はじめに
OECDは、参加国が共同して国際的に開発した学習到達度問題を、15歳児を対象として実施している。PISA調査(注1)は、2000年に32カ国を対象に最初の本調査を実施し、以後3年ごとのサイクルで調査が実施されている。PISA調査では日本人はかなり優秀であることがわかる。
だが、大人になって働いている社会人を比較すると、日本人の生産性(1人当たり1時間当たり)は、ドイツ人の半分しかない(注2)。
15歳時点で、世界で最も優秀な日本の子供たちが、そしてドイツの子供たちと比較して、こんなに大きな差を持つほど才能あふれる日本の子供たちが、大人に成長し、社会に出て集団で働き始めると、なぜ、ここまで大きくパフォーマンスが落ちるのだろうか、なぜドイツ人に比べて生産性が半分しか生まれないのだろうか。
その原因の1つにスキル形成があると思われる。PISA調査は人間が本来持っている能力を計測するものであるが、社会人が働いて付加価値を生み出すスキル能力とは少し違う。
そこで、スキル形成の観点から、日独企業比較をまとめてみた。どちらの国の企業も、さまざまな種類があり、定型的パターンには全てが当てはまるわけではないが、大まかに言って、それぞれの国の傾向を代表として、以下に述べていると考えていただきたい。
1 大学
ドイツの理工系学部では企業出身者でなければ教官になれないという規定がある。教官が自分の出身企業や現役時代の取引先企業を回って仕事を取ってくる。その企業からの受託金が、その教官の研究費になり、また大学の収入になる。ドイツの3大工科大学(ミュンヘン、ベルリン、アーヘン)の収入の1/3は、この企業収入である。教官が取ってきたその企業プロジェクトに、学生が社員と同様に参加して仕事の一部を担い、実践でスキルを取得する。その成果が大学院論文として認められる。論文は学術ではない。
日本の理工系大学では、学術論文で成果を出した人が教官になるため、企業で事業を担っていた人が教官になることは難しい。本来、大学が立地している地域の地場産業を支援することを目的に設立された地方大学であっても、旧帝大と同じ運用をしているので、自分の知識と経験を生かして地場産業を支援しようという企業人が教官になることはかなり難しい。これは「地方大学のミニ東大化」と呼ばれている。地方大学であっても、旧帝大と同じ内容の学術的な講義であり、就職後のスキルとは関係のない講堂での講義が中心である。そして働くために必要なスキルの形成とは関係のない学術関係の学部が多い。旧帝大とは別のミッションをもって設立された地方大学であるが、時代を経て、旧帝大とほとんど同じ運営が成されている。
2 インターン
ドイツにおける学生のインターンは、約半年間、企業のなかで社員と同じ仕事をする。何度かインターンを繰り返し、30歳までに自分に合った職場を見つければよいという雰囲気である。社会人としての適地を見つけるまで、何度でも大学に戻ることができるのは、大学が無償であることが大きい。ドイツは経済が好調であるため、教育無償化が実現されている。
日本ではインターンは約1週間しかないので、企業のなかで実際に職員と同様、仕事をすることはできない。お客様扱いである。インターンの実態は、就職活動である。しかも大学で専門課程に入ったばかりの大学3年に行うので、学生は専門的スキルなど持っていないし、完全な青田買いである。
3 採用
ドイツ企業では、外国でのインターン経験が採用条件にある。このため、学生は、外国にインターンに出かける。日本で活動しているドイツ企業にも多くのドイツ人学生がインターンで来ている。彼らがドイツ企業に採用された後、やがて日本への輸出業務などを担う。
またドイツでは、ジョブ型なので、企業の各部署が「必要な人を必要なとき」に採用する。企業は要求スキルを明らかにして人を募集し、それに対して応募者は自分のスキルを提示し、マッチングすれば採用となる。
自分のスキルレベルが高いことを示すために、学生は積極的に「博士」をとり、採用側もそれをスキルレベルと考える。このため会社には「博士」が多くなる。
各部署が必要なときに必要な人を採用する完全なジョブ型であり、採用権限は人事部でなく各部署にある。
日本企業の採用は、人事部による新卒一括採用である。中途採用が増えてきたが、それでもまだ少ない。採用時にスキルは求めないため、面接では、「貴方はどのようなスキルを持っていますか」という質問はなく、会社によって、面接官によって、バラバラである。そのため、企業がどのような基準で採用するのか、学生にはわからないため、面接のためのマニュアルや塾などがあり、面接のテクニックを教える大学もある。面接で好印象を残せば受かるという理由である。「好印象」とは何か、も基準はないため、学生は、自分の希望する企業で希望する仕事をするために、大学時代に何をどのように準備すればいいかわからず、直前になってテクニックに走る。かつては大学名で採用していたこともある。そこにしか、採用基準を見いだせなかったからと思われる。採用権限は人事部にある。
「博士」を持つことが有利な就職にはまったく影響しないので、学生は博士をとろうとはしない。
4 仕事
ドイツでは、ジョブ型で「必要なときに必要な人」を募集し採用したのであるから、当然ながら、採用された人の業務内容と範囲は明確であり、時にはそれが明文化されることもあり、採用された部署で、自身の持つスキルを生かせる仕事を担う。ドイツ企業で働く人の多くは、「博士(ドクター)」の称号を持っており、名刺にも書いている。専門性を重視する専門家集団である。
日本では、会社の都合で、どの部署に行かされるかわからない。博士が営業に回されることがある。「会社のためなら何でもします、どこへでも行きます」「その代わり雇用は定年まで保証します」という人事であり、「日本型雇用」と呼ばれていた。入社全員がジェネラリストを目指す人事であり、専門家を養成しない人事である。そのため養成されるスキルは、「人間関係」であり、「調整能力」である。足して2で割る、角を削って丸くする、何を言ったかでなく誰が言ったかで物事を判断する、上司に忖度(そんたく)する、という能力が発達する。
5 昇進昇格
ドイツ企業では仕事の結果で判断される。
日本企業では、昇進昇格が何を基準に判断されるかわからないので、人間関係、特に上司に忖度することが重視される。日本人の持つ才能やエネルギーの多くがここに費やされる。
(次稿に続く)