あなたは何割年収が高ければ外資系企業で働きますか?

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト

伊藤 萬里
リサーチアソシエイト

神事 直人
ファカルティフェロー

はじめに

日本において外資系企業の平均的な賃金は内資系企業に比べて高いことが分かっている。事業所や労働者の特性を考慮しても輸出や外国直接投資をしていない内資系企業に対する外資系企業の賃金プレミアム(割り増し賃金)は21~31%とかなり大きい(Tanaka, 2022)。なぜこれほど高い賃金を外資系企業は払っているのだろうか。その1つの要因として、雇用継続への不安などから外資系で働くことに抵抗感があり結果として外資系企業で働きたいと考える労働者が少ないことが考えられる。実際のところ、日本の労働者はどの程度外資系企業で働くことに抵抗感を持っているのだろうか。本稿は、経済産業研究所(RIETI)が実施した一般市民へのアンケート調査に基づき、この問題を検討する。

外資系企業で働くことへの抵抗感

日本の労働者が外資系企業で働くことに抵抗感を持つ理由はいくつかある。1つは、自分が働いている会社がある日突然日本から撤退することになり、職を失うことへの不安である。もう1つは、雇用慣行の違いが挙げられる。日本の大企業は「終身雇用」(労働者の1つの企業への長期勤続)「年功賃金」「企業別労働組合」によって特徴づけられる日本型雇用慣行と呼ばれる欧米と異なる雇用慣行を維持してきた(川口, 2017)。終身雇用や年功賃金を好む労働者は、外資系企業で働くことに抵抗感を持つ可能性はある(注1)。

調査概要

RIETI「直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究」プロジェクトでは、日本の対内直接投資が諸外国に比べて低水準である原因を探るべく、2021年6月15日から27日にかけて、調査会社を通じて、対内直接投資に対する心理的抵抗感についてオンライン調査を実施し、定量的な分析を行ってきた。すでにその成果は、Ito et al. (2022)、Tanaka et al. (2022) として公表している。

上記調査は、回答者が外資系企業で働くことに抵抗感を持っているのかどうかについても質問を実施している。本稿はその回答結果を分析し、紹介するものである。なお、調査対象者は、調査会社とそのパートナー企業に登録している日本全国の18歳から79歳までの男女である。調査対象者の性別、年齢、居住地域が、2015年の国勢調査の人口構成に近くなるように設計している。本調査の回答者数は4,868人であるが、本稿では、外資系企業で働く意思を問う設問を分析するため、18歳から60歳までの回答者3,377人に絞って分析を行う。

集計結果

本稿で用いるのは「あなたは、新たに日本企業もしくは外資系企業で正社員として働かないといけなくなったとします。勤務地はいずれも日本です。日本企業よりも年収(税引き前)が何割高ければ外資系企業で働いてみたいですか。」という設問に対する回答である。その結果は、図1に示す通り、3割以上年収が高ければ外資系企業で働くという回答が33%を占め、最も多かった。次いで、年収が高くても外資系企業で働きたくないという回答が29%を占めた。このように、回答者の過半数が、外資系企業で働くことに強い抵抗感を持っていることが明らかになった。

図1:何割年収が高ければ外資系企業で働きますか(18~60歳)
図1:何割年収が高ければ外資系企業で働きますか(18~60歳)

日本では、中途採用に比べて新卒採用の方が相対的に重要である。その意味で18~22歳の若者に絞って回答を集計してみた。図2が示すように、この若い年齢層では、年収が高くても外資系企業で働きたくないという回答が33%を占め、最も多い。先ほどの18~60歳の回答者と比較すると、新卒採用市場で若い年齢層の労働者を外資系企業が獲得することは難しい可能性がある。

図2:何割年収が高ければ外資系企業で働きますか(18~22歳)
図2:何割年収が高ければ外資系企業で働きますか(18~22歳)

外資系企業による日本企業買収への抵抗感には地域差が見られる(Tanaka et al., 2022)。外資系企業で働くことへの抵抗感にも地域差が見られるだろうか。図3は、年収が高くても外資系企業で働きたくないという回答者が回答者全体に占める割合を都道府県別に示した主題図である。色が濃いほど、年収が高くても外資系企業で働きたくないという回答者の割合が高く、外資系企業で働くことへの抵抗感が強いと見なせる。山形県、宮城県、福井県、岐阜県、滋賀県、香川県、熊本県、宮崎県は年収が高くても外資系企業で働きたくないという回答者の割合が4割を超え、外資系企業で働くことへの抵抗感が強いといえるだろう。ただし、性別・学歴・所得水準・子供の有無・年齢などの回答者属性を制御していない結果であることに留意する必要があるが、後述する順序ロジットモデルで回答者属性を制御しても、東京都に比べて山形県、岐阜県、香川県、熊本県の回答者は年収が高くても外資系企業で働きたくないという傾向が強い。

図3:年収が高くても外資系企業で働きたくない人の割合
図3:年収が高くても外資系企業で働きたくない人の割合
注)年収が高くても外資系企業で働きたくないという回答者の割合が大きい県ほど数値が大きく、濃い色である。回答者属性(性別・学歴・所得水準・子供の有無・年齢など)は制御していない。

推定結果

年収が高くても外資系企業で働きたくないと考えている回答者が約3割いる日本の労働市場で、外資系企業が従業員を確保するのはかなり困難であろう。では一体、「年収が高くても外資系企業で働きたくない」と回答する回答者はどういう属性の人々なのであろうか。外資系企業で働くことへの抵抗感を従属変数、性別・学歴・所得水準・子供の有無・年齢・現状維持傾向や公平性を表す心理的変数、道府県ダミーを説明変数とする順序ロジットモデルを推定した。

