小林慶一郎のちょっと気になる経済論文

第11回「金融政策は資産価格に反応すべきか? ― 投資特殊的な技術と金融政策」

小林 慶一郎
ファカルティフェロー

マスターくん
某私立大学大学院修士課程2年生(経済学)。経済学者志望で目下猛勉強中。

小林 慶一郎写真小林フェロー:最近のサブプライム問題の影響を受けて、「金融政策は資産価格の変動に反応すべきか?」という議論が再浮上しています。この問題は、日本の1990年代の「失われた10年」のときも、それに先行した1980年代の資産価格バブルに関して議論が行われました。

今回紹介するのは、その当時の論文です。

  • Bernanke, B.S., and M. Gertler (1999) "Monetary Policy and Asset Price Volatility" Economic Review 4Q: 17-51. Federal Reserve Bank of Kansas City.
  • Bernanke, B.S., and M. Gertler (2001) "Should Central Banks Respond to Movements in Asset Prices?" American Economic Review 91(2): 253-257.

マスターくん画像マスターくん:「金融政策は資産価格の変動に反応すべきか?」という問いは、具体的には、どのように議論するのでしょうか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:伝統的にこの議論は、「中央銀行は、名目金利を政策変数とするテイラー・ルールに、資産価格に反応する項を入れるべきか」について考えます。つまり、

(名目金利) = a*(インフレ率) + b*(GDPギャップ) + c*(資産価格) + (金融政策ショック)

というテイラー・ルールを考えるとき、係数cをゼロにするのが望ましいのか(資産価格に反応しない)、それとも正の値をとるのが望ましいのか(資産価格に反応する)という問題を考えるわけです。

マスターくん画像マスターくん:彼らのモデルおよび結論はどのようなものだったのでしょうか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:Bernanke and Gertler (1999, 2001)は、Bernanke, Gertler, and Gilchrist (1999) で用いた企業の投資が企業の資産価値に制約されるという担保制約のモデルに、バブルショックを導入しています。バブルショックとは、資産価格がファンダメンタルの値から乖離しており、その乖離は毎期ある確率ではじけてゼロになり、はじけない場合は一定割合で成長していくと仮定されています。彼らの結論は、バブルショックがある経済でも、ない経済でも、金融政策はインフレ率にさえ反応すればよく、資産価格には反応しない方が望ましいというものでした。また、最近では、第4回のコラムで紹介したように、Iacoviello (2005)が、消費者の借入制約を考えたモデルでは、資産価格に追加的に反応すると若干改善するが、その効果は無視できるほど非常に小さいことを示しています。

【今回の着眼点(小林・奴田原による今回の試み】
今回は担保制約のモデルを離れて、投資特殊的な技術ショックに注目して、金融政策と資産価格について、コンピュータシミュレーションにより分析を試みました。数値計算や分析はほとんど研究協力者の奴田原健悟氏にやっていただきました。動学一般均衡モデルで広く用いられているいわゆるTFPショック(もしくは中立的技術ショック)は、消費財産業の生産性にも投資財産業の生産性にも等しく影響を与えると仮定されますが、ここで考える投資特殊的な技術ショックとは、投資財産業の生産性のみに影響を与えるショックのことです。Greenwood, Hercowitz, and Krusell (1999)による、アメリカの景気循環の分析や、Braun and Shioji (2007) やSugo and Ueda (2008)による日本の景気循環に関する分析でも、投資特殊的な技術ショックが、重要な役割を持っていたことが示されています。

マスターくん画像マスターくん:なぜ、投資特殊な技術ショックに着目したのでしょうか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:小林上席研究員:まず、第1には、先ほど紹介したように、投資特殊的な技術ショックが景気循環に重要な要因であることが挙げられます。また、株価を動学一般均衡モデルで分析する際に、その代理変数としてよく資本価格(トービンのQ)が用いられます。株価は企業の価値を表すため、その保有資産である資本価格を代理変数に用いることができるわけです。投資特殊的な技術ショックは、投資財産業の生産性に影響を与えるので、資本価格に直接影響を与えることになり、資産価格を考える上で、重要なショックと考えられます。ですので、投資特殊な技術ショックがあるモデルでは、資本価格が金融政策に重要になってくるのではないかと予想したわけです。

