社会保障・経済の再生に向けて

第12回「官民一丸で政策構想力を強化し、社会保障・経済再生を―公設寄付市場・非営利ファンドの創設―」

小黒 一正
コンサルティングフェロー

拡大する米中との格差

社会保障の再生には、経済のパイ拡大も重要だ。だが、IMF等の試算によると、日本は年内にもアメリカに次ぐ「世界第2の経済大国」の座から滑り落ち、中国に逆転を許す見込みだ。また、日本のGDPが世界全体に占める比率が2000年の約15%から2014年に7%台に落ち込む、との予測もある(IMF試算)。国内では既にさまざまな歪みが表面化するとともに、中国・インド等の台頭に伴い、日本を取り巻く国際環境も大きく変化しつつある。外交安保、成長戦略、財政・社会保障をはじめとして難題が山積している。このままでは日本は衰退していくとの危惧を抱く者も多い。もはや一刻の猶予もない。いまこそ、官民一丸となって、その「叡智」を結集し、これから訪れる難局を打開する方策を早急に模索する時期にある。だが、現在のところ、具体的打開策は依然として不透明であり、政策構想力の強化は喫緊の課題であろう。

その点で注目されるのが、公器としての「シンクタンク(Think tank)」の存在である。周知のとおり、シンクタンクとは、諸分野に関する政策立案・政策提言を主たる業務とする研究機関をいう。「知識」と「政策」のギャップを埋める「かけ橋」としての機能を担う。アメリカでは80年代にヘリテージ財団(Heritage Foundation)が共和党のレーガン政権に「リーダーへの指南書(Mandate for Leadership)」という提言を行って以来、数多くのシンクタンクが政治に影響力を行使し、現実の政策を動かしてきた。現在、民主党・オバマ政権の内外政策も、アメリカ進歩センター(Center for American Progress)やブルッキングス研究所(Brookings Institute)などから大きな影響を受けているというのは有名な話である。このように、シンクタンクは、時の政権に新しい知の息吹を注ぎ込む役割を担うとともに、世界にも一定の影響を与えている。このため、毎年、アメリカのペンシルバニア大学のマクガン教授を中心に「世界シンクタンク影響力研究」が公表されているが、直近の研究(The Think tanks and Civil societies Program 2008)によると、全世界のシンクタンクの数は5465で、そのうち1777がアメリカにある。ワシントンは374で、これは、アメリカ以外の各国のシンクタンク数を上回る数と報告されている。しかも、2008年には中国社会科学院がアジアのシンクタンクでトップに入った。また、中国の週刊誌『瞭望週刊』によると、真偽は定かでないが、現在では、中国は約2000の「シンクタンク型」研究機関があり、その数は既にシンクタンク先進国であるアメリカを上回りつつあるとの話もある。アメリカや中国とは人口規模が違うものの、日本のシンクタンクは105に過ぎず、成長戦略を含む、政策構想力でも将来的に格差が拡大していく可能性がある。

どうやって構想力を高め、シンクタンクを増強するか

以上から、アメリカや中国を視野に、官民一丸でシンクタンクの増強等を図りつつ、日本の政策構想力を強化する必要があると考える。明治維新以降、優秀な人材を抱えてきた霞が関も一種のシンクタンクであり、人的資源を含むその機能強化は喫緊の課題とされている。だが、短期的課題に追われる現状において、中長期的課題に資源を割く余裕がないケースや、政治的利害関係の壁が存在し、中立的な議論や検討が難しいケースも多い。なので、時の政権とは一歩離れた場所で、日本の将来を見据え、自由な発想で政策を提言できる環境整備も重要だ。近年、東京財団や構想日本などが活躍しつつあるが、理想的には、大学・民間や霞が関から、このような政策提言に関心をもつ専門人材が自由に往来でき、アメリカの上位シンクタンク並みの人材・財務基盤を有する大型の政策シンクタンクがあと10くらい創設されてもよいのではないか。規模のある政策シンクタンクがあと10くらいあれば、ある程度の競争原理が働き、政策提言の質も高まるだろう。この点で注目すべきは、財務基盤である。アメリカのシンクタンクは、(1) 財団からの助成、(2) 個人・企業からの寄付、(3) 委託研究・出版等のビジネスによって資金を集め、上位のヘリテージ財団やブルッキングス研究所などは、不景気でも、30億円程度の収入を獲得している(横江公美著『第五の権力 アメリカのシンクタンク』文春新書)。その背景には、マイクロソフト会長らが創設した約4兆円の「ビル&メリンダ・ゲイツ財団(Bill & Melinda Gates Foundation)」などの存在もあるが、日本にはそのような規模の財団は存在しない。

