1. はじめに
貿易額の大きさはどのように決まっているのだろうか。この基本的な問いに答えるのが、重力方程式(gravity equation)である。重力方程式は、国際貿易の分野で実証的に大変成功した式であるといわれている(Feenstra, 2004)。近年、重力方程式は、理論・計量分析手法の両面で発展が著しい。今回は、重力方程式の概要とその基本的な推定方法を紹介し、次回以降で、理論的基礎と近年の発展を紹介したい。
2. 重力方程式とは何か
重力モデル(gravity model)では、貿易額は、経済規模(GDP)の大きい国同士では大きくなる一方、互いの距離が遠いと小さくなると考える。これは、天体と天体の引力が天体の重量に比例し、天体間の距離に反比例することに似ている。つまり、次のような関係が成り立つと考える。
ここで、貿易額ijは国iから、国jへの輸出額や輸入額である。GDPiは国iの経済規模、GDPjは国jの経済規模である。Aは定数。距離ijは、国iから国jへの距離である。伝統的には、対数線形化した以下の式を最小自乗法で推定する。
ここでεijは誤差項である。
この基本の式に、追加的な変数を加えて分析を行うこともできる。たとえば、経済連携協定(EPA)を結んでいる国であれば、輸出額を増えるのか分析したければ、以下の式を推定すればよい。
DEPAは、貿易を行う国iと国jが経済連携協定を結んでいれば1をとるダミー変数である。
もし、データを用いて推定したβ4の値が正に有意であれば、経済連携協定結んでいる国ほど貿易額が多いといえる。
3. データの入手
では、どこから、貿易額や説明変数(経済規模、距離)のデータを得ればよいのだろうか。Feenstra et al. (2010) が、貿易・直接投資データの現状について詳述しており、参考になるが、本稿では、重要なものを簡潔に紹介する。
A) 貿易額
まず、貿易額は、日本の詳細な財別国別の輸出・輸入額であれば、財務省貿易統計のサイトから無料で入手できる。世界の財別国別の貿易額であれば、国連のUN Comtradeが有名である。ただし、UN COMTRADEはまとめてダウンロードするのは有料である。IMFのDirection of Trade Statisticsも有料のCDで高価である。
無料で入手できるものとして、著名なのは、Robert Feenstra教授(カリフォルニア大学デービス校)が作成された「NBER-United Nations Trade Data, 1962-2000」である(Feenstra et al., 1997, 2005)。主にUN COMTRADEから作成した世界の国別財別の貿易データが無料で入手できる。ただし、データ形式は統計分析ソフトStataなどにしか対応していない。また、このデータベースは2000年以降のデータの更新がなされていない。
現在フランスの経済研究機関CEPIIが、同様の貿易データベースBACIを構築して、有料で公開している。200以上の国、1995-2007年の貿易を網羅している(Gaulier and Zignago, 2010)。
アメリカの貿易データは、Feenstraのサイトの他に、Peter K. Schott(イェール大)のサイトからも入手できる(Feenstra et al. 2002; Schott, 2008; Pierce and Schott, 2009)。
B) 経済規模
経済規模としてはGDPや1人あたりGDPを用いることが多い。GDPは世界銀行のWorld Development Indicatorsが便利である。Amazonで購入できるCD(5000円程度)はGDP以外のさまざまな変数を含んでいて有用である。このWorld Development Indicatorsは、世界銀行のサイトから無料で入手できる。ただし、無料で入手できるネット版よりもCDの方が使いやすい。
世界銀行や国連などの国際機関の経済統計の問題点として、台湾のデータが欠落していることがあげられる。台湾を分析対象に含めたいのであれば、ペンシルベニア大学の、Penn World Tableが便利である。ペンシルベニア大学のサイトから無料でGDPなどの基本的な世界の経済データを入手できる。
C) 距離や言語
2国間の距離のデータは、フランスの研究機関CEPIIのサイトから「The CEPII Gravity Dataset」を無料で入手できる。距離以外にも、2国間で言語が共通であるか否かなど、重力方程式に用いられる多くの変数が含まれている。
D) 世界貿易機関、共通通貨、財の種類
