国際貿易と貿易政策研究メモ

第30回「不織布マスクの輸出入:パンデミックの下でマスク不足にどう対処すべきか」

田中 鮎夢
リサーチアソシエイト / 中央大学商学部准教授

1. 世界的なマスク不足

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大のため、日本のみならず、世界各国でマスク不足が深刻化している。本稿では、基礎となるマスクの統計データを提示し、マスク不足解消に向けて何ができ得るのか考察する。なお、本稿で今回扱うのは、不織布マスクであり、ガーゼマスクは除く。

日本において、最初の感染者が確認されたのは1月22日であった。2月初旬には小売店からマスクが消え始めた。この時、日本国内の累積感染者数は20人程度であったが、多くの小売店でマスクは売り切れの状態であった。その後、徐々に感染者数が増え、3月30日時点の情報では、日本の感染者数は1,866人、死者54人となっており、マスクの入手が困難な状態は続いている。世界の感染者数は72万人、死者は3万4千人を超え、マスク不足は各国で深刻化していると報道されている。

2. 日本のマスク国内生産比率

マスク不足を解消すべく、日本政府は各種の政策努力を行っている。例えば、政府は、国民生活安定緊急措置法に基づき、3月15日よりマスクの転売規制を行っている。また、経済産業省は、マスク生産設備導入補助事業(2019年度予算額4.5億円)を実施し、マスク製造企業が国からの増産要請等に応じてマスク生産設備を導入しようとする場合、設備導入費用の一部を国が補助する仕組みを発表している。設備導入費用の補助率は、中小企業の場合3/4、大企業・中堅企業の場合2/3となっており、費用の過半以上を政府が負担する。企業は、一時的な需要超過に直面したとしても、生産設備を増強すれば、パンデミック後に過剰な生産設備を抱えてしまうことになりかねず、設備投資をためらうことが想定される。このマスク生産設備導入補助事業は、企業のこうしたリスクを減らす試みである。ノーベル経済学賞を受賞したポール・ローマーも同様の政策を提唱している(Romer and Fuller, 2020)。

図1:マスクの国内生産比率
図1:マスクの国内生産比率
出所)日本衛生材料工業連合会のホームページより得たデータを元に筆者作成。

マスクの国内生産は2010年から2018年の間に3.5倍の11.1億枚に増えているが、同時期に輸入数量は9.5倍の44.3億枚に増えた。結果として、マスクの国内生産比率は、図1が示すように、直近7年ほど2割程度で推移してきた。つまり、日本のマスクの需要の8割程度が海外からの輸入によって賄われている。そのため、国内のマスク不足解消には、輸入が減らないことが大前提となる。

3. マスクの輸出状況

では、不織布マスクの国際貿易はどのような状況であろうか。実は、不織布マスクの国際貿易を精確に見ることができる統計データは乏しい。輸出入額(量)は、国際的に共通化された貿易財分類HSコードごとに公表されている。一般消費者が購入する不織布マスクのHSコード(9桁)は6307.90-029である。しかし、このHSコード6307.90-029は、不織布マスクの他に、スーツカバー、紙糸製織物のかご、毛布製のかい巻きなども含んでいる。HSコードは最初の6桁までが世界共通であるので、国連貿易統計のような代表的な国際的データベースでは、さらに粗いHSコード(6桁)分類で、貿易データが提供されている。以下で見ていく貿易データは、マスク以外を含んだ「不織布マスク等繊維製品」(その他の紡織用繊維製品)の貿易データである。なお、ガーゼマスクはHSコード6307.90-010に分類されており、以下の分析から除かれる。N95マスク(N95 respirator mask)の中には、HSコード9020.00「その他の呼吸用機器及びガスマスク」に含まれ、HSコード6307.90「不織布マスク等繊維製品」には含まれていないものもあると考えられる。

図2:不織布マスク等繊維製品の上位輸出国の輸出シェア(2018年)
図2:不織布マスク等繊維製品の上位輸出国の輸出シェア(2018年)
出所)Trade Map(www.trademap.org)より得たデータから著者作成。
注)輸出シェア=各国の輸出額/世界全体の輸出額。HSコード6307.90。

図2は、不織布マスク等繊維製品の上位輸出国20カ国の輸出シェアを示したものである。世界の輸出額119.4億米ドル(約1.30兆円)の40%以上を占めるのが中国であることが分かる。ドイツ、アメリカ、ベトナム、メキシコ、インド、オランダが中国に続く。日本は、世界の輸出額のわずか1%を占めるに過ぎない。これら上位20カ国で、世界の輸出額の80%以上を占める。これら輸出国から、マスクが正常に輸出されることが、世界のマスク不足解消には不可欠であろう。

