IT@RIETI

no.42: 携帯電話「パケット料金定額制」の衝撃

澁川 修一
RIETI研究スタッフ/国際大学GLOCOM Research Associate/東京大学情報学環

携帯電話料金>ブロードバンド料金 というアンバランス

DSLの加入者数がついに1000万契約を突破したというニュースをもって暮れた2003年であったが、それに象徴されるように、ブロードバンド(実際にはまだまだ「ミドルバンド」といったところだが...)の安価な普及が進み、私たちは非常に低廉なコストで常時接続環境のインターネットを楽しめるようになった。常時接続環境への移行は、インターネットの利用のあり方を大きく変えたのは皆さんもご存じの通りで、その代表格が掲示板やネットオークションといった、時間消費型のコンテンツであり、最近ではネットラジオやIP電話といったような、常時接続を前提とした様々なサービスが実用化されるようになってきた。

しかし、その一方で携帯電話の料金は、価格競争は進んではいるものの、(DSLと比して)依然として高額な状況が続いている。この状況が端的に現れているのが、iモードやEzWeb、Vodafone Live!といった、携帯電話のパケット通信に係る料金である。携帯電話の通話料金自体は、無料通話分のパック料金などが一般的になったこともあり、長電話をする人でなければ、それほど気になる問題ではなくなってきている。また、携帯電話の基本料金も、値下げ競争が進んだ結果、各キャリアとも安価になってきた。ただし、携帯電話によるパケット通信サービスについては、おおよそ、1パケット(128バイト)毎の課金体系が設定されており、パケットをやり取りすればするほど、課金される仕組みになっている。

依然として携帯電話ユーザの悩みの種である迷惑メールの問題も、煩わしいという側面とともに、「勝手に見ず知らずのヤツから送りつけられるメールで、なんでこっちが料金を支払わなければならんのだ!」という不満が根強い。それに対応して、各社とも無料のデータ通信量を増やしたり、小データのメール受信を無料にしているが、おそらくユーザにとって、料金に跳ね返るこの問題はより重大なのだろう。

また、携帯電話の機能は数年前と比べて劇的に向上している。液晶画面は巨大なカラー(QVGAサイズのものもある)になり、携帯電話にはカメラが実装され、携帯電話の内部メモリも拡大し、CPUも高性能のものが搭載されるようになってきている。最新の携帯電話が持つ機能は、入力デバイスの限界はあるものの、PDA等の小型コンピュータに近いものになってきたのだ。

そのような様々な機能を搭載するのが当たり前になった最近の携帯電話が要求するデータ容量もやはり同様に拡大している。ドコモのiモードは505iシリーズからFlashアニメーションに対応し、多くの携帯電話サイトがFlashを採用するようになっているが、その分だけパケット通信料は増えてしまう。また、高い人気を誇っている着信メロディ・楽曲サービス(auの「着うた」等)についても、端末側の再生能力をフルに発揮するデータを取得する場合、1曲のデータは50円近辺相当になるまで、データ量が増大してしまっている。さらに、携帯カメラによる写真付きメールサービスはさらにパケット通信量を増やすことになる。

例えば、ドコモのiモード(PDC)では、1パケット当りの値段は0.3円で、月に10万パケット(3万円以上のパケット通信料)を超える場合は、0.2円に値下げされる。FOMAの場合は、パケット通信に有利な料金体系となっており、通常0.1円、先払いの額が大きいパックの場合は0.02円となっている。ドコモのページには、平均的な利用パターンに応じた料金が記述されており、(FOMA/PDC)一般的な携帯メールの場合(ドコモPDC)だと、250文字で受信が2.1円、送信が4.2円となっている。FOMAの場合は、250文字で受信が4.2円、送信が4円であるが、パケット用のパッケージ料金を適用すれば、受信が1円、送信が1.1円となる。また、写真付きのメール(iショット)の場合、PDCの受信は17円、FOMAの場合はサイズも大きくなるが6.5円となる。

ヘビーユーザほど「パケ死」する現状

このように、FOMAを利用すれば安いとはいうものの、FOMAのコストは基本的には高いために、殆どのユーザはPDCの携帯電話を使っている現状では、格安なパケット料金の恩恵は限定的なものに止まる。また、若い人たちの中には、メールを一日100件以上やり取りしたり、着メロやiモードでの時刻表案内、ニュース、そしてゲームのダウンロード等、様々なサービスをヘビーに使う人が多い。そういう人たちが携帯でのパケット通信によるサービスをさんざん使い倒したあげく、到着する請求書の額に卒倒する...。このことを(パケット代の高さによって)死ぬ、略して「パケ死」と呼ぶのだ。インターネットのサイトを検索してみると、「パケ死したので生活を切りつめる」という日記とか、「パケ死しないためのアドバイス」等の節約法指南サイトがけっこうあり、この「パケ死」は、ありふれた風景のようである。(私もそれほど携帯電話やメールを使う方ではないが、時折15000円を超える請求が来て目を疑うことがある。)

この言葉は以前から知られてはいたが、昨年6月にドコモの夏野剛iモード企画部長による「505iユーザーはパケ死寸前だと思う。今後は3G──FOMAに行きたい人のほうが多くなると思っている。(その期待に応える)電話をガツンと出していく」(「今年後半のFOMAはFlashも搭載~夏野氏」(ZDnet))という発言で、一気に有名になった。しかしこの発言は、少なからず波紋を起こした。ドコモにしてみれば、格段に安いパケット通信料を設定することで、一刻も早くPDCユーザをFOMAに乗り換えさせたいという意図があるのだろう。しかし、実際にはFOMAへの乗り換えにはコストもかかり、PDCの新規開発も行われている中で、キャリアの当事者から「(PDC端末は)パケ死寸前」という言葉が飛び出したことで、高額な携帯電話料金を払っているユーザ(特にPDCユーザ)から不満が噴出したのだ。

