コンテンツの貿易について

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト

映画・テレビ・ラジオ・音楽サービスの貿易

本稿では、いわゆる「コンテンツ」の貿易について現状を紹介し、政策の在り方を議論していくが、特に映画サービス、ラジオ・テレビサービス、音楽サービスを含む「視聴覚関連サービス」に焦点を当てて議論を進める。「コンテンツ」というカタカナ英語は、映画、アニメーション、放送番組、音楽、ゲームなどさまざまな文化的創造物を包含するものとして使用されている。この「コンテンツ」に、貿易統計分類において最も重なりが大きいのが、視聴覚関連サービスである。そのため、本稿は、限られた紙幅の中で、視聴覚関連サービスに焦点を当て、論じていく。

視聴覚関連サービスの貿易

一般に「サービス」の貿易データは、「モノ」の貿易データに比べて把握が難しく、それゆえデータの整備が遅れており、視聴覚関連サービスの貿易データも入手が容易ではない。本稿では、他のデータベースに比べて視聴覚関連サービスの貿易データが詳細に含まれている世界貿易機関のTrade in Services Annual Datasetを以下の分析に用いる。このデータによれば、2012年に視聴覚関連サービスの輸出額上位10位にランクインしていなかった日本が、2022年には辛うじて10位にランクインしている。

隣国の韓国と比べたのが、図1である。視聴覚関連サービスにおいて、2006〜2016年の10年間に、常に韓国が日本を上回る輸出額を記録している。しかし、その後、 2017年や2019〜2021年のように、日本の輸出額が韓国の輸出額を上回る年もある。視聴覚関連サービスの輸出において、近年は日本が韓国にまったく太刀打ちできないというような状況ではない。一方で、日本のシェアは、 2006年に0.5%だったのが、2022年には3.2%と上昇しているとはいっても、世界市場での存在感は米国に比べるべくもない。視聴覚関連サービスの貿易において、米国は、2006年から2022年にかけて、58.3%から44.9%へとシェアを大きく低下させたが、圧倒的なシェアを占め続けている。

図1:日本と韓国の視聴覚関連サービスの輸出(2005~2022)
図1:日本と韓国の視聴覚関連サービスの輸出(2005~2022)
出所)世界貿易機関「Trade in Services Annual Dataset」のデータから筆者作成。

日本は、海外からの視聴覚関連サービスの流入に寛容であったが、フランスやカナダ、オーストラリアなどは、米国からの映画やテレビ・ラジオ番組、音楽の流入に敏感であった。図2に示すように、視聴覚関連サービスの輸出が上位輸出国に集中する傾向は、2006年、2012年、2022年と年を追うごとに弱まっている。

図2:視聴覚関連サービスの世界輸出額の順位と累積シェア
図2:視聴覚関連サービスの世界輸出額の順位と累積シェア
出所)世界貿易機関「Trade in Services Annual Dataset」のデータから筆者作成。

Netflix における日本語作品の現況

視聴覚関連サービスについては、規模の経済が働きやすい(田中、2016)。例えば、映画を例にして説明しよう。映画の制作費用は巨額である一方、いったん制作した映画を複製し、より多くの視聴者に供給する際にはそれほど追加的な費用がかからない。この性質のため、国内に多くの消費者を持つ大国は映画の平均費用を下げやすい。自国市場が大きな国は、規模の経済が働く財の生産を自国消費量以上に生産する「自国市場効果」が働くことが知られている。米国のような英語国は、事実上自国のみならず、英国やカナダ、オーストラリアなどの英語国の市場も「自国言語市場」として、自国映画の消費を期待できる。自国市場効果は、映画など視聴覚関連サービスにおいては、「自国言語市場効果」として強く働くことが予想される。

そういう意味では、基本的に日本語で制作が行われる日本の視聴覚関連サービスはもともと不利な状況にある。有料会員制動画配信サービスNetflixは、2023年に初めて、上半期(2023年1月〜6月)の作品ごとの視聴時間のデータ(注1)を公開した。Netflixが公開しているデータでは、作品ごとに、その作品がグローバルに配信されているか、地域限定で配信されているかも分かる。筆者はGoogleが開発した言語識別のためのニューラルネットワークモデル(CLD3)を用いて、作品タイトルから作品の言語を特定する作業を行った。その結果を基に、図3は、Netflixで日本語作品がどの程度視聴されているのかを示したものである。図3の左側のパネルで示されたタイトル数で見ると、日本語の作品は、もともと地域限定で配信されるものが圧倒的に多く、グローバルに配信されているものが少ない。図3の右側のパネルで示された視聴時間で見ると、日本語作品の視聴時間の大半は地域限定配信の作品で占められている。日本語の作品のこの状況は、英語や韓国語の作品の視聴時間の大半がグローバルに配信されている作品で占められているのとは逆である。

図3:Netflix の作品言語別のタイトル数と視聴時間
図3:Netflix の作品言語別のタイトル数と視聴時間
出所)Netflix (2023) “What We Watched: A Netflix Engagement Report” のデータから筆者作成。

今後の政策課題

日本(語)の作品がグローバル展開できていないのはなぜか。それはすでに指摘したように、英語と比べたとき日本語という言語の話者が少ないことに起因する費用構造の問題がもちろんあろう。また、芸術文化の世界は独占的な支配力を持つプレーヤーが発生しやすい。そうした構造の下で、芸術家の人格が十分に尊重されていないこともグローバル展開の妨げである。人権侵害の懸念があるものは世界で通用し得ない。芸術に携わる人の人権を守る政府の強い姿勢が作品のグローバル展開の前提条件になる。

経済学者のJ.M.ケインズは、「アームズ・レングスの原則」を旨とする英国の芸術評議会の創設に関わった。この原則は、芸術の中身には口出しせずに芸術を支援するという、付かず離れずの政府の姿勢を表す。いわゆるコンテンツについても、政府は、市場環境をフェアにする黒衣に徹するべきであろう。

脚注
  1. ^ Netflix (2023). “What We Watched: A Netflix Engagement Report,”
    https://about.netflix.com/en/news/what-we-watched-a-netflix-engagement-report (2023/12/25アクセス)。
参考文献
  • 田中鮎夢 (2016)「文化的財の国際貿易: 課題と展望」『文化経済学』 13(2)、29-39。

2024年3月18日掲載