社会保障・経済の再生に向けて

第17回「成長戦略(5) - 中国経済を活用し、観光を日本のリーディング産業に育成せよ」

小黒 一正 コンサルティングフェロー

世界旅行観光評議会(World Travel Tourism Council :通称「WTTC」)によると、2009年における世界の観光産業がGDPに占める割合は9.4%であり、総就労人口の7.6%、すなわち約13人に1人が観光産業に従事している(注1)。産業としての観光は、旅行・宿泊・運輸・飲食・娯楽・教育・広告・建設など裾野が広い総合産業であり、海外からみれば、国そのものが観光産業といっても過言ではない。

また、国連の世界観光機関(World Tourism Organization:通称「UNWTO」)によると、中国など新興国の中間所得層による海外旅行が引き続き拡大していくことから、現在(2010年)約10億人の国際観光到着旅客数は2020年には約16億人に達すると予測されており、グローバル観光市場は21世紀のリーディング産業となることが見込まれている。

このため、近年では、これまで観光に力を入れてこなかった主要国も、グローバル観光産業の育成に取り組み始めている。このような動きを受け、遅ればせながら日本も2008年10月に観光庁(国交省の外局)を設置し、成長戦略として、観光立国の確立とグローバル観光産業の育成に力を注ぎつつある。そこで、今回は、日本のグローバル観光戦略の方向性について考察してみたい。

自動車を凌ぎ、拡大する「見えざる輸出」としての観光

観光の本質は異文化交流にあるが、経済学的に、国際観光収入は「見えざる輸出(invisible export)」としての性質をもつ。このため、1933年に“The Tourist Movement”を執筆したエジンバラ大学のオギルヴィー(F. Ogilvie)が「観光の本質は、一時的滞在地において他所で獲得した収入を消費することにある」と主張するように、グローバル観光戦略の成否は、外国人旅行客に如何に満足してカネを落としてもらうかにある。

また、世界の国際観光収入と国際旅客運賃収入の合計を輸出とみなすと、現在の市場規模は1.4兆ドルにも達し、それはモノやサービスの輸出総額の1割にも及び、いまや自動車(1兆ドル)を凌ぐ勢いとなっている。このため、少子高齢化や人口減少が進む日本において、「見えざる輸出」としての観光は、これからますます重要になっていく。

だが、ここ最近、日本人の海外旅行者は1600万~1700万人台で推移するものの、外国人の訪日旅行者数はその半分程度に過ぎない。なので、2007年の外国人旅行者受け入れランキングで、日本は世界第28位に留まっている。この結果、外国人が海外旅行で使う金額である国際旅行収支から、自国民が海外旅行で使う金額である国際旅行支出を差し引いた「国際旅行収支」をみると、日本は171億ドルの赤字である(図表1)。観光大国であるスペインやフランス等は別格だが、同じ東アジアに位置するタイやマレーシア等も国際旅行収支を黒字化させており、日本の観光は「輸出産業」としてまだまだ発展の余地が多い。特に、日本には豊かな自然、伝統と現代、東洋と西洋を融合したユニークな文化、スポーツ、アニメ等があり、中国を中心にアンテナショップを海外展開しつつ、これらをブランド化していけば、日本観光のさらなる成長は可能だろう(注2)

図表1:各国の国際旅行収支(2007年)
図表1:各国の国際旅行収支
(出所)「平成21年版 観光白書」から筆者作成

標的を明確化し、観光予算の集中投下を - 急増する中国の観光輸出 -

ところで、観光という商品は、通常の商品と異なり、購入時点では情報のみで、事前に手にとって品質を確かめられる姿形はない。すなわち、購入が情報やイメージに左右されやすい商品である。このため、観光の期待をふくらませイメージを形成させつつ、購入意欲を高めていくマーケティング((1)商品・サービス設計、(2)価格設定、(3)広告・パブリシティ・営業マンを使った販売促進、(4)流通経路の設計)が重要な鍵を握る。まず、インターネットや海外TVCMなどを活用した販売促進は、標的とする外国人観光客の文化的背景に応じて変化させる必要があり、重点市場の絞り込みが重要である。

現在、政府は観光庁を中心に、2013年に訪日外国人旅行者数を1500万人にする目標を掲げ、観光広報大使や海外TVCM、インターネットやネット動画などを活用しつつ、「Visit Japan Campaign」等を推進しているものの、重点市場を12国・地域(韓国・台湾・中国・香港・タイ・シンガポール・アメリカ・カナダ・イギリス・フランス・ドイツ・オーストラリア)、有望新興市場を3市場(インド・ロシア・マレーシア)としており、標的が十分に絞り込めていない。限られた予算で、効果的かつ効率的なマーケティングなどを実現するためには、政治主導により、重点市場のさらなる選別(例:中国・台湾・韓国)を行い、過去の効果も検証しつつ、戦略的に観光予算を集中投下する必要がある。

