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no.7: 電話料金・値上げのススメ

池田 信夫
RIETI上席研究員

接続料値上げ騒動は米国の「マッチポンプ」

情報通信審議会は3月28日、NTTの市内電話網に他の電話会社が接続するとき支払う接続料について、平均4.8%引き上げる案を総務省の諮問どおり答申した。この値上げ案について新電電は反対の声を上げ、3月の日米規制改革協議でも取り上げられたが、騒ぎは総務省が押し切る形で一応決着したわけだ。それにしても、なぜインターネット時代に、電話の接続料がこれほどの騒動になり、米国まで出てくるのだろうか。

2000年の日米交渉で、米国は「日本のインターネットが立ち遅れているのは電話料金が高いせいだ」と主張して接続料の引き下げを迫り、NTTの接続料は20%引き下げられた。しかし今では、日本のDSL加入者数は世界一、米国は「ブロードバンドのバングラデシュ」(通信アナリスト、ゴードン・クック氏)と呼ばれるありさまだ。電話料金を抑制した結果、ダイヤルアップ接続以外のビジネスが成り立たないからである。

日米交渉で米国は「長期増分費用」という料金算定方式の採用をNTTに求めた。これは実際にかかった費用をもとに接続料を算出するのではなく、いま利用可能な最新鋭の設備を使ったと想定して料金を算出するものだが、この算定方式には落とし穴があった。それは設備費用を通信量で割って接続料を決めるため、通信量が減ると今回のように値上げになってしまうのである。値下げするときには長期増分費用を押しつけた米国が、今度はその算定方式によって出した値上げ案に反対する「マッチポンプ」に、総務省もNTTも振り回されている。

もともと長期増分費用というのは、非現実的だとして経済学者には批判が多い。これは新規参入企業を有利にするための「参入誘導料金」だが、加入電話にこれから参入する企業はありえない。米国でも、実際にはほとんど採用されておらず、FCC(連邦通信委員会)は今年2月、長期増分費用を事実上やめる決定を出した。自国でやめる制度を他国に押しつけるというのは、イラク戦争なみの自己中心主義である。

加入電話網は「赤字ローカル線」

それより問題なのは、インターネット時代に電話料金の議論ばかりしていることだ。加入電話は、通信量が昨年は18%も減り、そのペースは加速している。このままでは、遠からず大都市圏以外では私企業の事業として維持できなくなるだろう。しかも同機能で安いIP電話は、DSL(Digital Subscriber Line)の普及によってほぼ全国的に利用可能になったから、電話網を維持する意味もない。つまりNTTの加入電話網は、「赤字ローカル線」のようなものなのだ。問題は、その料金を押さえ込んで延命することではなく、廃止して効率的なバス輸送に切り替えることである。現状ではIP電話どうしの相互接続はむずかしいので、それを円滑に進める制度の整備のほうが接続料よりもはるかに重要である。

現在のIP電話の大部分は、図のまん中のように、両端にはNTTの市内網を使い、中継網だけをIPに置き換えるものだ。これに対して、ヤフーBBの提供している「BBフォン」は、図の下のようにアクセス系にもDSLを使うE2E(End-to-End)型である。IP電話業者によれば、今のNTTの接続料(3分4~5円)では、E2EにするよりNTTの市内網に接続したほうが安いという。接続料の引き上げによって、過渡的にはIP電話業者の経営は圧迫されるが、NTTの接続料が今後も上がり続けると、E2Eが有利になり、IP電話への参入が進むだろう。すべてのネットワークがIPになれば、高価な電話交換機は廃棄でき、多くの業者が参入して電話料金はゼロに近づくだろう。

図1 IP電話の種類と基本的な構造
図1 IP電話の種類と基本的な構造

加入電話が衰退するにつれて、接続料どころか、いずれは通話料も値上げせざるをえなくなるだろうが、これは「加入電話をIP電話に切り替えろ」というシグナルである。価格のシグナルを行政が歪めると、消費者が問題を認識できず、解決が遅れる。赤字ローカル線の料金を無理に抑制すると、路線バスの採算がとれず、転換が進まないのと同じである。情報通信審議会の委員を「解任」された醍醐聰氏(東京大学教授)などは、いまだに「電話の公正競争」ばかり叫んでいるが、これは赤字ローカル線の廃止に反対した政治家と同じだ。NTTも、このまま政治のおもちゃにされていると、「第二の国鉄」になりかねない。

問題は電話網を「安楽死」させる戦略

すべての加入者線がDSLに開放された今、NTTの市内電話網はもはや「不可欠設備」ではなく、経営を圧迫する巨大な不良資産である。アクセス系やダーク・ファイバー(芯線)を格安で開放する一方、NTT東西は隣の県とも接続できないのでは、手足を縛られて競走するようなものだ。市内と長距離をわける電話時代の経営形態は、インターネット時代には有害無益であり、NTTの経営形態はNTTの経営陣が決められるようなNTT法の抜本改正(あるいは廃止)が急務である。

今回の値上げは、電話網の死に至る道程の第一歩である。「電信電話会社」としてのNTTは、最終的には国鉄と同様、清算するしかない。究極の問題は、電話網の清算にともなって発生する余剰人員をどう処理するかということである。ネットワークがすべてIPになれば、連結で20万人以上にのぼるNTTの社員の9割は不要になるが、それをNTTの経営努力で削減するのは無理である。かといって余剰人員に合わせて電話網を温存していたら、いつまでたってもネットワークの効率化は進まず、NTTの経営は破綻するだろう。余剰人員は電話部門ごと政府に売却してネットワークの問題とは切り離し、ユニバーサル・サービスの問題とあわせて時間をかけて処理すべきである。

もちろん、この構造転換は容易ではないし、「痛み」も伴うだろう。しかし、それを避けることはできないし、避けるべきではない。いま議論しなければならないのは、電話網をいかに最小の社会的コストで「安楽死」させるかという問題である。それなのに、あいかわらず電話網が永遠に続くことを前提にして続けられる接続料論争は、真の問題から目をそらせる「非問題」である。長期的な視野から見れば、加入電話の料金は需要減にともなって値上げし、IPへの移行を促進したほうがよい。1990年代の銀行業界の教訓は、破綻処理が避けられないときは、問題を先送りせず、早く処理したほうがよいということである。

2003年4月2日

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2003年4月2日掲載