国際貿易と貿易政策研究メモ

第31回「人工呼吸器の輸入状況:重症者増加に備えて」

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト / 中央大学商学部准教授

1. 急速に増加する感染者数と人工呼吸器不足

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者数が急速に増加を続ける中、十分な数の人工呼吸器(ventilator)を確保できるかという課題が出てきた。感染者数が急増したイタリアやニューヨークでは、一時的に人工呼吸器の不足が報じられた(ロイター 2020a; NHK 2020c)。アメリカでは、トランプ大統領が、国防生産法に基づき、3月27日に自動車大手のゼネラル・モーターズ(GM)に人工呼吸器の製造を命じた(ロイター 2020b)。GM以外にも、フォード、テスラ、フォックスコンなどが人工呼吸器の製造を行う方針を示している(NHK 2020a)。イギリスでは、政府が人工呼吸器の製造への協力を呼びかけ、家電メーカーのダイソンが人工呼吸器の製造に乗り出している(BBC 2020)。日本でも、政府が人工呼吸器の国内メーカーに増産を呼びかけている(NHK 2020b)。不測の事態に備えて、本稿は、人工呼吸器を確保する上で基礎になる統計データを整理したい。

2. 感染者数の増加と地理的偏在

4月14日時点の情報では、世界の感染者数は190万人、日本の累積感染者数は7,000人を超えている。世界の死者数は12万人、日本の死者数は100人を超えている。日本でも感染者数の増加速度が速まっている。図1は、東京都内の累積確定感染者数の推移を表したものである。累積感染者数が1,000人を超えるのには73日かかったが、1,000人から2,000人になるのには7日しかかかっていない。東京都の死者数は累計で19人に達している。

図1:東京都内の累積確定感染者数の推移
図1:東京都内の累積確定感染者数の推移
出所)東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトより得たデータから筆者作成。
https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/data/130001_tokyo_covid19_patients.csv

感染者は、地理的に均一に分布しているわけではない。都道府県レベルでは、東京都や大阪府に感染者は集中している。また、東京都内でも、感染者数は、23区内に集中している。図2は、東京都内の累積感染者数の地理的分布を表したものである。地理情報システムQGISを用いて、東京都が公表している区市町村別の感染確認者数に基づき、e-Stat 政府統計の窓口で提供されている国勢調査の地図に濃淡をつけた。東京都内の中でも、世田谷区、港区など、23区内の感染者数が多く、23区外の感染者数は相対的に少ないことが分かる。

図2:東京都内の累積感染者数の地理的分布(4月12日時点)
図2:東京都内の累積感染者数の地理的分布(4月12日時点)
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出所)以下のデータに基づき地理情報システムQGISを用いて筆者作成。
累積感染者数:「東京都新型コロナウイルス感染症対策本部報」
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/saigai/1007261/index.html
地図情報:e-Stat 政府統計の窓口「2015年国勢調査」
https://www.e-stat.go.jp

感染者数が増加を続けていること、また感染者数が地理的に偏在していることを踏まえれば、少なくとも一部地域の病院においては人工呼吸器の不足が生じることも想定して対策を進める必要があろう。感染者数が地理的に偏在し、その状況が日々変化することを踏まえれば、個々の病院が人工呼吸器を追加購入するのでは非効率である。そうではなく、政府が人工呼吸器を購入し、その時々の個々の病院の重症者数の状況に合わせて、人工呼吸器を貸し出すことで、少ない人工呼吸器を有効に活用できるのではないだろうか。

3. 人工呼吸器の国内生産比率

厚生労働省「平成30年薬事工業生産動態統計調査」によれば、人工呼吸器および関連品の市場は、国内生産と輸入を合わせて、年間230億円程度の規模である。そのうち、国内生産が占めるシェアは金額ベースで11.2%である。

図1は、細目ごとに個数ベースの国内生産比率を表したものである。成人用人工呼吸器の年間供給量92,812台(2018年)のうち、国内生産は42.1%(39,050台)にとどまり、供給量の半数以上を輸入(53,762台)が占めている。手動式人工呼吸器の年間供給量は221,788台と成人用人工呼吸器の供給量の2倍以上であるが、国内生産は3%(6,607台)であり、ほとんどを輸入(215,181台)が占める。これら人工呼吸器本体(成人用人工呼吸器および手動式人工呼吸器)について、年間国内生産額は10億円、輸入額は25億円程度である。

