社会保障・経済の再生に向けて

第7回「社会保障の公平性とミクロ的効率性の同時達成に向け、管理競争を導入せよ」

小黒 一正 コンサルティングフェロー

現行の社会保障(年金・医療・介護)は、終身雇用・年功序列が当然の時代に構築され、職種・地域で分立し、その純負担(受益と負担の差)は異なるものの、各個人は加入先を自由に選択できない仕組みとなっている。このため、前回のコラムでは、社会保障における世代内公平を確保するため、社会保障ファイナンスの一元化と社会保障番号制を推進する必要性を概説した。だが、単なる社会保障ファイナンスの一元化は、社会保障サービスを担う各保険者間の価格競争メカニズムを遮断し、そのミクロ的効率性を阻害してしまう。社会保障の公平性も重要だが、限られた資源を有効活用しその質を高めるため、ミクロ的効率性を追求する制度設計も重要なテーマである。この二律背反的問題を解決する方法は一見すると皆無のように思えるが、佐藤(2007)も指摘するとおり、そうとは限らない。それが「管理競争」という考え方である。そこで、本コラムでは、社会保障の公平性とミクロ的効率性の同時達成を図る重要な概念である、この「管理競争」について概説する。

管理競争とは -政府の役割の再考、保険者機能の強化と加入先の選択自由化-

管理競争とは、その言葉のとおり、政府によって管理された競争であって自由競争を指すものではない。それは、「社会保険の原則である公平性(各個人の社会保障サービスへのアクセス保証)を確保しつつ、各保険者やそのサービス供給主体への財政的規律づけを通して、社会保障全体の効率的運用を目指すもの」である。この管理競争という枠組みのうち、まず、重要ポイントの1つは、政府の役割の再考とプレイヤーである保険者機能の強化である。そして、もう1つの重要ポイントは、加入先の選択自由化とリスク調整である。これは、図1をみると理解しやすい。

図1:「管理競争」のイメージ
図1 「管理競争」のイメージ

この図は医療保険における管理競争の例であるが、基本的に年金・介護も同様である。

まず、現行の社会保障においては、診療報酬などの価格体系を政府が完全に統制しているが、管理競争では、各保険者が自ら医療費をコントロールできるよう、これら報酬体系の決定権限を各保険者に分権化する。そして、政府は、「スポンサー」として、被保険者(各個人)の利益を代弁、健全な市場機能をサポートする役割に特化する。すなわち、各保険者が提供する最低限の保険サービスの設定、各保険サービスの情報提供、所得再分配機能をもつ社会保険料の設定、リスク選択を回避するためのリスク構造調整プレミアム(後述)の設定や、市場機能や各保険サービスの監視・評価に特化するのである。

他方、リスク・プールの効率化(社会保障ファイナンスの一元化)を図る観点から、各個人が支払う「社会保険料」は、一旦、スポンサーである政府(中央基金)に集約化する。また、社会保障における世代内の所得再分配機能を重視する場合は、政府が強制徴収する社会保険料を所得に応じて変動させる。さらに、各個人は、各保険者が提供する保険サービスの中から最適な保険契約を自由に選択し、加入する保険者に「一括保険料」を支払う。また市場の失敗である逆選択などを防止するため、原則として、各個人には必ず1つの保険者の選択を義務づける。すなわち、皆保険は維持する。なお一括保険料は、同タイプの保険契約であれば均一である必要があるが、それ以外は異なっても構わず、各保険者の経営努力を促す指標となる。その上で、政府(中央基金)は、各保険者にその加入者リスクを調整した「リスク構造調整プレミアム」を配分する。具体的には、健康リスクが小さい加入者(例:若者)が多く医療費があまりかからない保険者には少なく、健康リスクが高い加入者(例:高齢者や有病者)が多く医療費がたくさんかかる保険者には多くの「リスク構造調整プレミアム」を配分する。また、各保険者は、診療報酬などを自由に医療機関と契約する。

