IoT, AI等デジタル化の経済学

第175回「AIがマクロ経済に与える影響(1)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

1 はじめに

人間を、肉体労働が得意な人と頭脳労働が得意な人に大きく分類できるのと同様、機械もまた、肉体労働が得意な機械と頭脳労働が得意な機械に大きく分類できる。

エンジンやモーターなど動力で動く機械は、肉体労働が得意な機械であり、そのような機械が人間社会に広く普及するということは、すなわち機械が人間の肉体労働を代替することを意味する。

かつて人間が大量に投入され、肉体労働で遂行していた作業は今ではほとんど無くなった。例えば土木建設工事の大部分は重機に代替され、農作業の大部分は農業機械に代替された。動力で動く機械の導入は、人間を過酷な重労働から解放するという面もあった。

一方、プログラムを走らせ、電気で動くコンピュータは、頭脳労働が得意な機械であり、それが人間社会で普及するということは、コンピュータが人間の頭脳労働を代替することを意味している。

動力で動く機械が人間社会に広く普及し、機械が人間の肉体労働を代替してきたのと同様、コンピュータがさらに高度化すると人間の頭脳労働が順次代替されると予想される。人工知能は、文字通り、人間の頭脳を機械で実現することを最終目標としているからである。

これまでは、機械が人間の肉体労働を代替してきた歴史であったが、これからは本格的に、頭脳労働者、すなわちホワイトカラー・オフィスワーカーが機械に代替されていく時代である。そうした時代にあって、雇用や人的資本形成、人間の幸せをどう考えればよいかが重要な課題になってくる。

動力で駆動する機械が人間の肉体労働を代替する代替スピードは遅く、人間は一生仕事を継続し次の世代が継がないといった形態が可能であり、またこれまで工場にロボットや工作機械が導入された場合、社内での配置転換により大部分の雇用が守られてきた。

さらに特記すべきは、職を失った人数をはるかに超える新産業による雇用創出(例えば、ロボット産業、工作機械産業、重機産業、農業機械産業など)があり、また重労働からの解放との面もあったため、過去には英国でラッダイト運動などが起きたこともあったが、全体的には比較的スムーズに、機械が人間社会のなかに普及していった。

AIは、人間の頭脳労働を代替するものであるが、ほぼムーアの法則(注1)に従って技術発展するため、例えば通訳・翻訳のように、代替スピードが速い。

一気に多くの人間の労働を代替するのがAI技術の特徴である。一方で、現時点で依然として大きな雇用吸収力を持ったAI新産業が出現していない。この2点が、従来、動力で駆動する機械が人間社会に普及していった過去の歴史とは異なっている。このため、最近の生成AIの登場により、多くのホワイトカラー・オフィスワークの分野で、雇用に対する不安が広がっている。

高度頭脳労働者の年棒はとても高いので、AIの開発費や使用料が多少高くても人件費よりも安く、採算を取れるようになってきた。

AI技術は現時点ではまだまだ初歩的で、人間の頭脳労働と役割分担する「補完」(complement)関係の段階であるが、やがてさらにAI技術が進めば、AIが人間の頭脳労働に代わる本格的な「代替」(substitute)関係の時代に入る。そのような時代を迎える前に、どのような対策をすればよいか、今から検討しておくことが大切である。

図1:工場における変化の歴史
図1:工場における変化の歴史

図1は、工場の生産現場における変化の歴史である。かつては、全ての作業を人間の肉体労働で行っていた。それは家内製手工業と呼ばれ、「人海戦術」の時代であった。

図1の中央には、代表例として富岡製糸工場の写真を載せている。生産ラインに人間がずらっと並び、流れ作業をしている。有名なT型フォード方式である。ここでは、人間と機械が役割分担をしながら作業としている。機械は人間の「補完」関係にある。

やがて自動織機が発明され、いまや工場には自動織機が動いているだけで、人間の姿はほとんど見ない。機械が正常に稼働しているか、機械に何か異常があったときに点検修理するなど、人間でなければできない役割に限定されている。この段階になると機械が人間の労働を「代替」する関係になっている。やがて人間の役割も、AIに代わられるだろう。そうなると、無人工場が出現する。

図2:省力化投資・自動化投資・機械化投資により、人間の労働が機械に代替される大きな流れのイメージ
図2:省力化投資・自動化投資・機械化投資により、人間の労働が機械に代替される大きな流れのイメージ

図2は、省力化投資・自動化投資・機械化投資により、人間の労働が機械に代替される大きな流れのイメージを示したものである。

かつては、人間を大量に投入し、人海戦術で全ての労働を人間が行っていた。やがて、動力で駆動する機械が発明され、人間社会に広く普及するに従って、人間は過酷な肉体労働から解放され、人間の肉体労働は機械に代替されていった。

時代が進み、コンピュータが発明され、やがてAIが出現し、人間の頭脳労働が機械に代替されるようになった。今は、まさにそうした時代の入り口、黎明期に当たる。これから本格的に機械が人間の頭脳労働を代替する時代が始まる。

脚注
  1. ^ ムーアの法則
    1965年、英国人ゴードン・ムーアによる、半導体集積回路の部品数は毎年2倍のスピードで増えるとの予測である。それは経験値だったが、その傾向は今でも続いている。
    このため、半導体集積回路を使ったコンピュータやAIなどの処理速度や保存容量などは、毎年2倍という累乗のスピードで増えている。
    このハードウェアの急速な進化が、従来のモーターやエンジンを動力として用いた駆動機械とは比較にならないほどのAI技術の急速な進化を支えている。

2025年2月4日掲載

この著者の記事