【用いたモデルと結果】
今回試したモデルは、名目価格の硬直性がある標準的なニューケインジアンモデルに、標準的な投資の調整費用が入ったものです。ショックは、投資特殊的な技術ショック意外に、通常よく用いられるTFPショックと金融政策ショックを考えています。しかし、残念ながら、投資特殊な技術ショックを考えても、これまでの研究と同じように、資産価格には反応しない方が望ましいという結果が得られました。

図1は、テイラー・ルールの係数a, b, cについて、さまざまな値を与えたときのGDPとインフレ率の標準偏差をプロットしたものです。青い△印が資産価格に反応しないとき、赤い*印が反応したときを表しています。GDPとインフレ率の変動は、一般的にどちらも小さい方が望ましいので、このような図をプロットしたときの左下側の線は、効率フロンティアと呼ばれます。左下側に青い△印が集中しており、この効率フロンティアは、資産価格に反応しない金融政策のケースによって形成されていることが分かります。つまり、資産価格変動に反応しない金融政策が望ましいのです。

図1:効率フロンティア テイラー・ルールの係数a,b,cに関して、様々な値を試したときの、インフレ率とGDPの標準偏差
図1:効率フロンティア テイラー・ルールの係数a,b,cに関して、様々な値を試したときの、インフレ率とGDPの標準偏差。△印はc=0のとき(資産価格に反応しないとき)、*印はc>0(資産価格に反応したとき)のとき。

また、図2は、テイラー・ルールの係数をa=2, b=0.1で固定したまま、cの値のみを変更したときのインフレ率とGDPの標準偏差をプロットしたものです。やはり、資産価格に反応しないときがもっとも左下にきていることが確認できます。私たちの計算によると、大きいcの値を用いるテイラー・ルールほど、GDPとインフレ率の標準偏差は大きくなってしまうことが分かりました。

図2:a=2, b=0.1で、cを変化させたときのインフレ率とGDPの標準偏差の変化
図2:a=2, b=0.1で、cを変化させたときのインフレ率とGDPの標準偏差の変化

最適な金融政策は、この種のモデルではGDPの標準偏差を小さくする政策ですので、金融政策が資産価格に反応すると、最適な政策から遠ざかってしまうことが示されたことになります。このことから、投資特殊的な技術があるというだけでは、資産価格に金融政策が反応するべきとはいえない、ということが分かりました。一方、上述の通り、Bernankeたちの研究では、企業投資の担保制約は、金融政策が資産価格に反応すべき根拠にならないことが示されています。

現実の経済を見ると、金融政策は資産価格に反応するべきとの考え方は間違っていないように思えますが、それを裏付ける理論的モデルはあり得るのでしょうか。今後、私たちが検証したいのは、企業の運転資金(中間財購入や賃金支払いのための借入)が担保制約を受けているモデルです。運転資金が担保制約を受けているモデルでは経済変動が大きくなることが知られており、金融政策にも既存モデルと異なる含意を持つことが期待されます。

2009年3月5日
文献
  • Bernanke, B.S., M. Gertler, and S. Gilchrist (1999) "The Financial Accelerator in A Quantitative Business Cycle Framework," in: J. B. Taylor & M. Woodford (ed.), Handbook of Macroeconomics 1, chapter 21, 1341-1393.
  • Braun, R.A., and E. Shioji (2007) "Investment Specific Technoslogical Changes in Japan," Seoul Journal of Economics 20(1) Spring 2007.
  • Greenwood, J., Z. Hercowitz, and P. Krusell (1997) "Long-Run Implications of Investment-Specific Technological Change" American Economic Review 87(3): 342-362.
  • Iacoviello, M. (2005). "House Prices, Borrowing Constraints, and Monetary Policy in the Business Cycle." American Economic Review 95(3): 739-64.
  • Sugo, T. and K. Ueda (2009) "Estimating a Dynamic Stochastic General Equilibrium Model for Japan" Journal of Japanese and International Economies 22: 476-502.

2009年3月5日掲載

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