小林慶一郎のちょっと気になる経済論文

第4回「担保制約および名目債務と金融政策 - 金融政策は資産価格の変動に反応すべきか?」

小林 慶一郎
ファカルティフェロー

マスターくん
某私立大学大学院修士課程2年生(経済学)。経済学者志望で目下猛勉強中。

小林 慶一郎写真小林フェロー:最近発展しているNew Keynesian型の経済理論モデルでは、価格粘着性(価格改定のチャンスが、まれにしか巡ってこない)による非効率を、金融政策によって最小化することを中心的なテーマとしています。価格粘着性以外に、債務に関する担保制約や、債務契約が名目値でしかできない(すなわち債務契約を実質値ではできない)という歪みを入れるとどうなるのか。それを論じたのが、今回紹介する論文です。
Iacoviello, M. (2005). "House Prices, Borrowing Constraints, and Monetary Policy in the Business Cycle." American Economic Review 95(3): 739-64.

マスターくん画像マスターくん:この論文の特徴はどこにあるのでしょうか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:1)「担保制約」、2)「名目債務」という2つの歪みがマクロ経済変数に及ぼす影響を理論的に論じ、シミュレーションによって米国のデータと比較している点です。また、この論文の大きな貢献は、これら2つの歪みによって、資産価格(土地価格)と他の変数(生産、インフレ率など)との関係をモデル化していることと、こうした歪みのもとで望ましい金融政策のあり方を理論的(定量的)に論じているところです。

この論文では、担保制約は次のようにモデル化されています。Kiyotaki and Moore (1997)と同様、異なる時間割引率を持つ2種類の消費者(兼企業)が存在すると仮定します。一方はPatient(忍耐深い)、他方はImpatient(忍耐がない)。Impatientな消費者は、市場金利では満足できないので、早く消費してしまう。そのため、内部資金を貯めることができず、できる限り借入をすることによって消費をスムージングしようとします。借入を行う際に、不動産を担保にするという制約がおかれます(なぜ、担保が必要か、という点についてのmicrofoundationはあまり議論されていない)。また、債務契約が、名目額でしか契約できないケースと、実質額で契約できるケースの両方を分析し、その違いを検討しています。

この担保制約を、New Keynesian型の粘着価格モデル(Calvo-pricingモデル)に埋め込むために、企業で生産された財が、いったん、完全競争市場において、無数の小売業者に売られると仮定します。小売業者は、コストゼロで財を加工し、差別化します。小売業者は独占的競争を行っており、かつ、小売価格を改定するチャンスが、まれにしか巡ってこないというCalvo-pricingの制約を受けていると仮定します。つまり、川上の企業/家計は、担保制約の下で財を生産し、その財市場は完全競争だが、川下の小売市場にはNew Keynesian的な価格粘着性があるという設定です(川上のKiyotaki-Mooreモデルに、川下のNew Keynesianモデルを接木したような構造になっています)。このモデルが生成するデータ系列がアメリカ経済の実際のデータ系列に近くなるように、パラメーターの値を推定します(Christiano, Eichenbaum, and Evans [JPE, 2005] の手法を使います)。

マスターくん画像マスターくん:そのシミュレーションから見えることは何なのでしょうか?

小林 慶一郎写真小林フェロー:この論文の主要な結果は、3つあります。1つめは、米国経済のデータで、不動産価格の上昇に対して実質支出が増える反応をすることが、このモデルの担保効果によって説明できるということです。2つめは、名目額でしか債務契約ができないケースでは、突然のインフレショックに対して、実質支出が非線形に反応し、現実のデータと一層、近くなっていることです。これは、デット・デフレーション効果(債務が名目で固定されているために、インフレ率のショックが増幅されて企業/家計の支出を制約するという効果)によるものです。3つめは、金融政策が不動産価格に反応しても、ほとんど(生産やインフレの分散を小さくするという意味では)効果がない、ということを発見したことです。金融政策が資産価格に反応すべきではない(反応すると、金融政策の効果が悪化する)、というインプリケーションは、Bernanke and Gertler (2001)など、先行研究で指摘されています。この論文では、金融政策が不動産価格に反応すると、金融政策の効果はごくわずかに改善するが、ほとんど無視できる程度である、ということを示しました。

このモデルで、若干問題なのは、企業/家計による借入(担保制約の対象)が、(企業/家計の)土地購入と消費をスムージングするために使われている、という設定です。現実の経済では、企業が労働者を雇用したり、原材料を購入したりするために借入を行うと思われますが、このモデルでは、投入要素の購入には担保制約がかかっていません。

もし、労働や原材料の購入などのための資金を企業が借入で調達しなければならず、その借入に担保制約がかかっていたら、モデルが示す結果は、少し異なっていたかもしれません。たとえば、「金融政策が資産価格に何らかの形で反応すべきである」という最適金融政策に関するインプリケーションが導き出されるかもしれません。

2006年5月11日
文献
  • Kiyotaki, Nobuhiro, and John Moore. 1997. "Credit Cycles." Journal of Political Economy 105, pp. 211-248.
  • Ben S. Bernanke & Mark Gertler, 2001. "Should Central Banks Respond to Movements in Asset Prices?," American Economic Review, American Economic Association, vol. 91(2), pages 253-257.
  • Christiano, Lawrence, Martin Eichenbaum, and Charles Evans. "Nominal Rigidities and the Dynamic Effects of a Shock to Monetary Policy." Journal of Political Economy 113 (February 2005)

2006年5月11日掲載

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