その結果から、回答者属性の限界効果を算出した結果を図4に示した。図4からは現状維持傾向の強い回答者は「年収が高くても外資系企業で働きたくない」と回答する確率が統計的に有意に6.9%程度平均的に高い傾向があることが分かる。一方で、大卒者は、「年収が高くても外資系企業で働きたくない」と回答する確率が3.4%程度統計的に有意に低くなる。所得が高い回答者も外資系企業で働くことへの抵抗感は低い傾向にある。性別、年齢は5%水準で統計的に有意ではなかった。また、子供がいると外資系企業で働くことへの抵抗感が平均して4.1%高まる一方で、子供を持つ女性は外資系企業で働くことへの抵抗感が6.7%低い傾向があり、女性は外資系企業の方が育児に理解があると考えているのかもしれない。年齢が統計的に有意ではないことは、年齢よりも高等教育を受けているかどうかといった要因がより重要であることを示唆している。推定結果からは、学歴というスキルアップが追い付かずに外資に抵抗感がある部分と、現状維持バイアスという心理的になんとなく抵抗を抱いて二の足を踏んでいる部分の両方が外資系企業で働くことへの抵抗感へつながっているように見られる。最後に、お世話になった人にお返ししようとする傾向の強いいわば「公平性」の強い回答者は、外資系企業で働くことへの抵抗感が小さい。これは、公平性の意識の強い回答者は、国籍によって企業を差別しない傾向があることを示唆している。

図4:年収が高くても外資系企業で働きたくないという回答と回答者属性との関係
図4:年収が高くても外資系企業で働きたくないという回答と回答者属性との関係
注)図の●は各変数の平均限界効果の点推定値を示し、●の両側の線の範囲は平均限界効果の95%信頼区間を示している。childは回答者の子供の有無に関するダミー変数、femaleは女性ダミーである。female_with_childは子供のいる女性を表すダミー変数、大卒ダミー変数univは、回答者が大学を卒業していれば1をとる。また、incomeは回答者の所得カテゴリー変数、agegroupは回答者の年齢カテゴリー変数である。その他に、endowmentは現状維持傾向が強ければ1をとるダミー変数、fairはお世話になった人にお返しする傾向が強い人ほど大きな値をとるカテゴリー変数である。

結論と政策的考察

本稿は、日本において人々が外資系企業で働くことへ強い抵抗感を持っていることを明らかにした。年収が高くても外資系企業で働きたくないと考えている回答者が約3割もいるということは、外資系企業が直面する労働供給曲線が内資系企業が直面する労働供給曲線よりも左側に位置し、タイトであることを示唆する。外資系企業で働くことへの強い抵抗感は、外資系企業が21~31%もの高い賃金プレミアムを支払っていることと整合的である。経済協力開発機構(OECD)の統計International Direct Investment Statisticsによると、2020年の日本の対内直接投資ストックはGDPの5%弱に過ぎず、OECD平均(55%)を大きく下回り、OECD加盟国の中で最も低い水準にある。日本への対内直接投資を増やすためには、例えば、外資系企業で働いても年金で不利益を被らないようにするなどといった、外資系企業で働くことへの強い抵抗感を軽減するような取り組みを検討していく必要があるだろう。


謝辞

本稿は、「直接投資の効果と阻害要因、および政策変化の影響に関する研究」プロジェクトの成果であり、同プロジェクト参加者各位、経済産業省投資促進課職員の皆さまからの日頃のご教示に御礼申し上げます。

補論

本稿で議論した順序ロジットモデルの推定結果は以下の通りである。
従属変数:外資系企業で働くことへの抵抗感(1最小、4最大)

表:順序ロジットモデルの推定結果
表:順序ロジットモデルの推定結果
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
四角カッコ内は標準誤差。
注)各変数の定義は以下の通り。
child
子供の有無を表すカテゴリー変数
female
女性ダミー
female_with_child
子供のいる女性を表すカテゴリー変数
univ
大卒
income
所得水準を表すカテゴリー変数
agegroup
年齢カテゴリー変数
endowment
現状維持傾向を表すダミー変数
宝くじを買わないが、いったん買った宝くじは売らない回答者
fair
公平性を表すカテゴリー変数
お世話になった人にお返しする傾向が強い人ほど大きな値
脚注
  1. ^ ただし、日本型雇用慣行は、主として大企業の男性正社員に適用されるもので、非正社員には適用されないことが一般的である。川口(2017)によれば、日本型雇用慣行が適用されると考えられる従業員500人以上の大企業で働く人の比率は労働者全体の3分の1にすぎない。さらに、日本型雇用慣行は従来企業内特殊的技能を育成するために維持されてきたが、企業内特殊的技能の重要性が低下するとともに日本型雇用慣行の重要性も低下してきているとされる(川口, 2017)。
参考文献
  • Ito, B., Tanaka, A., & Jinji, N. (2022). Why Do People Oppose Foreign Acquisitions? Evidence from Japanese Individual-Level Data. RIETI Discussion Paper Series, No. 22-E-002.
  • Tanaka, A., Ito, B., & Jinji, N. (2022). Individual Preferences Toward Inward Foreign Direct Investment: A Conjoint Survey Experiment. Available at SSRN 4117608.
  • Tanaka, A. (2022). Higher wages in exporters and multinational firms: evidence from linked employer–employee data. International Economics and Economic Policy, 19(1), 51-78.
  • 川口大司. (2017). 『労働経済学―理論と実証をつなぐ―』. 有斐閣.

2022年9月5日掲載