研究者個人が提供している重力方程式に用いることができる変数も幾つかある。Andrew Rose(カリフォルニア大学バークレー校)のサイトには、世界貿易機関や共通通貨の加入の有無に関するダミー変数があり(Rose, 2000, 2004)、James Rauch(カリフォルニア大学サンディエゴ校)のサイトには財の種類に関する変数がある (Rauch, 1999)。その他に、Jon Havemanのサイトにも有益なデータが集められている。
4. データの接合
貿易データやGDPデータ、距離データなど複数のデータを接合しなければ、重力方程式の推定のためのデータセットは完成しない。その接合の作業に便利なのが、ISO国名コードである。これらのデータには普通、国別の三桁のISOコードが振られている。たとえば、日本はJPNという国コードになっている。このコードを利用して、複数のデータを接合することができる。
ただし、財務省貿易統計は、ISOコードではなく、独自の国コードを貿易統計に賦与している。「外国貿易等に関する統計基本通達 別紙第1 統計国名符号表」を財務省貿易統計の「各種コード」ページから入手することができる。この統計国名符号表によれば、たとえば、アメリカ合衆国は304になっている。
すべてのデータの接合が終われば、下記のような構造の表のデータセットが完成するはずである。
輸出国 | 輸入国 | 輸出額 | 輸出国GDP | 輸入国GDP | 距離 | EPA |
日本 | 米国 | |||||
日本 | 英国 | |||||
... | ... | |||||
米国 | 英国 | |||||
米国 | 日本 | |||||
... | ... | |||||
英国 | 米国 | |||||
英国 | 日本 | |||||
... | ... |
財務省貿易統計を使った場合は、輸出国もしくは輸入国が日本のみになる。
5. 推定
データセットが完成すれば、貿易額やGDP、距離の対数値を取る。そして、最小自乗法で、各説明変数の推定係数を得ることができる。輸出額もしくは輸入額の対数値を、輸出国のGDPの対数値、輸入国のGDPの対数値、距離の対数値、経済連携協定ダミーに回帰する。これは、エクセルのアドインである「分析ツール」でできる。「分析ツール」が入っていない場合は、エクセルのオプションでアドイン「分析ツール」を追加すればよい。もちろん、計量分析ソフトEviewsやStataでも推定できる。
推定された係数は、弾性値(弾力性)を意味する。弾性値は、説明変数が何パーセント増加したら、貿易額が何パーセント増えるかを示すものである。たとえば、距離の係数は以下のように書ける。
この式は、距離に関する貿易額の弾性値の定義になっている。対数微分の公式dlnX/dX=1/Xより、dlnX=dX/Xという関係があるからである。
下の表は、最近の新々貿易理論を展望した著名な論文、Bernard et al. (2007) における重力方程式の推定結果である。米国から175カ国への輸出に限定した分析である。そのため、米国のGDPは説明変数に入っていない。表はアメリカから各国への輸出額を被説明変数としたときの結果である。相手国のGDPが1%大きくなると、米国の輸出額が0.98%増えることを示している。米国からの距離が1%遠くなると、米国の輸出額は1.36%小さくなる。
6. 日本の貿易データの課題
最後に、日本の貿易データの課題について触れておく。貿易データを用いた分析は、貿易政策の基礎として重要である。そのため、アメリカでは、Feenstra et al. (2010) に記されているように、貿易データの整備が進められている。しかし、現在の財務省貿易統計に関しては、財分類の変更を時系列で追える貿易財分類の時系列接続表が整備されていない。そのため、日本の財務省貿易統計のデータは、国別に財レベルで時点間で接合されていない。
このように財務省貿易統計に課題がある中で、経済産業研究所(RIETI)では、清田耕造・横浜国立大学准教授/RIETIファカルティフェローが中心となって、産業別・相手国別の日本の財貿易データ「JIP貿易統計」(1980-2009)を作成している(清田、2010)。
7. 終わりに
今回は、重力方程式の基本を概説した。近年の研究によって、従来の重力方程式の推定には、貿易理論・計量経済学の観点から、問題があることが、分かってきた。次回以降、重力方程式の理論的基礎や近年の発展を紹介していくことにする。
注:本稿は、財務省財務総合政策研究所「財政経済理論研修」(2012年5月)での配付資料を加筆改訂し、作成した。