人工呼吸器関連品(人工呼吸器の付属品、人工呼吸器用呼吸回路、人工呼吸器用減菌済みマスク、人工呼吸器用マスク、減菌済み人工鼻、人工鼻など)は、年間196億円程度の規模の市場である。年間国内生産額は16億円、輸入額は180億円程度である。これらの製品の供給について、国内生産比率は総じて5%未満と低く、ほとんどを輸入に依存している。日本において重症者が増加した場合、不足が懸念されるのは、人工呼吸器本体よりもむしろこれら人工呼吸器関連品の可能性がある。

図3:人工呼吸器等の国内生産比率(個数ベース、2018年)
図3:人工呼吸器等の国内生産比率(個数ベース、2018年)
出所)厚生労働省「平成30年薬事工業生産動態統計調査」に基づき筆者作成。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/105-1.html

4. 世界全体の人工呼吸器の輸出入状況

では、人工呼吸器の製造はどの国が行っているのか。報道には、フィリップス(オランダ)、ハミルトン・メディカル(スイス)、シアレ・エンジニアリング(イタリア)、ゾールメディカル(アメリカ、旭化成の子会社)、レスメド(アメリカ)、ゲティンゲ(スウェーデン)、ドレーゲルベルク(ドイツ)、日本光電(日本)、コーケンメディカル(日本)、三幸製作所(日本)、メトラン(日本)、深圳邁瑞生物医療電子(中国)、北京誼安医療(中国)などといった人工呼吸器メーカーの名前が出てくる。しかし、報道からは世界市場でどの国のシェアが高いのかは分からない。

そこで、国連貿易統計を用いて、人工呼吸器および関連物品の輸出額72.9億ドルに占める上位輸出国のシェアを図4にまとめた。これに基づけば、シンガポール、アメリカ、中国、ドイツ、オーストラリア、オランダの順に輸出額が多い。

図4:人工呼吸器等の輸出上位10ヵ国(2018)
図4:人工呼吸器等の輸出上位10ヵ国(2018)
出所)国連貿易統計(https://comtrade.un.org)に基づき筆者作成。HSコード901920「Therapeutic respiration apparatus; ozone, oxygen, aerosol therapy apparatus; artificial respiration or other therapeutic respiration apparatus」。人工呼吸器と関連品を含む。
図5:人工呼吸器等の輸入上位10ヵ国(2018)
図5:人工呼吸器等の輸入上位10ヵ国(2018)
出所)国連貿易統計(https://comtrade.un.org)に基づき筆者作成。HSコード901920「Therapeutic respiration apparatus; ozone, oxygen, aerosol therapy apparatus; artificial respiration or other therapeutic respiration apparatus」。人工呼吸器と関連品を含む。

輸入側に転じると、総額78.4億ドルの人工呼吸器及び関連物品の輸入の3割近くをアメリカが占めている。オランダ、ドイツも輸入大国である。この3ヵ国に次いで、日本は、第4位の輸入国であり、世界の輸入の5.3%を占める。

5. 人工呼吸器の日本の輸入状況

国際貿易統計は6桁レベルの貿易財分類(HSコード)で人工呼吸器の貿易データを収録しているため、人工呼吸器本体と関連物品の合計輸出入額しか見て取れない。そこで、次に、財務省貿易統計を用いて、人工呼吸器等本体と関連物品を分けて、日本の輸入の現状の把握を試みる。まず、図6は、人工呼吸器等本体の日本の輸入状況を示している。日本の2018年の輸入総額は492.2億円(3965.9トン)である。厚生労働省「平成30年薬事工業生産動態統計調査」に掲載されている人工呼吸器本体の輸入額180億円と乖離があるのは、貿易データには人工呼吸器以外に、オゾン吸入器、酸素吸入器、エアゾール治療器の輸入額が含まれているためと考えられる。その意味で、人工呼吸器「等」と表現することにする。

日本は、金額ベースでは、アメリカ(18.3億円、シェア27%)、オーストラリア(15.3億円、23%)から最も多く人工呼吸器等本体を輸入している。米豪に、中国(8.1億円、12%)、ドイツ(3.9億円、6%)、ニュージーランド(2.7億円、4%)が続く。ただし、重量ベースでは、中国のシェアが28%と最も高い。

