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no.5: デジタル・キッズの実験場「CANVAS」

中村 伊知哉
RIETIコンサルティングフェロー

「3日間ぶっ続けに作業して、やっと1分のアニメができました。題名は『ドジなどろぼう』です」。小学生の司会で上映会がはじまった。京都のこどもセンター「CAMP」で連休中に開かれた粘土アニメ・ワークショップ現場である。ウェブで応募して集まった小学4年生から中学3年生までのこどもたち14名が精魂こめた作品は、女装した泥棒がプールにはまって御用となるポップで哀しい短編だ。

シナリオを作る。キャラクターを描く。絵コンテを描く。粘土をこねて人形を作る。背景のセットを造る。一コマずつ撮影する。ナレーションと効果音を入れる。コンピューター画面で編集する。ポスターとチケットを作って上映会を催す。作品はウェブで世界に紹介される。このワークショップは、ワシントンDCのこども博物館のメニューをCAMPがアレンジして導入した輸入モノだ。だが、日本のこどもたちのリテラシーは高い。全体のシナリオが決まって、3グループに分かれて絵コンテを描く段など、皆こともなげに各シーンを4分割し、イラストとセリフをハメ込んでしまう。舌を巻く。毎日、マンガやゲームで鍛えている成果だろう。

これからはP2Pだという。一人ひとりが情報を作って世界に発信し、交流し、共有する。それは、彼ら以降の世代が支える。日本キッズから発信される情報は、地球をリードしていってくれる。コンテンツ政策の内容が問われて久しいが、既存のクリエイターやエンタテイメント産業を支援していくことよりも、未来のP2P表現を創りだしていくこうした活動や環境を整えていくことが重要だと思う。

そこで政府・総務省が音頭をとって2002年に結成したNPOが「CANVAS」である。e-Japan戦略に基づき、こどもの創造力・表現力を高めるデジタル・ワークショップを開発したり、そのような活動の普及や研究を推進したりしている。川原正人NHK名誉顧問が理事長を務め、東京大学情報学環の山内祐平助教授と私が副理事長を務めている。

各地でワークショップの活動をしている方々、国内外の児童館・科学館・こども博物館、学校・教育関係者、経済産業研究所や大学等の研究者、関連の企業、そしてさまざまな分野のアーティストの方々によるコミュニティとして運営されている。総務省、経済産業省、内閣府や地方自治体もメンバーである。アメリカ、ヨーロッパ、アジアの関係者や、ITUやユネスコなどの国際機関とも連携していく。産学官、国内と国際、そして大人とこどもを横断するNPOだ。

デジカメで自分の表現を探り、ブロードバンドで表現する。マッチ箱大のコンピュータを使ってロボットを作る。ウェブサイトを作る。このようなワークショップを開発している。さらに、日本ならではのワークショップを開拓していきたい。例えば、ゲーム。マンガ。ケータイ。着メロ。お茶やお花。お笑い。どつき漫才のような叩くコミュニケーションを世界に見せたら、どんな反応があるだろうか?

これらを全国に普及させる。例えば、ワークショップ会場で学校関係者や自治体職員などの研修を開いたり、ワークショップをネット中継したりして、関係者がノウハウを共有する。ワークショップのパッケージ化、教材化を進め、学校のプログラム等に組み込みやすいように図る。

大切なのは、世界との協調と情報発信である。ネットを駆使したバーチャルなコミュニティづくりは特に重視する。ワークショップの成果(ノウハウ、作品等)は海外にもインターネットで発信・提供し、その国際的な普及にも努めたい。

世界のこどもたちはポケモンとアイボの国ニッポンをカッコいいと思っている。将来の歴史書には、失われた十年は、日本がはじめて世界にカッコいいと思われ始めた十年と刻まれているかもしれない。マンガやロボットペットや自販機やラブホに囲まれたこの不思議な環境に育つこどもたちは、どんな表現を創りだしていくのだろうか。映像で考えて、映像で表現する時代をどうリードしていくのか。特にウェブやモバイルでの新しいコンテンツをどう開拓していくのか。それはきっと、ポップカルチャーを取り巻く産業、文化、社会の背景がカギを握っている。

こうしたことからCANVASは、スタンフォード日本センターや経済産業研究所と連携し、「ポップカルチャー政策プロジェクト」(略称:PPP)も発足させた。研究者、 アーチスト、オタク、エンタテイメント業界、政府など、この分野で日本を代表する方々が集い、議論を行っている。

多元的で新しい社会を築き、新しい表現を拓くのは、こどもたち以降の世代だ。生まれながらネットを駆使し、生まれながらバーチャルに表現し、生まれながらデジタルに暮らす世代が担う。CANVASの運動は、彼らにその環境を整え、場と技術を与えるための実験である。

2003年3月19日

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2003年3月19日掲載

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