5 隠れたチャンピオン (Hidden Champion)(続き)
日本とドイツの産業構造による最も大きな差異は、系列が存在するかどうかであろう。日本には系列が存在し、日本の中小企業の約3/4が系列の傘下にあるとされている。また系列の傘下になくても、日本企業は系列意識が強く、「サプライチェーン」の中での事業活動が基本となっている。
一方、ドイツには系列が存在せず、系列意識もない。前回(注1)述べたように、筆者が2010年にライプチヒBMW工場を訪問した際、「購入部品はどうやって決めるか」と聞いたところ、「部品ごとに調達基準を作って入札する。基準を満たしていれば、世界中のどの企業からでも購入する」との回答であった。
定期的に入札して購入部品を決めており、系列は存在しない。納入しようとする企業は、自社で新製品を開発し、入札基準に達するまで技術開発をしなければ入札に参加できない。また、入札するまで営業部隊がBMWを頻繁に訪問しないといけない。それは日本の系列部品メーカーとはまったく違う競争環境である。ここに、フラウンホーファー研究機構が活躍する場がある。また中小企業は強力な営業部隊を持っていて、それが国内だけでなく外国へも活動を展開している。
製造業とは、「人が欲しがるものを作って」「それを売る」という単純な行為の繰り返しである。ドイツ人は、この基本的で単純な行為に、ドイツ人の真面目で愚直な性格で、地道に真面目に愚直に取り組む。
「人が欲しがるものを作る」ことと「それを売る」ことの双方とも製造業にとっては大切な行為であるが、では、どちらの方がより重要かと言えば、iPhoneを例に挙げるとお分かりのように、本当に人が欲しいものを作ると、営業販売活動などしなくても、人がどこからか聞きつけて、買いに集まる。日本の「老舗」の商品も同様である。この点に見られるように、製造業では、「人が欲しがるものを作る」ことが最も重要である。ドイツのものづくりの代表例は、自動車である。BMW、ベンツ、ポルシェ、アウディ等高価格車が世界中で売れている。
ここで製造業の商売の方法を大別しておこう。大きく分けると以下の2種類に分かれる。
第一は、薄利多売方式である。日本では「いいものを安く」という響きの良い商売方式が広く行われているが、その実態は、商品の最大の売りは「価格が安い」ことであり、大量生産・大量販売で利益を何とか確保する方式である。他社商品とは、価格で差別化し、価格で競争する。利益無視のシェア拡大路線となることもある。
日本では、「薄利多売で永らえた企業はない」との格言があるが、それでも薄利多売方式は、古い昭和時代のタイプの経営者にとって一種の信仰のようなものがある。
日本の軽自動車がその代表例であるが、日本の自動車メーカーが、多くの軽自動車を販売しても、企業自体が利益を確実に確保できるのは、多くの車種をそろえ、車種ごとに利益を出し、特に上位車種の高級車では確実に利益を生み出しているからである。逆に言えば、薄利多売方式は、以下に挙げる高付加価値・高価格方式が存在して初めて共存できると言える。
もう1つの例が家電である。かつてアジア地域における家電市場は日本の独壇場だったと言えるが、やがてアジア各国が家電市場に参入し、日本企業はこうした価格競争に突入し、値段はどんどんと安くなっていった。だがあるとき、高価な家電が外国から輸入されると、消費者は飛びついた。日本企業の誰もが価格の高い高級家電が日本で売れるなどとは思っていなかったのだろう。高級家電が売れることが分かると、日本企業のなかにも、ベンチャーを起こして家電市場に参入する企業なども参入し、かつての大手電機メーカーの影は薄くなった。大手電機メーカーが作っていた家電市場は、典型的な「いいものを安く」「薄利多売」の商法であった。
日本では、多くの商品で、「いいものを安く」を基本とした商売が行われているので、その商売の下では、日本人が一生懸命頑張って働いても、利益が少ない。ここに日本人の生産性がドイツ人の半分しかないという1つの要因があるのではないか。
第二は、高付加価値・高価格方式である。「太客、上客」を相手に商売し、利益を確実に得るものである。薄利多売方式のような大量生産・大量販売をしなくてよい。1つ商品を売るだけで大きな利益が得られる。
この方式の下では、残業せずに、家に帰り、夏やクリスマスには1カ月の休暇をとることも十分可能である。企業は安定した長期経営が可能であり、高い賃金、長期の雇用が可能である。日本の「老舗」と呼ばれるところは、この商法を行っている。
