1. 新型コロナワクチンはどこからきているのか
異物の混入が見つかったモデルナ 製の一部のワクチン使用の中止が厚生労働省から2021年8月26日発表された。報道によれば、異物の混入が疑われるワクチンはスペインのロビ社で製造され、日本に輸入されたものとのことである(日本経済新聞社, 2021年8月26日)。本稿では、新型コロナワクチンの輸入の状況を明らかにし、スペインからの輸入がどの程度あるのかを示す。
2. 貿易統計から見たワクチンの輸入
ワクチンの輸入状況は、財務省貿易統計より月次で把握できる。どの国からワクチンを輸入しているのかは、財務省貿易統計の品別国別表からわかる。本稿執筆時点(2021年8月30日)では、2021年7月のデータまでが公表されている。
貿易統計において、新型コロナワクチンは輸出入統計品目番号(HSコード)300220000「人用のワクチン」に分類されると考えられるが、この人用ワクチンには、新型コロナワクチン以外の種々のワクチンが含まれる。こうした限界があるが、図1に示されているように、2020年に比べて2021年は貿易額が大幅に増加している。2020年は月次で20〜60億円程度の輸入額であったのに対して、2021年3月以降は3月209億円、4月770億円、5月1263億円、6月787億円、7月943億円と月次で200億円以上の輸入額となっている。そのため、現在の人用ワクチンの輸入額の大部分は、新型コロナワクチンとみなしても良いだろう。ワクチン輸入は3月以降5月まで順調に増加したが、6月、7月は輸入額が減っている。この背後には後述するように6月にベルギーからの輸入が、7月にアメリカからの輸入が急減したことが影響している。
なお輸入「量」で見ると、2020年に比べて2021年に急激な増加傾向が必ずしも観察されない。これは、新型コロナワクチンが高価である一方で、軽量であることを反映していると推測される。
3. スペインからのワクチンの輸入
貿易統計によれば、2021年1月から7月までの日本の人用ワクチンの輸入は主にベルギー(58.9%)、アメリカ(18.3%)、スペイン(16.4%)、アイルランド(3.1%)、ドイツ(1.9%)、フランス(1.3%)の6カ国からである。その他の国は無視できるほどシェアが小さい。スペインからの輸入は3位に位置する。輸入額で見ると、日本の人用ワクチンの輸入額はベルギー2413億円、アメリカ751億円、スペイン673億円、アイルランド126億円、ドイツ79億円、フランス55億円となっている。7月の時点で今年の人用ワクチンの輸入額は既に巨額である。
スペインからの輸入は、モデルナのワクチンのみと推測される。というのも、Bown and Bollyky (2021) によれば、表1に示すように、2021年6月末時点で、ファイザーのワクチンの最終工程はアメリカ、ベルギー、ドイツ、フランス、スイス、イタリアの6カ国でしかなされていないからである。また、アストラゼネカのワクチンの原液3000万回分は2021年3月までにアメリカから全て輸入し、残り9000万回分を国内で生産すると報道されている(朝日新聞, 2021年4月1日)。
一方、モデルナのワクチンの最終工程はアメリカ、スペイン、フランス、韓国の4カ国で行われている。この情報に基づけば、ベルギーからの輸入はファイザーのみ、アメリカからの輸入はファイザー/モデルナとアストラゼネカ、スペインからの輸入はモデルナのみ、と推測される。
日本がワクチンを輸入しているのは主にベルギー、アメリカ、スペインであることが分かったが、この3カ国から何回分のワクチンを7月までに輸入できたのであろうか。報道によれば、アストラゼネカのワクチン1回分は450円程度(朝日新聞2021年3月16日)、ファイザーとモデルナのワクチン1回分は2000〜2800円程度とのことである(日本経済新聞社, 2021年8月26日、テレ朝news2020年11月11日ほか)。
この数値を参考にワクチンの価格に仮定をおいて、かつ人用ワクチンの輸入額が全て新型コロナワクチンであることを仮定し、表2の通り7月までの新型コロナワクチンの輸入調達量を推定した。ここでの仮定のもとでは、この3カ国からの輸入だけで7月までに1億6千万回分以上のワクチンを日本政府は調達した可能性がある。2回接種が必要であることを考慮すれば、8000万人分程度のワクチンと言える。この他に、アストラゼネカのワクチン9000万回分を国内で生産する予定と報道されている(朝日新聞, 2021年4月1日)。
アメリカからのワクチンの輸入が7月に大きく減少しているが、スペインからの人用ワクチンの輸入は2021年4月から7月まで一貫して増加してきたことが、図3よりわかる。アメリカから供給されるワクチンの減少をスペインからの輸入が埋めていた可能性がある。スペインからの輸入を仮に全て停止すれば、モデルナ製のワクチンを用いる日本の職域接種は甚大な影響を受けるであろう。なお、ファイザーのワクチンを供給していると見られるベルギーからの輸入は、6月に大きく減ったが、7月に再び増加している。
4. 世界のワクチン輸出
各国が報告した数値をもとに国連が公表している国連貿易統計(月次)によれば、世界全体で見ても、スペインからの人用ワクチンの輸出額シェアは大きいと推測される。2021年8月時点で国連が公表している世界全体の人用ワクチン輸出額110億ドルのうちスペインの輸出額は6.3億ドルであった。国により国連への報告が遅れているため、不完全で暫定的な計算になるが、図4に示すように2021年1月から5月までの人用ワクチン輸出額公表値にスペインの輸出額公表値が占めるシェアは5.8%ほどである。
5. ワクチン生産のサプライチェーンと今後の課題
新型コロナワクチンの生産は国境を越えて行われている。Bown and Bollyky (2021) によれば、2021年6月時点で、モデルナのワクチンの場合、アメリカ、スイス、フランスの3カ国で生産された原液が、アメリカ、スイス、スペイン、オランダの4カ国で製剤され、アメリカ、スペイン、フランス、韓国の4カ国で充填と仕上げがなされている。
日本は、このモデルナワクチン生産の国際分業に参画できていない。そもそも日本のワクチン生産能力は十分とはいえない。薬事工業生産動態統計調査(厚生労働省)のデータから計算すると、2019年の日本のワクチンの国内生産比率は、61.2%である。海外から主成分の多くを輸入して製剤したワクチンを除いて計算すると、日本のワクチンの国内生産比率は、48.1%である。ワクチンの需要が高まっていることを踏まえれば、ワクチン生産能力を引き上げることは重要ではあるが、すぐにはできないかもしれない。安全性の確保のために、まずは最終の充填・仕上げ工程だけでも日本も参画できるよう検討すべきではないだろうか。
データ開示
分析の基礎となっているデータは、ここで公開しています。