これは、中国から輸入される人工呼吸器等の単価が米豪に比べて大幅に安いことによる。日本は、中国からはキロ当たり単価5,300円程度の安価な人工呼吸器等を輸入している一方、米豪からは2万5,000円程度の高価な人工呼吸器等を輸入している。ドイツから輸入される人工呼吸器等のキロ当たり単価は3万円近く、スイスやスウェーデンから輸入される人工呼吸器等のキロ当たり単価は4万円を超える。スイス、スウェーデン、ドイツからは高性能な人工呼吸器等が輸入されていると推測される。

図6:人工呼吸器等の輸入状況(日本、2019)
出所)財務省貿易統計品別国別表(https://www.customs.go.jp/toukei/info/tsdl.htm)に基づき筆者作成。HSコード901920000「オゾン吸入器、酸素吸入器、エアゾール治療器、人工呼吸器その他の呼吸治療用機器」。上位輸出国5ヵ国。

人工呼吸器関連品の輸入状況は、人工呼吸器等本体の輸入状況とやや異なる。まず、人工呼吸器関連品の2018年の輸入総額は27.2億円(323.6トン)であり、市場規模が人工呼吸器等本体の18分の1程度であり、相対的に小さい。厚生労働省「平成30年薬事工業生産動態統計調査」に掲載されている人工呼吸器関連品の輸入額180億円と乖離があるのは、ここで見ている貿易データが人工呼吸器用マスクを中心としており、一部の関連品を含んでいないためと考えられる。

そうした限界があるが、貿易データを見ると、人工呼吸器関連品についても、アメリカからの輸入が10.8億円(シェア40%)であり、最も多いことは本体と同じである。しかし、人工呼吸器関連品については、輸入元2位〜5位の国が本体と異なっている。人工呼吸器関連品については、アメリカに次いで、フランス(4.6億円、17%)、イギリス(4.1億円、15%)、シンガポール(2.6億円、9%)、イタリア(1.4億円、5%)からの輸入が多い。

図7:人工呼吸器関連品の輸入状況(日本、2019)
出所)財務省貿易統計品別国別表(https://www.customs.go.jp/toukei/info/tsdl.htm)に基づき筆者作成。HSコード902000000「その他の呼吸用機器及びガスマスク(機械式部分及び交換式フィルターのいずれも有しない保護用マスクを除く。)」上位輸出国5ヵ国。

6. 政策的に何ができるか

人工呼吸器とその関連品の輸入関税はゼロに設定されている。そのため、人工呼吸器の確保のために、日本政府が関税面で取れる政策余地は乏しい。人工呼吸器の生産に必要な部品類の輸入関税の引き下げを検討する程度のことしかできないのが現状であろう。

本稿の分析では、人工呼吸器本体だけではなく、人工呼吸器関連品の国内生産比率が低いことが明らかになった。貿易統計で分かる範囲では、人工呼吸器関連品の日本の輸入は、アメリカやフランス、イギリス、イタリアなどCOVID-19感染者が多い国に依存している。政府は、人工呼吸器本体だけではなく人工呼吸器関連品についても、輸入が滞ることがないよう、状況を注視しておく必要があろう。

その上で、政府が国内メーカーに人工呼吸器やその関連品の増産を呼びかけ、一定数を政府が購入し、その時々の重症の患者数に応じて、個々の病院に貸し出すことも一案として考え得る。また、国産や輸入で十分な数を確保できない場合には、国内外のメーカーの人工呼吸器やその関連品について、他社がライセンス生産を行うことを政府が仲介するという策もあり得るかもしれない。

7. 分析上の課題と有用なデータベース

本稿は人工呼吸器について利用できる限りの統計データを示してきたが、既述の通り貿易統計の分類が粗いことなど限界がある。本稿と同じ限界を抱えるが、Espitia et al. (2020) がコロナウイルス危機に対処するために必要となる医薬品全般の貿易統計データベースを無料で公開している。また、世界税関機構(World Customs Organization, 2020)が、COVID-19に対処するための必須医薬品の貿易統計分類を公開している。


データ開示

分析の基礎となっているデータは、ここで公開しています。

参考文献

2020年4月16日掲載

この著者の記事