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no.17: プロジェクトP

中村 伊知哉
RIETIコンサルティングフェロー

ボストン在住のウィリアム君12歳。

親にくっついて来日をとげた足で六本木ヒルズにやってきた。町中を覆うディスプレイやポスターに、ピーちゃんやヨシコという名のアニメキャラクターが踊っている。このカルチェのテイストを決定している村上隆作品は、ボストン美術館の日本画フロアーを占拠していたことがある。小学校の授業で写生に行った覚えがある。

新名所が現れた余波で隣の麻布十番も賑わっている。ここはセーラームーンの舞台だ。クラスの女子たちに教えてやればうらやましがるだろう。でもそれよりぼくはアニメとゲームの聖地アキハバラに向かう。友だちの土産に今なお人気のポケモンカード日本語版を買い求める。カタカナはカッコいい。自分用にはベイブレードの最新機種、遊戯王カードのレアアイテムとガンダムのフィギュアだ。・・・

ポップカルチャーが日本の顔となった。失われた十年のあいだに、日本は自分でも気がつかぬまま、イメージを変え、ブランドを形づくっていた。50年前までは戦争の国、その後50年を競争の国として生きてきた富国強兵ニッポンは、いつの間にかピカチュウとスーパーマリオの国となっていた。

ブロードバンド時代はコンテンツが決め手などという。国産コンテンツに注目が集まる。アニメやゲームは数少ない輸出産業だ。だから産業政策としても重視しよう。

だが待て。マンガやアニメやゲームはせいぜい1兆円産業。キャラクター商品市場などを含めても3兆円。日本経済を背負うほどの力はない。しかも、メディア・コンテンツ市場はここ数年、縮小傾向にある。

代わりに拡大するのがウェブであり、ケータイである。新しいコミュニケーションの様式や空間が拓かれ、電子商取引や遠隔教育、電子政府といったコンテンツ領域も広がる。ポップカルチャーがその表現の土台をなす。ロボット・ペットや着メロのような新しいコンテンツの形を生んでいく原動力もそこにある。

いやさらに国として重要なのは、ブランドがもたらす安全保障かもしれない。成長してペンタゴン入りしたウィリアム君がピカチュウの国に爆弾を落とすなと主張してくれるなら、「ドラゴンボールZ」のような荒涼とした大地にすべきでないと思ってくれるなら、ニッチ産業でも特別視する値打ちはあろう。

ポップな力を伸ばす政策を考えてみよう。デジタルのハード政策で採ったような、アメリカ追従型の戦術にとらわれずに、つまり弱みの克服ばかりでなく、強みを活かす戦略も考えてみよう。するとすぐに提供者側、産業側の話になる。流通メディアの構造改革であるとか、クリエイターへの支援措置といった議論になる。

しかし、豊かな表現を産む土壌は、オーディエンスの側にある。庶民文化の歴史にある。「千と千尋の神隠し」という不思議な映画がタイタニックの持つ観客動員の記録を塗りかえる。「サザエさん」が30年間にわたり30%近くの視聴率を続けながら月曜日に誰も昨日のサザエさんを話題にしないほどアニメが暮らしに溶け込んでいる。

マンガ単行本が図書全体の部数の7割を占め、政府の法令解説や家電のマニュアルもマンガだ。ギャルゲーや育てゲーといった他国にはないジャンルのゲームが発達する。お父さんはマンガをむさぼり読み、お母さんはカラオケに通い、おねえさんはケータイでムービーメールをカレシに送る。国民訓練である。

強みはここにあるのではないか。デジタルのメリットは、ダウンロードよりアップロードにある。コンテンツの消費を便利にすることよりも、誰もが世界に向けて創造し表現できるようになる点にある。全員がクリエイターになる時代には、一流のプロを育てるだけでなく、みんなの力を底上げする政策が重要ではないか。産業政策よりも教育政策ということかもしれない。

と、まあ、これは一つの見解にすぎない。見解はさまざまだ。問題は、このようなコンテンツの政策は、だれが責任を持っているのか、何を目指すものなのか、がハッキリしないことだ。経済産業省のエンターテイメント産業政策、文部科学省の文化・著作権政策、総務省の通信・放送政策、各省庁のオンライン政策などを総合調整したり、プロデュースしたりするのはだれなのか。

さらに、その政策は、アメリカ的に、コンテンツ産業の拡大を第一とするのか。フランス的に、国際文化ヘゲモニーの確保を重視するのか。クリエイター層の拡充か。安心で楽しい暮らしの確保か。文化教養水準の向上か。あるいはそのすべてか。

コンテンツの重要性が叫ばれるようになって久しいが、このような基本的事項は未だ整理されていない。縦割りで細切れの施策はあるが、国家としてのコンテンツ政策は確立されていない。ましてやポップなりオタクなりの力をどう発揮するのかなどという視点にはほとんど着目したこともない。

そこで、せめて手がかりを得るために、RIETIでは「ポップカルチャー政策プロジェクト」略して「プロジェクトP」(略してないか)をスタートさせた。スタンフォード日本センターの研究コミュニティ「PPP」と連動したもので、研究者や行政関係者がバーチャルに参加して、ポップカルチャーに関する産業政策や技術政策、著作権政策などを検討する。一種の政策トライアルである。

2003年6月18日

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2003年6月18日掲載

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