4. 各国のマスク輸出制限政策の是非

しかし、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の中、ドイツなど一部の国は、マスクなどの輸出の制限を一時的に行ったと報道されている(NHK、2020a)。ドイツは、不織布マスク等繊維製品の輸出において2位に位置する輸出大国である。国内のマスク不足に対処するために、自国からのマスクの輸出を制限することは、望ましいことであろうか。

完全競争市場においては、一般的には、輸出制限のような貿易制限措置は、輸入国のみならず、輸出国にとっても経済厚生上、望ましいことではない。もちろん、現実のマスクの市場は、完全競争とは限らないし、ドイツが輸出大国であることから、このような一般論が成り立つかは留保する必要がある。

その上で、教科書的には、輸出国であるドイツでは、輸出制限により、ドイツ国内向けのマスク供給量は増え、マスクの価格が下押しされる可能性がある。一方で、輸出制限は生産者のインセンティブを阻害し、制限がない場合に比べて生産者余剰が小さくなる。全体として、輸出制限がドイツの経済厚生を下げることもあり得る。

一方で、ドイツのマスクを輸入する国では、ドイツの輸出制限によりマスクの供給量が減り、マスクの価格が上昇し、消費者余剰が減ることが予想される。世界中に新型コロナウイルス感染症が広がる中、必要なマスクが手に入らない輸入国の消費者にとって、大きな損失である。また、マスクの輸入不足のために、輸入国が自国でのマスク生産を増やさなければならないとすれば、本来比較優位の乏しいマスク生産に資源を投入することになり、資源配分上非効率が生じる。

パンデミック時にマスクのような医療物品の輸出制限を輸出国が行い、報復的な貿易制限措置を輸入国がとれば、互いにとって不利益が大きい。平時と同じく、パンデミック時にも、ルールに基づいた貿易によって、マスクのような医療物品を国際的に融通し合うことが、基本原則であるべきだ。新型コロナウイルス感染症の感染状況は、国によって時間差がある。感染者数が少ない国から、多い国へと医療品が貿易を通じて融通されることは、世界全体の厚生を高める。最も必要な国に対して、マスクが貿易により届けられることは、効率的に感染を抑止することにもつながる。

日本がマスクの国際的な融通という点において、輸出制限を取る国と真逆の対応をとっていたことは評価されて良い。というのも、単に自由な貿易を堅持するのみならず、中国が困難な時に、中国に対して、政府・地方自治体その他が無償でマスクを提供していたからである。

5. マスクの輸入状況

世界的に不足しているマスクの輸入状況はどうなっているのか。図3は、不織布マスク等繊維製品の上位輸入国20カ国の輸入シェアを示したものである。世界の輸入額総額は127.8億米ドル(約1.38兆円)であるが、圧倒的に多く輸入しているのはアメリカ(33.7%)である。アメリカに次いで輸入しているのが、日本(9.9%)である。ドイツ、フランス、イギリスなどヨーロッパの国々が続く。これら5カ国はまさにいま感染拡大と戦っている国々である。これらの国々だけで、世界の輸入の半分以上を占める。中国からの輸入国についても、同様の傾向が見られる。つまり、中国から多く輸入している国は、アメリカ、日本、ドイツの順である。いずれも現在マスクの需要が増えている国々である。

図3:不織布マスク等繊維製品の上位輸入国の輸入シェア(2018年)
図3:不織布マスク等繊維製品の上位輸入国の輸入シェア(2018年)
出所)Trade Map(www.trademap.org)より得たデータから著者作成。
注)輸入シェア=各国の輸入額/世界全体の輸入額。HSコード6307.90。

なお、データからは、ドイツやアメリカをはじめ、不織布マスク等繊維製品を輸出すると同時に輸入している国が多いことが分かる。日本も輸入するだけではなく、輸出もしている。この原因としては、複数考えられる。1つは、HSコード6307.90は、すでに述べたように、マスクだけではなく、スーツカバー、紙糸製織物のかご、毛布製のかい巻きなども含んでいる。そのため、各国がマスクを輸入する一方で、他の財を輸出していることが考えられる。

もう1つは、不織布マスクであっても、差別化されており、各国がそれぞれ差別化された不織布マスクを輸出入し合っていることが考えられる。例えば、日本が輸入する不織布マスク等繊維製品の1トンあたりの単位価格は9843米ドル(約106万円)であるのに対して、日本が輸出する不織布マスク等繊維製品の1トンあたりの単位価格は28740米ドル(約310万円)とはるかに高額である。日本が相対的に高付加価値なマスクを輸出し、相対的に低付加価値なマスクを輸入している可能性がある。

