1 はじめに
1990年代末、ハーバード大学マイケル・ポーター教授が「産業クラスター」を提唱し、2000年頃に世界中に普及した。日本も同時期に実施したが、TAMAクラスターにおいて数社が成功した事例を除いて、多くの地方で成果はほとんど得られなかった。
当時、産官学連携が実施されており、企業城下町などとの違いを地方ではよく理解できず、産業クラスターという初めて聞く言葉に戸惑い、従来型の地方における産業振興策の焼き写し(注1)のような形となった。
最近、高市政権は、成長戦略の一環として、各地域に、「産業クラスター」を戦略的に形成することで、地域での投資を促進し、働く場所を創り、それを支える人材育成のエコシステムを生み出し、「強い地域経済」を構築する政策を打ち出している。2026年7月に策定した『地域未来戦略』に基づき、地域の特色ある強みを生かした「産業クラスター形成」政策であり、2026年10月1日時点で、74件の計画が策定・公表され、全国各地で数百もの新たな計画の構想が進んでいる。
また地域発の「産業クラスター」の実現のため、年末までに、国によるインフラ整備や投資支援などの措置を上乗せすることも含めて、今後5年間の国の支援方針を明らかにした「地域未来戦略実現フレーム」を策定するとしている(注2)。
2009年以降、ドイツで現地調査を繰り返してきた筆者としては、今回の産業クラスター政策により、日本国内から1社でも多くの「隠れたチャンピオン」「グローバルニッチトップGNT企業」が創生されてほしいと願う。
2009年からスタートした筆者のドイツ現地調査は、「独り勝ち」と呼ばれるほど強力な経済力を有するドイツの産業構造を調査分析すれば終わりというものではなかった。調査分析の結果、明らかになった手法を日本に当てはめ、日本の「失われた30年」を終わらせ、日本経済を再び力強い成長軌道に乗せることが目的であった。
ドイツ現地調査の結果、ドイツにおいて産業クラスターにより、「隠れたチャンピオン」を創生する手法は、ほぼ解明された。その手法を日本に当てはめ、日本の中小製造企業から「隠れたチャンピオン」を創生するにはどうすればよいか、それを以下に述べる。
2 ドイツ型産業クラスターとは
ドイツ地方政府は、中小企業振興策として産業クラスターを積極的に導入し、ドイツ全体で産業クラスターが普及した。結果、ドイツ国内には恐らく数百の産業クラスターが存在すると思われるが、全体像の把握は困難である。ドイツは世界の中で最も産業クラスターが成功した国と言われている。
ドイツ型産業クラスターの考え方は、以下のとおりである。すなわち、中小企業は1社だけでは弱い存在であるため、自社が不得意とする機能は、他の企業・機関と一緒に組めば、擬似的に大企業と同等の競争力を得ることが可能であり、産業クラスターはそのための場を与えるところ、との考え方である。
日本にも、「三本の矢」という教えがある。1本の矢だけではすぐに折れてしまうが、3本が一緒になるとなかなか折れず、強くなるという趣旨である。すなわち1者だけで取り組むよりは、他者と協力連携することにより、全体として大きな力を発揮できるということである。他者との協力連携の重要性を説いた教えである。
2000年代、日本において産業クラスターが実施された当時、この「3本の矢」の考え方が地方では理解されず、結果ほとんど成果が出なかった。だが古今東西、国は違えども、日本でもドイツでも「3本の矢」の考え方は同じである(図表1)。
ドイツの産業クラスターで最も重視していることは、「人が、高いお金を払っても欲しいと思う商品」「技術力の高い商品」を持つことである。製造業の基本中の基本である。iPhoneや日本の「老舗」などを見ればわかるように、こうした商品を持てば、特に営業をしなくても、客は向こうからやって来る。確かに、営業や販路開拓は重要だが、こうした売れる商品を持っていないと、いくら頑張っても売れない。(図表2)
図表3)をご覧願いたい。A層は、隠れたチャンピオンまたはそれに近い存在である。ドイツは、中間層Bを隠れたチャンピオンに育成することに成功した。それが、ドイツの全国各地で強力な競争力を持つ数多くの中小企業が活動している背景と言える。ドイツの産業クラスターは、ドイツの中小企業や地方政府の意識・行動様式が反映された制度設計が成されていると言える。
3 日本における産業クラスターのターゲット
