国際貿易と貿易政策研究メモ

第15回「重力方程式と貿易の外延・内延」

田中 鮎夢
研究員

1. はじめに

前々回、前回と、最新の研究状況に基づいて、貿易に関する重力方程式(gravity equation)を説明してきた。貿易構造の理解は、あらゆる貿易政策を考える上での基盤であり、貿易構造を明らかにする重力方程式の重要性は、言うまでもない。2000年代以降の新々貿易理論の普及と重力方程式を用いた実証研究の進展によって、貿易構造の理解が飛躍的に高まった。

今回は、重力方程式に引き続き焦点をあてて、そうした研究状況を、政策実務家が理解できるように、簡潔に紹介する。前回、(1)価格効果の制御に関する理論的批判と(2)計量経済学的な批判という、重力方程式の伝統的な推定方法への2つの批判について説明した。伝統的な推定方法への3つ目の批判である(3)貿易額ゼロ(ゼロ貿易)という現象を無視してきたことに対する批判に関連して、今回は、新々貿易理論に基づく重力方程式の新しい推定方法を解説する。

2. 貿易の外延・内延

集計的貿易量は、基本的に「貿易の外延」(extensive margin)と「貿易の内延」(intensive margin)に分解することができる。「貿易の外延」とは、貿易国数、貿易品目数、貿易企業数などを意味する。それに対して、「貿易の内延」とは、貿易相手国1国当たりの貿易額、1品目当たりの貿易額、1企業当たりの貿易額などを意味する。たとえば、国jから国iへの輸出総額は、輸出企業数と1企業当たりの平均輸出額に以下のように分解できる。

式

貿易自由化による貿易障壁の低下が集計的輸出量に与える影響は、新規輸出企業の輸出開始による輸出の増加という「貿易の外延」(右辺第1項)の変化と既存企業の輸出量の増加という「貿易の内延」(右辺第2項)の変化の2つに分けられる。代表的企業に基づくKrugman (1980) の新貿易理論においては、ある産業内においてすべての企業が同一の量の輸出を行うので、集計的貿易量への貿易自由化の効果としては、「貿易の外延」は無視して、「貿易の内延」である1企業当たりの貿易量への影響のみを扱う。このように「貿易の外延」を無視するKrugman (1980) の新貿易理論は、集計的貿易量の正確な理解を妨げていたことが、新々貿易理論の研究から明らかになってきている (Chaney, 2008)。

3. 新々貿易理論に基づく重力方程式の新しい推定方法

また、Helpman et al. (2008) は、新々貿易理論の立場から、これまでの貿易量の重力方程式による推定方法は企業の異質性から生じるバイアスを制御していなかったことを明らかにした。そして、Melitz (2003) を応用して、重力方程式を導きだし、新々貿易理論に基づく新しい推定方法を提案した。Helpman et al. (2008) によれば、企業の異質性を考慮した場合、国jから国iへの輸出総額の推定式は

式

となる。「輸出企業の割合指標」は国iへの輸出を行っている国jの企業の割合を制御する、「貿易の外延」に関する変数である。前回紹介した、代表的企業に基づくAnderson and van Wincoop (2004) などの従来の推定方法は、この「貿易の外延」を無視してきたために、必要な変数が推定式に含まれない除外変数バイアスを抱えていた。

4. ゼロ貿易

さらに、2国間の貿易量がゼロであることは多い。たとえば、世界に158カ国あれば、2万4806(=158×157)の組み合わせの2国間貿易がありうる。しかし、Helpman et al. (2008) のデータ(注1)を用いて計算すると、1989年に、貿易可能な2万4806の組み合わせのうち、実に半数以上、54.2%(1万3446)の組み合わせで2国間貿易が実際には行われていない。また、この現象は、途上国ではより顕著に観察される。たとえば、1989年に、日本は、157カ国のうち、156カ国には輸出しているが、西サハラにのみ輸出できていない。一方、同じ年に、インドは、157カ国のうち、87カ国には輸出できているが、70カ国に輸出できていない。