6. マスクの輸入についてでき得ること

今回のパンデミックとの戦いは長期戦になる可能性が指摘されており、マスクの不足は当面十分には解消されない恐れがある。世界保健機関(WHO)は、症状のない一般市民がマスクを着用する必要はないと述べてきた。一方で、マスクを着用する東アジアの国々の方が感染者数の伸びを抑えられていることから、アメリカでもマスクを一般市民が着用すべきではないかという議論も出てきている(The Washington Post, 2020; Romer and Fuller, 2020)。今後、マスクの需要は増え続ける可能性がある。各国が中国からマスクの調達を競い合う中で、日本政府は、商社を通して、中国から1,000万枚のマスクを輸入したと報道されている。

マスクの不足の解消のためには、輸出制限のような貿易制限的措置が行われないということがまず第一に求められる。そのために、世界貿易機関や各国の貿易政策監視部局が、ルールに基づく自由な貿易を監視することが平時と同様に重要である。

表1:日本の不織布マスク等繊維製品の輸入状況(2019年)
輸入元 輸入額 シェア 輸入関税率
中華人民共和国 1039億円 77.0% 4.7%
ベトナム 99億円 7.3% 0.0%
大韓民国 37億円 2.8% 4.7%
アメリカ合衆国 37億円 2.7% 4.7%
台湾 37億円 2.7% 4.7%
インドネシア 22億円 1.6% 0.0%
カンボジア 15億円 1.1% 0.0%
タイ 13億円 1.0% 4.7%
メキシコ 7億円 0.5% 4.7%
フィリピン 6億円 0.5% 0.0%
出所)財務省貿易統計より筆者作成。HSコード6307.90-029。輸入関税率は税関(2020a, b, c)に基づく。

こうしたことに加えて、マスクの貿易について、政策的にできることはないだろうか。1つ考えられることは、不織布マスク等繊維製品に対する輸入関税率を引き下げ、ゼロにすることである。表1に示す通り、日本は、不織布マスク等繊維製品の輸入の約8割(77%)を中国に依存している。中国に次いで多いベトナムからの輸入は全体の7.3%ほどである。この2国が日本のマスクの輸入の80%以上を占める。現在、特恵関税適用国であるベトナムからの輸入には関税が課されないが、特恵関税適用国から2019年4月に除外された中国からの不織布マスクの輸入には、4.7%の関税(WTO協定関税率)が課されている(税関2020a, b, c)。

病院・医療関係者・一般市民が少しでも安くマスクを手に入れるためには、中国からのマスクの輸入に課される4.7%の関税をゼロにすることが1つの案である。世界的なマスク不足の中で、マスクの価格が高い状態は続くと予想される。中国からの輸入マスクに課される4.7%の関税は小売価格に転嫁され、日本の消費者も負っていると考えられる。いわば消費税のようなものである(輸入関税の効果については、例えば、石川他 2013が詳説)。輸入関税をゼロにすることで、マスクを必要とする病院・医療関係者・一般市民の負担が減る。国によって異なるマスクの輸入関税率を一律にゼロにすることは、日本企業がマスクを調達する際の意思決定や手続きを効率的にする利点もある。

中国からの不織布マスク等繊維製品の輸入に課される4.7%の関税をゼロにした場合、マスクの輸入量が2019年と同水準であれば、失われる輸入関税額は、50億円程度と推計できる。2019年4月〜12月の9カ月間の中国からの不織布マスク等繊維製品の輸入額は786.2億円であり、輸入関税額は36.9億円である。年間換算では、49.3億円になる。輸入関税の撤廃により、マスクの輸入量が増加し、マスクの国内価格が低下すれば、消費者余剰の増加が生じる。消費者余剰の増加は、失われる輸入関税額を上回る可能性もある。

7. 比較優位とマスクの貿易

国際貿易理論は、各国は、比較優位ある財の生産に資源を集中し、比較優位ある財を他国に輸出すると予測する。そして、比較優位に従った国際貿易が資源配分上、全ての国にとって望ましいということを示している。一方で、現在の新型コロナウイルス感染症の世界的流行時においては、平常時と異なり、マスクなど医療関係物品の品不足(需要超過)が発生するとともに、それら医療物品の輸出制限政策をとる国々が現れている(Evenett, 2020)。品不足を解消し、パンデミックに立ち向かうため、国際貿易政策はいかにあるべきなのかを、本稿は論じてきた。比較優位に従った自由な貿易に委ねることが国際的な資源配分上望ましい。そうした効率的な国際分業を実現するためには、貿易制限的措置を国際的に監視するともに、マスクなど医療関係物品の輸入関税引き下げを検討していく価値がある。なお、本稿は、不織布マスクを扱ったが、Bown (2020) がより広く個人用保護具(personal protective equipment, PPE)の貿易を扱っており、参考になる。


データ開示

分析の基礎となっているデータは、ここで公開されています。

参考文献

2020年4月2日掲載

この著者の記事