ところで、「老舗」企業とは、創業から100年以上の歴史を持つ企業と定義されている。 2023年9月時点で、日本は4万2,966社であり、世界の約半分を占める(出典:帝国データバンク)。日本には圧倒的に、高付加価値・高価格方式の商法を行い、確実に利益を確保し、安定した長期経営を行い、高い賃金、長期の雇用、地域への貢献を行う企業が多いのも事実である。「老舗」で働く人の生産性はかなり高いと思われる。
そうした一方で、日本では「薄利多売」商法をする企業が多いのも事実である。「いいものを安く」というのは、とても言葉の響きが良い。だから何も疑わずに、「いいものを安く」という経営者の方針に従業員が暗黙的に従ってしまうのかもしれない。
以上の記述に従って、商品別のすみ分けについて、大きく分類してみると以下のようになる。どの市場をターゲットに狙うかで分類できる。(図表1)
ドイツに「系列」は存在しない。例えば、自動車メーカーに部品を納入する場合、定期的に競争入札をする。入札に参加し、調達を勝ち取るためには、自動車メーカーが定めた調達基準を上回るまで、自ら技術開発する必要がある。自ら技術開発を行い、新製品開発をしなければならない。また、自動車メーカーの入札に参加できるよう営業が売り込む必要がある。そのため、ドイツの中小企業は、強力な製品開発力および販路開拓力を持つ。
会社形態について見ると、例えば、日本の大企業であれば、
本社、地方支社、事業部拠点、工場、研究所
などの拠点を持つ。機能・工程を見ると、
基礎研究⇒研究開発⇒商品企画⇒商品開発⇒設計⇒製造⇒搬送⇒販売⇒アフターサービス
といった具合に、全ての工程を内包している(一部をアウトソーシングする場合もある)。ドイツの中小企業は、小さいながらもこれら全ての機能・工程を持っている。そのため、日本のように、数人、数十人といった中小零細企業はほとんどなく、数百人規模以上である。
全ての機能・工程を持つと、少なくとも数百人程度の人数は必要である。以上から分かるように、ドイツにおける系列のない競争環境が、強力な中小企業の競争力を生み出している大きな要因となっていることが分かる。
片や、日本の中小企業(製造業)の約3/4は系列の傘下にあると言われている。かつてJapan as NO1と言われていた1980年代の頃、系列が効率的に効果を発揮した(図表2)。日本はアンフェアーだ、と批判していた米国も、系列の原理を勉強し、納得した。米国の自動車メーカーは、日本であれば系列下にあった中小企業を全て自社内で内包する部品の内製化を行っていたので、米国の自動車メーカーの従業員数は日本の自動車メーカーに比べ、その何倍、何十倍にもなっていた。
だが今の時代、時代が大きく変化する中にあって、一度、大きなシステムとして完成度が高く形成されてしまったために、時代の変化に伴って変更することが難しく、逆に、系列は系列に参加する企業にとって、競争力強化が難しい強い足かせとなっている。その最も顕著な事例が2つある。
第一は、系列が、ガソリン車からEV車への転換への妨げとなっていることである。ガソリン車からEV車になると、ガソリン車関係の部品を作っていた多くの部品メーカーの仕事がなくなるとされている。EV車は、バッテリー、制御盤、モーターだけでよく、エンジン関係の部品がまったく不要になる。そのため、石油を燃焼させる自動車関係の部品を作っている系列下の部品メーカーは、親会社の自動車メーカーが、EV車にシフトするのを妨げようとする。結果、EV化の波に乗り遅れ、系列全体の売り上げが減少する。自社にとって都合の良いことが、それを全企業がすることで、全体にとって足を引っ張る「合成の誤謬」となって現れる。
第二は、1995年以降、大企業が海外生産比率を拡大し、日本国内に多くの下請けが取り残されたことである。日本に残された企業は、自ら製品を開発し、自ら販路開拓しないと生き残れない状況になっているが、なかなかできない。残った親会社にしがみつく。
日本の系列は、図面方式と呼ばれ、親会社は下請けに図面を与え、作り方(技術)を教え、出来上がった製品は全て買い上げるため、商品企画・開発と営業販売が不要である。そのため、生産現場(工場)と経理部門だけで企業が成り立つ、最低、職人と経理の2人で企業が成り立つ。よく工場現場で働く熟練作業員と経理だけの中小企業の風景が、テレビなどで流れるが、そのような光景は日本だけでしか見られない。親会社は、技術を無償供与し、出来上がった製品を全量買い上げするため、多くのドイツ人は日本の系列のことを「麻薬」と呼ぶ。かつての藩主に仕えた武士のように、禄をもらって家族が質素ではあるが安定的に生活する感覚と同じである。