日本において産業クラスター政策を行う場合、その最もターゲットとなる対象がある。今、日本で最も危機感を持っている中小企業グループである。そこに集中的に支援をすることが重要である。
日本における中小製造企業の約3/4はいわゆる系列の傘下にあると言われている。明確な系列ではないにしても緩い形態の系列の場合もある。ドイツ人と話をしていると、「日本の系列は麻薬だ」と批判する。「日本企業は系列から独立して自立しないと将来がない」ともいう。
だが系列の傘下にある企業は、利益は少ないかもしれないが、確実に食べていくことはできるので、系列の傘下から独立しようとしない。現状で何も困っていないからだ。かつての藩主に仕えた武士が禄をもらって家族が質素な生活する感覚と同じではないかと感じている。親企業から「いいものを作って安く納めるんだよ」と数十年にわたって何度も何度も繰り返し教えられた結果、「いいものを安く」という価格方針・経営方針がまるで聖域にように刷り込まれることになった。
だが日本の経済状況が苦しくなる中で、系列傘下の企業の経営が徐々に苦しくなっている。恐らく、どの企業も現状のままでいいとは思っていないはずだ。何とかして、系列以外の道を模索したいと思っているが、何をどうすればいいか、わからない。長年、系列の傘下で食べさせてもらうことに慣れてきたからだ。こうした危機感を持っている中小企業が、地方には多くいる。これが日本型産業クラスターの最大のターゲットである。
この点を図化したのが図表4である。今、親企業1の系列の傘下にある中小企業がいるとして、親企業1からの仕事が減っている、またはコスト削減を継続的に求められ、親企業1から受け取る資金が減っている。
親企業1からの仕事が減っている背景には以下のような事情がある。1つは、親企業の一部の事業が海外に出て行ったため、国内生産が減ったケースである。2つめは、親企業が外国企業からの調達を始めたケースがある。またそもそも親企業1の売上高が減っているケースもある。
日本全体の傾向を言えば、1995年以降、大企業が海外生産比率を拡大し、系列傘下の企業が日本国内に取り残されている。自ら製品を開発し、自ら販路開拓しないと生き残れない状況になっている。だが、なかなかできないので、残った親会社にしがみついている。
こうした状況の下では、中小企業はこのままではじり貧となってしまい、やがて経営困難になる。そうならないうちになんとかしないといけない。その選択としては、新しい製品を開発し、他の系列の親企業2に買ってもらうケース、外国に輸出するケースなどがある。いずれにしても企業独自で新製品を開発して営業を行い、販路開拓をしなければならない。
だが長年、親企業から図面と技術を与えられ、出来上がった製品は全量買い上げてくれるので、新製品の開発や販路開拓は行った経験がない。誰か手を差し伸べて欲しい、と思っている企業が日本全国には数多いと思われる。これから日本で作る産業クラスターは、こうした企業をターゲットに支援するのである。
ところで、ドイツ現地調査の結果、かつて2000年代に日本の産業クラスターが行われていた時期、ドイツの産業クラスターでは行われたが日本では行われなかった事業があることがわかった。これらの事業は、強い中小企業を創生する原動力の1つにもなるので、今回の日本の産業クラスターでは、これらの事業も実施することが望ましい。
1) 各地域のクラスター間競争
企業はどこのクラスターに参加するか自由である。人気のないクラスターからは参加企業が撤退する。ドイツ連邦政府は、「先端クラスター・コンペティション」を実施し、選定された15個の「トップクラスター」に予算(1カ所当たり数十億円規模)を付けるなどの手法で、強いクラスターをより強くし、競争を加速。そのため地方政府は、企業が集まるようなクラスターに知恵を絞っている。
2) クラスターが外国企業の投資を誘致
当地に投資すれば、良好なビジネス環境がある、としてクラスター自身が外国企業誘致を行う。ドイツでは優良クラスターは、外国企業からの投資誘致の重要なインセンティブである。
3) 成功体験の共有化
同じ分野に属するクラスター事務局同士が定期的に広域的な交流会を実施、さまざまな試みの体験を発表しあうことで、1カ所の成功体験が各地に波及する。
日本では広域的な地域間交流がなかったため、TAMAプロジェクトの成功体験が全国に広まらなかった。
(次稿に続く)