そこで、筆者が提言したいのは、相続税・強化による財源をベースとして、「非営利ファンド(仮称)」や寄付税額控除とセットの「公設寄付市場(仮称)」を創設する構想である。野村総研の試算によると、2020年の遺産総額は年間約109兆円で、これに1%追加課税すると、約1兆円の財源が捻出できる。2%ならば約2兆円だ。この財源をベースに、具体的には、株式市場の仕組みを参考として、以下の政策を推進するのである(図表を参照)。

図表:非営利ファンド・公設寄付市場

(1) 公設寄付市場の創設
まず、寄付者と、寄付を募る団体との情報の非対称性を埋めるため、インターネットを活用する。このため、寄付を募る団体やプロジェクトのうち「優良適格要件(注1)」を満たすものと、寄付者をマッチングし、インターネット上で簡単に寄付可能な「公設寄付市場」を創設する。具体的には、情報の透明性を図る観点から、公設寄付市場は、寄付を募る団体等の財務・運営体制や目的・内容・実績を審査・公表するとともに、その格付を行い、寄付者・団体の発掘に努力する。他方、寄付者は、この情報をベースに、団体、プロジェクトや一任寄付(注2)に寄付する。なお、ミクロ的効率性を高める観点から、公設寄付市場は、東証の収益方式を参考に、一定の優遇措置や収益源を確保させつつ、免許制の民間組織として、いくつか設立し、競争させる。

(2) 寄付税額控除、非営利支援ファンドの創設
また、上記の寄付市場活性化の起爆剤として、「寄付税額控除」や「非営利支援ファンド」を創設する。この非営利支援ファンドは、公設寄付市場が運営し、一定要件を満たす団体・プロジェクトを審査して無償資金として支援する。

なお、支援対象は、シンクタンクのみでなく、非営利活動を行う通常の団体やプロジェクトにも適用することが望ましい。子育て支援や介護などの分野は、既存の制度を補完する受け皿として、もっと多様なサービスを供給する団体が存在してもよい。このような新しい非営利活動を行う団体も、国民のニーズに応じて、自然に設立され、成長していく機会も提供できよう。

いずれにせよ、以上の枠組みは、個人や団体が支援先であるシンクタンク等を直接選択する機会を提供すると同時に、公設寄付市場の審査・公表を通じて、寄付を募る側の意識改革も進め、より質の高いシンクタンク等の育成を図ることも期待できる。外交安保、成長戦略、財政・社会保障をはじめとして難題が山積している今、もはや一刻の猶予もない。特に、社会保障・経済再生は待ったなしの状況だ。上記のような枠組みも視野に、官民一丸でシンクタンクの増強等を図りつつ、日本の政策構想力を強化する環境整備を進めてはどうか。

2009年9月4日
脚注
  • 注1)「優良適格要件」は寄付市場の東証・上場基準に相当し、団体・プロジェクトの信頼性や内容、寄付金獲得の努力・体制等を審査する。
  • 注2)「一任寄付」とは、寄付者が分野指定するものの、原則、公設寄付市場に寄付先を委託する方式。

2009年9月4日掲載

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