさらに進めたいと思っています。日本は構造改革といいながら、実は何を変えればいいのか全然コンセンサスがない。日本が良かった時代、経済成長していた時代を回復させようという見方があります。アメリカが80年代に落ち込んで、90年代に立ち直ったものと同じイメージで考えている人たちです。しかし基本的に日本とアメリカは条件が違います。日本は今後人口が減り、高齢化が進み、国民の半分は50歳以上になる。そういう条件の中で、どうこの国を組み立てるかという話をしないと。

今の日本は歴史上最も豊かです。そのためいろんな問題が見えていてもしゃにむに頑張るようなふんばりがきかない。だから私は日本の改革のビジョンとして「豊かなる衰退」を提唱しています。衰退といっても歴史にあるような悲劇的な衰退とは違う。日本の個人金融資産は1400兆円といいます。1994年には1100兆円だった。日本の株価が低迷しているにも関らず毎年50兆円増えているんです。50兆円というと韓国一国の個人金融資産分です。そのくらい日本は巨大で豊かな国なんです。豊かさはふんばりがきかないという意味では悪いですが、豊かであるということの底力はすごいですから、そこを活用すればいい。

「豊かなる衰退」を実行するための3つの定義

RIETI編集部:具体的には豊かさをどのように活用していけばよいのでしょうか?

横山:大きく分けて3つあります。

  • 1)一人二役にする
  • 2)短期滞在人口を増やす
  • 3)「日本」という発想をやめよう

まず、一人二役というのは、2カ所居住を指します。そのためには週休3日制を導入すべきです。週休3日になれば子供を育てながら働くのに主婦がすごく楽になります。また、3日休めれば消費が増える。たとえば東京に4日住み、3日は仙台に住むといった人が増えれば、家具や電気電子製品も倍の数が消費されるわけです。

その上、生産性もあがる。日本のホワイトカラーは比較的のんべんだらりとルーティンな仕事をしている。仕事内容の90%は定型業務。流れているものは同じじゃないが、流し方や処理の仕方は決まっている。しかし時間の最小単位が分、秒ではなく、時、ひどい場合は一日であったりする為に生産性が低い。週休3日制は、給料を減らされたくなければ、いままで5日かかってやっていたことを4日でやりなさいというだけのこと。そうすれば20%は生産性が向上する。ホワイトカラーの生産性は上がり、働く主婦を含めて消費は増えてとこんないいことはないですよ(笑)。また、キャリアを追求する女性が出産できるようになり、女性の就業・出生率のバランスもとれていく。私はこの一人二役案をとことこん進めるつもりです。今後はデータで裏付けていかなければならないですが。

次に短期滞在人口の増加ですが、私は日本は「観光立国」になるべきだと思っています。アメリカは年間5千万人の外国人を受け入れており、外国人観光による収入が10兆円もある。それに比べて日本は国内観光が限界にきている上、外国人観光客は440万人しか来ていない。日本でも外国人観光客を中国人、韓国人を中心に3千万人ぐらいまで受け入れるシステムを作るべきです。観光立国になれば、高齢者の雇用にもつながります。ITなどに疎くても、日本の伝統を知っている土着性が強い人が役に立つわけですから。

単なる観光から日本へのエゴ・インベストメントが広がる可能性がある。たとえば、フランスのワイナリーを買うと大体損をします。けれどもみんな持ちたがったりします。経済的なつじつまは合わないんだけれど、それを持っていることがステイタスであり、エゴが満足するからです。ハワイの別荘を持っています、マンハッタンにビルを持っていますというのも一緒。それと同様に、アジアの成功者のエゴ・インベストメントの先は日本だという土壌を創る。日本はアジアの中で嫌われている部分もあるけれど、深層心理の中で憧れられ、好かれている部分もある。日本に不動産を持っていることが中国人のお金持ちにとって格好いいということになればいい。

最後に日本という発想をやめるですが、まず国境というのは日本の様な島国を例外として、自然に決まるものではない。グローバリゼーションという考えの補完概念になるのはリージョナリズムなんです。「国」は対立概念です。ジェーン・ジェイコブスという経済学者が著書の中で「経済のナチュラル・ユニットというのは都市である」と書いていますが、都市経済が自己生成していくわけで、国家という人工的境界で経済政策を行うのは効果がない。人工的であるという意味で道州制も答えにならない。ナチュラルエコノミック・ユニットは地域経済圏だから行政区画を越えて、いろんな形で交通を便利にする等、自然な発展形を支える施策を考える。一極集中がいけないという議論も何がいけないのかよく吟味すべきです。

日本の首都圏の人口四千万人を安全に維持するために都市の構造を考え直すという発想の方が前向きです。たとえば「グレイター・トーキョー・メトロポリタン・カウンシル(拡大首都圏協議会)」というような組織を作って、市町村や知事が地域の発展に積極的に参加していくことも必要でしょう。

中国は脅威でも好機でもない

RIETI編集部:お話を伺っていると、「豊かなる衰退」を実現した日本は、これまでの日本とはかなり違う成熟した国という印象を受けます。昨今では日本のものづくりの分野が衰退するのではないかといった懸念も示されていますが、そこら辺はいかがですか?