ところで、この管理競争という概念は理論モデルの骨格のみで比較すると、地方公共サービスを担う現行の地方財政システムと概ね同等となる。また、リスク構造調整プレミアムは、地方財政とのアナロジーでいうと、地方交付税に相当する。これは、政府(中央基金)→中央政府、個人→地域住民、保険者→地方政府、社会保険料→国税、一括保険料→地方税、リスク構造調整プレミアム→地方交付税、と読みかえると、直ぐに理解できよう。地方財政では、中央政府が定め・配分する地方交付税によって各地方政府間の財政力格差を調整しつつ、地域住民がより質の高い公共サービスを担う地域に移動する誘因を通じて、地方財政の公平性と効率化の同時達成を目指す。これと同様、管理競争では、政府(中央基金)が定め・配分するリスク構造調整プレミアムによって各保険者間のリスクを調整しつつ、各個人がより質の高い保険サービスを担う保険者を選択する誘因を通じて、社会保障の公平性と効率化の同時達成を目指すのである。そして、これは、リスク・プールの効率化(社会保障ファイナンスの一元化)は政府(中央基金)、所得再分配は社会保険料、価格競争を通じた資源配分の効率化は一括保険料、各保険者間のリスク調整はリスク構造調整プレミアムという明確な役割分担によって実現されるのである。

このアナロジーから推察されるように、管理競争は、地方財政システムと同様、その分権化による保険者機能の強化によって社会厚生を改善する可能性をもつ。これは、図2をみると分かりやすい。医療などの社会保障サービスの限界費用がSで、その需要がD1とD2の2タイプの個人が同数いるとする。この場合、現行システムにおいて、政府は、概ねその平均である需要DMと供給Sの交点から、QMの社会保障サービスの供給を行っている。だが、本来は、D1の需要をもつタイプの個人にはQ1の供給、D2のタイプにはQ2の供給で十分であり、それぞれL1とL2の厚生ロスが発生している。管理競争の導入は、この厚生ロスを改善する効果をもつ。ちなみに、地方交付税が存在しないと、さまざまな資源の偏在から東京に人口が集中する可能性が高い。地方交付税は、東京から地方への資源の再配分によって、人口一極集中を是正する機能をもつ。これと同様、リスク構造調整プレミアムは、ある1つの保険者に被保険者(個人)が集中するのを防ぐ機能をもつ。

図2:分権化定理と管理競争
図2 分権化定理と管理競争

以上のとおり、管理競争は、地方財政と同様、あくまでも政府の管理に基づき、ゆるやかな競争をいくつかの保険者に促すものである。そして、管理競争において、政府は、保険者やそのサービス供給主体を直接規制するのではなく、「社会保険料(所得依存)」や「リスク構造調整プレミアム」などの政策手段を活用して、保険市場や社会保障サービスの適正な競争条件を管理する役割に特化することになる。

保険者は民間組織でも構わない

また、オランダやドイツの医療保険制度でも明らかなように、管理競争の保険者は、既存の保険会社などの民間組織でも構わない。アメリカの医療保険では無保険者が多いという問題があるが、これはアメリカの医療保険が完全に市場原理に委ねられ、その所得再分配機能が不十分で医療保険の負担に耐えられない所得階層が必要な保険に加入できない現状や、各保険者が疾病リスクの高い個人を保険に加入させない「クリーム・スキミング」(リスク選択)を行っているのが原因である。こうした問題に対処するため、たとえば、オランダなどの医療保険制度では、既述のとおり、所得再分配機能をもつ社会保険料やリスク構造調整プレミアムを導入するとともに、加入希望者を全て受け入れなければならない義務(Open Enrollment)を各保険者に課している。このように、社会保険料による所得再分配やリスク構造調整プレミアムなどによって、政府が適切な管理を行うならば、アメリカのような問題は発生しない。

むしろ、現在の社会保障のように、職種・地域で分立し、各個人が自由に保険契約を選択できない仕組みとなっている方が、社会保障のミクロ的効率性を高める点で大きな問題である。また、前回のコラムで述べたように、世代内の公平性も大きく阻害している可能性をもつ。このため、政府の役割と保険者機能のあり方を改めて見直す必要があろう。

また、各個人が自由に保険者の選択を行うことができるならば、民間組織と公的組織が混在していても構わない。低所得層や過疎地域に居住する個人にとって、加入の検討対象となる十分な民間組織が存在しない可能性もある。このようなケースの安全網(セフティーネット)として、一定の収入以下の個人や特定地域に居住する個人を対象とする公的組織を限定的に整備することも考えられる。