隠れたチャンピオンは、大都市に集中せずに全国各地に点在している(図表3)。企業規模が大きくなっても創業時の場所を離れない。日本のように、大きくなると東京に移転するようなことはない。そのため、その地域では、親子何代にもわたって、その企業で働く家族がいる。そのような家族は、その企業で働くことを誇りに感じている。
このように、企業は地域の雇用を守り、地域経済を支え、経済的に豊かな地域を実現している。そのため、日本のように、若者が都会に出ていくという現象がない。ドイツ人は、自分の生まれ育った場所や昔からの友人が大好きであり、とても大切にする。隠れたチャンピオンが地域に定住することで、ドイツ人特有のそうした感情を支えている。それがまた、地域の人々に、企業に貢献しようという気持ちを作り出す。
ドイツ企業は、成長しても、ほとんど移転せず、小さな工場から始めた創業当初の地域に立地し続け、地域雇用を守る傾向がある。隠れたチャンピオンも創業当初からの場所から移転しないため、全国に広く分布している。インタビューしたドイツ人の多くからは、移転すると競争力が失われることを経営者はよく知っている、だから移転しない、と回答が返ってくる。
例えば、バイエルン州でいえば、インゴルシュタット(Ingolstadt)に立地するアウディ(Audi)、ヴォルフスブルク(Wolfsburg)に立地するフォルクスワーゲン(VW)、ヘルツォーゲンアウラハ(Herzogenaurach)に立地するアディダス(Adidas)などがある。これらの都市は、大きな地図でなければ分からないほど小さな都市であるが、そこに本社と主力工場を置き、世界に向けて出荷している。
なぜ移転しないか、いくつか仮説を考え、ドイツ人に聞いてみた。
【仮説1】 ドイツ人は自分が生まれ育った地域を愛していて、自分の家族が何世代にもわたって住み続けているので、故郷への思い入れが強い。都会の大学を卒業しても故郷に帰って働きたいと願い、古くからの友人を失いたくないと思う。そのため地元の企業に家族何世代にもわたって勤め、企業の運命と家族の運命が共同体になっている。そのため、その地域に住む住民らがみんなで力を合わせて会社のために頑張る。
【仮説2】 ドイツの中小企業では家族所有が多く、隠れたチャンピオンでは95%になっているが、多くで所有と経営の分離が行われており、若くて優秀な経営者が高給とストックオプションを得て会社経営をきりもりしている。だが所有者は、企業の近くに住んでいるため、所有者の住居から離れた場所に移転することは所有者が同意しない。
【仮説3】 企業が成長する過程で、周囲に立地する企業や研究機関との間で協力連携のネットワークが出来上がり、一種の企業グループが形成されるため、強い競争力を有することが可能になる。もし移転すれば、ネットワークが分断され、1社のみとなり、競争力が失われてしまう。地方政府の支援策により企業ネットワークが形成され、それが移転を防ぐことにつながる。
日本でいえば、例えば、マツダが本社や本社工場を仙台に、富士重工が本社や本社工場を福岡や鹿児島に移転できないのと同じである。
筆者は、何人かのドイツ人に、この3つの仮説を投げてみた。ドイツ人にとっては、企業が移転しないというのは、ほとんど当たり前のようなことで、その背景をさほど真剣に考えたことはなかったようではあったが、ほとんどの人は、仮設3を支持した。恐らく、この説が最も有力なのであろう。
また何人かのドイツ人に、ドイツで「隠れたチャンピオン」が生まれた歴史的経緯を聞いてみた。
1980~1990年代まで西ドイツ国内の市場が成長しており、外国指向が強い隠れたチャンピオンはほとんど存在していなかった。だが、2000年以降、東西統一により国内経済がガタガタになり、さらに人口減少・少子高齢化のためにドイツ国内市場が縮小しはじめ、国内市場だけでは厳しくなり、かつEU域内の市場統合が成され、中国等新興国市場が拡大したため、生き残るためには、どうしても外国市場の開拓に進出しなければならなかった。当然ながら全ての企業が海外進出に成功したわけではない。多くの中小企業が積極的に進出し、そのうちの一部が成功した結果、現在のような外国指向が強い「隠れたチャンピオン」となった。
かなり昔の歴史のことなので、歴史的経緯を覚えている人はさほど多くはなかったが、上述した内容が、ほぼ真実であろう。
(次稿に続く)