企業の異質性理論に基づけば、ゼロ貿易は、輸出の費用をまかなうに足る生産性の企業が当該国に存在しないために生じる。ゼロ貿易はまた、輸出の有無という「貿易の外延」に関する現象である。ゼロ貿易を無視すれば、標本選択バイアスが生じてしまう。そこで、国jから国iへの輸出の有無に関する次の推定式を推定しなければならない。

式

ここで、輸出固定費用変数は、国jから国iへの輸出の固定費用に影響を及ぼす要因に関する追加的な変数である。

実際の推定は二段階で行われる。第1に、輸出の有無について推定を行い、その推定値を用いて、輸出企業の割合に関する変数を構築する。そして、第2に、Heckman (1979) に従って標本選択を是正して、輸出額に関する推定式を推定する。

Helpman et al. (2008) は、重力方程式のこの新しい推定法による貿易量の推定によって、「貿易の外延」である輸出企業の割合が貿易量に与える影響が大きいことを明らかにした。この結果は、企業の異質性の存在により生じる除外変数バイアスを無視してきた従来の重力方程式の問題を明らかにしている。

5. 貿易の外延の重要性

さらに、Bernard et al. (2007) は、重力方程式を分解することで、貿易の外延が内延に比べて重要であることを明らかにしている。国jから国iへの輸出総額は、

式

と分解することもできる。ここで、第1項「輸出企業数」と第2項「輸出製品数」は、「貿易の外延」、第3項「1企業1製品当たりの平均輸出額」は「貿易の内延」である。

Bernard et al. (2007) は、アメリカの輸出データについて、左辺と右辺の各項を定数項と重力変数である輸入国iのGDP、輸入国iとの距離に回帰した。その結果、集計的貿易量の変動の多くが「貿易の外延」によることを明らかにした(下図)。

図1:アメリカの輸出額の重力方程式の推定結果 (2000)
図1:アメリカの輸出額の重力方程式の推定結果 (2000)
出所:Bernard et al. (2007)
注:貿易の内延よりも、貿易の外延の係数の推定値が大きいことが分かる。

6. 終わりに

以上で述べてきた集計的貿易量に関する新しい実証研究は、いずれも「貿易の外延」が重要であることを確認している。これは、貿易の外延の拡大、すなわち、新規輸出企業、新規輸出製品、新規輸出国の開拓が、長期的には1国の輸出水準の成長にとって重要であることを示唆している。

なお、日本では今回紹介した貿易の外延と内延を区別した貿易構造の分析が難しく、国際的にみて、研究が立ち後れている。財務省貿易統計の企業別かつ財別の貿易データの利用が許されていないためである。そのため、経済連携協定(EPA)の締結が、輸出企業数や企業当たりの平均輸出額にいかなる影響を及ぼすのかすら分析できない。アメリカやフランス、ベルギー、イタリア、中国、コロンビアなどでは、企業別かつ財別の貿易データの利用が許され、活発な研究が行われている。諸外国の状況に比べて、日本の状況は非常に遅れている。

2013年2月15日
脚注
  1. ^ Elhanan Helpmanのサイト(http://scholar.harvard.edu/helpman)から入手できる。
参考文献
  • Anderson, James E. and Eric van Wincoop. (2003) "Gravity with Gravitas: A Solution to the Border Puzzle." American Economic Review, 93(1):170-192.
  • Bernard, Andrew B., J. Bradford Jensen, Stephen J. Redding and Peter K. Schott. (2007) "Firms in International Trade." Journal of Economic Perspectives, 21(3):105-130.
  • Chaney, Thomas (2008) "Distorted Gravity: The Intensive and Extensive Margins of International Trade." American Economic Review, 98(4): 1707-1721.
  • Heckman, James J. (1979) "Sample Selection Bias as a Specification Error," Econometrica, 47: 153-161.
  • Helpman, Elhanan, Marc J. Melitz, and Yona Rubinstein. (2008) "Estimating Trade Flows: Trading Partners and Trading Volumes." Quarterly Journal of Economics, 123 (2): 441-487
  • Krugman, Paul R. (1980) "Scale Economies, Product Differentiation, and the Pattern of Trade." American Economic Review, 70(5): 950-959.

2013年2月15日掲載