なお、民間組織は破綻する可能性もある。その点が心配であるというならば、社会保障(年金・医療・介護)に関する資産とその他の業務に関する資産について、厳格な区分経理を義務付けるなど、いろいろ工夫の余地はあろう。

ところで、スウェーデンの民間医療調査機関(Health Consumer Powerhouse)が最近公表した「Euro Health Consumer Index 2008」によると、欧州31カ国の医療システムのうち、管理競争を導入しているオランダが第1位になった。この調査は、2005年から毎年1回、欧州各国の医療制度を、(1)患者の権利・情報公開、(2)ITの活用状況、(3)治療アクセス(待機日数など)、(4)臨床成績(アウトカム)、(5)治療・予防の供給量、(6)薬剤の充実度について総合評価するものである。

この評価結果が示すように、管理競争は医療の質を落とすものではない。アメリカの医療保険のように完全に市場原理に委ねるものでもない。むしろ逆に、政府による管理された競争のもと、限られた資源を有効活用し、社会保障の公平性とミクロ的効率性を高め、そのサービスの質を高める政策手段なのである。

事前積立は中央基金に設置せよ -世代間公平とミクロ的効率性の同時達成-

ところで、前回のコラムで述べた社会保障ファイナンスの一元化は、図1の中央基金が担うことになる。これは、「大数の法則」から年金・医療・介護のリスク・プールはできる限り、大きい方が望ましいためである。これと同様、第3回のコラムで述べた世代間格差のための事前積立も、この基金に担わせ、人口変動ショックを複数の世代に分散化するのが望ましい。その上で、第2回のコラムで述べた世代間公平委員会は、政治が決定した社会保障の給付水準に基づき、将来の人口動態を踏まえつつ、世代間公平の確保に必要となる負担水準を推計するのである。また、半ば自動的に社会保障のマクロ予算フレームと事前積立の経路が決定するが、このうち、政府(中央基金)はマクロ予算フレームの範囲内で各保険者のリスク調整を行うようにすれば、社会保障における世代間公平を確保しつつ、ミクロ的効率性も追求することが可能となる。さらに、世代内の公平性を確保するためには、図1の社会保険料の負担において、前回のコラムで述べたように社会保障番号制を導入し、各個人の所得捕捉率を高めるのが望ましい。また、社会保障番号制で所得捕捉が十分になされているならば、第2回のコラムでも概説したように、社会保険料は賃金税タイプでなく、消費税タイプでも構わない。なお、どうしても、社会保険料のみで所得再分配が十分に機能しないケースや、一括保険料にも所得補填が必要な個人が存在するケースにおいては、就労インセンティブにも配慮しつつ、別途、収入に応じた財政支援を用意することも考えられる。

以上のとおり、社会保障の公平性とミクロ的効率性を同時達成するためには、公平性のうち、世代間公平は事前積立、世代内公平(課税の水平的公平性)は社会保障番号制、応能原則としての公平性(所得再分配)は社会保険料、社会保障原則としての公平性はリスク構造調整プレミアムが担うとともに、ミクロ的効率性のうち、リスク・プールの効率性は政府(中央基金)、各保険者間の価格競争を通じた資源配分の効率性は一括保険料が担うのが望ましいと思われる。

最後に、高齢率の第1ピークである2015年(第2ピークは2030年頃)まで、もはや数年しかない。だが、依然として、社会保障の将来展望は全く見えず、社会保障に対する不信と老後に対する不安のみが広がっている。また、昨今のアメリカを震源地とする金融危機を受け、いまや景気は大きく落ち込み、雇用情勢も大きく変化しつつある。その結果、各家計は防御反応を強め、それがさらに景気を悪化させる要因となっている可能性がある。つまり、各家計は、その将来不安の払拭のため、必要以上に消費を抑制し、過剰貯蓄をもたらしているかもしれない。だとすると、これらは政府の失敗であり、適切な政策の実行によって一定の解決は可能である。将来展望が全く見えず、国民の不安と不信が高まっている今こそ、景気・雇用対策と同様、官民一丸となって、社会保障の再生にも取り組むべきではないだろうか。

2009年4月3日
参考文献

佐藤主光(2007)「医療保険制度改革と管理競争:オランダの経験に学ぶ」会計検査研究36号

2009年4月3日掲載

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