この点で、最も重要な市場は、中国である。実際、以下の図表2をみても分かるように、中国からの観光客は急増し、2005年以降でアメリカを追い抜いている。また、訪日中国人観光客へのビザが、2005年の団体観光の解禁に加えて、2009年7月から個人観光にも北京・上海など一部の地域で解禁されており、その試行状況を踏まえて2010年7月から中国全土に拡大される予定となっている。このため、この調子で推移すれば、中国からの訪日旅行者数が第2位の台湾を抜くのは時間の問題である。

図表2:訪日旅行者数の国別推移(上位4地域)
図表2:訪日旅行者数の国別推移
(出所)JNTO資料および観光白書から筆者作成

また、UNWTOがまとめた2008年の各国の観光支出総額によれば、海外旅行者が国外で支出する観光支出総額で日本は初めて中国に抜かれて6位となり、中国の観光支出は今後も急増していくことが見込まれている(注3)。いまや、中国人観光客の囲い込みは、日本のグローバル観光戦略の成否のカギを握っている。

このため、まずは、バラマキ型となっている日本の観光予算(例:平成22年度のビジット・ジャパン事業は約86億円)を、さらに絞り込みを行った中国などの重点市場に集中投下する必要があろう。

なお、観光商品の発掘・選別も重要である。日本人が売りたいもの(自然・歴史・文化)と、外国人が興味を持つもの(築地・秋葉原・温泉や、日本社会独特のもの)には落差がある可能性がある。日本人が売りたいと思わない観光商品でも、外国人が興味をもつケースがあり、そのような商品は対外的な情報発信が少ない場合も多い。酒蔵や、世界一のりんご園、あるいは、世界一甘い「いちご」等、まだまだ気がつかないものがあるケースもある。それらを発掘できれば、フランスのワインシャトー巡りのようにガイドを付けた「日本酒の酒蔵」めぐりや、世界一の温泉湯治ツアー等、いろいろ売り物となる観光商品が眠っている可能性がある。このため、それらを選別しつつ、公的な後押しで対外発信する努力も重要である。

ビザ発給要件の緩和に向けて「観光特区」の活用も

また、以上のような重点市場の絞り込みと予算の集中投下などに加えて、訪日観光の囲い込みに向けたさらなる環境整備も重要である。

まずは、中国人の訪日観光ビザに関する発給要件の緩和である。既述のとおり、同ビザは2009年7月から個人観光にも解禁されつつあるものの、年収25万元(約300万円)以上の制限や、5万元(約60万円)もの「出国保証金」の存在が、中国からの訪日観光需要を押し下げているとの指摘もある。また、ビザ発給にあたっては、日本側が指定する中国の旅行会社を通して申請し、旅行会社には「帰国状況」の報告を求めており、中国からの訪日観光を拡充するには、この発給要件や手続きの緩和が不可欠である。

他方、発給要件の緩和に対しては、不法滞在の増加など治安の悪化を懸念する警察庁や入国管理局等から慎重な意見があるが、法務省入国管理局の統計によると、2009年1月現在の不法滞在者の総数は11万3072人(うち中国人は1万8385人で、国別順位では韓国の2万4198人に次いで2番目)で、5年前に比べると半減しており、経済発展に伴い中国人による不法滞在の懸念は低下していく可能性が高い。このため、治安状況を踏まえつつ、中国人の訪日ビザについては、その発給要件や手続きを段階的に緩和していくのが望ましい。

以上を踏まえ、2010年6月の取りまとめに向けて、昨年12月末に策定された「新成長戦略(基本方針)~ 輝きのある日本へ ~」には、観光・地域活性化として、アジアからの訪日観光ビザの取得容易化や、休暇取得の分散化など「ローカル・ホリデー制度」の検討などが盛り込まれたが、観光ビザの発給要件緩和を全国レベルで行うのに抵抗があるのであれば、北海道や沖縄など、中国人観光客に人気で、かつ本州と海で隔てられた地域を「観光特区」にして、試験的に緩和を進める方法もあろう。

「ジャパナビ」創設やIT技術のフル活用等により、日本観光の質向上を

だが、訪日観光の囲い込みには、これだけでは不十分である。現在、政府の観光政策の目標値は人数ばかりに目がいっているが、観光客を現在の倍となる1500万人まで増加させても、現在GDPの0.2%を占める国際旅行収入が倍増するとは限らない。むしろ、「量」に加えて、訪日観光の質を高め、観光収入の増加を図る「質」の目標も重要である。仮に、国際旅行収入がGDPの数パーセントを占めるようになれば、立派な基幹産業の1つとなろう。

このためには、中国などの裕福層を標的にした、オーダーメイド型の質の高い観光プランも提供していくことが望まれる。また、政府は現在、「Yokoso! Japan」等の専用サイトを活用して、ホテルやレストランなどの日本の観光情報を発信しているが、民間の囲い込み戦略と比較して、まだ改善の余地があると思われる。たとえば、日本の飲食店の総合ポータルサイトに成長した「ぐるなび」では、参加飲食店の広告宣伝費用を活用しつつ、ポータルサイトの利用者に参加飲食店の割引クーポンを発行したりすることで、顧客の取り込みを図っている。このアナロジーで考えると、「Yokoso! Japan」でも、その参加航空会社・旅行会社・ホテルなどの割引クーポンを発行したり、また、観光と関係の深い不動産などの割安な投資情報を追加的に発信したりして、裕福層などの囲い込みを進める専用ポータルサイト(仮称「ジャパナビ」)の構築も推進してはどうか(ただ、サイトの構築支援は政府が行い、競争メカニズムを働かせる観点から、既存の「ぐるなび」等のポータルサイトも活用しつつ、実際の管理運営はいくつかの民間企業が行うのが望ましい)。