横山:日本人はナノテクノロジー振興なんて言われなくてもやるんですよ。最先端技術に関しては日本は必死でやりますから。日本から工場がなくなっているという心配がされていますが、メーカーの従業員のうち、工場労働者が占める割合は少ない。

はじめから工場労働者以外の人が多い国なんです。製品にしても設計・デザインやサービスの付加価値の方が重要になっている。本当のブルーカラーの中に存在する技術、あるいは伝統は確かにあります。それを失うことに関しては、意識すれば失わなくてすむ。重要なのは「メイド・オンリー・イン・ジャパン」といわれる部品等のすそ野を失わない事です。マスコミは勉強もしないで「ものづくりは消えていく」と騒いでいます。設計や立ち上げ工場は日本に残ります。韓国のサムソンだって日本の電子メーカーのノウハウを使っていますし、一体何をもって空洞化したというのかをもっと明確にし、どういうところを抑えておけば空洞化しないで済むかを冷静に考えれば良いだけです。

私はそれよりもみんながやりそうもないことを提案していきたいですね。中国人は目を輝かして働き、国は発展していくでしょうが、失うものがいっぱいでてきますよ。まず、緑を失うし、物質主義になって心が荒廃する。日本はいいですよ緑がいっぱいで(笑)。東京と上海は2時間半の距離です。これは非常にラッキーです。日本は中国人が心を癒す場所になればいい。北海道のような景色は中国にはないから魅力的なはずです。ゴルフ場やスキー場はいまに中国人でいっぱいになるでしょう。それを「いいじゃないか」と受け入れる土壌を作っておく。日本は1400兆円のうち少なくとも100兆円くらいはアメリカ経由で中国に投資し、投資リターンを得ることもできる。「中国は脅威だ、いや好機だ」という議論は一辺倒のなだれ現象になりやすい。そういう単純な議論ではない補完関係があると思います。

最終的な社会システムのデザインがこの国のある機構の中に作られることが必要

RIETI編集部:非常に独創的でスケールの大きい問題提起だと思います。RIETIにはイノベーションですとか、中国関係ですとか、さまざまな研究クラスターがあります。それらを繋ぐもの、それぞれが目指しているものが合体した時にどういう世の中になっていくのかをこの社会システムデザイン研究会で示していただけたらと思うのですが。

横山:そうですね。専門性がある人が当然必要です。しかし、世の中には専門家か素人か2種類しかいないのかと。私は中間にもう少し素人的な人が居て、素っ頓狂なことをいうという事が欠けていると思います。日本では同じ分野の人が繰り返し同じ事を議論している。もっといえば、彼らが持っている達成目標や名誉心も同じです。発想を拡げるには少し外した意見が必要だし、それを聞くだけの度量も必要です。私はヨーロッパ中世の王室にいた、王様をハっとさせるアルルカン(道化師)的な役割を果せたらいいなと思いますね(笑)。

それから私はもともと建築を専攻していたということもあり、政策というよりも社会システムデザインに興味があります。最終的な社会システムのデザインがこの国のある機構の中に作られるといったことが達成できればいいなと思っています。それを実際に行うのは国であって、私自身ではありませんが。私はそういう流れの中で新しい「市場」を作ってみたいですね。それが豊かさの活用の4番目の項目になるでしょう。「市場」もデザインです。野菜の朝市のような単純なものも、「四日ごとに集まろう」と決めないと四日市にならない。市場と社会システムが設計、実施されてはじめて「豊かなる衰退」が完成されるのです。壮大な計画ですから、30年くらいかかるでしょうが(笑)。

取材・文/編集担当 谷本桐子

2002年7月23日

RIETIから

お読みいただきました通り、横山氏の取り組まれる研究は非常に広範ですが、当研究所では、RIETIの研究テーマの1つである「雇用・労働」問題をシステムとして捉え、これからの「社会システム」をデザインしようと試みます。

今後は、RIETI研究員と横山氏の座談会を行うとともに、横山氏がデザインする「社会システム」をオープンな形で発表して行く予定です。

2002年7月23日掲載

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