もちろん携帯電話の通信網の構築・維持コストと、固定通信網ベースのDSLを単純に比較しても意味はないし、数多くの業者が参入しているDSLと、基本的にキャリアの数が限定されている携帯電話では市場環境も大きく異なる。しかし、携帯電話を用いて多様なコンテンツを売っていくのであるならば、インターネットの世界でDSLによる常時接続の普及が多種多様なサービスを花開かせたように、データ通信に関してはできるだけ低廉な利用料を設定し、その他の手数料できちんと稼ぐようなビジネスモデルは考えられないのだろうか?

ついに登場した定額制パケット通信サービス

このようにパケット通信料を巡る不満が渦巻く中、ドコモに対抗してKDDI(au)がいち早く、月額4200円でパケット通信料を定額とするサービスを開始した。(CDMA1X WINサービスの「EZフラット」)この定額制サービスの持つ意味はとつてもなく大きく、今後の携帯電話市場のあり方を根本から変えるものになると考えられる。

そもそも、携帯電話上のコンテンツサービスが我が国で普及したのは、電車などでの移動する時間に対しての暇つぶし(ゲーム等)、あるいはその間に移動後の行動を楽にするための作業をすることが出来る(地図の検索やナビゲーション、時刻表確認やメール送信など)ということが大きい。ただし、これには電車内の利用におけるマナーという問題が存在していたが、、昨年の9月に、首都圏の鉄道における携帯電話の利用に関してのルールが整備された(玉田俊平太フェローのコラム)ことにより、携帯電話による通話以外のデータ通信などの利用については解決された。

従来から、携帯電話に対してのプッシュ型のサービスは様々に構想されており、六本木ヒルズのR-クリックのような実験も行われている。料金の壁という問題が取り払われた場合、データを自動的にダウンロードすることが可能になるので、アンテナやオークションのウォッチリストを自動的に監視したりする巡回系のサービス、あるいは簡易型のIMサービス、また、自動車と連携したモビリティサポート(ITS)との連携のように、携帯電話端末を利用したアプリケーションの開発は一層活発になり、モバイル・コミュニケーションは現在よりもさらに多様化すると考えられる。

つまり、数年前に次世代のモバイルコミュニケーションのあり方として様々に構想されていた、サービスのボトルネックであったのが通信料金をどうするかという問題であった。つまり、上記のように「使えば使うほど(従量制料金のために)コストがかかる」という問題があったのだが、これが完全にクリアされるので、ヘビーユーザはもっと携帯電話を用いたサービスを利用するようになるだろう。ここが重要で、ヘビーユーザが増えることで、彼らのニーズにあったサービスが登場する素地ができあがり、新たな市場が形成されるのである。これは、ダイアルアップ/テレホーダイ時代から常時接続時代にインターネットが進化した時と同じ構造である。 PCを携帯することは難しいが、携帯電話は簡単に持ち歩くことが出来る。おそらく、2004年の携帯電話市場を巡る一つの争点はこの「定額制」パケット通信サービスがどこまで伸びていくかになるだろう。

「競争激化」がキーワード:2004年のモバイル市場を展望する

折しも、DSLを巡る競争で破壊的な安さを武器にDSL市場を席巻したソフトバンクは、第三世代携帯電話の予備免許を取得し、本格的に携帯電話市場に乗り込んでくる。憶測の段階ではあるが、前述記事にもあるように、おそらく彼らの武器は、安価なバックボーン(DSL用のIP網を活用すると言われている)を利用した定額制に近い料金体系と予想される。

また、ナンバー・ポータビリティ制度の導入検討も進んでおり、数年先には本格的なキャリア間の顧客争奪競争が生起することが期待される。このように、携帯電話データ通信サービスの定額制は、携帯電話市場における競争を激化させる呼び水として、2004年のモバイルの中心的な話題となっていくであろう。

技術的な展開が鍵になるモバイル市場では、当然ながら、政策当局の動きも重要になってくる。定額制のパケット通信サービスを実現するには、大量の通信容量を確保できる周波数帯域の確保が欠かせない。その意味で、現状でほぼ飽和状態に達している携帯電話用の周波数の帯域をどのように開放していくのか。また、開放した際に、携帯電話キャリアに割り当てる際の方式はどのようになるのかという政策当局の決断も今年のテーマとして浮上してくると思われる。我々が昨年末に行ったシンポジウム「ブロードバンド時代の制度設計」では、米国における、免許人の流動性が高い柔軟な免許制度についての議論が展開された。また、同シンポジウムでも紹介されたが、我々は、800Mhz帯の利用状況の詳細を調査し、携帯電話の過密すぎる利用状況の一方で、すぐ横の帯域を使っているMCA無線ががら空きの状況であることを明らかにした。(詳細レポート)

我が国の周波数割当政策は、抜本的な周波数利用の配置転換を盛り込んだ政策へと変化しつつあるが、このようなアンバランスな割当状況を、既存利用者の新しい割当先の確保も含めてどう改善し、携帯電話のための新しい市場を拡大していくかの具体的な提案が、政策当局に求められることになるだろう。

(IT@RIETIでは今後も定期的に、周波数問題を含めたモバイルの市場動向を観察していくことにしています。ご期待ください。)

2004年1月28日

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2004年1月28日掲載

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