また、最近、iPhone等がサービスを開始した「セカイカメラ」という技術がある。これは、現実空間にコンピュータが作り出した情報を重ね合わせ、リアルタイムで撮影している映像に補足的情報を付加できる技術で、ショップの広告などさまざまな用途に活用が期待されている。この技術を利用して、空間的に広がりをもつさまざまな観光情報についても、訪日旅行客に対して、リアルタイムに情報発信(例:中国語・英語・韓国語)できれば、日本観光の質や満足度を高めることが期待できる。さらに、観光客の移動等の利便性を高める観点から、Googleマップ等のITツールを活用し、交通・レストラン情報や観光情報などが地図上で分かるような、多言語のコンテンツ構築を支援する試みも重要である。

なお、iPhoneやパソコンを持ち歩いていない観光客が街中でもポータルサイトにアクセスできるよう、全国展開しているコンビニを「Yokoso ! Japan Station」(仮称)として情報端末を置かせてもらえば、観光客にも便利で、コンビニの顧客開拓にもつながり、両得となる可能性がある。また、iPhone等の端末については、たとえば、重点市場(中国、台湾、韓国)からの観光客に、「ジャパナビ」等のポータルサイトを搭載した上で、空港で貸し出すサービス(有料ビジネスでも可)の提供や、到着ロビーや査証付近等でのそのサービス案内の周知徹底が考えられる。

さらに、観光需要は価格弾力性が高いと言われており、海外旅行で一番大きな比重を占める航空運賃の引き下げや、国際空港の利便性拡大も重要である。現在、政府は、羽田空港に4本目の滑走路が完成する2010年10月を契機に、同空港の本格的な国際化に乗り出す段取りであり、LCC(Low Cost Carrier)と呼ばれる低価格航空会社の積極的活用も検討しつつある。アメリカのサウス・ウエスト航空はLCCの代表として有名であるが、LCCは中小型機を利用し、機内食や飲料など徹底した無駄の排除により、急成長を遂げている低価格航空会社である。2009年12月に日米のオープンスカイ協定が締結された今こそ、日本のグローバル観光産業の育成に向けて、中国など東アジアと日本を往来する日本版LCC(例:スカイマーク)の創設が望まれる。なお、羽田空港とアジア重点国主要空港間のアクセス向上はもとより、LCCについては、アメリカなどの海外の事例をみても、地方空港間を「ポイント-ポイント」で結ぶことが成功の鍵となる。特に、中国については内陸の主要都市の経済発展が目覚ましく、これら海外の地方空港と日本の魅力的な観光資源に隣接した地方空港を結んだり、首都圏や関西圏のサブ空港(茨城空港や神戸空港など)を低料金で結ぶことにより、従来の主要空港間の路線では取り込めていなかった観光需要の掘り起こしができる可能性もある。

いずれにせよ、少子高齢化や人口減少が進む日本において、「見えざる輸出」としての観光は、電気自動車に代表されるグリーン産業と同様、21世紀の日本を担うリーディング産業となることが期待される。これには、上記の試みのほか、前回のコラムで述べたメディカル・ツーリズム等の活用や、ビザ発給要件緩和の条件として、リピーター観光客に対する優遇の導入も検討に値する。そして、その際には、日本観光をこれまでのような一過性の観光から、リピーター化を促すものに変え、対日消費(例:医療・資産運用サービスの活用、音楽・舞踊・演劇等の高価専門サービスや不動産の購入)および対日投資(例:金融・不動産市場)を促進させつつ、海外からヒトやカネを呼び込む「戦略」が特に重要となる。いまこそ、官民の叡智を結集させ、日本のグローバル観光産業を育成していくべきである。

2010年2月5日
脚注
  • 注1)WTTC(2009)“Travel and Tourism Economic Impact”を参照せよ。
  • 注2)なお、「Patricia Schultz(2003), 1,000 Places to See Before You Die: A Traveler's Life List, Workman Publishing Company」における日本のエントリーは8つ((1)古い京都、(2)中仙道と俵屋、(3)奈良公園、(4)札幌雪祭り、(5)富士登山、(6)パークハイアット新宿、(7)築地魚市場、(8)桜の花見)で、中国は17、タイ13、ベトナム10、インドネシア9、韓国及び台湾はゼロである。詳細はこの書籍又はオフィシャルサイト(http://www.1000beforeyoudie.com/)を参照せよ。
  • 注3)具体的には、1位のアメリカは1180億ドル、2位のドイツは1034億ドル、3位のイギリスは842億ドル、4位のフランスは508億ドル、5位の中国は410億ドル、6位の日本は390億ドルである。

2010年2月5日掲載

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